スティル鬼つええ!このまま逆らう奴ら全員ブチ抜いていこうぜ! 作:スティル可愛すぎるインラブねぇ
全員揃った綺麗なスタート。流石に選抜レース出走者はモチベーションも能力も水準高めだ。
「それでもスティルの相手になる子がそうそういるとも思えんが……いや、一人頭抜けた逃げウマ娘がいるな。ええと、あの子は……」
艶やかな鹿毛に黄色いカチューシャと活発そうな目が特徴的な、楽しそうに先頭を行く子の顔を眺める。出走リストは先ほどさらっと確認したが、どうも顔と名前を一度見ただけで一致させるのは苦手だ。
『先頭にスルッと出たのは2番オースミハルカ、2バ身後ろ、先頭集団を引っ張るのは9番、えー……失礼いたしました。9番スティルインラブ。……かなり変わったフォームのウマ娘です。その後ろに続くのは………』
実況が教えてくれた。
「そうそうそれそれ、スティルの名を失念した事は許してやる」
子分こと蓮見俊一、得意技は棚上げ。好きな言葉は保身。……彼女はもう既にあのフォームをモノにしているように見える。ここから更に磨き上げたらどうなっちまうんだこの子は、と思わずニヤける。
位置取りが少し前過ぎる気もするが、まぁ想定の範囲内だ。最初の直線はオースミハルカを先頭に順調に推移していく。
1600m戦は第3コーナーと第4コーナー、2回の曲線がある。最初のコーナーを超えて少しした辺りで、異変は起きた。
『……おっと、9番スティルインラブ、無理をして一杯になったか。ズルズルと後退していきます。2番オースミハルカは変わらぬペースで先頭、二人目は9番に代わって7番ソールドアウト………』
すわ怪我か、とゴール前の柵に身を乗り出す。……表情は苦しげに歯を食いしばって何かを堪えているように見えるが、身体に異常が起きた、と言う感じでは無い。……“彼女“が、出てきそうになっているのだろう。……彼女はずっと、自分の内面を曝け出す事に苦しんで来たと言っていた。そう簡単に、割り切れるものでは無いか。息を最大限に吸い込む。
「スティル!!頑張れ!!大丈夫だ!!」
ハッとした様子のスティルと一瞬目が合う。レース中に外部から具体的な指示を出すのは明確なルール違反であり、ここまでしか言えない。だが、俺の意を汲んでくれたようだ。彼女は既に最後方付近まで後退済み、斜行でペナルティを受ける事は無い。速度を少し取り戻しながら最終コーナー前、外側へ膨らんで行く。これで多分、安全だ。
意を決して、”彼女”に直接呼び掛ける。
「……来い!!」
……効果は覿面だった。爆発、と呼ぶ他ない現象が起こる。
「うふ。うふふふふ。うフふふふフフふふ。……ああーっははハははははははは!!」
異様ではあるが美しかった彼女のフォームが、滑らかに崩れて行き、異形そのものと化す。
何人かのウマ娘が異常な気配にギョッとして振り返る。その瞬間に、紅い目の獣に次々と抜き去られて行った。
「……な、んだ……」あの出鱈目な出力は!公園で見た時とは、全く比較にならない!実際の競り合いが起こると、こんな事になるのか!
