高校でもバンドを組めなかったひとりは就職活動に苦戦するが、なんとか町工場に滑り込みで就職することになったのであった。
「ここのつなぎ目にバリが出るから、このヤスリで除去するの」
「こうやって、軽く擦る感じで」
「終わったらエアーで削りカスを飛ばして、バリ残りを目と手触りで確認ね」
「バリ以外にも異物とかシルバーとか外観不良も一緒に見といてね」
「終わったらこの箱に並べて入れて印刷へ回すから」
「はっはあ」
入社日当日、入社にあたっての説明や工場内での安全教育を半日で終えたひとりは早速現場に投入されていた。
「これマニュアルあるからわからなかったら読んでね」
一通り説明が終わってから、冊子が台の上にポンと置かれる。
(マニュアルがあるなら最初に出せばよかったんじゃ?)
「結局は慣れだからとりあえずやってみて」
立ち上がり、座っていた椅子をぽんぽんと叩いてひとりに着席を促す。
言われるがままに着席し、作業を始める。
「後藤さんってギターは弾いたことある?」
「あっそこそこ」
「すごいわねー。私触ったことすらないから」
「えっそうなんですね」
ひとりは相槌と作業をなんとか並行作業で行い、ある程度の出来になったところで確認をしてもらう。
「あっこれくらいでしょうか」
「どれどれー、あーまだここ残ってるわね」
ピックの全周を指でなぞってから作業員は答える。
「ギターできない私ができる仕事だから後藤さんはすぐできるようになるわよ」
「そっそうですかね」
(それって関係あるのかな?)
その後は作業はひたすらピックの仕上げと確認の繰り返す。
コツコツと同じ作業の繰り返し、ひとりにとって苦痛ではなかったが、間に挟まれる作業員の話し相手が一番疲れるといった具合である。
「おっお疲れ様です」
「はいお疲れー。また明日ね」
(乗り切ったよ私⋯⋯えらい!!)
そうして初日の勤務を終えたひとり。バイト経験すらなかったひとりが覚えたのは今までにない充足感。社会へと大きく踏み出した一歩だった。
仕事の覚書メモが一杯になる頃には四月も終盤に差し掛かっていた。
ひとりは意外にも順調に適応し始めていた。
(工場勤務、私に向いてる!)
作業をある程度できるようになると、一人で黙々と作業をする時間が増える。
それはひとりには好都合な環境だった。
現場の同僚がいわゆる陽キャと呼ばれる人ではないのも幸いした。
(もうすぐ給料日、楽しみだなー)
仕事についていくのに必死だったひとりも、余裕が出始めていた。
出勤の足取りも軽やかになる。
(初任給はなに買おうかなー。そろそろ借り物じゃなくて自分のギターが欲しい!)
(お祝いにケーキもいるかな?)
余裕が出るどころか少々浮かれていた。
にやにやしながら朝礼場所まで向かって歩いていると、社長が声を掛けてきた。
「おはよう後藤さん。今週の金曜日に歓迎会をやるから、予定空けといてね」
「えっあっおはようございます」
(かんげいかい⋯⋯歓迎会!?)
(新卒社会人のトラウマイベント第四位の!? *1 )
「あ、あ゛あ゛」
告げるだけ告げて去っていく社長の背中が恨めしい。
ひとりのテンションは急降下し、乾いた笑いが漏れる。
(一発芸とかしないと駄目なのかな!?ハラキリショー⋯⋯?)
