地獄先生ぬ~べ~A(アテナ) ~女神様の『普通』の小学生生活(ハードモード)~ 作:斉宮 柴野
朝、校庭に行く人はあまりいないと思う。普通の学校ならそうなんだろうけど、うちの学校は違う。
何しろ――今、校庭のど真ん中でうちの担任が、ベートーヴェンとガチで戦っている。
肖像画相手に。
経文みたいなのを唱えながら。
大の大人が。
靴箱の陰から、友達の美樹と一緒にその光景を見ていた。
「ねえ沙織、あれ先生、何やってるの?」
「除霊。らしい」
「え、肖像画に? あれ燃えてない?」
「うん、燃えてる。霊じゃなくて紙のほうが」
まじで毎朝がカオス。
いや、ほんとに。
この学校、普通って言葉を忘れてる気がする。
ぬ~べ~先生――正式には鵺野鳴介。
この人、初日の自己紹介から「俺は霊能力教師だ!」って名乗った。
あの時点で嫌な予感はしてたけど、まさか毎週なんか燃やすとは思ってなかった。
前回は職員室の観葉植物。
「枯れた葉に怨念が宿っている!」って言いながら火打ち石でカチカチやってた。
火災報知器が鳴って、校長が血管切れそうになってた。
なのに反省ゼロ。
むしろ「おお、反応したか!霊感が強い校舎だな!」って満足してた。
どんなポジティブ思考だ。
で、今日も今日とて音楽室のベートーヴェンが燃えてる。
両目から煙。
もう肖像画というよりホラー映画のポスター。
「むむっ、まだ成仏せぬか!」
先生の声が校庭に響く。
うちのクラス全員ドン引き。
木村くんが「また始まったよ…」って呟いてる。
あれ絶対毎週の恒例行事だと思ってる。
「くらえ!破邪の光!」
水晶玉を掲げてドヤ顔。
それただのガラス玉でしょ。
理科室の標本の横に売ってそうなやつ。
先生の手元から光が反射して、ベートーヴェンの目に直撃。
ジリジリと焦げる音。
「ぎゃあっ!」って叫んだの、たぶんベートーヴェンじゃなくて音楽の先生。
窓の中で顔真っ青。
「それ美術品だから!やめてえええ!」って叫んでる。
でもぬ~べ~先生は聞こえてない。
いや、たぶん聞こえてるけど聞いてない。
この人、聞きたい音だけ聞くタイプだ。
「ほう!見よ、悪霊が苦しんでいる!」
いや、それ紙が燃えてるだけです先生。
しかも焦げた臭いで生徒たちが避難し始めてる。
遠くで保健室の先生が走ってきたけど、消火器持ってる。
もう慣れた手つきで構えてるあたり、日常の風景だ。
私はというと、笑いすぎて腹筋が痛い。
美樹が肩を叩いて「ちょ、沙織、笑っちゃダメ、先生真剣だよ!」って言うけど無理。
あの真剣な顔でガラス玉掲げてる時点で笑うしかない。
「だって…先生、あれ完全に虫眼鏡だよ…」
「虫眼鏡って…」
「光を一点に集めて燃やすやつ。理科の授業でやったじゃん」
「え、それ除霊じゃなくて実験じゃん」
「そう、理科の実験。命懸けの」
ふと見ると、ぬ~べ~先生が得意げに腕を組んでいた。
「ふっ、やはり私の霊力は健在だ。もう目も動かんだろう」
そりゃ燃えて穴空いたら動きようがないよね。
「そうだね、目がなくなったもんね」
思わず口に出したら、先生が一瞬固まった。
「うぐっ…そ、その通りだ沙織!完璧な除霊だ!」
誤魔化す気ゼロ。潔さに拍手を送りたい。
◆
朝からベートーヴェンが燃えるという大事件を経て、私の精神はもう限界ギリギリだった。
「今日こそは落ち着いた授業ができますように」って、昼休みに七夕でもないのに短冊書きたい気分。
でも、そんな私の淡い願いをぶっ壊すように、ぬ~べ~先生のテンションは絶好調だった。
「えー、みんな席に着けー!今日はうれしいお知らせがあるぞ!」
教室がざわつく。
嫌な予感しかしない。
たぶんうれしいの基準がズレてる。
前回「うれしいニュースだ!」って言って職員室で出されたの、除霊グッズの新作発表だったもん。
「今日からこのクラスに新しい仲間が加わるぞ!転校生だ!」
おおーっとどよめくクラス。
あ、これは普通にいいニュースかも。
ちょっとワクワク。
でもその瞬間、私の中で「ぬ~べ~先生が関わると絶対何か起きる」って警報が鳴った。
ドアがガラッと開く。
入ってきたのは、元気いっぱいの男の子。
短髪で、目がキラキラしてる。
「俺、立野広!よろしくな!」
声でかっ!
