全部全部、わたしのせいにして。 作:皇という名字、格好良すぎないか??
多分数秒……だけど、かなり長い時間が経ったように思える。
瞳子お姉さんと見つめあってしまうこの時間が、どこか恐ろしい。
嫌な予感が頭をよぎる。
何と言われる? 怒られる? それとも呆れられる? ……嫌われる?
数々の可能性が頭を支配する。
「ゼロ様、紹介します。娘の瞳子です」
お父さんの声で、なんとか正気に戻れた。
そうだ、今の私はゼロなのだ。瞳子お姉さんのことなんて知らない。初対面であるべきなんだ。
「──瞳子さん、ですね。私はゼロ。
表情を作れ。笑顔でいろ。初対面の人とお話するかのように。
「……吉良瞳子です。お噂はかねがね伺っております」
「それはそれは。私はほんの少し手助けをしただけですよ。すべては星二郎さんの熱意があってのことです」
「ふふ、ゼロ様もお上手だ」
「本心を語ったまでですよ」
気持ちが悪い。吐き気がする。思ってもないことを口走ってしまったことが。
……もうすっかり、ゼロとしての仮面を被ることが出来るようになってしまった。後戻りは出来ないんだということを、日々突き付けられているようだった。
「さて、私は失礼させていただきます。研崎、あとは頼みました」
「承知いたしました」
お父さんは別件があるようで、行ってしまった。
……そっか、お父さんの秘書の研崎さんもいたんだった。瞳子お姉さんを見てフリーズしてしまったけど。少し申し訳なくなり、一声挨拶。
「よろしくお願いいたします。研崎さん」
「えぇ、よろしくお願いいたします。では早速、彼らのトレーニングを行っていただきたいのですが……どのように行う想定でしょう? いくらゼロ様といえど、計55名のトレーニングを一度に行うことは難しいのではないでしょうか」
「何、簡単なことですよ。彼らに、適切な対戦相手を用意するだけです」
──指を鳴らす。すると、無から人が生えてきた。
その人数の合計、55人。
『っ!?』
皆に驚かれる。感情が出ている。そりゃそうだ。完全に洗脳したわけじゃなくて、ただゼロという存在がいることにしただけで、正気ではあるのだから。
「ゼロ様、これは一体……」
「まぁ、私の分身のようなものです」
イメージの具現化。わたしはそう呼んでいる。
これまでのわたし単独でのトレーニング時、一人ではどうしてもサッカーを行う上での限界を感じていた。だから歴代のFFの試合や記録からイメージで相手選手、味方選手を想定するようになったのだけど、段々とただのイメージだけではトレーニングにならなかったから実体化させた、という感じだ。
だけど意思はない。私の思った通りに動く操り人形でしかない。表情も動かないし、言葉も発しない。出すのも消すのも望めば簡単に出来る。
そして一体一体を細かく制御する必要はないから、出して動かすことはそこまできつくない。
きつくない……けど、ここまで大人数の制御はしたことがないから、長時間は出来ないな。
もちろん、強さは控え目。今の皆の位置に合わせたつもりでいる。
「各チーム毎に調整しました。まずはこれに、ある程度まで食らいついてもらいます。実践形式でいきましょう」
皆の限界の、ほんの少し上くらいのレベルに。
……これは、せめての罪滅ぼし。これが終わったら日本代表のチームに選ばれるみたいに、何か得るものがあってほしいから。
わたしが出来ることは、これくらいしかないから。
──────
零とゼロは、別だ。
少しの会話ではあるが、瞳子の導き出した一つの結論だ。姿と声は非常に酷似しているが、実態が異なっていたためである。
何せ、瞳子が見たことがないような表情ばかりであったから。瞳子の知る如月零は、あのような気持ちの悪い笑みを浮かべなかった。恐ろしさなんて感じなかった。
で、あるはずなのに。
「(なぜ……とてつもない違和感を覚えているの?)」
自分の出した結論に反対する自分がいる。根拠は分かっている。どうしても、零とゼロを同一視してしまうから。ただ姿と声が似てるだけでは説明がつかない何か、があった。
「では、始めましょうか」
ゼロの声で、少し戻れた。
辺りを見るとすでにコートにあの子達と、ゼロの分身がいる。始まる試合を今か今かと待ち構えるように。
「──はじめっ!」
掛け声と共に、動き出す一同。皆が本気を出していることがすぐにわかった。
相手はエイリア皇帝閣下のゼロ、その分身。油断は出来ないとして最初から全力で向かったためであろう。
皆の成長は瞳子の贔屓目無しにしても早い。試合で仮に勝てなかろうと、良い試合をするのではないか。そう、思っていた。
──しかし試合の様子は、まさに一方的であった。
それぞれのチームが、片方のチームに押されている。点差こそ最大5点差と圧倒的というわけではないものの、片方は肩で息をしているのに比べ、もう片方は試合開始前から変化していない。どちらが優勢であるかは、点数と状況を見ても一目瞭然であった。
これでラフプレーが横行してるとかならば、瞳子も止めに入っただろう。しかしそれは見られない。本当に正当なサッカーをしていた。
故に、ただ見ることしかできなかった。