『一度は失速したと思われた9番スティルインラブ、最終コーナー一番外から凄まじい加速!次々とバ群を抜き去っていく!先頭で悠々一人旅をしていたオースミハルカに追いついた!追いついた!並んだ!』
「あら?アナタは……うふふふふふ。……中々美味しかったわ」
「なっ!?……ぐぅう〜〜!」
『ほぼ全員を撫で斬り今ゴールイン!何たる異様、何たる豪脚!妖しい光を放つ超新星の誕生か!1着は9番スティルインラブ、2着は2番オースミハルカ、3着は………』
ゴール板前、場内の視線を一身に独占する彼女は、歌うように笑いながら無邪気にくるくると回っていた。
無邪気さは有害で無い事を保証しない。誰もが遠巻きに彼女を眺め、余りの異様さに動けないでいた。……言うべき事は山積しているが、まずはスティルとの約束通りこの場を収めなくてはならない。
柵を大げさなモーションで飛び越え、ドスン、とわざと大きな音を立てて着地する。耳目をいくらかこちらに集める事ができた。
不敵な笑みをほぼわざとではなく顔に貼り付けながらそのままズカズカと彼女に歩み寄って行く。
降り注ぐ祝福を空から受けるように舞っていた彼女の動きが止まる。俺の存在に気付いたようだ。
自身の両頬に手を当て、恍惚とした表情を向けてくる。
「ああ、嗚呼、ああ!やっぱり!やっぱりアナタがワタシを解き放ってくれるのね!どうして、どうして一目見た時にわからなかったのかしら!アナタが、アナタが私の、運命の……」
「ギャハハハハ!よくやった!よっっくやった!!最初っから最後まで俺の指示通りだったな!!」
「……もう。最後まで言わせてよ。照れてるの?」
周りがざわつき始める。
「……指示通りって、わざと、一度下がらせたってこと……?」
「お、おい、アイツって、チームアケボシの……」
「ま、またやべーチームがやべー癖ウマを……?でも、最近独立したって……」
俺の話題で持ちきりのようだ。……結構気分良いな。
「君を見つけられた喜びに打ち震えてはいるな。……それにしても、だ」
遠巻きに困惑しながらこちらを見る出走者たちの顔と、ついでに観客席にいるスカウト狙いのトレーナーたちの顔を見渡す。……子供らはともかく、大人がそのザマでどうするんだ。と演技でなく鼻で笑う。
「ふん。この程度の事でこんなにビビってくれるなら、この世代は俺たちのもんだな。……行こうか。今の振り返りと、俺たちの今後の事を話したい」
彼女を伴って、観客席に戻って行く。ふと後頭部に一際強い視線を感じ振り返ると、オースミハルカがこちらを強く睨みつけていた。……この子はきっと、最前線を走るだろう。薄く微笑み、また前を向いて歩き出す。
突如右腕に、インが絡みついてきた。
「おい、なんだ。……噛むなよ。絶対噛むなよ。次やったらスティルには悪いが、しつけを兼ねて痛くするからな」
正当防衛、と言うお墨付きを頂いたのでこれからは積極的に前例を踏襲して行く構えである。
「ワタシだってこんな所ではしないわ。……この子に目移りするなって言われているのに、他の子を見るからよ」
「……ありゃあ多分、君の新しいファンだ。ちょっと挨拶しただけさ」
「どうだか」
ミーティング場所、どこが良いかな。駐車場あたりが良いか。人居ないし近いし。それにしてもこんなの大親分に見つかったら破門されちゃうよぉ!などと考えながら仏頂面で練習場を後にしようとすると、左肩に手が置かれた。
なんだ。とは言わずに振り返り片眉を上げる。……この状態の男女をこんな風に呼び止めるとかどう言う勇気?怖い!と内心は軽くパニックである。正義感の強そうな眉が印象的な若い男と目が合った。こいつは……マジで誰だ?新人か?新人の分際でいきなりスカウトしようってか。ケッ。
「さっき、全て指示通りと言ってましたが、本当なんですか?わざと速度を落とすなんて……彼女たちはこれからなのに、折れてしまったらどうするつもりなんですか」
え……?なんだコイツ?マジで?
