大学祭に出場することになった結束バンド。
本番に向けてそれぞれの思いを抱えながら練習に励んでいた。
「ひとりちゃんってスターリーで活動してたんだー」
「あっそうです」
「あの時は名前しか聞いてなかったからもう会えないかと思ったよ」
「あっ私は名前も聞いてなかったです」
大学祭を間近に控え練習に熱が入る結束バンドだったが、ひとりはきくりに絡まれていた。
二人のやり取り見た星歌が意外そうな目で見る。
「えっお前ぼっちちゃんの知り合いなの?」
「そうだよぉ」
「えっ二人は知り合いなんですか」
紙パックの安酒を片手に拳を突き上げるきくりと、それを見て鬱陶しそうにしている星歌に関連性が見いだせないひとり。
「私の大学の後輩。それよりぼっちちゃんがこいつの知り合いな方が意外」
「ひとりちゃんってぼっちちゃんって呼ばれてるの?うけるー」
「えっあっ行き倒れていたところを介抱しました」
「はあ⋯⋯そんなことだろうとは思ったけど」
構ってほしそうなきくりを無視して経緯を説明する。
そこにうんざりとした気持ちを顔に出した虹夏がきくりに声を掛ける。
「あの帰って下さい。皆練習しているので」
「妹ちゃん、先輩に負けず劣らずの目をするようになったね⋯⋯」
「ライブ控えてるんだからぼっちちゃんの邪魔をするなら帰れ」
星歌も加勢して追い払おうとするが、きくりに怯む様子はない。
ぐいぐいとひとりに詰め寄る。
「ぼっちちゃんライブするの?どこどこ?見に行くよ」
「あっ虹夏ちゃんの大学で」
「大学祭かー!広いし沢山人くるしいいじゃん!」
「えっでもあんまり多くも困るというか⋯⋯」
言いながらひとりは少し表情を暗くする。
大学祭に出場が決まった当初は妄想をして新しいギターを買う程乗り気だったが、本番が近づくにつれて大勢の前でライブをすることに不安を覚え始めていたのだった。
きくりはそんなひとりの機微を見逃さなかった。
「ぼっちちゃんこれあげる」
「えっこれ」
「私の今日のライブチケット、よかったら見に来なよ。この前の恩返し」
ポケットからチケットを取り出し渡す。
初っ端の悪酔いしていた様子はどこへやら、温かな笑顔を浮かべたきくりがいた。
ひとりは大事そうにチケットを受け取る。
「ぼっちちゃん、人前が怖いんでしょ?」
「わっわかるんですか」
「なんとなくね。似た者同士っぽいし」
「えっそれってどういう⋯⋯」
疑問符を浮かべたひとりを置いて、きくりは結束バンドの面々にもチケットを配る。配り終えるやすぐに善は急げと号令をかける。
「よーし皆、新宿にレッツゴー!☆」
きくりの実力を知らない虹夏と喜多は胡乱げな目でその背中を見る。
号令に応答する者はいない。
「君たち返事がないよ!!」
一回り年下の人から微妙な顔をされているきくりを見て、ひとりは信用していいのかどうかをいまいち掴めきれないでいた。
きくりの先導で結束バンドの一同は新宿FOLTに来たが、ピリついた演者と威圧感のある店主に早くもぐったりとしていた。
「いっイキってすみません⋯⋯」
「おっお姉ちゃんに会いたい⋯⋯」
「後藤さんはともかく、伊地知先輩まで!!」
スターリーとは異なる雰囲気に加えて、ライブハウスとしての規模の大きさもひとりを萎縮させる。
(お客さん五百人はいる⋯⋯お姉さんってこんな人気なバンドだったんだ)
「どもーSICK HACKです。早速一曲目やりまーす」
「あっ始まったね」
そんな環境に物怖じしない気の抜けた挨拶。
この時を待っていたと一気に黄色い歓声があがる。
「志摩さまーー!」
「きゃーー!廣井さーんーーーーー!」
そして始まった演奏はひとり達にとっては馴染みのない音楽でなんとも微妙な顔になる。
「なんか掴みどころのない変な音楽ですね⋯⋯」
「人選ぶタイプのジャンルかもねー」
(サイケだ⋯⋯)
「サイケデリック・ロックは1960年代後半に生まれたロックのジャンルで、LSDなどの幻覚剤による体験を音楽で表現しようとしたもの。浮遊感のあるサウンド、エキゾチックな音階、独特のサウンドエフェクトを特徴とし、1960年台のヒッピー文化やサイケデリア・カルチャーと深く結びつ⋯⋯」
「先輩ってこんな流暢に喋れたんですね!?」
刺さる人には刺さる音楽なようで、その内の一人であるリョウはキャラを忘れたように語りだして喜多は驚く。
(それにしてもこのバンド⋯⋯)
曲のジャンルはともかくとして、バンド自体をじっくり観察すると見えてくるものがある。
見失いそうになる変拍子を完璧に叩くドラム。
感情的でそれでいてロジカルなギター。
そして全てを支えるベースの壁。
全てがひとりの心を強く揺さぶる。
心臓の鼓動がうるさくなっているのが自分でもわかる。
(でも⋯⋯なによりすごいのは⋯⋯お姉さんの圧倒的なカリスマ性⋯⋯!!)
