虹夏に誘われてスターリーへと赴いたひとりは結束バンドに加入することに。
他の人と音を合わせるのが苦手と発覚するが遂にバンド女子としての一歩を踏み出したのであった。
「ぼっちちゃんも加入したことだし新曲作ろうか!」
「おー」
ある日のバンドミーティングにて虹夏は宣言した。
間延びした声でリョウが返す。
「適当な返事してるけど作曲するのリョウだからね。作詞はぼっちちゃんで」
「わっ私ですか!?」
「うん、青春コンプレックス?みたいな禁句多いなら自分で書いたほうがいいんじゃないかなーって?」
「虹夏はなにするの」
「どっドラムはバンドの潤滑油として役割がありましてー⋯⋯!」
リョウの素朴な疑問に虹夏は懸命に自分の役割を訴える。
「じゅっ潤滑油⋯⋯、なんだか目眩が」
「就活ワードもぼっちちゃんには禁句だったね」
「自分を例えるとなにか」というありふれた問いに対しての鉄板の返しフレーズを聞いてひとりは嫌な思い出が蘇る。
ひとりが一人の世界から帰ってくるのを見計らって虹夏は何気なしに問いかける。
「できたらボーカル入れたいんだけど、ぼっちちゃん歌えたりしない?」
「むむむむむむむ無理です」
「だよね⋯⋯。私は歌下手だし」
クイッと視線をひとりからリョウに移す。
「最悪私がやる。そうなると私のワンマンバンドになるけど」
「どこからくるんだその自信は」
「ぼっ募集とかしないんですか?」
「うーん、まあそうなんだけどね。いい人がいたらぼっちちゃんが紹介してよ!」
(あんまり乗り気じゃない?でもボーカル自体は欲しい感じ?)
掴みどころのない違和感を覚える二人のやり取りだったが、それを追求する術も度胸もないひとりだった。
翌日、自宅から下北沢へ向かう道中。横浜駅で乗り換えをしていたひとりは行き倒れの女性を発見する。
「み⋯⋯ず⋯⋯お水ください⋯⋯」
「あっはい!!」
うつ伏せで倒れたまま枯れた声で助けを求めるその姿は、横浜駅という迷宮に現れたゾンビのようであった。
思わず返事をしてしまったひとりはすぐに思いなおす。
(もしかして駅員か救急車か呼んだ方がいい?それとも警察?)
「それと酔い止め⋯⋯あとしじみのお味噌汁⋯⋯おかゆも食べたい」
「ウコンエキスも必要かも⋯⋯」
「介抱場所は天日干ししたばっかのふかふかのベッドの上で⋯⋯」
(すごい注文してくる⋯⋯)
「助かったー!本当にありがとう。名前なんてゆーの?」
「後藤ひとりです⋯⋯」
(やばい人を助けてしまった⋯⋯)
ひとりは駅内のコンビニでほぼ要求どおりのものを調達してきたが、それらを全て平らげた彼女を見て少し後悔する。
「お酒はほどほどにしないとね!って言ったそばから飲んじゃうんだけど!」
ひとりの尽力もあり回復したにもかかわらず、通路の地べたで酒盛りを始めてしまう。
通行人の見る目が痛い。人見知りには耐え難い。
あまりの状況にひとりは決断する。
(三秒後にダッシュで逃げよう⋯⋯)
「あっ私はこれで⋯⋯」
「あ!ちょっと待って!」
「はっはひ」
決断はすぐに取り消された。
「足が寝違えっちゃって立てない⋯⋯肩貸して⋯⋯?」
(足が寝違えるってなに!?それにお酒臭い⋯⋯)
渋々ながらもひとりは肩をかして彼女を立ち上がらせる。
「ライブハウスまで行けばなんとかなるからー!そういや君ギターもってるじゃん!弾くの?」
「えっあっそれなりに」
「私もベースやってるんだよねー。新宿FOLTってところで活動してるんだけど」
「しっ新宿ですか?いっ今から向かうのって」
「そうだよー!駅近で便利ー!」
「えっ今横浜駅です⋯⋯」
「あれー?昨日は新宿で打ち上げしたはずなんだけど」
(なんだか嫌な感じがする⋯⋯)
「ひとりちゃん、新宿まで送って?」
「あっえっあっはい⋯⋯」
一瞬の逡巡をしてから約一時間の介護を受け入れることを決めたひとりだった。
「ひとりちゃん本当にありがとねー!この恩は絶対返すからー!」
「あっはい、それじゃあ」
(あっ名前聞いてない⋯⋯)
酒の話から音楽の話まで色々なことを聞きながらなんとかライブハウスの前まで連れてきたが、相手の名前を聞かずじまいだったことを思い出す。
恩返しが履行されることはないのだろうと徒労感を覚えながら、駅までの道へと踵を返すひとりだった。
駅へと向かう途中、ひとりはストリートライブが行われている場所を通りがかる。
ギターを構えた若い女性がまばらな観客に向かって挨拶をしていた。
(ストリートライブ専用の場所があるんだ。東京ってすごい)
「みなさんこんにちは!精一杯歌うので聞いて下さい!」
(陽キャパワーが目にしみる⋯⋯!!)