「何を眠たい事を……あのなぁ、地元で一番、などと言うレベルでは効かない天才たちが、全てを捧げて、全てを擲っても、ほとんどの者は栄光に挑戦する機会さえ得られないのが中央だ。こんな何もしてない段階で折れるような子から出る芽など無い。わざとであろうがなかろうが、この程度の事で折れる子も、そうならないようにケアできないトレーナーも、ここには不要だと言わざるを得ないね。……ところで、君の仕事ってなんだ?」
「……ぐっ!」
思ったより素直な奴だ。……このぐらいにしといてやるか。
「まぁ、頑張れ。それは俺の仕事でもあるが、今はこの子の専属なんでな。頼むよ」
「……貴方は……いえ、これで。失礼しました」
踵を返し、彼はちゃんと自分の仕事に戻って行った。……あのまま誰かと契約成立したりするんだろうか。ムカつく。
目論見通り、この時間の駐車場は無人だった。ミーティング開始だ。その前に。
「おい、離してくれ。よく考えたらこれ、スティルが可哀想じゃ無いか」
「?この子は嫌がって無いわよ?」
「は・な・れ・ろ」
「もう、つれない人。はい、これで良い?うふふ、どんなお話をしてくれるのかしら?」
「そうだな……まずは、おめでとう!見事な勝利だ!本当に凄かった」
「うふふふふ!ええ、ええ、当然よ。……アナタが、ワタシを相応しい舞台に連れて行ってくれるのでしょう?ふふふふふ!楽しみね」
「え?いや違う違う。君の方を舞台に合わせるんだ」
「……え?」
「さっきのレースは、スティルのまま走り切るか、スムーズに君に遷移してフォームを維持できていれば、もっと圧倒的に美しく勝てた。まぁ、俺が無理に君を呼んだせいだが。……公園で見た時も思ったが、なんなんだあのフォームは。体幹はブレブレだし、手足は好き勝手な方向に動くし、空気抵抗を避けようとしないし。折角の爆発力があちこちに逃げてるし。あれじゃあ体に負担が大きすぎて競走者としての寿命が著しく縮みかねない。原初の血だか何だか知らないが、現代スポーツ科学をナメないで欲しい。……アレで速いのが何とも腹立たしいが。何より、俺の基準ではアレは全く美しく無い。恥ずかしくってどこの舞台にだって出せやしないね」
「な……!?あ、アナタ、勝ちさえすれば美しいんだと言っていたじゃない!」
「アレじゃあ最前線で勝てねーんだよ!中央ナメんな!デビュー前のかけっこで勝ったぐらいで調子に乗って貰っちゃ困る!よしんばアレで勝てたとしてもだ!選手生命を削りながら走るなど論外だ!俺と契約するからには、出来る限り長く走って貰う!」
「な、な、」
「だが、大丈夫だ。命懸けで調教してやるって言っただろ?君は、間違い無く今まで誰も見た事が無いような光を放てるようになる。ははは、さっきのは中々の名実況だったのかもな。……俺は聞いていないが、俺に協力するってスティルに言ったんだろ?スティル共々、君にもトレーニングに付き合ってもらうからな。特にフォームの矯正は最優先だ。いいか?」
「……やっぱり、アナタの事なんて嫌いかも」
唇を尖らせ、こちらを睨んでくる。
「……ははは。……人間関係なんて、そのぐらいから始める方が自然さ。少しずつ、お互いの事をわかっていこう。よろしくな、イン」
右手を差し出すが、握り返される気配は無い。
「……本当に、ワタシをその名で呼ぶつもりなの?アナタも、この子も」
腕を組んで訝しげな目を向けて来る。
「? 嫌だったか?……もしかして、……ラブが良かったか?」
「…………………インで良いわ」
たっぷり時間をかけて、渋面と共に同意してくれた。
「そうか。じゃあよろしく、イン。ほら、握手握手」
右手をにぎにぎ動かして催促する。
「ふん」
そっぽをむかれ、尻尾でパシッと右手を軽く払われた。