でもハキハキしてていい感じ。
なんか部活の勧誘ポスターにいそうなタイプ。
(うん、普通。最高に普通。こういう子が一番ありがたい。今までが異常すぎたんだもん。)
クラス中が「おー!」って拍手。
心の中で「このまま普通に授業が始まりますように」って三度目の祈り。
だが、ぬ~べ~先生がその祈りをぶち壊した。
「そして俺はご存知!このクラスの担任、鵺野鳴介!ぬ~べ~と呼んでくれぇぇぇ!」
ドーン!と謎の効果音を自分で言いながら決めポーズ。
何その演出。誰も求めてない。
広くんがぽかんと口を開けてた。
その直後、先生の足が机の脚にクリーンヒット。
「ぬおおっ!?」
ドガーン!
勢いよく前転して黒板の前に突っ込む。
チョークの粉が舞い上がる。
「……」
全員沈黙。
広くんの第一印象:「このクラス、ヤバい」確定。
私は机に突っ伏して笑いをこらえてたけど、無理だった。
「先生が転校生より目立ってどうするのよ……」
マジでこれ、自己紹介クラッシャー。
「うぐぅ…あ、あははは、これも先生のサービス精神だぞ!」
いや、それ骨折コースですよ。
なんで毎回体張るの。命削って笑い取りに来てる。
すると郷子が、自然なトーンでフォロー。
「ちょっと広、大丈夫?うちの先生、ああいう人だから気にしないで」
ああいう人って言い切った。説明終わってる。
なんかもう、ぬ~べ~先生が名物扱いになってるのが悲しい。
広くんは笑ってた。順応力あるな。
「おう!それより郷子、さっき校庭で燃えてなかったか?なんか先生が叫んでたけど」
おっと、核心を突いた。新入り、観察力高い。
郷子が即答。
「うん、あれね。ぬ~べ~は霊能力者だから。左手に鬼を封じてるって噂だよ」
サラッと怖いこと言うな。
“鬼”って単語を日常会話に混ぜるのやめて。
広くんが「マジで!?」と目を輝かせた。
男子ってこういうの好きだよね。
一方私は、机の上のプリント見ながら心の中でつぶやく。
(鬼の手とか言う前に、宿題を封じてほしい。)
いやほんと、ぬ~べ~先生っていつも言うんだよ。「俺の左手には鬼の力が宿っている!」って。
でも授業中にその左手でノート取ってるの見ると、ただの人間。
だって文字、丸っこいもん。鬼が書く字じゃない。
それに、もし本当に鬼が封じられてるなら、体育の時間にドッジボール投げた時にあんなスローじゃないでしょ。
スローモーションかと思ったもん。
あのボール、風圧より遅かった。
私の中で、先生の霊能力は信頼度ゼロ。
むしろ「自称・霊能力者」
あれだ、SNSでスピリチュアル系男子とか言ってるタイプ。
でもね、困ったことに、生徒たちはけっこう信じてる。
「ぬ~べ~、悪霊を祓ったことあるんだって!」
「左手に鬼が封印されてるらしいよ!」
「この前、夜のトイレで赤マント倒したらしい!」
……赤マント?
なにそれ、都市伝説と同居してるの?