大きな瞳と笑顔が眩しい、元気一杯な挨拶から演奏が始まる。しかし、ギターに不慣れなのか腕を大きく使ってストロークをしている。
そのせいか、時折リズムがズレて手元が覚束ない。音のメリハリもなくノイズ混じりの演奏だ。
(ギターは初心者だけど、この歌声は⋯⋯)
それでも歌に関しては聴くものをはっとさせるものがある。
快活なキャラとは違いロック調に合ったダークな声色、それが印象的だ。
安定した音程と声量で語りかけてくるような熱意の籠もった歌。彼女が自分のバンドで歌ってみたらどうなるのかと想像してしまう。
(この人なら虹夏ちゃんやリョウさんでも納得するんじゃ?)
彼女が歌う脇にある告知用のポスターをひとりは見る。
載せているSNSのアカウントを調べると、彼女はどうやらバンドを組んでいないようだ。
(勧誘したいけど初対面の人に話しかける!?もし断られたら⋯⋯)
(いや、私は就活を乗り越えたんだ、それくらいできないと⋯⋯!)
(バンドのギターボーカルを探していて、うちのバンドに興味ありませんか?)
脳内でひたすらシミュレートをする。
優雅に、かつ大胆に。気分は俳優だ。
「ねえ?あなた私に用事?」
「えっあっあの」
しかし、シミュレートに夢中で彼女が目の前まで接近していたことに気づいていなかった。
「バッギッボッ!」
「突然のヒューマンビートボックス!!」
(コミュ症にいきなり勧誘なんで無理だった!)
「ごっごめんなさい」
「あっちょっと待って!」
新たな黒歴史を更新したひとりはそのまま走り去ってしまった。
「ねぇ大丈夫?」
「すっすみません。ひっ久しぶりに走ったので⋯⋯」
ということもなく数歩でこけてしまい、差し伸べられた手につかまって立ち上がる。
「それで、私になにか用があったんじゃないのかしら」
「あっ今自分のバンドのギタボ探しててえっとそのよかったらどうかなって」
シミュレートとはかけ離れた早口で勧誘文句を口にする。
彼女は顎に手を添えて考え込む。
「いっいきなりこんなこと言ってすみません迷惑ですよね」
「ううん、そういうことじゃなくって私なんかでいいのかなって」
先ほどまでの印象的な眩しい笑顔がどこか曇ったように感じられる。
「さっきの演奏聞いてたならわかると思うけど、私ギター下手なのよね。家でやってる時はわりといい感じだと思ってもいざ本番になると毎回駄目なの」
「あっ多分それミュートしてないからだと思います」
「ミュート?ミュートしたら音が出ないんじゃないの?」
(ミュートできないんじゃなくて知らなかったんだ!)
あまりの無知さにひとりは唖然とする。
ギタリストとしての性か、流れるような手つきでギターを取り出し実演をする。
「えっえっと、こうやって音を出さない時は弦を抑えておかないと駄目なんです」
「えーっ!そうだったの!?」
「ひっ弾いてない弦も音が出るので」
「そういうことだったの。それにしてもギター上手いのね!」
「っえ?いやそれほどでも⋯⋯うへへ」
軽く演奏しただけで拍手までつけて褒め称える。
彼女の顔が再度明るくなった。
「ねえ、あなたはお名前は?」
「ごっ後藤ひとりです」
「後藤さんね、もしかして⋯⋯秀華高?二年三組じゃなかった?」
「あっはいなんでわかったんですか」
「私も同じクラスだったから!喜多って言うんだけど覚えてない?」
「えっあっそうでしたね」
(全然覚えてない⋯⋯)
偶然の同級生との再開。ドラマチックな展開だが、クラスメイトのことをほぼ覚えていないひとりには一方的に覚えられていてむず痒い感覚だった。
しかし、覚えていないとは言えないため適当に話を合わせてしまう。
「これもなにかの縁ね!よかったらギターの先生になってくれない?あ、私のことは喜多ちゃんて呼んで!」
「えっあっうへへ⋯⋯」
「いつ教えてもらえる?そういや後藤さんは大学生?」
「えっあっ一応働いてます」
「そう、それなら土日の方がいいかしら。今日はこの後空いてる?」
「わっわかりました」
(陰キャには断れない⋯⋯!というかバンドの話がうやむやに⋯⋯)
喜多のマシンガントークの前にあえなく撃沈するひとりがいた。
「ありがとう後藤さん!じゃあ早速やりましょう!」
「あっはい」
なし崩し的にギターを教えることになったひとりは、この後に控えてるバンドミーティングで虹夏とリョウにどう言えばいいかを悩むのであった。