イン特有の気配が薄れて行く。スティルが帰って来るのだろう。そっぽを向いて閉じられていた瞼が開き、茫洋とした顔のスティルと目が合う。
「おかえり、スティル。お疲れ様。ごめんな、無理をさせた。でも、おかげでインと結構話せたよ。ありがとう」
実際、思っていたよりはずっと会話になった。昨夜の彼女は抑圧され過ぎてストレスが溜まっていたのかもしれない。……それにしても、インと相対すると無駄に攻撃的な気分になってしまう気がする。今後は気を付けなければ。
ぼんやりしていたスティルの表情が、徐々に悲痛なものに変わって行く。……ついに、その両目から涙が流れ始めた。
「ど、どうした。どこか痛むのか?本当にごめん、まさかあんな出鱈目な出力になるとは思わなくて」
「……っ!」
俺の左側を駆け抜けて校舎側に向かおうとした彼女の左手首を咄嗟に掴む。……当然止められるはずも無く、ざざざざざと音を立てながら引きずられる。
「おわああああああ?! ちょちょちょ、待て!待って!止まって!!」
彼女は鬼では無く天使なので、10mほど引きずったところで足を止めてくれた。しかし逃亡を諦めたわけでは無いようで、控えめに俺の手を振り解こうとする。俺に怪我をさせずにそうする方法が分からず苦慮しているようだ。
「はな、離してっ。離してください」
「い、嫌だ! ……俺から逃げないでくれ。頼むよ。お願いだ……」
彼女から抵抗の気配が止む。……いつまでも、こんな強さで掴み続けているわけにはいかない。……これで逃げられたらそれまでだ。
「……分かった。……離すよ」
離した彼女の左腕がだらんと落ちる。そのまま彼女はその場にへたり込み、両手で顔を覆って泣き出してしまった。
「……怪我じゃ、無いのは分かった。どうして泣いているんだ」
「……だって、だって、あんなのって。きっと、たくさんの人に、嫌われてしまった……」
「……君は、君は今まで、走るたびに、走るだけで、そんな風に傷ついてきたのか?……なのにどうして、走る事を選べたんだ」
「…………」
「教えてほしい。君をちゃんと知りたい。……ゆっくりで良いから」
「……お、お父さんと、お母さんが、私の事、分かってあげられなくてごめんねって。私が、私が悪いのに。私しか、悪く無いのに。私がおかしいだけなのに。こ、ここならきっと、私の事を分かってくれる人がいるから。きっと、友達だって出来るから。ちゃんと、大丈夫になれるからって、両親に、そう言って、反対されたけど、無理を言って、トレセン学園に来たんです」
「……うん」
不健全だ。両親を安心させる為に走る、と言うのは立派な事だが、まずは、自分自身のために走らなくてはならない。まず、最初に楽しみがなければならない。……そんな努力、続くはずが無い。
「……私だけが嫌われる覚悟は出来ていたつもりでした。でも、私があの時躊躇ったせいで、あ、貴方まで巻き込んでしまった。わ、わざと減速させた、なんて。そんなの、耐えられない」
「俺のために泣いてくれたのか。……ありがとう。でも、俺は全然気にしてない。だから、君が泣く理由なんか無いんだ」
「そんなはず!そんなはずありません!……ごめ、ごめんなさい。私のせいで……」
「……君が恐れている事態に陥った子をひとり知っている。その子はね、君と同じように……と言って良いものかどうかわからないが、その子も、その子自身にはどうにもならない衝動を持っていた。……ちょっと長い話になるかもだが、聞いてくれるか?」
彼女の前に腰を下ろし、あぐらをかく。
「その子はあるレースで、ゴール直前に自分に先行したウマ娘に噛み付くと言う事件を起こしてね、当時はそれはもう話題になった。聞いた事ないか?かみつき姫。……被害者とは幸いにもすぐに和解できたんだが、世間様はそうはいかなくてね。まぁ、やった事がやった事だからそりゃそうなんだが。君の言う、たくさんの人に嫌われてしまった、と言う状態になったわけだ」
