スティル鬼つええ!このまま逆らう奴ら全員ブチ抜いていこうぜ!   作:スティル可愛すぎるインラブねぇ

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運命外の人

「はぁ〜あ。どうすっかなぁ」

 

季節外れのうだるような暑さの月夜。 自身が住むトレーナー寮の近くにある少し大きい公園で彼はブランコに腰掛けてひとりごちる。

 

「まぁ、何年も良く面倒見てくれたよな。最大限に使い切られただけな気も……しないではないが……」

 

数年前、中央トレーナーライセンスを見事一発合格で取得したものの、コネもツテも金も無い着の身着のままで世界に名だたるトレセン学園に飛び込み、見事に孤立した。危機感を覚えた彼は誰か、わかる奴に教えてもらうしかねぇと自らをサブトレーナーか何かとして売り込む事を

決意した。手始めになんでも出来るしなんでもやります!と取り敢えず一番近場のチーム部室を訪ね、一度目で営業に成功した。

営業先が身体中に歯型だらけのカタギに見えない初老の男性だと気がついたのは、

 

「何でもやるっつったな? やってもらおうじゃねぇか。と言うか助けてくれ、頼む」

 

と返答があってからのことであった。

数年間、本当に何でもやらされた。

 

「おい、ウインディ。これからはこいつも噛んでいいぞ。いや、こいつだけ噛め」

 

と言う謎の言葉と共に背後から襲いかかってきた痛みによる絶叫から始まり、ゴール直前の噛みつき事件の後始末と名誉回復のための猛特訓、新たにスカウトした前代未聞のオールラウンダーの育成、徹夜徹日でベタ塗りトーン張り果ては香港遠征やドバイ遠征などを経て、ウインディと画策して半分ジョークでファンシーでキュートな花束を強面であるからその名で呼ばれている大親分に贈ったら、

 

「おい、俺ぁ、もういいわ。満足しちまった。跡目はおめぇに譲る。しっかりやれよ」

 

とうっかり超ビッグネームを引退をさせそうになり必死で慰留するなどしていたら、いつの間にか数年経っていた。忙しかったが、夢のようにずっと楽しかった。そして少し前、いつもの様にトレーニング用具の整理や確認をしていたら、だしぬけに大親分に声をかけられた。

 

「おい、おめぇ、もういいだろ。そろそろ1人でやってみな」

 

「……お役御免ってことでしょうか?」

 

「バカ、免許皆伝だよ。最近こそこそそう言う準備もしてたろ?良いぞ、もう明日からでもよう」

 

「おお!ついに子分さんの独り立ちですか!ぐふふ、担当するウマ娘ちゃんの目星はついておられますか?よろしければ僭越ながらこのデジたんめがリストアップをば」

 

「いや、それ絶対今日ではおわんなさそうだからいいわ。まずは自分の目と足で探してみるよ。いざとなったら全力で頼るぜデジたん」

 

「そうでしゅかぁ……お決まりになった暁には!ぜひ!ご紹介を!」

 

「そうかー。出てくのか子分。しっかりやるんだぞ子分!寂しくなったら遊びに来ていいからな!明日は何する?」

 

「明日は無理だな。ごめん親分」

 

流星の部分をさりさりと指先で撫でる。うー、と涙目で呻いてはいるが噛み付いてはこない。成長したな……!

 

「ばーか!寂しくて泣きついて来ても無視してやるのだ!外周いってくる!」

 

走り去ってしまった。噛まなくてえらい。

ウヘヘヘヘトレウマご馳走様ですみたいな声は完全に無視する。

 

「悪いな、長ぇことこきつかっちまって。まぁおめぇは若ぇ頃の俺よりずっと器量も要領もいいから何とかならぁ。すぐに良いセン行くと思うぜ。全盛期の俺には全く及ばんがな!」

 

「あなたの全盛期っていつですか大親分……古くはみんなのヒーロー、直近であんな勇者まで育てといて」

 

恍惚とした顔でノートに何か書き込んでいるらしいアグネスデジタルを目で指し示す。彼女は全戦全勝というわけでは無いが、芝だろうとダートだろうと海外だろうとどこでも走ってどこでも勝ったと言って良い、おそらく空前絶後の記録を持つウマ娘だ。

 