観客全員がステージに釘付けになり、演奏を通して一体になる。
ステージにいる間は演者は
そして今。このステージで圧倒的にヒーローなのはきくりだ。
(やっぱりバンドって最高にかっこいいなぁ⋯⋯)
バンドに憧れ続けた少女の思い描いたきらびやかなステージがそこにはあった。
「ぼっちちゃーん、私のライブどうだった?」
「あっよかったです⋯⋯」
ライブ終わりの控室、そこにはひとりときくりの二人きりだった。
一仕事を終えタオルで汗を拭う姿が様になっているきくりに羨望の眼差しを向けるひとり。
「あっあの⋯⋯お姉さんすごく⋯⋯キラキラしてました。私なんかとても⋯⋯」
ライブで輝く姿を見た後で、より己の惨めさに思い至り卑屈になってしまう。
そんなひとりを見てきくりは過去の自分を見ているような気持ちになる。
「⋯⋯私って実はさ、高校までは教室の隅でじっとしてるネクラ学生だったのよ」
「え゛!?」
「あっやっぱわかる?陰キャ同士は引かれ合うって本当なんだなぁ」
あっけらかんと言う姿からはネクラ学生だったというのを想像することができない。
「酒飲み始めたのは初ライブの緊張を誤魔化すためだかんね!」
「あっそうなんですね」
酒にだらしないという印象しかないが、その背景を垣間見て思わず境遇を想像してしまう。
自分はたまたまサングラスとマスクに頼ったが、なにかが違えばきくりと同じく酒に頼ってしまっていたのかもしれない。
「初めてなにかをするのは誰だって怖いよ。私は酒に頼っちゃったけどぼっちちゃんはそうじゃないじゃん!だから自信もって!」
ひとりの手を取り訴えかけるきくり。
それは目の前の人を心から心配する優しい普通の女性だった。
「無理なら酒でドーピングしろ!って言いたいところだけどぼっちちゃんは依存しそうだからやめた方がいいよ⋯⋯」
「おっお姉さん?」
なにかのスイッチが入ったかの様に雰囲気がガラリと変わる。
「酒なしでライブできなくなっちゃったし、泥酔状態でライブするから毎回機材ぶっ壊してその修繕費に金が消えてんの⋯⋯」
「あっあの」
「借金まみれなのも築五十五年風呂なし事故物件アパートに済んでるのも全部酒のせいだーーー!!!!」
「あっあっあっ」
ひとりの呼びかけに応えることもなく、きくりは立ち上がり大声で宣言するように拳を突き上げる。
優しさ溢れる女性から限界バンドマンの登場という急展開にひとりはついていけない。
「ぼっちちゃんみたいな、まだ未来のある失敗してもやり直しがきく若者を見ると飲まずにはいられない!!」
やり直したい、とこぼしながらパック酒をあおる姿は哀愁が漂い、ステージ上での華やかさが嘘のようだ
そんなきくりを見て絶対に飲酒をしないと固く誓うひとりだった。
(あっ大学祭に誘いそびれた⋯⋯)