私は机に突っ伏してため息。
(はぁ…。普通の学校生活がしたいだけなのに。)
その時、先生が突然こっちを見た。
「おっと、沙織!なんだその顔は!私は信じてませんって全身で言ってるぞ!」
図星。
教室がドッと笑う。
うるさい!私は事実を言ってるだけ!
「先生、本当に霊能力あるんですか?」
私が聞くと、先生はドヤ顔で立ち上がった。
「当然だ!霊能力教師だからな!」
「じゃあ、このクラスに幽霊がいたら分かるんですか?」
「もちろんだとも!」
「じゃあ、今もいるんですか?」
「……」
一瞬沈黙。
「……感じる!この教室の片隅に、悲しげな霊の気配が!」
全員がビクッとする。
うわ、やったよ。始まった。
「まさか…」とか言いながら、先生が黒板の端をじっと見つめる。
え、嘘でしょ。そっちゴミ箱ですよ。
「そこに…泣いている女の子の霊が…!」
それ、昨日私が落とした給食の牛乳パックの跡です!
◆
昼休み。
今日こそ平和にパンの争奪戦を終えて、日陰でのんびりしたかった。
なのに校庭の真ん中では、なぜかサッカー大会が開かれていた。
そしてその中心にいるのは――もちろん転校生の立野広。
「おおっ!広くんすげぇ!」「ボールが生きてる!」
クラスの男子が取り囲んで大歓声。
木陰からジュースを飲みながら眺めていた。
(あーあ、また注目の的になっちゃってるよ…。昨日来たばっかりなのに、人気者ってすごいなあ)
広くんは軽々とリフティングをしていた。
ボールが地面に落ちない。
しかも足だけじゃなくて、肩とか頭とか背中まで使ってる。
バランス感覚バグってる。
「ひとーつ!」「ふたーつ!」「みっつぅー!」
なぜかカウントまで声出してる。
体育会系の血が騒いでる感じだ。
それにしても、ほんと上手い。
うちのサッカー部キャプテンが目を丸くしてた。
「すげえ!おいお前、今すぐサッカー部に入れ!」
キャプテンが広の肩をガッと掴む。
広は笑ってた。最初は。
でもその笑顔が、ほんの一瞬で消えた。
空気がピシッと冷たくなる。
「…うるさいな。入らないって言ってんだろ!!!」
その声、教室中に響くくらいの勢いだった。
私の手からジュースのストローがずり落ちた。
そして次の瞬間――ドガッ!!
広くんが掃除用具箱を殴り飛ばした。
フタがパカーン!って開いて、モップと雑巾が空を飛ぶ。
中からほこりの竜巻がモワァッ。
空気、完全に凍った。
「……」
誰も喋らない。
風の音だけ。
というか、誰か早く何か言ってよ。
広は、そんなみんなの視線に気づいたのか、急に明るい声を出した。
「なーんてな!ちょっと言ってみただけだって!」
……いやいやいや。
笑顔でごまかすタイプのヤンチャじゃないって。
あれ、完全にマジトーンだったでしょ。
心の中で呟く。
(今の…なんか、パパがキレる寸前のときと同じ顔してた…。)
交通ルール破った車を拳で止めようとする直前の顔。
つまり、やばいときの顔。
と、そこへ救いの声。
「ドッジボールしようぜー!」
ナイス提案!空気を変えた英雄、ありがとう!