始業のベルがなるまでその状態は続いた。
歓迎会当日、昼休憩に使われている食堂にはオードブルやピザ、惣菜に清涼飲料水が並べられていた。
日頃同じ工場にいる現場の人に加え、普段は朝礼にいない営業や事務員も加わり場は賑やかだ。
そんな中、ひとりは端の席で気配を消してやり過ごそうとする。
しかし、主役を逃すまいと話しかける人がいた。
「営業の吉田でーす。後藤さんと前から話してみたかったんだよね。ほら、この会社若い子少ないじゃん?それに女子は特に。年が近い女子同士仲良くしよ!」
「あっはい」
「社会人五年目だけどこの会社に転職して二年目だからほとんど同期みたいなもんだから遠慮しないでね」
「わっわかりました」
明るい茶髪にスーツを着こなした女性。ひとりにとって畏怖の対象だ。
(現場にはいない陽キャだ⋯⋯営業って怖い。それにそんなに年近くないような)
「あ、社長から聞いたんだけど後藤さんギター弾けるんだって?私も最近始めたんだよね。ほら、ウチの製品ってギター関連とかライブグッズとかあるじゃん?それなのに誰もギター弾けないからさ。なら私がやってやるって!」
「そっそうなんですね」
「今日は持ってきたんだ」
そう言ってケースからギターを取り出してひとり以外の人にも見せびらかす。
「じゃーん!ギターでーす!」
「似合ってねーぞ!」
「ほんとに弾けるのか?」
やいのやいのとガヤが飛ぶ。
「ちゃんと練習してきたから!」
中年社員のヤジに物怖じせずに返すと、そのまま弾く構えを取る。
「それでは一曲」
簡単なコード進行によるストローク弾き。ただそれだけではあるが素人にすればそれで十分な出来であった。
(あれ⋯⋯なにか違うような)
しかし、ひとりはすぐその違和感に気付いた。
「まあまあだな」
「らしくねーぞ!」
「褒めるならちゃんと褒めろー!」
一旦盛り上がりが落ち着いた頃に吉田はひとりに感想を求める。
「私の演奏どうだった?後藤さん」
「あっチューニングが合ってない気がします」
「え」
(ってなに言ってるんだわたしはー!!!)
油断していたところに感想を聞かれて、思わず指摘してしまう。
「後藤さんすごいね!聞いただけでわかるんだ!」
「えっいっ一応⋯⋯」
それに対して嫌な顔をせずに逆にキラキラとして目で褒める。
「買った時に合わせてもらってからそのままなんだよね。あ、そうだ後藤さんチューニングできる?」
「でっできますけど」
「じゃあ、はいよろしく!」
返答するやいなやギターを渡され、ひとりは思わず受け取ってしまう。
「あっあのチューナーは?」
「?まだ買ってないよ」
「そっそうなんですか」
(チューナーを買っていないってどういうこと!?)
(チューナーなしでやったことないけど⋯⋯期待の目で見られてるし)
(ズレてるのは二弦だけだからなんとかなるかな?)
(ボトルネック奏法とか歯ギターとかの色物奏法は練習したけどチューニングはチューナー任せだったな。こんなことなら練習しておけばよかった⋯⋯)
ギター知識を総動員させながら音を合わせていく。
(一応得意のフレーズを弾いて確認しよう)
ひとりは手慣れた様子で弾きながら音を確認する。
ビブラート、チョーキング、ハンマリング、アルペジオ。
音の確認に集中し、人前であることを忘れて種々の技法を当然のように弾きこなす。
(⋯⋯いつも弾いてる感じかな)
「⋯⋯後藤さん、ギターめちゃくちゃ上手いんだね」
「あっあれ?」
ひとりにとってのただの音の確認であったが、傍から見ればプロが演奏しているようにしか見えない光景だった。
「後藤さんすごーい!!プロ並み、いやプロじゃん!!」
営業の吉田はその演奏にいたく感激した。
「みんなも聞いてたよねー!?」
感動の共有をしようと他の人にも確認する。
それに対して聞いていた者は皆一様に頷く。
「バンドとかやってるの!?」
「やっやってないです」
「なんでー?もったいないよ」
「なっ中々メンバーが集まらなくて」
「あー、これだけ上手いと釣り合う人いないから逆に難しいかー!」
「そっそれほどでもないというか、少しはあるかもですけど。⋯⋯へへっ」
浴びせられる怒涛の質問に思わずたじろくひとり。
褒め言葉にはきっちりと反応し喜びと謙遜を同時に表現する。
「後藤さんはバンドやりたいの?」
「でっできることなら」
「そうかそうか」
一転、神妙な面持ちで思案をする。
「それなら私に任せて!いい考えがある」
「はっはい」
(バンドメンバーに当てがあるのかな?)
いい考えの内容が気になるひとりだったが、それ以上聞くことはできはずもなかった。
ギターの件以降、ひとりはひたすら食べて話に相槌を打つだけの機械と化して歓迎会をやり過ごした。
すっかり暗くなった道を歩いて駅に向かう。歓迎会からの開放感に浸る体に夜風が当たって心地よい。
(昼は社会人夜はバンドマン⋯⋯これはこれでカッコいい!)
まだバンドを組んですらいないが、妄想が捗る帰り道だった。
後日、無料のチューニングアプリがあることを知り項垂れるひとりがいたそうな。
(もっと早く知りたかった⋯⋯)