スティル鬼つええ!このまま逆らう奴ら全員ブチ抜いていこうぜ! 作:スティル可愛すぎるインラブねぇ
エンジンを切りヘルメットのシールドを上げ、息を吸い、吐く。久々に愛車に構ってやれて気分が良い。
少し緊張しながらインターホンを押す。……ことトレセン学園に於いては上を見ればキリが無いと言うものだが、一般的に言って大きな家である。
「……はい」
プツっという音のあとに控えめに発された、儀礼的な誰何の声に応える。
「ああ、こんにちは。スティルインラブさんのトレーナーの蓮見です。……すみません、バイク停めたいんで、ガレージのシャッター開けていただけますか?」
スティルは両親にどのように俺のことを紹介したのやら、是非、すぐにでも会いたいと中々の熱量の反応が返ってきたらしい。
彼女の母親と2、3軽くやり取りした所、ゴールデンウィーク前に合わせてスティルの父親が帰国するとの事なのでそれに合わせて面談の機会を設けた。
保護者と言えどトレセン学園に入るには煩雑な手続きが必要なので、こちらから伺う事にした。府中からバイクで2時間弱の所なので日帰りも可能だ。
「はじめまして。改めて、トレーナーの蓮見俊一です。この度、縁あってスティルインラブさんと担当契約を結ばせていただきました。彼女の心身の安全と栄光への道を、微力ながら、という言い方は好まないので全力で支えさせて頂きたく。こちら、名刺です」
「は、はい。はじめまして。頂戴致します。ブラダマンテです」
あちらからも名刺が渡される。……小説家の名刺、初めて貰った。通された応接間をそれとなく見渡す。
「……今日はお父様も同席されると言うお話でしたが……ご不在で?」
3台は優に置けそうなガレージには、パステルな色をした軽自動車が1台あるだけだった。アレだけでこの家の足の役割を果たせるとはちょっと思えない。
「主人は先ほど大学から連絡があり、急を要すると出てしまって……今頃、空港に向かっているかも」
「ありゃあ、それは突然というか間の悪いというか。……旦那さん、マスターキートンかインディ・ジョーンズだったりします?」
「……うふふふ!どちらかといえば、前者が近いかも知れません」
「おぉ……それは是非お会いしたかったなぁ……」
「ふふ。主人も無念そうでした。今日のところは、私だけで我慢なさってください」
「そんな、とんでもない。個人的にもあなたにはとてもお会いしたかった。まぁ、まずは娘さんの話を」
「は、はい、そうですね。ああ、ごめんなさい。私ったらお茶も出さずに。……お好みはございますか?」
「では、コーヒーをいただけますか?砂糖もミルクもいりません。かき混ぜるのが面倒で」
「うふふふ!……混ぜて差し上げましょうか?」
「ははは!……魅力的な提案ですが、なんだかあなたのご家族に怒られそうなのでやめておきます。好きなんですよ。ブラック」
「そう、ですか……本当に、スティルに友達が……」
「ええ。よく笑う子で、クラスでもみんなに慕われているようです。物腰柔らかで、やさしくて、よく気が利いて、ことレースとなれば誰よりも烈しく強い。人気者みたいですよ」
スティル自身やオースミハルカの話、デジたんからのタレコミなどを総合した彼女の学園での様子を彼女に聞かせる。……ここ最近のスティルはとても明るい。今度オフの日を友人達と合わせて、皆に部室で焼いた菓子を振る舞うのだと言っていた。
「レース……その、……大丈夫なのですか?」
言葉を慎重に選んでこちらの様子をうかがうように尋ねてきた。……本題に入れそうだ。
「はい。彼女、レースの時には別人のよう、というか、どうも本当に別人になるようで。イン、と名付けて呼んでいます」
「な、な、名付け……!?というか、知った上で……!?」
切れ長な彼女の目が大きく見開かれ、スティルと似通った形になった。
「スティルから聞いていないのですか?……スティルは素直で良い子なのですが、インの方はちょっと気難しくて。実のところコミュニケーションに苦労しています。レース以外では本当に偶にしか現れないらしく、まず話す機会を得るのが困難でしてね。まぁ何とかしますが」
ははは。と笑ってコーヒーを一口飲む。