「ん?言われてみりゃあ確かにそうだ。なんだおめぇ全然まだまだだな!残るか?」

 

「いえ、一人でやります。やらせて下さい。本当にお世話になりました。いつかあなたとも戦える、いや負かすぐらいにはなりますので、それまでどうか元気で」

 

「たっはっはっ!まぁ待ってやらぁ!あんまり何年もかけるなよ!」

 

そして、今に至る。

全然、全然全くあのチームに残っても良かったんだが、あそこまでお膳立てされれば出て行く他ない。 そしてこの職業を選んだ者の例に漏れず、自らとウマ娘の二人三脚で掴み取る栄光にも興味がないわけでは無かった。

しかし、

 

「目が肥えちまうよなぁ、何年もあんな環境にいりゃあ」

 

ここ何日か、教練受けてる子を見たり選抜レースを何本か見たりしたが、まっっったくピンと来ない。

これは、と思った子もいないでは無かったが、彼が気づくような才能には他も気づく。殺到するスカウトに混じって競り勝とうという情熱が湧く事は無かった。

 

「アドマイヤグルーヴは……ちょっと惜しい事しちゃったかなぁ。まぁ彼女より俺を選ぶ理由は無かっただろうから無理な話か」

 

先日の選抜レースにて、デビュー前とは思えない完成度の高い身体と流麗な走りを見せた彼女は、あの女帝エアグルーヴを始めとするティアラ路線の名バ達を擁する名チームの女性トレーナーに熱心に口説かれていた。それをボーッと眺めている間よく目が合った気がするが、まぁまさしく気のせいであろう。諦めて踵を返しても何か声をかけられることは無かったし。

しかし、大見得を切って古巣を飛び出して結構経つというのに、未だ収穫0である。戻るにも頼るにもちょっと時間をかけ過ぎた。組織内ニートの匂いを嗅ぎつけた組織人に新たな仕事を振られそうになっているので緑の服からは逃げ回り、学園内で偶然古巣の人達と会った時はあっ……うっす!と目を逸らしてそそくさと去る始末である。

別に何も考えていないのに考える人のポーズでうーむとうなっていると、視界の端を紅い光が二つ掠めた。あんなにも暑かったのに寒気が襲ってきた。肌が粟立つ。

 

「なんだ?自転車?いや……足音だ」

 

すぐに光の正体は明らかになった。ウマ娘の目だ。目が紅く輝いている。ウマ娘が、公園を走っている。このセンテンスにおかしな所は何も無い。だが……

 

「あはハははハハ!」

 

異様だった。走れるように設計されてるとは言え、トレセン学園の制服のままで全力で走る者はまずいない。表情も異様に蕩けていた。

 

「なんだ、あの子」

 

めちゃくちゃなフォームだ。地面を蹴るべき力が脚に流れず手や頭に逃げている。風を避けようとせずまともに空気抵抗を受けてしまっている。なのに……

 

「なんであんなに速い?」

 

心臓が高鳴る。走り去る彼女を目で追う。

 

「このコースならゴールは……あの高台かな」

 

ブランコから立ち上がり走り出す。

もし、もし、あの子に正しい走り方を教える事が出来たなら。あの力を全て、誰よりも速くゴールに辿り着くためだけに使えたなら。一体、どれほどの……

この公園のランドマークである街を一望できる高台に至るには、階段で直接登るコースと緩やかな傾斜を遠回りに登っていくコースがある。急いで階段を使い先回りを試みた。 

だが、彼女は既に高台にたどり着いていた。なんて速度!何やら月を見て黄昏ているようだ。すれ違わなくてよかった。何とか息を整え、声をかける。

 

「よう、いい夜だな。君、もうトレーナーと担当契約はしてる?名前だけでも教えてくれないか?」

 

無感動な紅い目がこちらを見た。

 

「? あら、ワタシに話しかけてるの?ええ、ええ、良い夜ね。月が、あんなにも明るい。明るい。明るい。あぁ、明るい明るい明るい。ええ、ダメね、夜はもっと暗くないと。でないとワタシが暴かれる……ダメなの?……暴いて、暴かないで、暴いて暴いて……あぁ……喰らってしまいましょうか……月も……貴方も!」

 

「おい、どうした?まさかなんかキメてんじゃないだろうな……」

 

熱中症による錯乱か、或いは……と表情や虹彩を確認するために近づいてかがみ込む。

 