「でも、すごい事に、彼女は全くくじけなかった。汚名を雪ぐためには、勝って勝って勝って名を轟かせるしかないのだと奮起して、それはもう頑張ってトレーニングに打ち込んではレースに出まくった。彼女は事件を深く反省して、もう噛まないと誓ったし、そのための訓練だってした。でも、世間には知った事ではない。走るたびに、卑怯者だのほらまた噛むぞだの言われ放題だった。それでも彼女は走り続けた。そして、あのフェブラリーステークスだ」
「いつものように、今日こそは噛むぞ噛むぞと揶揄われて出走した彼女は、誰にも文句のつけようの無い強い走りで、ゴールの先に居る、彼女だけに見える何かに噛みつきながら1着をとった。……あれはかっこよかったなぁ……本当に。彼女をバカにしてた人達もみんな巻き込んだ歓声を一身に受けていたよ。ひたむきな努力が報われた瞬間だ。……本当に美しかった。……つまり、何を言いたいかと言うと、風評など、覆す事ができる。と言う事を俺は知っている。だから平気なんだ。君はこの世の終わりみたいに泣いているが、それは勘違いだ。そして俺は、君にその力があると確信している」
「私は……私は、彼女とは違います。そんなに強く在れない……」
「それは違う。君は強い。君は何度くじけそうになったって、走る事を選んだ。トレセン学園にまで来たんだ。君よりここに長くいるものとして、良い事を教えてやる。トレセン学園には、君の事をわかってくれる人がいる。友達だってできる。だから、君は大丈夫だ」
「……でも、やっぱり、貴方を巻き込むわけには……」
「……あのなぁ、俺は君を担当するんだ。毀誉褒貶を共にしないで何が専属トレーナーだ。君がレースで病めるときも健やかなるときも一緒にいると、もうそう決めている。だから巻き込んで貰わないと寧ろ困る」
「……!」
涙に濡れた顔がこちらに向けられる。表情に悲痛さはもう無い。
「その上で君に白状すると、さっきの、君がゴールした後の一連の流れなんだが……特に、君を庇おうとか考えてやったわけでは無い」
「…………え?」
「ああいう感じでやれば、何と言うか、この世代のラスボスコンビ登場!って感じでめっっちゃかっこいいかなー、と……。つまり、君の勝利に便乗して俺が目立つ為にやった。……君が傷つくとは露ほども考えていなかった。あの、本当に、なんか、すまない」
「……何ですかそれは。じゃ、じゃあ、私って、1人で勝手に盛り上がって……?」
彼女の顔が羞恥で真っ赤に染まって行く。
「……平たく言ってしまえば、そうなる。その、俺はその手の繊細さとは無縁な人間なんだ。だからこう言うすれ違いはこれから何度も起こす事になると思う。これからは、何かあればすぐに言うなり怒るなりしてくれると助かる。……逃げられるのは……ちょっと、
「うぅ、……すみません、私ったら、早とちりしてしまって……でも、わざと速度を落とした、と言う事に対して抗弁しなかったのは?」
「する意味が無い、と考えたからだな。わざとかどうか証明する手段がないし……それに、あの場であらあらわざとじゃ無いのよ、でも一度減速した彼女にブチ負けたと言う事実だけはどうあっても動かないのよ、と言ってやるのはちょっとイヤミったらしすぎないか?……俺は別にそう言うのも嫌いじゃ無いが……」
「た、確かに……何も言わないでくれてありがとうございます……」
「でも、君を傷つけてしまったのは事実だ。ごめんな。……君は、インがああ言う振る舞いをすると、人が離れていってしまう、と考えているって事で良いんだよな?」
「あ、当たり前です!あんな、はしたない……公衆の面前で、腕まで組んで……!」
インは嫌がっていないと言っていたがやはり嘘だったか。インめ……!