スティルによると、強者とのレース以外では月が満ちる程に現れやすく、満月の夜であればまずインと接触できるであろうとの事だった。……月に一度しか安定して会えない相手に指導するとは、どえらい難易度である。
接触回数を増やすために、おそらく親分やデジたんの力を借りることになるだろう。
「その、スティルの、あの子のような事は、トレセン学園ではありふれている事なのですか?」
ブラダマンテさんはずり落ちた眼鏡の位置を調整しながら、驚愕冷めやらぬと言った感じで尋ねてきた。
「人が変わったよう、ではなく実際に人格が変わる、というのは正直聞いたことがありませんが、まぁ色んな子がいますよ。レース中に噛み付いたり異様に興奮しながら走ったり。インは他人や物を傷つけたりしない分、かわいいもんです」
「……大丈夫なのですか?トレセン学園は」
「大丈夫にするのが我々の仕事のひとつですとも」
「……そう、ですか……」
彼女の視線がカップに落ちる。口をつけぬまま、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……私は、ウマ娘に生まれましたが、走る事はともかく、競走にはあまり興味が持てなくて。……おかしいでしょう?」
「そういう事もあるでしょう。俺も人間の男に生まれましたが、ナポレオンや大谷翔平になろうとはそんなに考えた事は無いですし」
一瞬笑いを堪える仕草を見せたあと、彼女は言葉を続けた。
「……私がスティルの気持ちに寄り添えないのはそのせいだと思っていたのですが、お世話になったジュニアクラブの方々の反応から、どうもそうでは無いらしいと気づき、その、あの子を専門の方に診せる事にしたのです。それが、……あの子を、深く傷つけてしまって……」
「……どのような診断が?」
「その、診断の際にはあなたの言う、インが現れなかったようで、……構ってほしくて嘘をついているのだろうと」
「……なるほど」
ヤブで助かった。レースから遠ざかり様子を見ましょう、と”正しい”診断が出ていれば、スティルと出会う事は無かった。
そんな事があっては、別のところに連れて行く事もできなかったのであろう。
「……私も主人も、あの子が走るたびに傷つき塞ぎ込むのを見てきましたから……レースがスティルの幸福に繋がるとはどうしても思えなくて。それでも走りたがるあの子の気持ちが分からなかったんです。でも、あの子は自分がどうすれば良いのか、ちゃんと自分でわかっていたんですね。……よかった」
スティルは両親の反対を振り切ってトレセン学園に来たのだと言っていた。しかし、当然彼女の意思一つで全寮制の特殊な学校に入学できるはずもない。心配でかわいくて仕方ないだろうに、最終的には同意してくれたのだ。
「……彼女を信じてトレセン学園に送り出してくれて、本当にありがとうございます。責任を持って、彼女を幸福にして見せます」
居住まいを正して深く頭を下げる。
「は、はい。どうか、娘をよろしくお願いいたします」
「承りました。……今のやり取りをお父様に伝える際には、幸福にして見せます、の前にレースで、という文言を加えていただけると。中東に呼び出されかねない」
「……うふふふ!もう。どこか、真剣にはなり切らない人だとはスティルから聞いていましたが……」
「ははは」
何を言うのか。俺は至って常に真剣な人間である。年頃の娘を持つ父親が恐ろしく無いはずがない。
「……お父様はご不在ですし、仕事の話はここまでにしておきましょう。……その、早速、ごく個人的な話なのですが……」
カバンからペンと経年を感じさせるハードカバーの本を取り出す。
ウマトラクエストシリーズ第1巻、初版である。
「ブラダマンテ先生!サインをいただけますか!」
「ま、まぁ。……スティルの話は本当だったんですね。全くそんな素振りをお見せにならないものだから……そうですか、この本を読んでいた子供が、こんなに大きくなるんですね……」
本の扉にさらさらとシンプルな筆記体が書き込まれる。
「……や〜〜った!……ありがとうございます。大事にします」
「うふふ。……そんなに喜んで頂けるなら、避けて来たけどサイン会をやってみても良いかしら……」
「! はい!是非!東京近辺で!」