「ああ、貴方から来てくれるのね。ええ、ええ、頂くわ。もちろん。ああ!」

 

両肩を捕まれ、

 

「いタだきまス!!」

 

飛びついてきて首の左側に噛みつかれた。

常人であれば腰を抜かしたりあるいは気を失うほど恐怖する場面だが、彼はサブトレーナーとして過ごした日々により噛みつきに耐性があった。

その日々の中で、彼はシャレで済む位置であればデコピンで済ませたが、センシティブな位置や急所への噛みつきには、例外無く鉄拳制裁で応じてきた。今回のそれは鉄拳では足りない。と、彼の体は自動的に判断した。

 

「痛った〜〜〜っ!? 何すんや!」

 

身をよじりながら右手の拳を薄く折り畳み所謂猫の手にして第二関節を彼女の顎に、左手の掌底をこめかみに衝撃だけを残すように同時に一瞬だけ当てる。こぉん、とどこか間の抜けた音がした。

脳が直接激しく揺さぶられる事で、彼女の身体から力が抜けるのが分かった。

今の一連の動きは、アグネスデジタルの香港遠征にサブトレーナーとして同行した折、なんか嘘だろってぐらいラーメンマンみたいな風貌の奴の落とした財布を拾って渡してやったらいたく気に入られ、

 

「オマエ多分コレ覚えた方が良いアル」

 

と絶対ラーメンマンではない台詞とともに教わった技である。

 

「あっ……やっべ」

 

青ざめながら抱き止める。

 

「おい、大丈夫か?悪い、やり過ぎた」

 

反応が無い。完全に意識が飛んだようだ。

 

「こ、こう言う時って救急?警察?うわ何だ急に暑っちぃ!」

 

妙な寒気が霧散し、じっとりとした暑さが戻ってきた。ここにいた所で2人とも熱中症になるだけだ。

 

「とりあえず、俺の部屋が一番近いか……生徒に手を上げた上に持ち帰り……破門で済むのかこれ? クビ?」

 

一瞬考え込むが、目の前の状況より優先する事では無い。

 

「まあ、なるようにしかならんわな……体温高っけぇなウマ娘は!」

 

背に彼女を担ぎ、汗だくになりながら階段を降り、公園を抜け、奇跡的に誰にも見咎められずに帰宅した。

彼女をカーペットに下ろし、靴を脱がせ、頭にクッションを敷いてやる。

 

「さて、どうしたもんかね」

 

彼女の靴を玄関に置きながらひとりごちる。

振り返り彼女の様子を見る。

すぅ。すぅ。と規則正しい寝息を立てている。少なくとも救急車は呼ばなくて良さそうだ。柔らかな長い栗毛を覆い隠す白いベールも、少女然とした華奢に見える体も、陽を一度も浴びた事がないかの様な白い肌も、全く童話の世界から飛び出して来たかの様だった。

 

「起きると、ああなんのかね……寝てたら天使じゃん」

 

冷蔵庫からペットボトルを2本取り出し、1本は自分で飲みながら彼女が起きるのを待つ。あっと言う間に飲み切ってしまった。暑すぎる。

 

残りのペットボトルを彼女の白い頬に押し当てる。

 

「う……」

 

目を覚ました。

 

「よう、回復が早いな。完璧に入れちまったと思ったが。気分悪く無いか?コレ飲んどきな」

 

ペットボトルを差し出す。

 

「だ、誰ですかっ? ここは?」

 

上体を起こし、後退り狼狽しながら辺りを見渡している。

 

「いや、公園で君に襲い掛かられてやむを得ず迎撃したら顎に綺麗に入り過ぎて気を失わせちゃってな、放置する訳にもいかんから俺の部屋に連れ帰ってきた。本当に申し訳ないと思ってるが同じ事をされれば同じ対応をするのでできればもう噛み付かないでほしい。あと、蓮見俊一、トレーナーです。これバッジね。現在フリー。って、あれぇ?何か全然様子が……誰だ君?いや、いつ入れ替わるってんだ……二重人格ってやつか?」

 

 

「……あぁ、私、とうとう事件を起こしてしまったの……」

 

俯き、クッションをぎゅっと掴みすすり泣きでもしそうな深刻な雰囲気を出しはじめた。勘弁してくれ。壁そんなに厚くないんだよこの寮。

彼女の肩に右手を置き、頭頂部から囁きかける。

 

