ふとしたきっかけで新宿に立ち寄ることになったひとり。
そこでストリートライブをしている喜多と出会いギターの先生をすることを押し切られてしまう。
新宿を後にして約十分、ひとりと喜多の二人は下北沢に来ていた。
道幅の狭い通りに古着や雑貨店が並ぶサブカルの街並みを並んで歩く。
「後藤さんのバンドって下北沢で活動してるのね」
「あっ来たことあるんですか」
「前に組んでたバンドが下北系だったから」
並んで歩いた二人だったが、徐々にひとりが喜多の後ろに隠れて歩くようになる。
「高校生の時の話なんだけど。⋯⋯ちょっと、後藤さんが後ろだと道わかんないでしょ!」
「この街まだ慣れなくて⋯⋯恥ずかしい」
「こっちの方が恥ずかしいって!」
若者が多く集まり、おしゃれな店が多い街は新宿とは違う意味でひとりには馴染みにくいものだった。
「もっもうすぐなんで、場所はスターリーってとこで虹夏ちゃんとリョウさんがもういるはず⋯⋯」
「えっ!?」
喜多は思わず大声を出し後ろにいるひとりへと振り返る。
「⋯⋯そういえば後藤さんのバント名ってなんだったかしら?」
「けっ結束バンドです⋯⋯」
「お!ぼっちちゃーん!ようやくきた、って」
反対方向から虹夏の姿が見えた。中々スターリーに現れないひとりが店の前で入るのを躊躇している可能性を考慮して探しにきたようだった。
ひとりに声を掛けてからもう一人の存在に気づいて思わず叫ぶ。
「あーーーー!!」
「あひいいいいいいいいい!!!!」
指を指す虹夏に怯えるように悲鳴をあげる喜多。
「あーーーー、⋯⋯誰だったっけ?見たことある気がするんだけど」
「んんっ?」
予想していた反応と違い肩透かしをくらう喜多。
そこに遅れてリョウがやってくる。喜多の存在に気づきいつも通りの平坦な声で反応する。
「あれ」
「!!あああ⋯⋯あう、リョウせんぱい⋯⋯」
喜多の涙ぐんだ目がリョウに向けられる。
「⋯⋯誰だっけ。デジャブ?」
「お覚えてらっしゃらないんですね!?」
またしても肩透かしをくらい思わずズッコケそうになる。
目の前で繰り広げられる再開劇の様ななにかにひとりは困惑する。
(なんか訳ありの人連れてきちゃった?)
とりあえず中に入ろう、という虹夏の提案により四人はスターリーで改めて腰を据えて話すことになった。
「そっかーあの時の逃げたギターの子かー」
「ほんっとに申し訳ありません。なんでもしますからあの日の無礼をお許し下さい。どうぞ私を滅茶苦茶にして下さい!」
「誤解を生むような発言やめて!というか正直言われるまで忘れてたし」
「え?そうなんですか」
平身低頭の喜多に対してあっさりと返す虹夏。
リョウはそれを見て少しドヤ顔覗かせる。
「私は覚えてた」
「リョウさん⋯⋯!」
「だから毎年お線香あげてた」
「殺さないで下さい」
「いやさっき覚えてなかったじゃん!」
シクシクとウソ泣きをするリョウに二人はツッコむ。
「あの⋯⋯怒らないんですか?」
「もう何年も前のことだしあの日はなんとかなったしね」
俯く喜多にあっけらかんと返す虹夏。
「でっでもそれじゃあ私の気が収まりません!なにか罪滅ぼしさせて下さい!」
「そんな事言われてもなー⋯⋯」
(このままだとギターボーカルの件が忘れられてしまう!)