「……来るつもりなのですか?」
「もちろん!……その、ブラダマンテ先生……いや、これは……」
「どうされましたか?」
「……あの、旦那さんはもう空港に?」
ブラダマンテさんが携帯を確認する。
「……ええ、思った通りです」
はぁ、と深いため息。何やらかこかこと長文を打ち込んでいる様子。なんて事だ。チャンスだ。改めて覚悟を決める。
「……こんな事は、倫理的にも道徳的にも間違っていると分かっています。せっかく、良い関係を築けそうでもあるし。ですが、こんな機会はもう2度と無いかも知れない」
「……え?その、本当にどうされたのですか?」
カバンから2冊目の本を取り出す。黒い表紙に金の箔押しがされ、光が当たり題名が怪しく煌めく。困惑しながら何故か上気していた彼女の表情が一変し青ざめる。
「な……!?それ、は……」
……もう答えがわかってしまった。だがこのまま続けさせてもらう。
「これはごく少数刷られた、モンジョワ書院の
ジャンルとしては所謂、官能小説に該当する。
「な、ぜ、それを?文体も、ジャンルも、世界観も違うのに!」
「何故かわかってしまった、としか。息遣い、と言うか心の振れようと言うか。……これは大学で所謂ビブリオマニアの先輩……いや、同学年になったり俺が先に卒業したりなどしたのですが。とにかく、その人にこれは凄いぞと譲って貰ったもので……文字を追うだけで指先まで痺れる経験をしたのはこれが最初で最後です。……こんな馬鹿げた、妄想めいた確信を確かめる機会が訪れるとは……」
「……少し、見せて頂いても?」
「……破らんで下さいよ。当時大枚はたいたもんで……」
「…………しませんよ、そんなこと」
やたらと長い間が気になったが、蛇が出ては恐ろしいので藪はつつかない。彼女は背表紙を撫でたあと、本を開き、2秒もしないうちに赤面して閉じてしまった。
「……過去は消えない、とは使い古された表現ですが、我が身で味わう事になるとは……これは、私が最初に書いた本なんです」
「……そうなんですか?」
小説など書いた事がないのでわからないが、初めてでこんな凄いものが出力できるものなのか。
「はい。私は、小さい頃から本を読むのが好きで。ある時、初めて……その、この手のジャンルに挑戦してみようと手に取った本が……私が思っていたものとは全く違って。おこがましくも、これが私が読みたかったものだと怒りに任せて書き散らして、出版社に送りつけたんです」
「おお……凄い行動力だ」
「ふふ。若気の至りそのものですが。その後、出版社の方とやり取りするうちに、家に私が何を書いたのか露見してしまい、中々の騒ぎになってしまって……勘当を言い渡されました。私にとって居心地の良い家ではなかったので、良い機会でした。家を出て、出版社の方を頼って進学し、その後に主人に出会い、まぁ、色々あって今に至ります」
「すると、ウマトラクエストって在学中に書かれたものだったんですか?……いや、と言うかこれを未成年の時に……?」
「後者に関してはコメントを差し控えます。在学中はどこかに引っかかれと色んな賞レースに応募して。……楽しかったなぁ……学費の納入期限直前に賞金付きの賞から連絡が来た時なんか、もう……当時、一番上手くいったのがウマトラクエストでした」
「ギャハハハ!ロック過ぎる!」
「ふふ。……主人にも、こんなに詳しくは話した事が無いかもしれません。……スティルには、内緒にしてくださいね?」
「もちろん。頗る面白いお話ですが、教育上はとても良くなさそうだ」
「うふふ!そうですね。秘密を守って頂くかわりに、一つお耳よりな情報を。実は、ウマトラクエストの続編の話が立ち上がっています」
「えっ!マジですか!?……あっ、もしかして名前だけ出てきた21世紀相当の技術を持ちながら鎖国してる科学立国出てきます!?」
「な、なんでわかったんですか……近いうちに何か発表できるかと」
「うわ〜いい事聞いた。……その、モンジョワ書院からは何か出たりします?」
「ありません!」
◾️
5月も半ば過ぎ、ある土曜の朝。今日は1日練習日である。部室に入ると、スティルがソファでしおれていた。そう言う他ない状態であった。