自然と広くんも混ざる流れになった。
男子たちがボールを持って走り出し、女子も混ざってチーム分け。
「観戦組」として端っこに座った。
うん、安全第一。
試合が始まると、広くんの動きはやっぱりすごかった。
避ける速さも、投げる速さも、全部凄い。
「人間の動きじゃねえ!」って叫ぶ男子がいたけど、ほんとその通り。
ぬ〜べ〜先生が見てたら絶対「霊力を感じる!」って言ってるレベル。
案の定、盛り上がりすぎてドッジボールが戦争みたいになってきた。
「くらえ、破邪のスパイク!」とか叫ぶ子まで出る始末。
小学生のテンション、ほんと一瞬で暴走する。
その時だった。
上級生の六年生たちが、ドカドカとコートに乱入してきた。
背も態度もでかい。
一人、肩にタオルかけててやたら貫禄ある。
「おい、チビども!ここは俺たちが使うんだよ!」
空気がまた凍る。
こっちは楽しく遊んでただけなのに。
郷子がすぐに前に出た。
「何よ!私たちが先に使ってたでしょ!」
強い。郷子の正義感は担任より強い。
でも六年生の一人が舌打ちして、郷子を突き飛ばした。
ドサッ。
「痛っ!」
瞬間、広が動いた。
「てめぇ…郷子に何しやがる!」
声のトーンが変わった。
さっき掃除用具箱を殴った時の顔になってる。
ヤバい、スイッチ入った。
◆
ヤバい。
マジでヤバい。
今まで何回か「やばい」って思ったことはあったけど、今日のこれはその比じゃない。
ベートーヴェンが燃えた時も、ぬ~べ~先生が職員室で除霊しようとしてコンセント感電した時も比じゃない。
これは――警察案件。
広くんが、さっきから六年生をボコボコにしてる。
いや、“ちょっと手が出た”とかいうレベルじゃない。
あれはもう喧嘩じゃなくて、戦争。
しかも一方的。
六年生が地面を這ってる。
砂煙の中でモップが転がってる。
なんかBGMで「デデンデンデデン」って流れてる気がする。
私は頭を抱えた。
(ちょ、ちょっと待ってこれ不味い!普通の小学生の喧嘩じゃない!このままだとニュースになる!)
そして次の瞬間、もっとヤバい想像が頭をよぎった。
(パパが来たら学校が更地になる!!)
あの人、交通ルール違反の車も殴って止めた男だよ!?
そんなのが自分の娘のクラスで乱闘が起きたって知ったら、確実に「拳で教育だ!」って言い出す!
ママ(中身エリス女神)まで加わったら、天災コンビ誕生。
ダメだ!止めなきゃ!
広くんは、あおむけになった六年生の胸ぐらを掴み、馬乗りになって拳を振り上げた。
拳が空気を切る音がした。
「これで終わりだ…!」
ヤバい。あれ入ったら歯が全部サヨナラだ。
私は走り出した。
気づいた時には、広くんの拳を掴んでた。
「もう、やめなよ!」
ぎゅっと握った手から、力が溢れた。
もちろん、ちょっとだけ小宇宙を使った。
女子の握力だけじゃ止められる気がしなかったから。
結果、ゴリラ握力になってたけど。
広くんが驚いて振り返る。
「なっ…離せ!なんだよ、この力!?」
私の方が聞きたい。
(え、こんなに出ちゃう!?)
でも――この構図。
私の頭の中で鐘が鳴った。
(これ…!乙女ゲーム『ときめき☆番長デイズ』の名シーンだ!)
不良の主人公が、我を忘れてライバルを殴ろうとした瞬間、ヒロインが止めに入るんだよ!
で、その後に「お前だけは俺を止められる」って抱きしめられるやつ!
ここから恋が始まる黄金ルート!!
エリスママが言ってた。「男を落とすにはまずタイミングと演技」って!
今がまさに実践の時!
……と思ったけど、ちょっと待って。
(私、今、馬乗りになってる男子の拳掴んでる構図だよね?)
これ、ヒロインじゃなくてレスラーのポジションじゃん。
観客がいたらゴング鳴ってるわ。
仕方ない、舞台を整えよう。
私はにっこり笑って言った。
「広くん、ちょっとこっち来てくれるかな?」
「は?なにを――うわっ!?」
その瞬間、小宇宙パワーで広くんの拳をこじ開け、そのまま持ち上げた。
軽い。
え、軽っ。米袋より軽い。
顔は笑顔、腕の筋肉はゴリラ。完璧なギャップ萌え。
そしてそのまま、広くんを数メートル先の安全地帯へそっと置いた。
……うん、そっと置いた。
たぶんちょっと跳ねたけど気のせい。
広くんは地面に座り込んで呆然。
「え…?今、俺…飛んだ?いや、運ばれた…?」
あー、混乱してる。かわいい。
でも後回し!
