高校でもバンドを組めなかった後藤ひとり   作:大日小月

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前回のあらすじ

 星歌にバンドを続ける理由を持つように言われるひとり。
 その返答をオーディンションの場で演奏に乗せて伝えたのだった。


第九話 ぼっち・ざ・ろっく

 関東に接近していた台風は温帯低気圧に変わり、雨が恋しくなるような猛暑日が続く八月も半ば。ひとりと喜多が加入してからは初の結束バンドのライブ当日だ。

 本番間近のスターリーはすでに大勢の観客がいた。

 

「すごいお客さんの数ですね。一組目からこんなにいるの珍しいんじゃ?」

「私たち目当てとは限らない」

「こらリョウ!そういうこと言わないの。ぼっちちゃんが頑張ったんだから」

「かっ会社の人が結構きてくれるみたいで」

 

 ひとりは町工場という小さなコミュニティでノルマチケットの販売をしていたため、会社中に話が行き渡り興味がある人がこぞって来場していた。

 

「よし!じゃあ気合いれるために円陣組もう!」

「いいですね!」

「面倒くさい」

「はいはい、左手を出してーってぼっちちゃんどうしたの?」

 

 虹夏が問いかけた先には、ポケットに手を突っ込んでは出しを繰り返してなにかを探しているひとり。

 

「さっサングラスとマスク忘れました」

「そういや今日は練習中してないと思ったけど、忘れてたんだ⋯⋯」

「後藤さんいつもギターを弾く時サングラスとマスクしてますけど、ないと困るんですか?」

「ええっと喜多ちゃんは知らなかったんだっけ」

 

 人前で演奏する時の緊張をサングラスとマスクで緩和していたことを虹夏は説明する。

 

「マスクなら近くのコンビニで買ってくればいいんじゃ?」

「ほっ本番までに間に合わないかも」

「一曲目は三人でやるからぼっちちゃんは二曲目からでいいよ」

「でっでもギターソロが」

「そこは私がなんとかするからさ!」

 

 刻一刻と本番が迫る中、リョウが切り出す。

 

「ぼっちはどうしたい?無理なら今日は出なくてもいい」

「ちょっとリョウ!」

「いいから」

 

 以前歌詞を見てもらった時にリョウから聞いた、演奏中のトラブルが原因で辞めてしまった人の話が蘇る。

 自分も同じように思われてしまっているのでは、ひとりはそう考えずにはいられない。

 

(ここで逃げたら今までやってきたことが無意味になる⋯⋯!)

 

「わっ私は一曲目からやりたいです⋯⋯」

「わかった。下向いても後ろ向いてもいいから。郁代も歌に集中して」

 

 言いたいことは言い切ったとリョウは左手を出す。

 

「虹夏、円陣」

「ーーっっ!!わかったよ!私とリョウが合わせるからぼっちちゃんと喜多ちゃんは自分のことに集中してね!」

「はい!」

「はっはい!」

 

 

 

 

 

 ステージに上がると、一斉に視線が注がれる。

 好奇の目、無関心な目、値踏みするような目。

 

(サングラスがないと怖い⋯⋯けどこれが本来の私なんだ)

 

「結束バンドです、今日は暑い中お越し頂き誠にありがとうございますー!」

「あはは喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎー!」

 

 台本通りの挨拶から演奏は始まる。

リョウの助言通りに後ろを向いて弾くということはなかったが、顔はずっとギターだけを見ながら演奏するひとり。

 緊張で鼓動が速くなり、それにつられてギターを弾く手も速くなる。他を無視した独りよがりな演奏だ。

 

(虹夏ちゃんとリョウさんはなんとか合わせてくれるけど息が合ってない)

(喜多さんは歌うので一杯一杯な感じだ)

 

 一曲目が終わる。

 なんとか演奏の体は保っているとしか評することのできない有り様だった。

 

「全然パッとしないわ」

「早くくるんじゃなかったね」

 

 誰かが呟いた言葉が聞こえる。

 

(顔を隠してないだけでこんなに迷惑かけてしまうなんて⋯⋯)

 

 嫌な静寂が室内を支配する中、空気を裂くような声が聞こえた。

 

「ひとりー!」

 

(おっお父さん!?)

