高校でもバンドを組めなかった後藤ひとり   作:大日小月

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第一話 正社員になれたら

「メールの件名よし、本文よし、履歴書の添付よし」 

 

 暗い押し入れの中で、ノートパソコンに向かって指先確認する人がいた。

 

「メール送信っと」

 

(あ、履歴書のパスワードも送らないと)

 

 メールの送信を確認をし、慣れた手で次のメールを作成する。

 

(⋯⋯どうか受かりますように)

 

 彼女は二通目のメールを送り、手を合わせて祈る。

 その姿は神妙ではあったが、目は虚ろであった。

 

(応募するのはこれで三十社目、ここが無理ならもうあきらめようかな)

 

 ハハッ、とその口元を引きつらせる。

 ややあって、パタンとノートパソコンを閉じてギターを取り出す。

 

「内定ゼロー友達ゼローお祈りは多数ー」

 

 軽快なストロークとは対照的に悲痛な歌が奏でられる。

 

(これだけ頑張ったんだからもう就活やめてもいいよね?)

(せめて派遣かバイトでも働かないと家族の目が⋯⋯)

 

「社会が怖いー世間の目はもっと怖いー」

 

 思考と連動するように、ギターを演奏する手も速くなる。

 手元だけ見ればプロ顔負けのギター演奏であった。

 

(せめてギターヒーローの動画がもっと伸びれば⋯⋯)

 

 演奏を急にやめ、彼女は再びノートパソコンをつける。

 

「再生数、全然伸びてない、はぁ⋯⋯」

 

 そこには、彼女のアカウントであるギターヒーロー名義の動画が映っていた。

 

(広告収入で生きていけると思ってたのに)

 

 溜息を吐きながら、彼女は投稿動画の一覧を見る。チューニングすらまともにできていない状態から始まった動画は、徐々に人気を博し最盛期には百万再生を超えるようになっていく。

 しかし、そこからは伸びに欠き、徐々に再生数を落としていって直近では全盛期の十分の一を下回るようになっていく様が見て取れる。

 

(なにか違う動画出さないとダメかな)

 

 そう判断した彼女は、そのまま流行りの動画を見る作業に取り掛かる。

 就活のことはすでに思考の外のようである。

 猫背のピンク色のジャージがノートパソコンの前で動画を凝視する様は、傍から見ればニートのそれであった。

 

「やっぱりメントスコーラが無難かなー?」

 

 季節は二月の終わりが見えてきた頃。

 学校の斡旋枠や新卒枠も逃してしまったひとりにとって、最後の戦いが始まろうとしていた。

 これは、あの日虹夏と出会わず、誰ともバントを組むこともなく、孤独のままに高校生活を過ごしたあったかもしれない後藤ひとりの物語である。

 

 

 

 

 

 神奈川県横浜市の北部、都心からのアクセスがよく緑豊かな住宅街が形成されているこの場所は、市内有数の製造業が発達した工業地帯でもある。

 そこかしらに町工場が立ち並ぶ内の一つにその工場はあった。

 創業六十年、インフラ機器の部品や雑貨の製造を行っているプラスチック製品製造メーカーである。

 従業員数四十人程のごくありふれた小規模の町工場。

 その工場の敷地内、こじんまりとしたプレハブ事務所の応接室にて後藤ひとりの面接が行われていた。

 

「ごっ後藤ひとりです。本日は、よっよろしくお願いします」

「後藤さんですね、どうぞお掛けください」

 

 対面するのは作業服の上着とスラックスを履いた禿頭の中年男性である。

 

「面接を担当します、社長の都筑です」

 

(いきなり社長!?緊張でやばい⋯⋯!)