そして瞳子と同じように研崎もゼロも、ただ眺めていた。
「……ゼロ様。何故この程度に抑えているのでしょうか。上を見せつけるならば、もっと高い点差を出せばよいだけのこと」
「これは勝つための試合ではありません。トレーニングです。皆には、意識の改革をしてもらわねばならない」
「……意識の改革?」
「今回、各チームの弱点をつくように対戦相手を編成してます。点は弱点をついた副産物でしかありません。……瞳子さんなら、なんとなく分かるのではないでしょうか?」
「……!」
少し注意深く、試合の様子を観察する。
あるチームでは、攻撃の要となるパスをつなぐ選手の悪癖をつくように。これにより攻撃のチャンスを潰している。
あるチームでは、相手の立てている計算を崩すように。これにより計算通りにサッカーは出来ないのだと証明している。
あるチームでは、攻撃がフォワードのワンマンプレーになっているところを潰すように。これにより攻撃を一切させていない。
確かに、ゼロの言う通りになっている。
「そこを直接ご指摘されないのでしょうか?」
「私が指摘してもあまり意味はないのです。自らで弱点に気が付くことが大事なのですよ」
「……」
理由が、分からない。
ゼロからすればお日さま園の皆を鍛えることは、あまり意味のないことのはず。厳密には意味はあるが、ゼロ自らが鍛える理由はない。あのままロボットとのトレーニングをさせ、然るべき時にエイリア石を与えれば良い。星二郎の計画を進める道具だと認識していてもおかしくない。なら道具のように扱えばいいはず。
なのに今、チームの弱点を潰そうとしている。加えてそれを気付かせようとしている。手間でしかないはずだ。ただの道具であるならば、ここまでする必要は果たしてあるのだろうか。
故に、瞳子は分からない。
ゼロが、何を目的として動いているのか。
「……」
しばらくは、それを見つけ出すことに注力すべきなのかもしれない。
瞳子は静かに、トレーニングの様子と……ゼロの様子を、観察し続けていた。
────────
──勿体ない。
吉良星二郎の秘書・研崎が常日頃から感じていることである。
その対象は、
既に世界を掌握するだけの力を持ち合わせているにもかかわらず、星二郎と組んでしまっていることに対してだ。
その者の力は、並外れている。一体なにがどうなればそのような力を、人の肉体に落とし込めるんだというほどに。
──勿体ない。
その気になれば簡単に全てを手に入れられるだろう。富も、名声も、権力も。この星に存在するすべてを手に入れられるはずなのだ。
なのにも関わらず、野心は全くない。星二郎のただの自己満足に共感し、それを叶えるような計画を立案し、実行の手助けをしている。
ハイソルジャー計画もそうだ。
器が出来てから出ないと効力を発揮しにくい。そのために基礎トレーニングを行わせ鍛えている。なるほどそれはいい。しかし計画では、一部のチームにのみエイリア石を与え、それに対してトレーニングをさせることで、ハイソルジャーを育成するようだ。なんと効率の悪いことか。全員に対してエイリア石を与えれば、もっと効率よくハイソルジャーを作成出来るにもかかわらず。
それにこの計画なんて、本来不要であるはずなのに!
──非常に、勿体ない!
研崎には野心がある。世界を手中に収めること。そのために日本のトップ企業である吉良財閥に務め、秘書にまで上り詰めた。どこかで、トップになるための機会をうかがいながら。
そんな中に突如湧いてきたゼロという存在。無限の可能性を秘めたエイリア石を持って、顕現した。何故か出会った際の記憶は全くないものの、気が付けば吉良財閥の中心に、それはいた。
星二郎はゼロを心から信頼しきっている。何故なら自分のやりたい道を示したから。故にゼロを利用するなど微塵も考えていない。
だが、研崎は違った。どうにか、ゼロを自分の方につかせることが出来ないかを考えたのだ。そして実際、話をしたこともある。
『ゼロ様。あなたは世界を掴む力がある。このままここでそれを発揮しないままにしておくことは非常に愚かなことです。道は私が示します。どうでしょう、私と共に世界へ』
『申し訳ございませんが、そのようなことに興味ありません。今は計画がありますから』
『……冗談でございます。失礼いたしました』
断られた。自分の力が、どれだけ世界に影響するのかを全く分かっていない様子で。
──あぁ、なんと勿体ないことか。
だが、研崎は諦めていない。
何かしらの方法でゼロを手に入れ、世界も手に入れる。それが研崎だけの計画。そのために現在、エイリア石の研究に力を入れているのだ。ゼロの力の根源であるエイリア石を調べることで、得られるものがあると信じて。
いずれ、この『ハイソルジャー計画』を乗っ取る。
だが、それは今じゃない。十分にエイリア石に関する研究を進め、十分に計画を練った上で行うべきこと。
その時が来るまでは、潜伏の時だ。
故に、ゼロを観察し続ける。ゼロから得られる情報を、全て押さえるために。それが自身の計画の発展に繋がる可能性もあるのだから。
需要があると信じ始めました。