 

 ひとりを呼ぶ声に目を上げると、手を振る両親がいた。

 この空気の中で声を出すことは勇気が必要なことだっただろう。

 

「後藤さん!頑張れ!」

 

 それだけはない、ひとりが呼んだ会社の人たちも手を振っているのがわかる。

 

(そうだ、私のために来てくれた人がいるんだ)

 

 心折れそうになりながらも就活を続けてようやく就職したこと。

 展示会で虹夏と出会い結束バンドに加入したこと。

 勇気を出して喜多を誘ったこと。

 リョウに歌詞を褒められたこと。

 星歌のバンドへの思いを聞いたこと。

 今日に至るまでの出来事が脳内を巡る。ふと横を見れば、三人が心配そうにひとりを見ているのがわかる。

 

(⋯⋯もう大丈夫)

 

 口にはしないでギターをかき鳴らす。

 それに気づいた三人も頷ずきひとりの演奏に合わせる。

 二曲目が始まった。

 

「ちょっといいじゃん」

「ね」

 

 四人の息が合った演奏に会場は熱気を帯び、そのまま最後の曲まで盛り上がったまま結束バンドの初ライブは終わった。

 

 

 

 

 

「ぼっちちゃんが「ギターヒーロー」なんでしょ」

 

 ライブ後の打ち上げ中、店を抜け出し外で涼んでいた虹夏はひとりに確信を持って言った。

 

「えっうっあの⋯⋯ちがちが⋯⋯」

「実は割と最初から気づいてたけど今日ではっきりしたって感じかな」

「えっと⋯⋯そうです⋯⋯でもわざと隠してたとかじゃなくて⋯⋯サングラスとマスクをしてないと弾けないから全然ヒーローじゃないし⋯⋯最近は再生数も落ちてるし⋯⋯」

 

 罪を告白するかのように辿々しく語る。

 そんなひとりの言葉を虹夏は黙って聞き入る。

 

「私だと知ってショックですか⋯⋯」

 

 ネットの世界で得た虚像と現実とのギャップを露呈し、失望されてしまったといったようすのひとり。

 

「ううん、むしろぼっちちゃんでよかったと思った」

 

 しかし、虹夏はそれを否定する。

 

「あのさ、私、夢があるんだよね」

「あっ武道館ライブですか?」

「それもあるんだけど、本当の夢はその先にあるんだ」

 

 辺りはすっかり暗くなり、人影も少なく静かだ。

 

「スターリーはね、お姉ちゃんが私の為にバンドを辞めて作ってくれた場所なんだよ。だからお姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになって、お姉ちゃんのライブハウスをもっともっと有名にすることが私の夢!」

 

 両手を大きく広げて笑顔で言う。星のようにキラキラと輝いた笑顔だとひとりは思った。

 

「でも、ちょっと前まで人気のあるバンドになることは無謀かなって諦めかけてて⋯⋯」

 

(リョウさんが言ってた前のボーカルが辞めた話かな)

 

「そんな状況を壊してくれたのがぼっちちゃんだったんだ。ぼっちちゃんは私には本当のヒーローだよ」

 

 逃げたボーカルを再び連れ戻したこと。

 トラブルを自身で乗り越えてライブを盛り上げたこと。

 働きながら欠かさず練習に参加し作詞まで担当していること。

 ひとりは意図してやっていないが、虹夏からすればヒーローのような活躍ぶりだった。

 

「リョウは自分の音楽をこのバンドでやること、喜多ちゃんは一つのことに熱中することに憧れてる。みんな大事な思いをバンドに託してるんだ」

 

 一つ一つの思いを噛み締めるように虹夏は声に出す。

 

「ぼっちちゃんが今なんのためにバンドをしているか聞いてもいい?」

「あっ私は⋯⋯ギタリストとして皆の大切な結束バンドを最高のバンドにすることです」

 

 星歌に問われてからバンドをやる理由と続ける理由について考え、今日のライブを終えた末にたどり着いた答えだった。

 ひとりは目をそらさずに虹夏を見つめ、虹夏もそれを受け止める。

 

「顔を隠さないで今日みたいな演奏ができるようにならないとね。精進してくれたまへ」

「あっ頑張ります」

 

 ややあって、虹夏の冗談めいた発言で空気が弛緩する。

 いつもの結束バンドの空気だ。

 

「でも私、確信したの!ぼっちちゃんがいたら夢を叶えられるって!だからこれからもたくさん見せてね、ぼっちちゃんのロック⋯⋯ぼっちざろっくを!」

「あっはい!」

 

 ひとりの決意を祝福するように、夜空に一筋の流れ星が走った。

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