「うーん、それはちょっとトレセン学園を甘く見過ぎだな。あの場はなんか、トレーナーもウマ娘も新人だらけでちょっとビックリしてる奴が多かったが、あれぐらいでは誰も君の事を嫌いになったりしないぞ?寧ろ結構な数が君のファンになったんじゃなかろうか」
「ま、まさか、そんな」
「あんな凄い勝ち方をしたら、しばらくは君の話題で持ちきりになるだろうね。明日にでも、君との再戦を熱望したり、サインをねだったりする子が現れると思うよ。ここは強者に対してちょっとどうかと思うぐらい寛容で興味津々な気風があってね、あの程度じゃ君はひとりになりたくてもなれないよ」
「え、えぇ……?」
自分には無い価値観を立て続けに流し込まれて混乱しているようだ。……そろそろ彼女にわかる話をしてあげた方が良いか。
「まぁ、すぐにわかるさ……君、ご両親の事は好きか?」
「?……はい。……大好きです」
こくり、と頷いてくれた。
「じゃあきっと、ご両親も君の事が大好きだ。つまり、君が良い感じに活躍出来れば、少なくとも君のご両親と俺は大喜びするわけだ。君が走ると君を嫌うかも知れない人のことより、君が走ると喜ぶ人のことを考えてみて欲しい。……ひとまずは、それが君の走る理由にならないかな。君が、君のために走れるようになるまでは。もしまだ足りないなら、そうだな、友達を作る必要があるな」
「……え?あ、あのっ、今、」
彼女の頬の紅潮が強くなる。……怒らせてしまったのだろうか。
「ど、どうした?また何か、無神経に君を傷つける事を言ってしまっただろうか……」
「い、いえ!何も。その、えっと、私が私のために走れるようになる、と言うのは?」
「ああ。君の、ご両親を安心させるために走る、と言うのは立派な志だと思う。でも、利他的な目的だけで努力を続けるのはとても難しい事だ。君にはいつか、君自身のことを好きになって、君が楽しむために走れるようになって欲しい」
「私が、私自身のことを……?」
「すぐには難しいだろうけど、きっとなれる。君は矯正した自分のフォームを見て格好良いって言ってただろ?……インと折り合いをつけるのはちょっと大変そうだが、さっきのやり取りからして、不可能では無いだろう。多分」
「ふふ、ええ、そうかも知れませんね。……あんなイン、初めて見ました。……うふふふ!あんな風に驚いたり、顔を顰めたりするんですね、あの子も……」
「嫌われはしたが、一切の対話を拒否する、と言った感じではなくて良かったよ。嫌われはしたが。……スティル、君とは最初からうまくやれたら嬉しい。君は改めて自分を選んで欲しいと言っていたが、俺はもう君を選んでいる。俺は、君に俺を選んで欲しい。成り行きやなし崩しではなく、君の意思でね」
立ち上がり、右手を差し出す。微笑みと共に彼女の右手がゆっくりと差し出される。俺はそれを見てひょい、と手を後ろに下げた。彼女の手が空を切る。
「……さっきも言いましたが、私には……!?、え???」
台詞の途中で物凄くびっくりしている。悲しみも怒りも含まない驚一色の表情である。うん、びっくりしたよな。俺も物凄くびっくりしている。
「……信じて貰えないだろうが、わざとじゃ無いんだ。さっきインに握手を拒否されたのがキてたみたいで無意識に君に八つ当たりを……や、やり直そう。俺たち、まだやり直せるはずだ……」
引いた右手を再度差し出す前に、自力でスッと立ち上がった彼女にガシリと掴まれ引き寄せられる。左手で手の甲側からもガッチリホールドされた。
「私には、貴方しか、いません。……よろしく、お願いしますね?」
怒りを主成分とする素敵な笑顔を向けられながらゆっくりとそう宣言された。友好の証、とするにはあまりに強い力をギリギリと込められているが、甘んじて受ける他無い。脂汗をかきながら何とか笑顔を作り応じる。
「ああ、よろしく、頼む。こんな俺を、選んでくれて、あり、ありがとう。……あの、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、緩めて……」
「トレーナー証と学生証の提示をお願いします。……確認しました。トゥインクルシリーズへようこそ。健闘をお祈りします」