 

「社長と言っても小さい町工場の社長だからね、そんなにかしこまらなくていいよ」

 

 ひとりの緊張を見て社長は落ち着かせるようにそう言った。

 

「秀華高校に通ってるみたいだけど、調べみたらかなり遠い所だよね。なにか理由でもあるの?」

 

 履歴書に目を落としながら問う。

 

「あっその、自分を変えたくてあえて遠い所にしました」

 

「若いのに偉いんだね」

 

 必死で取り繕うひとりに対して、思ってもない調子で社長は返す。

 

「バイト経験はある?」

 

「あっないです」

 

「今まで製造業の会社に応募したことある?」

 

「いえ、ないです⋯⋯」

 

 ふーん、と言いながら社長は再び履歴書に目をやる。

 

「趣味とか特技はある?」

「ギターを少々⋯⋯」

 

「お、そうなんだ。結構弾けたりしちゃう?」

「あっそこそこかと」

 

(お見合いみたいだ)

 

「後藤さんはギタリストなんだねー。あ、お茶飲んでね」

 

 にこやかにテーブルの上の湯のみに手を向ける。

 

「あっありがとうございます」

 

 ひとりはなんとか笑顔崩さないように苦いお茶を飲む。

 

「それからなんだけど⋯⋯」

 

 しばらく、社長からの簡単な質問に答える時間が続く。

 

(想定してた質問がこない。軽い感じだけどそれはそれで困る⋯⋯!)

 

 ひとりの精神は削られいき、顔を保つのが難しくなっていく。

 

「ま、話してばっかりも疲れるし工場見学しましょうか」

 

 パンと手を叩いてから社長は立ち上がり、作業帽子をひとりに渡す。

 

「はいこれ、工場入る時は被らないとだからね」

 

「あっどうも」

 

(なんとか乗り切った⋯⋯!)

 

 喋りは詰まってばかりで質問に対する返答もないない尽くしではあったが、ひとりにとってはまずまずの出来であった。

 

(工場見学ってなにすればいいんだろ)

 

 先導する社長の背中を見ながら、ひとりはぼんやりと思った。

 

  「ここがプラスチックの製品を成形しているメイン工場ね」

 

 工場の中央には赤茶色に塗られた通路があり、通路を挟むように何台もの成形機が整然と並んでいる。

 駆動音がやかましく響く中を歩きながら、説明が続く。

 

「射出成形といって、金型に溶かした樹脂を流し込み、一定時間冷却してから取り出すという製法ですね」

「じっ自動なんですね」

 

「チョコレートを作るのを想像してもらえばわかりやすいかな?」

「あっなるほど」

(チョコなんて作ったことないからわからない⋯⋯)

 

「これは基盤を収めるボックスね」

「はっはい」

 

「これは端子台のカバーで⋯⋯」

「あっなるほど」

 

「これは雑貨用の箱で⋯⋯」

「すっすごいですね」

 

 成形機前で立ち止まり、成形された製品の説明をする。

 それが機械ごとに行われる。

 

(丁寧に説明してるんだろうけど、頭に入ってこない⋯⋯)

 

 普通科で工場になじみがなく、成績が下の下であるひとりにとっては興味がわかない苦痛の時間であった。

 そんな様子に気付いたのか、社長は説明を打ち切る。

 

「ああ、ごめんごめん。ついつい説明したくなっちゃってね。次の現場に行こうか」

「あっはい」

 

 次の場所は多分興味あるから、と社長は内心を見透かしたことを呟きながらドアを開ける。

 ドアの向こうは、断続的なエアーガンの音と独特のシンナー臭がする空間であった。

 

「ここでは、さっきの工場で成形した製品の加工や印刷をしてるんだ」

「あっインクの臭いですね」

 

 中央の通路をスタスタと歩き、今度は逐一説明することなく作業場が並ぶ工場内を進んでいく。

 その一角で立ちどまり、従業員に一声をかけて作業場に入る。

 

「これなら後藤さんも興味あるんじゃない?」

 

 社長は作業机をひとりに見せる。

 

「こっこれって⋯⋯」

「そう、ギターのピック」

 

 机の上にはピックが積まれており、従業員はそこから数個を手に取ってなにかしら作業をしていた。

 積まれたピックから一つ手に取り、ひとりに渡す。

 

「ほら、触ってみて」

「あ、ありがとうございます」

 

 両手で受け取り、全体をそれとなく触る。

 

(あ、ちょっと角が出てる)

 

 しばし無言で触っているひとりに社長は問う。

 

「触ってみて、どう?」

「え、あ」

 

(どうってなにが? なんて返せばいいの!?)