「落ち着いて、落ち着いて。息を吸って。はい吸って〜〜〜……吐いて〜〜〜………吸って〜〜……吐いて〜〜……君の事、ゆっくり話してくれるか? これ飲んでからな」

 

よく冷えたスポーツドリンクのペットボトルを再度差し出す。

 

「ありがとう、ございます」

 

今度は受け取ってくれた。

こくこくと飲み下すたびに動く彼女の白い喉を眺める。なんか暑かったもんな今日。

 

「まず、君の名前から」

 

「……はい、スティルです。スティルインラブと言います。あなたの言う通り、私の中にはもう1人います。闘争の快楽と背徳を求める、原初の血が……」

 

何言ってんだコイツ?と思ったことはおくびにもださず、優しく続きを促して聞き出して行く。話したいやつにはまず全部話させるのがコツだ。出し切って最後に残った物が本音で、何もなければそれまでに出たものが本物だという事になる。

厄介な事に彼女は後者の様だった。

彼女の話をまとめると、子供のころにレースに魅せられ、自分も多くのウマ娘と同じ様に走る事を志したが、走ろうとすると先程公園で見た様に”ああ”なってしまうのだと言う。走る度に周りから人が居なくなり、気味悪がられるのは辛いが、どうしても走る事を諦められず、トレセン学園に来たとのことだ。

先程公園に居たのは、月に何度かは完全に中の子を制御出来なくなることがあり、夜にこっそり抜け出しては走って発散していたから、と言うことらしい。

 

「そうか。凄いな。よくトレセン学園に来ると決めてくれた。よく来てくれた。改めて、俺は蓮見俊一だ。トレセン指折りの老舗のチームアケボシでサブトレーナーとして大親分に長く世話になってたが、つい最近独り立ちしたんだ。知ってるか?最近だとシンコウウインディとかアグネスデジタルとか。学園で俺を知ってる奴はみんな俺を子分って呼んでる。名前を呼ばれた記憶が無いからそっちの方が通りがいいかも知れない。レース中に物理的に噛み付く奴と興奮してよだれ垂らしながら走る奴などへの指導には多少の心得がある。君の問題は確かに深刻だが、中央では個性で済む、ようになるかもしれない。俺も全力を尽くす。何より、君をちゃんと走らせてやりたい。走りたくてトレセンに来たんだろ?きっと、君は走れる。それもすごい舞台で。君が、最高の舞台で走れるようにしたい。俺と担当契約を結んでくれないか?」

 

「えっ?えっ?あっ、その……あれ?なんで」

 

目を白黒させる彼女を見ながら、いっぺんに色々言い過ぎたか?と返事を待っていたら、突如彼女の雰囲気が一変した。紅い目を怪しく歪ませ破顔する。

すぐにわかった。公園で見た彼女だ。

 

「情熱的なのね。ワタシの愛を拒んだくせに。ワタシを御せるつもりでいるのかしら?」

 

這い寄ってきて、人差し指の爪を服の上から心臓の位置にグリグリと押し付けられる。抉り出そうとしてる様な動きだ。

ここでナメられきったらこの先数年の立場が固定される。踏ん張りどころだ。胸に突きつけられた指を握り込み、負けじと犬歯を見せつけながら見下ろしてやる。

 

「愛の定義に俺とは大きく齟齬があるようだが……威勢のいいガキは大好きだぜ……仕込みがいがある。命懸けで調教してやるよ」

 

「うふふふふ。……こわぁい♡」

 

………多分虚勢を見抜かれはしたが心意気は買われた、といった所だろうか。

この子ともうまくやりたいんだがなぁ。難しいだろうなぁ。ため息の代わりに、

 

「ふん」

 

と鼻を鳴らすと、握っていた指が急激に熱くなるのを感じた。

 

「ん?」

 

「ちょう、きょう……わわぁ……」

 

瞳から妖しい紅い光が消え、代わりに白磁の肌を真っ赤にした彼女と目が合った。

 

慌てて指から手を離し弁解を試みる。

 

「あっ、えっ?スティルか!?中の子と替わってる時も全然普通に聞いてんのね!?ごめんな怖かったなキモかったな! 君にするのと同じ態度で会話になるかわかんなかったからさぁ……っていやこれも中の子に聞かれてんのか!どうすりゃいいんだ!」