耳と尻尾は力無く垂れ下がり、目には艶も光も無く、心なしか白いベールにシワが入っているようにさえ見える。
「ど、どうしたんだ、スティル」
ぎぎぎ、と力の無い相貌がこちらにゆっくり向けられる。
「……いえ、なんでもありません」
「さすがにそんな嘘は信じてやれない!頼む、話してくれ」
「……その、実は……」
途切れ途切れな彼女の話を聞く。ここ最近、交友関係が広がりに広がりまくっている彼女は、はしゃぎにはしゃいでいた。珍しくルームメイトよりも早く起きられた事に嬉しさを感じながら寮の食堂で朝食を摂ろうとすると、一人で黙々と食事をするアドマイヤグルーヴが目に入った。所作は綺麗だし、美しく走るし、気にはなっていた存在だった。しかし、誰かと一緒にいる所を見た事が無い。一人でいることを好む性質なのかもしれないが、挨拶ぐらいならしてみても良いかも、と思い実行に移す事にした。
「おはようございます。アドマイヤグルーヴさん。……その、相席してもよろしいでしょうか?」
悪くても、別に構わない、ぐらいの返事は貰えるだろうと踏んでかけた声だったが、実際の彼女の返答は、スティルをきつく睨め付けたあと、
「チッ……私に構わないで」
というものであった。
あまりの事に何も言えないで突っ立っていると、彼女は不機嫌そうに朝食をかき込んで素早く席を立ち食器を返して出て行った、との事である。
「私、私、なにか、彼女に何かしてしまったのでしょうか……」
ほぼ泣きそうな声でそう聞いてくる。か、かわいそうに。
「……そりゃあ、お気の毒にとしか言い様が無いな。それ以前に、彼女と話した事は?」
「いえ、こちらが一方的にお見かけした事があるだけです。でも、私と目が合う事が多かった気がするので、もしかしたら向こうも私に興味があるのかもと。……勘違いでしたが」
「うーん、たまたま虫の居所が悪かっただけか、本当にそう言う性質の子なのかは分からないが……そうだな、俺なら納得の行かない嫌われ方をしたら、納得行くまでしつこく絡みに行くな」
「……えぇっ!?」
「結構定番の方法だと思うぞ。8割方は結局仲良くなれるし、そう言う出会いで今ではとっても仲良し、という子も何組か知ってる。残り2割は、まぁ、あんなしつこく絡んだんだから嫌われても仕方ないか、と一応納得はできる」
「……奥が深いんですね……!友達作りって……!」
「ははは。そうだな。……10代のうちは、たくさん挑戦してたくさん恥をかくと良い。恥をかいたって死にたくなるだけで死にはしないんだからね。……今晩は君の挑戦に敬意を表して一杯やりたいぐらいだ。……君の親御さんに今の事を報告しても良いだろうか?」
「絶対に嫌です!やめて下さい!」
「ギャハハハ!そうだな、そのうち自分で話してあげると良い。今日は外周からだったよな?せっかく早起きできたんだから涼しいうちに行ってきな。アドマイヤグルーヴも同じ考えで外にいるかも知れないしね。縁がありゃあ会うこともあるだろう」
「……わかりました。行ってきます」
まだ本調子ではなさそうだが、最初に部屋に入った時に比べれば遥かにマシな状態で出て行った。もしあのままだったら外出は許可できなかったな……
「しかし、こんな相談までしてくれるようになるとはなぁ……」
子供の成長は早い。ほぼ涙ぐみながらスティルの母親へ時候の挨拶から始まる長文メッセージを作成していると、コンコン、と規則正しいノックが聞こえてきた。駿川さんだろうか。そう言えば飲みに誘うと言ってから結構経つ。お前アレいつ誘うねんと催促があってもおかしくない。良い酒の肴もさっき手に入ったし今日でも良いか、それにしても土曜の朝ににご苦労なこったなどと思いながら返事をする。
「はい開いてまーす。どうぞー」
「……おはようございます」
入ってきたのは駿川さんではなかった。つい先ほど話題に出た人物なので少し面食らう。
「君は……アドマイヤグルーヴ?スティルに用事か?彼女今外周出たとこでなぁ。あと3、40分は帰ってこないぞ。それでも良いなら中で待つか?麦茶ぐらいしか出せんが」
出て行こうとする様子はないので、ソファを手で指し着席を促した。
謝りに来た、とかなら嬉しいなと思いながら来客用コップの準備をする。