君の気が変わらないうちにちゃんと書類も出しに行こう、と事務課へ移動し担当契約書を提出した。
ふぅー、と緊張や安堵その他諸々を含んだ息を吐き出す。彼女も似たような心地だったようで、胸に手を当て息を吐き出していた。どちらからともなく目が合い微笑み合う。
「……これで、俺と君は正式に専属トレーナーとその担当だな」
「……はい。……改めて、不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「ははは。俺の不束っぷりと迂闊っぷりと無神経っぷりこそ君の知るところになったわけだが。……足りない所をお互い補いあって生き抜いて行こうな。いささか君の負担が大きそうだが、まぁ、俺に見つかっちまったのが運の尽きだ。諦めてくれ」
「ふふふふ!ええ、貴方との出会いは、私の運を使い果たすほどの幸運だったのかも知れません」
「……そこまで言われちゃあ、全力で君をハッピーにする他無いな。もともとその気だが。そう言えば、君の夢、と言うか目標レースを聞いていないな。……もし菊花賞や春の天皇賞に強い思い入れがあると言われると、色々と練り直したり新たに覚悟を決め直す必要があるが」
「……フェブラリーステークスです」
「……えぇっ!!?」
距離は1600mで彼女の適性に合っている。ただ問題があり、芝では無くダートのレースである。……芝、ダートの適性は生まれ持っての素質が大きい。”見た”ところ彼女のダート適性は絶無である。彼女の身体操縦技術には目を見張るものがあるが、だからと言って他の道を棒に振ってまでダート技術を教え込むコストに見合うリターンがあるか……あ、諦めてもらうか?……しかし……とまで目を泳がせ考え込んでいると、肩を振るわせる彼女の姿が目に入った。
「……ふっ!うふふふ!……もちろん、冗談です」
「……びっくりしたなもー。ダメだぞ!あんまり突飛な事言っちゃあ!」
「ど、どの口で……うふふ、人をおどかすのって楽しいんですね。……貴方の気持ち、ちょっと分かったかも」
「? 俺が君に冗談を言ったことがあったか?」
「え、えぇ……?その、……冗談はともかく、ティアラ路線には憧れがあります」
「ティアラ路線……メジロラモーヌ以来のトリプルティアラか。いや、彼女の時の三冠目は秋華賞じゃなくてエリザベス女王杯だったから、事実上の史上初だな。良いね、全ての記録は更新されるためにある。三冠目の後にそのままエリ女も取っちゃえば、トリプルティアラならぬクアドラプルクイーンの誕生だ。うーん、強そう!燃えてきたぞ」
「そ、そんな、大それた……」
「おいおい、夢を持つなんてタダで出来るんだから出来るだけ大きく持った方が得だぞ。それに、絵空事ではないさ。俺は、端役ながら最前線をこの目で見て来た。君はこの夢に届き得る。俺には分かる」
「あぅ……は、はい。……私、頑張ります」
「もちろん並大抵の努力では届かんがな!ギャハハハハ! ……普通の女の子らしい事ができる時間は大幅に減ると思ってくれ。騙して悪いが、もう契約は済んじまったからな。まぁ、つらかったりしんどかったりする事もあるだろうが、不思議と楽しいんだこれが。後悔はさせない」
「……ええ、貴方と一緒であれば、どんな事だって」
「おお、やる気満々だな。嬉しいね。お、そうだ。エンゲージも済んだ事だし俺たちの新居でも見にいくか?」
「……ふふ。貴方の突飛さにもちょっと慣れて来ました。良いですよ、行きましょうか」
「えぇ〜?寂しい事言うなよ。……どんどんエスカレートしちゃうぞ」
「お、恐ろしい事を言わないでください!」
朝、駿川さんに渡された青いタグのついた鍵を差し込み開錠。ガチャリとドアを開ける。……靴箱が置かれているが、2人して土足のまま入っていく。
「広いな。うお、キッチン?……デカい寸胴が二つ三つは乗りそうなコンロに……下のはオーブンか?こりゃまたデカいな。奥には更衣室に……シャワールーム!家具もまだ十分使えそうだ。なるほど、こりゃ破格の待遇だ。……だが……」
「……薄汚れてますね」
ハンカチで口元を抑えながら俺の言葉を引き継いでくれた。……お嬢様で無くてもキツい環境であろう。