 

「だ、だいじょうぶ、だと思います……。協力する、と言っています」

 

「じゃ、じゃあ、契約成立か!?やっったー……!」

 

「トレーナーさん、声が掠れて……もしかして、どこか痛むのですか?」

 

「いや、壁あんま厚く無いんだよこの部屋。大声はちょっと……もう遅いだろうが」

 

「もう遅い……あ、門限」

 

「うん?ああ、もう気にする意味もねぇ時間だな。うーんどうしよう」

 

彼女の視線の先、壁にかかった時計が指し示す時刻は22時40分。トレセン学園の生徒たちの寮の門限は22時に設定されている。

 

「その、門限を破るのは、初めてではないのです。ルームメイトが窓の鍵を開けてくれているはず……」

 

「ええっ……君、やっぱり普通に不良少女なんじゃないか?」

 

「ち、ちがっ……うぅ、はい……」

 

「うーん、いや、やっぱり不要なリスクを負うべきじゃない。お互いにね。ぐったりした君を近所の公園で偶然見つけて落ち着くまで保護した、と言う事でいいだろう。そんなに嘘は言ってない。寮まで送るよ。栗東?美浦?」

 

「り、栗東寮です」

 

「フジキセキのとこね。ちょっと待ってて」

 

スマホを取り出し、連絡先を呼び出し発信する。コール音が鳴り始める。

 

「……出るかな。あ、もしもし。こんな時間にすまない。君のとこの寮生のスティルインラブを保護してね、ああ、うん。自主トレ中にトレーナー寮の近所の公園でぐったりしてた彼女をみつけてね、ひとまず俺の部屋で休ませた。落ち着いたようだから今からそちらに送ろうと思ってる。うん、見てわかる怪我はしてない。ああ、悪いね。アイスか何か買ってこうか? 冗談だよそんな怒んないでよ……あ、爽?食べるのね。うん、今から行きます。ごめんね。ちょっと待っててな。うん、ありがとう」

 

通話を終了し、スティルに声をかける。

 

「よっしゃ、行こう。まずコンビニで賄賂を仕入れる」

 

「えぇっ!」

 

どうせもう間に合ってないんだからゆっくり行こう、と2人しててくてくトレーナー寮とトレセン学園の間にあるコンビニに向かっていると、スティルインラブが声をかけてきた。

 

「あの」

 

「うん?」

 

「どうして、私を怖がらないんですか?」

 

「……?え、何?怖がってほしいのか?」

 

「ちが、違います!だって、私、こんななのに」

 

「うーん、なんと言えばいいか……君、まだトレセンに来て日が浅いだろう?まぁ、そのうち分かるよ。あっ!君の悩みを軽んじているわけでは無いからな!それは勘違いしないで欲しい!」

 

「は、はい。わかりました」

 

自宅からトレセン学園への道中にあるコンビニに到着。入店音と共に、過剰に冷やされた空気を浴びる。真っ直ぐアイス売り場に向かう。

 

「っしゃー涼しー。スティルは何食う?俺は雪見だいふく買っちゃうもんねー」

 

「いえ、私は……」

 

「爽一個だけだったら体積足んなくて溶けちまうよ。俺は寮の入り口までだから行きながら食べちゃうし。人助けだと思ってさ。なんか選んでよ」

 

「その、実はこういうものはあまり食べた事が無くて……」

 

「おっ。お嬢様だったか。まぁトレセンには珍しくもないわな……じゃあ、これにしとくか、アイスの実。もし口に合わなかったら袋にご自由にどうぞって書いて寮の冷凍庫に入れとけばすぐに無くなるよ。ああ、ルームメイトがいるんだっけ。まぁ、君に任すよ」

 

アイスを3つ持ってレジに向かう。

 

「袋下さい。長い方の木のスプーンってある?ああ、ありがとう」

 

 

 

「ありゃしたー」

 

と言う店員の声と共に一歩外に出たら、季節を先取りし過ぎた蒸し暑さが襲って来た。

 

「暑っつ……なんだ今日は。袋持ってて。俺今食べるから」

 

「あ、はい」

 

歩き出しながら、ぺりっぷすっパクっと流れる様に一つ食べる。

 

