比翼連理の赤と青と   作:六九六

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四話 わたしたちのすきないろ

 例の騒動から一週間後の話である。あの蒸し暑い日から数えて三週間が経った。

「これ……指輪ですか?」

 赤城が不思議そうな顔でプレゼントを眺めていた。弓懸には未だに彼女自身の歯形が残っていた。

「ケッコンカッコカリのユビワじゃない、本物の結婚指輪だよ。加賀も、どうか受け取ってほしい。遅くなって、すまない。そして、選べなくて、すまない」

 私が頭を下げると、赤城も加賀も慌てた様子で顔を上げるよう言った。提督の、そういうところもお慕いしていますから、と、どちらともなく言われ、私は赤くなった顔を上げる。

 加賀は、着ける指がないのですが、と、いつもと変わらない調子で言う。否、いつもと変わらないよう自らに強いているような調子で言う。それは今までと違い、嬉しさを隠しきれない感情の抑え方だったようで、完全に口元が緩んでいた。皮肉のような言い方をしたのは照れ隠しだろう。無理をしてでも購入してよかった。給料の三ヶ月分を、自分の分も入れて三人分用意したのだ。喜んでくれれば、こちらも嬉しい。

「別の指に着けてもいいですけど、着ける指によって意味が変わるそうですし、ネックレスにするのはどうですか?」

 赤城がそう提案する。工廠に行けば、使えそうな紐や鎖は潤沢にあるだろう、とも。加賀もその提案に同意したようで、二人で工廠まで歩いて行くことにしたようだった。

 廊下で赤城が手を振りながら叫ぶ。

「提督! ありがとうございます! 私、二週間ごとに結ばれるよりも、ずっと、ずっと! 嬉しいです! ほら、加賀さんもお礼言わなきゃ!」

「あの……その、ありがとう、ございます。後で改めて、お礼をさせてください」

 赤城が、それはちょっといやらしいですよ、とはしゃいでいた。加賀はそれに怒り、大きな声で赤城を叱っている。加賀の表情は随分増えた。加賀は、飴細工なんかではなく、出藍の誉れの如く、もっとしなやかで強く美しい女性になるだろう。赤城は、あまり変わりがなかったが、そもそもマイペースなのが彼女なのだ。変わらない彼女は加賀を大きく変えた。青かった加賀を、朱に交わって赤くさせた彼女は、今や私をも染めようとしている。幸いにして私は白いので、どちらにも染まってしまおうと思った。あの時にした、安易な判断の先延ばしではなく、これが私の出した結論である。私は彼女ら二人を、愛していく。都合がいいと非難されても、私はあの二人を生涯をかけて愛していくと決めた。楽な道程ではないだろうが、妻たちとなら大丈夫だと、思う。人を恋慕うことは、強さなのだから。

 

 工廠へ向かい、どんどんと遠くなっていく二人を見ていると、片方が片方のサポートをしながら生きているという、あの『比翼の鳥』を思い出した。あれは男女の喩えだったけれど。

 赤い少女は自分の目で他人を見て、

 青い少女は他人の目で自分を見て、

 赤い少女は青い少女のために羽ばたいて、

 青い少女は赤い少女のために羽ばたいている。

 二人で一人で、仲が睦まじいのは君たちの方だ。

 でもきっと、加賀からは私と赤城が、赤城からは私と加賀が、そう見えているのだろう。もしそうなら、私たちは比翼の鳥でありながら、おしどり夫婦だ――なんて思う。

 

 これから、徐々に秋の影が見えてくる。何度繰り返してもそれは私たちのように変わらないのだろうと思う。窓の前に立つと、眼下には非番の艦娘たちが鬼ごっこをしている様子が広がっていた。この景色もきっと、変わらないのだろう。それは停滞ではなく、変わらないことを選択するという成長なのだ。

「『色は思案の外』って言葉を知っているか」

 私は誰もいない司令室で、誰に言うでもなく語りかけた。

「愛情にはどんな常識も通じないって意味、らしい。私は最近、身を以って知ったよ」

 返事をする者はいない。私は窓に語りかけているので、当然だ。司令官室には私の他に誰もいない。

「私は、妻たちのことをずっと考えていたつもりだけれど、確かに、赤色も青色も、思案の外のことばかりしてくれた」

 そして、私自身も、二人の妻を持つという常識外れの結論を出したのだ。

 妻たちがしていたように、私は空に向けて指輪をかざしてみた。どうだ、いい指輪だろう。妻たちとお揃いなんだ――と私は空に向かって自慢をする。

 空は返事こそしなかったが、光を遮っていた雲を流して、私を強い陽光で照らしてくれる。

 意匠の凝った小さなルビーとダイアとサファイアが並んだ指輪がそれぞれの色を反射した。

 

 それは、私たちの好きな色だった。

 

(了)

 








 読んでくださり、ありがとうございます。作者の696と申します。
 以前、雷ちゃんの話を書いて艦これの二次創作には満足していたのですが、別サイトで感想をいただいた方から「次回作があれば必ず読む」と言われ、嬉しくなってもう一作書きました。
 そのため、一話にすべてを詰め込んだ前作に比べ、暁での投稿用に各話に分け、話名を付けました。「白い難色」とかいうのがそれです。

 今回はタイトルになっている「比翼連理」と「色」がテーマでした。ちなみに、登場人物は、提督=白、赤城=赤、加賀=青、漣=桃、五月雨=水色、朧=金、潮=黒のようにすべて違う色にしていたり、また、作者が普段「様々」と書くところを「色々」にしていたりと、変なこだわりを発揮しています。だからどうした、という話ですが。
 ちなみに、今回はたまたま四話構成にしましたが、見事に起・承・転・結になっております。せっかくなので、四話すべて、それぞれの最後の一行は色の名前が出てきています。これも、だからどうした、という話ですが。

 作者は普段、ミステリのようなものしか書いていないので、三角関係の恋愛模様を書くのは楽しかったです。
 同時に、赤城は二次創作では腹ぺこキャラだったり、加賀に反して底抜けに明るいイメージのキャラですが、公式では意外とそうでもなく、普通のきりっとした女性なので書くのに苦労しました。『食って掛かる』とか『私は――意地汚くありません!』とか、ネタは入れさせてもらいましたが。
 加賀は加賀で、うっかりすると地の文で「加賀さん」とさん付けで書きそうになったり、提督が敬語になったりしていました。なんとなく敬語になってしまうキャラですよね。加賀さんって。

 ちなみに、加賀が「私にいい考えがある」という失敗フラグを重すぎる形できちんと回収していたのですが、雰囲気がシリアスだったので書くのはやめました。が、せっかくなのであとがきで消化しました(やりました)。

 前回の話もそうですが、作者は完全に加賀の心境になってしまって、号泣しながら書いていました。もしよろしければ、そんなアホ作者に励ましのお便りをお願いします。

 最後に、私の次回作を期待してくださった方に感謝と、皆様にこの小説が口に合いますように、という願いを込めて、これから暁の水平線に勝利を刻んできます(艦これやってきます)。

 それでは、あとがきもすべて読んでいただき、ありがとうございます。

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