「長い事だーれも使ってなかったわけだからな。なんでなのかは知らんが。アケボシの部室は純和風って感じだったがこっちは、何というか昔のアメリカドラマで見るような感じだなぁ。部室は基本的に自分たちで管理する必要があるが、その代わり結構自由に色々置けるぞ。……うーん、疲れたから今日は内見で終わり!解散!……明日土曜日だけど、そうだな、朝9時くらいに来てくれるか?大掃除だ。必要なものはこっちで準備しとく」
「はい。わかりました。……あの、部室って、トレーナーさんはチームを持つのですか?」
「ああ、将来的にだが。……独立して担当を決められずにプラプラしてたら、大親分に特別待遇トレーナーとやらに推されてな、この部屋をはじめとして色々優遇されるらしいぞ。君との実績を基に判断されるから、もし未勝利で終わろうもんなら君ともこの部室とも何だか気まずい別れをする事になると思う」
「……私、勝ちます。必ず」
「うん、その意気だ。じゃあ、また明日な。俺はもうちょい残って何が必要か検討する」
「はい。……また明日」
♦︎
彼と別れ、制服に着替えて寮への帰路につく。……今日も、本当に色々な事があった。昨日は早起きの必要があるだろうと考え、疲れてしまったのもありすぐに寝てしまったが、今夜は昨日の分も日記をつけてみようか、と考える。
「……1ページにおさまるかしら。……あの人は、もう、本当に、私の心の隙間に出たり入ったり……」
おかしくなりそう。とは口に出さなかった。もうそうなっているのかも知れない、と思ったから。
それにしても、彼がフェブラリーステークスの事を、シンコウウインディ先輩の事を語る時のあの顔。大事な、大事な宝物を見せびらかす少年のような。
「私も、勝てばあんなふうに語ってもらえるのかしら……」
彼は一流のチームで最前線をその目で見て来たと言っていた。きっと、彼の心は既にいろんな宝物で満ち満ちているのだろう。……私が、もっともっともっとたくさんたくさん勝てば。いつか、きっと。
「彼の中を、私のことでいぃっぱいに……」
大それたこと、とはもう思わない。夢は大きく持った方がいい、と彼が言ったから。
遠慮はしない。彼が遠慮はするなと言ったから。
私は彼のために走る。彼は私が大好きで、私が勝てば大喜びすると言ったから。
「ふ……うふふふふ。……言質、とっちゃいました」
彼は先ほど、私の両親は私の事が大好きだから、私が活躍すれば両親と自分は大喜びする、と言った。つまり彼は……と言う、我ながら子供じみたロジックだ。問い詰めたりすれば、また煙に巻かれたり、「そのような意味で申し上げたのではない」などと否定されるのは目に見えている。
……だからこれは、私のためだけのささやかな秘密だ。
《……あんなのがいいの?》
内なる紅が水を差して来た。
「イン、うるさい。……貴方だって私のくせに」
《!?……な、な、》
「貴方がいつも言う事じゃない。仕返しよ。……でも、勝つには貴方の力が必要だわ。仲良く、するのは難しくても、協力しましょう」
《……ふん。……まぁ、走るたびに泣かれて
「……ちゃんと、彼の言う事を聞いて頂戴。あと、彼に謝って」
《毛ほども気にしていないんじゃない?》
「そうだとしても、よ……また彼を傷つけたりしたら、赦さないから」
《ふふふ。心配しなくてももうしないわ。……多分、違うのだろうし。痛いのも嫌だしね》
「……痛くするって、どんな感じなのかしら」
《…………アナタ、正気?》
「……そうね、本当に、おかしくなっているのかも……」
まさか自分の内なる紅に正気を疑われる日が来ようとは。……たったの1日2日で初めての事が起き過ぎている。
うまくいけば、彼とは数年も共に過ごす事になる。
「私、どうなっちゃうんだろう……」
どこかで聞いたような台詞が口をつき、思わず笑みをこぼす。ただ、きっと、楽しいのだろうな、と思った。
5人ぐらいは誰か面白がってくれるかな〜ぐらいの気持ちで投稿を始めたのでなんかえらい事になってて大変驚いています。すげ〜ぜスティルインラブ!
頂いた感想やここすき、何度も見返してはニヤついています。多分あなたの思う100倍は見てます。ありがとうございます。
更新頻度は正直なところ全く読めません。慣れたら早くなったりするもんなんですかね?