「うまい」

 

「その、お餅の中にアイスが入っているのですか?」

 

興味を隠しきれない、と言った様子で聞いて来た。多くのウマ娘の例に漏れず、彼女も甘味を好むらしい。

 

「……本当に食べた事無いの?そりゃ良く無い。ほら、一個あげるよ」

 

残りひとつをピックに刺して口の前に差し出す。

 

「えっ!?あのっ」

 

「いや、両手で袋持ってるから……ピック口に入れてないし汚くも無いよ? 嫌ならまぁ、仕方ないが……ごめん、馴れ馴れしかったな。ちょっとはしゃいじゃった」

 

「た、食べたいです!けど、ただ、私そんなに大きく口開きません!」

 

「あ、そうなの。じゃあ袋持つね。はいどうぞ」

 

 

袋を預かり、アイスとピックを箱に戻して渡す。

 

「も、もう。初めてこんなに大きな声出した……いただきます。」

 

恭しい、という他ない所作で雪見だいふくをピックで3分の1ぐらいを切り出し、本当に小さい口に運んだ。なんか抹茶でも点てなきゃいけない気がして来た。

禍々しい紅い光ではなく目が輝き、耳と尻尾がピンと立ったのが見えた。

えらく長く咀嚼している。ようやくこくんと飲み込むと、嬉しそうに話し始めた。

 

「お、美味しいです。ぎゅうひでアイスクリームを包んでいるのですね。柔らかくて冷たくて甘くって……ど、どうして笑っているんですか?もしかして私何か粗相を?」

 

「い、いや、お餅がもちもちお餅を食べてるなんてそんな失礼な事は……くくっ……!失礼。溶けちゃうから残りは頑張って一口で食べちゃいな」

 

「……」

 

今度は少し乱暴にピックを刺して角度に苦戦しながらなんとか口に全部入れた。

不機嫌そうにしているとますます餅のようだ、とは流石に言わなかった。

 

「……君、自分が嫌われる心配をしている様だけど、とんでもない話だ。きっと人気者になるよ。保証する」

 

「……」

 

咀嚼している間こっちを見てくれなかったので、膨らんでいるほっぺがもちもち動く様子をしばらく堪能できた。

 

 

 

細い路地を抜け、トレセン学園と生徒たちの寮がある大通りに出る。栗東寮の門の前でフジキセキがこちらに軽く手を上げるのが見えた。

 

「お、寮長外で待っててくれてる。真面目だなぁ。ほら、ゴミこっち渡して袋持って。首尾よく渡してくれよな。ごめん。待たせた」

 

「やあ、子分くん。そろそろかな、と思って今出て来たところさ。寮生を保護してくれてありがとう。そして悪いポニーちゃんのスティルインラブは……」

 

「こ、ここです。この度はご迷惑をおかけ致しました。その、こちらを」

 

頭を下げて袋を差し出すスティルに、何故かフジキセキがぎょっとしている。どうしたんだろう。

 

「おお、私にサプライズを仕掛けるとは。隠形ってやつかな?大したものだね」

 

「いえ、その、私影が薄くて。そのつもりがなくても人を驚かせる事が多くて。すみません」

 

言われてみれば、夜遅くにトレセン学園の制服を来た子が入って来たのに、コンビニ店員に一顧だにされていなかった様な気がする。

レースに活かせそうな特技だ、と考えていると、フジキセキが同じようなことを言った。

 

「へぇ、面白い特技だ。それが私の目を誤魔化して夜間抜け出しをやりおおせた手品の種か。全く。結構長く寮長をやってるが抜け出しに本当に全然気が付かなかったのは初めてだよ。まぁ、話は中で聞くよ。アイスが溶けちゃう」

 

「発見時の状況はメッセージで送った通りだ。多分疲れてるから、程々にしてやってな。じゃあ、また明日な。スティル」

 

送ったメッセージには勿論、噛み付かれた事と顎に一撃キメたことは伏せてある。お互いの利害は一致している、ということで同意はとれた筈だ。多分。

 

「は、はい。また明日」

 

 

 

 

♦︎

 

彼は笑顔でひらひらと手を振り、来た道を戻って行った。

一礼して、寮長について行く。

 

「うん?子分くんからは今日偶然君を保護したと聞いたんだけど……親しげだったね?」

 