「……スティルインラブさんに用事が無い訳ではないのですが……今日は、あなたに会いに来ました。それと、私の事はどうかアルヴと」
「アルヴ?イカすあだ名だなぁ。俺に用事とは?」
テーブルにコップを置き対面に座る。膝の上に置かれた彼女の手がぎゅっと握られるのが見えた。
「……あなたがつけてくれたあだ名です。……本当に覚えていないんですか?」
「えぇ?いや、流石の俺も君みたいな子を忘れるとは思えんが……」
じっと彼女の顔を見つめる。大きい耳、大きい目、美しい青い髪。口元のほくろ。目はよく見ると微妙に左右で色が違うようだ。
今にも泣き出しそうな表情。……シナプスが盛大に発火をはじめた。
「ん?アルヴ?あっ!ウワーッ!?アルヴだ!肩車したらテンション上がって髪の毛引っ張ったり中々降りてくれなかったあの子!?ギャハハハハ!デカくなり過ぎだろ!あんなころんころんした2頭身だったのに!ホントにトレセン入れたんだな!凄いなアルヴ!」
「……!はい、お久しぶりです。お兄さん。あれから、少ないですけど友達もできたんです。ここにもこうして来る事が出来ました。ずっと、ずっとお礼を言いたかった。ありがとうございます」
「……君は、あの時俺が来なくても、きっとここに居たよ。でも、俺はきっとダメだった。俺がトレーナーになれたのは君のおかげなんだ。お礼を言うのは俺の方だ。ありがとう」
「……そんな言い方、やめて下さい。私、あなたに再会したくて頑張ったんです。あと、さっきから気になってたんですが何ですかその喋り方。関西弁だったじゃないですか。戻してください。気持ち悪い」
鋭い目が向けられる。怒ると迫力が乗算される顔のつくりをしている。エアグルーヴと同じタイプだ。思わずたじろぐ。
「ご、ごめん。失言だった。許してほしい。えっ今気持ち悪いって言った!?母ちゃんやチカと同じ事を!」
「チカって誰ですか」
「妹。あとね、俺はここで生きるにあたって東京に魂を売ったの。もう何年もこの喋り方だから染み付いちゃってなぁ。関西弁はもう家族と話す時ぐらいだな」
「……そうですか。……練習したのに」
「関西出身者としてアドバイスするが、関西人にエセ関西弁を披露したりお好み焼きをピザ状に切るのはやめた方が良い。うまく説明できないが不思議な力で死ぬ事になる」
「ふふふ……相変わらず下手な冗談」
「いや、冗談では無いんだが……まぁ、また会えて嬉しいよ。頑張ったんだな、アルヴ」
「はい、頑張りました。とっても。……あの、この前、私の選抜レース、見てましたよね」
「うん、凄かった。映像だけ見せてデビュー前どころか契約前だって言っても誰も信じないだろうね」
「……!私に不足があったわけでは無かったんですね。なら、どうして声をかけてくれなかったんですか?」
「いや、君、終わってすぐにエアグルーヴんとこの女傑に口説かれてただろ。競り勝てる訳無いと思って諦めたけど、いやぁ、脈あったんだなぁ。惜しい事をした。でも、あの2頭身と今の君を結びつけるなんて無理だったよ。全然あのアルヴだったなんて気が付かなかった。君こそ声をかけてくれればよかったのに、と言うのはちょっと虫が良すぎるか」
「……あの時は確信が持てなかったんです。雰囲気が全然違うし、すごく背が伸びてるし、あとになって声をかけようとしてもいっつも誰かと居るし。喋り方も違うし。でも、笑った時の顔はおんなじです」
「……おお、危険な威力のある笑顔だなぁ。君、さぞモテるだろう」
胸に手を当てるジェスチャーをし、からかいの意味を込めた笑みを向ける。
「興味ありません。あの、私、今からだって、お兄さんと……」
「うーん……君、見たところティアラ路線だろう?」
「……そうですけど、わかるんですか?」
「大体ね。2000m前後に特化した肉のつき方だ。……流石姐さん、こんな時点でなんちゅー仕上がり……ああ、ジロジロ見てすまない。うちのスティルもティアラ路線でね、流石に初めての育成で2人も抱える事はできないし、ましてや同じ路線なんて。それに、俺の所に来たってこれ以上のペースでは仕上がらないよ。そしてこれが大事な話だが、他所様からの子を取ろうだなんて普通はめちゃくちゃ遺恨になる。俺ならスティルが他所に行くなんて話になったら、できるだけ多くを巻き込んで大騒ぎにするよ。彼女にもどうか行かないでくれとみっともなく泣きつく。君はどう見たって大事にされてる。そういう騒ぎにきっとなるよ。……どうだろう、分かってくれたか?」