 

「こう、ギタリストとして感じるものとかないかなって」

 

(⋯⋯ギタリストとして、そういうこと⋯⋯!)

 

 冗談混じりに言った社長に対して、ひとりは心の炎を燃やしていた。

 

「これって材質はPOMですよねだから持った感じが滑らかで音も滑らかになるんですよ。厚みはミディアムで扱いやすと思います形も三角で安定感がありますよね。あ、いえ私は普段使ってないんですけどギタリストの端くれとして色んなピックに触れているというかコレクションしている感じですかね。色々試しても結局いつものやつに落ち着くというか。あ、でも曲によって使い分けたりしてもいいですからピックはいくらあっても困りませんよね」

 

 そこまで言ってから、目を丸くした社長と作業を止めてこちらを見ている従業員に気がつく。

 

「⋯⋯結構喋れるんだね、後藤さん」

 

(やってしまったあああー!!!)

 

 珍しく饒舌に話すことができた故の悲劇であった。

 

 その後も工場見学は続いたが、ひとりの頭にはなにも入ってこずついていくだけ精一杯だった。

 

 

 

 

 

(私は貝になりたい⋯⋯)

 

 見学を終え、ひとりは応接室で真っ白に燃え尽きていた。

 

「お待たせお待たせ」

 

 そんなひとりを気にせず、書類を抱えた社長が対面に座る。

 

「これが内定承諾書で、こっちは誓約書で⋯⋯」

 

 抱えていた書類を机の上に並べていく。

 

「入社は四月一日だからその時に記入してもってきてね」

「あっはい。って、⋯⋯え!?」

 

 放心状態だったひとりは、ガバっと身を乗り出す。

 

「えっ内定承諾ですか」

「そうそう、後藤さんよければ是非ウチで働いて欲しいんだけど」

 

「ほっ本当ですか!」

「本当本当」

 

 ひとりは信じられないと言った様子で社長を見る。ただし、目は合っていない。

 社長は一呼吸置いてから続ける。

 

「履歴書をPDFに変換してロックをかけてメールで送る、これで最低限のPCスキルが確認できた」

「メールの文面と今日話した感じで言葉遣いも問題なかった」

「それにちゃんと高校に通ってるからね」

 

 一つ一つ諭すように言い聞かせる。

 

「すぐに返事が難しいなら後でまた連絡しようか?」

「えっあ、いや、是非働かせてください!あっ誠心誠意心血注いで仕事頑張ります」

「いや、そこまでする必要はないよ」

 

 後藤さんは面白い子だねー、と社長はこぼしてからひとりに手を差し出す。

 

「じゃあ、よろしく頼むよ」

「はっはい!」

 

(やらかしたと思ったけどなんとかなった!これでようやく就活が終わる⋯⋯!)

 

 窓から差し込む西日が、握手を交わす二人を照らしていた。

 社会人への一歩が始まった瞬間であった。

 

 ぼっち・ざ・ろっく!

 就職活動編 〜 完

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんが入れるってことは、ブラックきぎょう?ってやつなんじゃないのー?」

「そんなことはない。ふたりは社会を知らないからわからないだろうけど」

 

(え、大丈夫だよね⋯⋯?やっぱり私が入社できるなんておかしいなんてことないよね⋯⋯?)

 

 帰宅後、妹の何気ない言葉で一気にテンションが下がるひとりであった。

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