「はい。今日初めて会いました。その、公園で私を保護してくださったあと、私と担当契約をしてくれると……」

 

「おぉー、彼本当に独立したんだ。ちょっと詳しく聞いてみたいなぁ……」

 

栗東寮にともに入り、食堂兼談話室で彼女の前に座るように促された。そのようにする。

 

「さて、何から聞こうかな。と言いたいところだけど、彼に言われたし手短に済ませるよ。君も食べなよ。君の分だろう」

 

彼女はそう言って四角い箱の中身を木のスプーンでねりねりして、一口食べた。

促されて、袋の封を切って中身を取り出す。これなら私でも一口で食べられそうだ。

口の中ですぐに溶けて、果物の味と香りが広がる。

 

「凄い……!童話の雪の国のお菓子みたい」

 

「ははは、美味しそうに食べるね。はぁ、美味しい。今日暑かったからなぁ。あんまり無理しちゃダメだよ。あと、今後は夜間外出する際は必ず申告する様に。門限を越えそうな時はそれ用の書類もあるからね。今日はたまたま彼が発見してくれた様だけど、そうでなければ本当に大事になるからね。初犯、のようだから今回のところはこれで終わり。彼が大丈夫だと言うなら本当に大丈夫なんだろうし。彼との事は、そうだね、もっと君と仲良くなってから聞く事にするよ」

 

初犯、の所を強調して聞かせて来た。肩がこわばり胃のあたりがキュッとなる。

 

「ご、ごめんなさい。以後気をつけます。この度はご迷惑をおかけいたしました。その、お嫌で無ければ残りは差し上げます」

 

「あんなに美味しそうに食べてたのに?まぁ、一つもらうよ」

 

そう言うと彼女は右手をキツネの形にして袋に近づける。

怪訝に思いながら見ていると、彼女は袋の前で手を止め、パチンと指を鳴らした。それと同時に彼女の人差し指と親指の間に、アイスの実が一粒現れた。

 

「わっ!」

 

噂に聞く彼女の手品だ。とっさに大きな声が出てしまい慌てて口をおさえる。

 

「ふふ。さっきのサプライズのお返しだよ。残りは寮の冷凍庫に入れて置くから君のルームメイトとでも分けるといい。君を心配してたよ。お風呂のお湯抜くの待ってもらってるからざぱっと入っちゃいな」

 

寮のお風呂は大浴場と言って差し支えない規模だ。流石に気後れする。

 

「いえ、そんな……今日は部屋のシャワーで済ませます」

 

「ふふふ。興味津々でドアからこちらを覗いているであろうポニーちゃんたちの間を、男の人の汗の匂いをさせながら帰って行くのかい?あまりお勧めはしないなぁ。アイスの実、扉のポケットの右端に入れとくね」

 

残ったアイスを冷凍庫にしまいながらとんでも無いことを言って来た。

 

「えぇっ!?あ、汗って、そんなはずは……?あっ、彼に公園から彼の部屋まで背負ってもらったんだと思います。多分その時に」

 

寮の部屋がある廊下の方からガタガタ物音がする。どうやら目立ってしまっているようだ。恥ずかしい。

 

「わ、わかりました。お風呂、いただいてきます」

 

「うん、ネオユニヴァースが脱衣所に君の着替えを置いてくれてる。私はこれを隠滅してから寝るよ。日付が変わる前には出てね。私が居なかったらここの電気消しといて」

 

「はい、色々ありがとうございます。ふ、フジ先輩っ」

 

「うん。これからよく話すようになりそうだ。よろしくね、スティル」

 

 

 

♦︎

 

「はぁ……」

 

1人で入るにはあまりに広い湯船を独占する。溶けていきそうだ。色々あって本当に疲れているらしい。

 

「ふふ……変な人。でも、」

 

楽しかったなぁ。と小さく漏らす。さっきの事を一つ一つ思い起こす。

 

「なんか、なんかところどころとんでもない事をされていたような……」

 

顔が熱くなるのを感じる。

そして、ある事に思い至った。

 

「あ、私、彼に謝罪をしてない。……明日、会ったら謝らないと……ふふ、また明日。……あれ?」

 

さらに、重要な事に思い至った。

 

「明日、いつどこで会うんだろう……?」

 

連絡先の交換をしていない事も、思い出した。

 

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