「……はい。ちょっと言ってみただけですっ」
ぷい、と目を逸らされる。
「まぁ、別に仲良しこよしの二人三脚だけが良い関係だ、と言うわけじゃ無い。君のかっこいい憧れのお兄さんとして君を直接導く事はできないが、君の強大な敵として何年も立ち塞がると約束しよう。スティルともどもよろしくな」
犬歯を見せつけるように笑い、右手を差し出す。
「そ、そこまで思ってません!……ですが、はい。私に声をかけなかった事、きっと泣く程後悔させます」
あちらも右手を出してくれた。強く手を握られる。……ちょっと強すぎないか?と思い始めたところで離してくれた。
「な、泣く程か……うん。まぁ、それはそれとしてだ。君は俺の恩人だ。スティルや君のトレーナーに怒られない程度には何でも相談に乗るよ。敢えて直截に言うが、生活に困ってないか?友達とはうまくやれてるか?」
「ふふふ、私、特待生なんです。学費も寮費も免除です。友達は……友達は、これからです」
「友達なんかいらない、とか言ったら説教始めちゃう所だったよ。特待制度は学費と寮費の免除までだろう?他の申請はしてるか?」
「え?」
「給付型の奨学金と、今年度新設された補助制度がある。年度ごとに累計の上限はあるが、シューズや蹄鉄、その他トレーニングに必要なものの購入代金の8割が補助される。時間作って事務課で聞いてみな。他にも何かあるかも知れない」
「はちっ……し、知りませんでした。ありがとうごさいます!」
「あそこのチームはレース一辺倒だしお嬢様ばっかだからなぁ……まぁ、そういう相談もちゃんと君からする様に。子供に優しい大人は結構居てな、理不尽に努力や才能が潰れない様にする仕組みは沢山ある。俺も随分世話になったよ」
「……お兄さんも、頑張ったんですね」
「多分君ほどでは無いけどね。一番はそんなに取れなかったけど、そんなに頑張ってるならちょっと金ぐらい出してやるか、と大人の仕組みに認められる程度には」
「……そうですか」
優しい微笑みが向けられる。何をしても画になる子だなぁ、とぼんやり思う。それはそれとして、とこちらも優しい微笑みを向け返す。
「ところで今朝、うちの担当にめっぽうつらく当たったと聞いたんだが。……何か申し開きはあるか?」
さぁっと相手の血の気が引いたのが見えた。……髪も顔も青いとちょっと青すぎて面白いな。
「あ、う、え、その、えっと……」
「……何も言わないならこちらの類推で決めつけてしまうぞ。そうだな、憧れのお兄さんを取られて嫉妬に駆られての凶行、と言う事にでもしようか?」
「そ、そんな、たったの一言に……うう、……でも、概ね、その通りです……本当に、ごめんなさい」
「謝罪はまず、ずっとそこで聴き耳立ててるスティルインラブに直接するように。おい、何やってるんだ。君の部室だろうが。普通に入ってきなさい」
「な……!?」
ややあって、ガチャリ、とドアが開く。
「その、携帯電話を忘れてしまって、すぐに戻ってきたんです。そうしたらアドマイヤグルーヴさんが部室に入っていくのが見えて……いつから気づいておられたんですか?」
「彼女に麦茶を出した時だな」
「さ、最初からじゃない!」
「スティル。今朝の真相は今聞いた次第だ。アルヴ、ほら」
「う……スティルインラブさん。その、今朝は本当にごめんなさい。あなたは何も悪くないのに、子供じみた事をしてしまって……」
「い、いえ……あ、そうだ。貴女と、私のトレーナーさんが出会った時の話を聞かせてくれませんか?そうしたら、今朝の事は水に流します。とっても気になります。私」
「……私は話すのが苦手なので、お兄さんからお願いできますか?」
「俺の事は別に良いんだが、その、君の事情を明かしても?」
「良いですよ。別に隠してませんし」
「そうか。じゃあ、俺にしちゃあちょっとシリアスで退屈な話になるが……、そうだな、あれは俺がまだぽてぽてころころしてた中1の頃……」
「……シリアスで退屈な話をするんですよね?」