スターリーに入ってから話に入れないでいるひとりはなんとか当初の目的を果たそうと声を出す。
「あっあの!」
「わっ、急に大声出してびっくりした」
声を出し慣れておらず、話を切り出すのに力を振り絞り思わず大声になって虹夏を驚かせてしまう。
「すっすみません、そその昨日言ってたボーカルの話なんですけど」
「ボーカル?もしかして喜多ちゃんのこと?」
「はっはい」
喜多の方へ視線をやる虹夏とひとり。
「⋯⋯お誘いはありがたいですが、ライブ直前で逃げ出すような私のような無責任な人間は、バンドには入らないほうがいいと思います」
喜多は表情を曇らせて言うと席を立ち、帰り支度をする。
「これからもバンド活動頑張ってください。影ながら応援しています」
「あっちょ、まっ⋯まっちょかえら」
「面接で決めよう」
あたふたしながら喜多の帰りを阻止しようとするひとりの言葉を遮ったのは、リョウだった。
「面接?」
「ぼっちは面接なしで入った。喜多さんだけ特別にやる。それで皆納得」
三人を見渡してから再度、喜多に顔を向ける。
「やる?」
無機質な、それでいて真剣な目が喜多を見つめる。
その目を喜多は真っ向から受け止める。
「は、はい!やらせてください!」
「もう二人とも素直じゃなんだからー。じゃあそれっぽく準備しよっか!」
「はっはい」
虹夏の号令で面接の準備が始まる。
長机と三人分のパイプ椅子を置き、その対面にもう一つパイプ椅子が置かれる。机側には結束バンドの三人が座る。
「わっ私が真ん中ですか?」
「スカウトしてきたのぼっちちゃんだし」
「私は面接したことないから」
自分が喜多を連れてきたとは言え、いきなりの無茶振りに思わず逃げ出したくなるひとり。
対面に座る喜多が早くも心を切り替え面接モードになっているを目にし、なんとか過去の記憶から面接官を自身に憑依させる。
「あっえとお名前は?」
「喜多郁代です!できれば苗字の方で呼んでほしいです!」
「しっ志望動機は?」
「はい、元々はリョウさんに憧れていて結束バンドに入りました。ですがギターも弾けない状態だったのでライブ直前に怖くなって逃げ出してしまいました」
「えー!喜多ちゃんギター弾けなかったのー!?」
面接ではないテンションで虹夏がリアクションする。
「はい。その後、ギターに触れることはなかったのですが高校卒業前に私が持っていたのが、実はギターじゃなくて多弦ベースだということがわかりました」
「そっそうなんですね」
「それを知った時、当時練習しても弾けなかった心残りが出てきて、またやってみようと思ってギターを再開しました」
「なるほど、そういうこと」
全てを聞き終えたリョウは納得したように小さく頷く。
その隣では、面接官を任されながらほとんどなにもしていないひとりが落ち込んでいた。
(就活してた私よりしっかり受け答えできてる。私のアイデンティティが喪失する⋯⋯)
「あっえっと、次は⋯⋯」
「実技テストしよう」
「お、それっぽいね!」
なんとか進行しようとするが、リョウが遮る形で発言する。
(私の役目が⋯⋯。虹夏ちゃんノリノリだし)
「じゃあ弾き語りしますね!」
待ってたと言わんばかりにギターを取り出す喜多。
「いきます!」
抜群の歌唱と覚束ないギターのアンバランスな演奏。それでも、必死に歌い、かき鳴らす。それを三人は真剣な眼差しで聞き入る。
やがて曲が終わると、拍手が起きる。
「あ、ありがとうございました」
「喜多ちゃん歌うまいねー!」
「ギターは下手」
「ちょっとリョウ!正直過ぎ」
昨日と変わらない演奏であったが、一つ違う点があった。
「みっミュートできるようになってる」
「昨日は出来てなかったの?」
「はっはい、知らなかったそうなので私が教えました」
「そうなんだ。喜多ちゃん努力してるんだね!」
「いや、私なんてまだまだですよ」
緊張から解放され、場は一気に和やかなムードになる。
「で、どうするのぼっち」
「わっ私ですか?」
「面接官はぼっちだから」
「リョウが言い出したのに」
自分の役目は終わったとばかりにリョウはひとりに丸投げする。
ツッコむ虹夏もひとりを期待の目で見る。
「えっえと、じゃあ採用ということで⋯⋯」
「本当にいいの?私は一度逃げた人間なのに」
「あっ私喜多さんとバンドしたいです⋯⋯」
「私も喜多ちゃんにこのバンド盛り上げるの手伝ってほしいな!」
「後藤さん、伊地知先輩⋯⋯」
不器用な笑顔ながらもしっかり意思を示すひとり、過去のことを本当に気にしていないとにこやかに歓迎をする虹夏。
喜多は思わず目が潤む。
「ギターが増えたら音が賑やかになるしノルマも四分割」
「素直な言い方しなよ!」
茶化しながらではあるがリョウも加入を認める。
「⋯⋯先輩分のノルマ、貢ぎたい!」
「爛れた関係が爆誕しそうなんだけど!!」
いつもの虹夏とリョウのやり取りに喜多も加わり賑やかさが増す。そんな光景を見てひとりは感慨に耽る。
(勇気を出して喜多さんを誘ってよかった⋯⋯)
かくして、結束バンドは四人で活動することになった。