私はくるっと振り返って、倒れてる六年生たちの前に立った。
よし、ここからヒロインムーブよ!
息を吸って、目に涙をためる。
「もうやめて!私のために争わないで!!」
両手を広げて、夕陽を背に受けて立つ。
髪がふわっと舞う(気がする)。
完璧。映画ポスターの完成。
……のはずだった。
背後で郷子の声がボソッ。
「いや、殴られたの私なんだけど」
違う!今そういう流れじゃない!
山口君がため息をつく。
「城戸さんの例のやつ始まったぞ」
木村君が続ける。
「今日のテーマは悲劇のヒロインか…」
うるさい!わかっててやってんの!
物陰から、ぬ~べ~先生の小声が聞こえた。
「な、沙織!?さっきから言動がおかしいぞ!悪霊より先に彼女を除霊した方がいいんじゃないか…!?」
先生、あんたにだけは言われたくない!
一方の広くんは、完全に毒気を抜かれて口をぽかんと開けてた。
「え…?君のため…?」
そうよ!乙女ゲームルート発動中よ!
でもその直後、地獄のイベントが発生した。
地面に転がっていた六年生の一人が、急に立ち上がってニヤニヤ近づいてきた。
「へっ!なんだ!ゴリラ女のおかげで助かったぜ。褒美に俺の女にしてやるよ!」
……ガシッ。
嫌な音。
私の胸を鷲掴みにした。
一瞬の静寂。
世界が止まった。
六年生Aが言った。
「…ん?ねーじゃん。ぺったんこだな、お前」
その瞬間、私の笑顔がスッと消えた。
空気が一気に冷えた。
私の背中から何かが立ち上がる感覚。
周りの空気が振動してる。
地面が軽く震える。
(……誰の胸が、ないって?)
声が低い。
自分の声なのに、地の底から響くみたい。
六年生の顔が真っ青。
「ひっ……!?」
ゆっくりと顔を上げた。
「だいいちてめえらは生意気なんだよ!この沙織様に楯突いて生きていられると思ってんのか?」
もう乙女ゲームとかじゃない。
ジャンル:格闘アクション。
六年生Aの腕を掴み、そのまま全回転!
「おらぁぁぁぁ!!!」
目の前がぐるぐる回る。
「ひいぃぃぃ!!」
プロレス技「ジャイアントスイング」炸裂。
そして――発射。
ドガァァァン!!
六年生Aが校舎の壁に激突。
校舎がちょっと揺れた。
あーあ、修繕費また上がるな。
「い、石井ぃぃぃ!」
残りの六年生が叫ぶ。
知らん。次はお前らだ。
「こちとら女神様だぞ?わかってんのか?ボケぇ!」
スカート?そんなもの気にしてる余裕なし。
私は華麗なジャンプでドロップキック。
「ぐぼっ!」
一人ダウン。
続けてコブラツイスト!
「ぎゃああああ!」
ねじる。ひねる。完全勝利。
山口君がボソッ。
「出た、阿修羅モード…」
木村君がメモ取ってる。
「今日の女神(笑)はプロレス技が豊富だな」
お前ら実況すんな!助けろよ!
気づけばグラウンドのど真ん中。
リーダー格の六年生の頭を靴で押さえつけていた。
「さあ、頭を擦り付けて私を拝むんだよ!わかったか!?」
「は、はいぃぃ!」
ズンッ!
土が凹む。砂埃が舞う。
その瞬間、風が吹いて、私の髪がなびいた。
まるで阿修羅像。
後ろに三つ目の顔が見えた気がする。
ぬ~べ~先生が頭を抱えて叫んでた。
「な、なんという霊力の暴走だ!いや、違う、これは筋力の暴走だ!!!」
黙って見てないで止めろよ!!
◆
……静まり返ったグラウンドに、セミの声だけが響いていた。
六年生たちは全員、地面に散らばって転がっている。
砂煙と血と、謎のプロレス臭。
そしてその中心で仁王立ちしているのが、この私、城戸沙織。
――今思えば、これ完全にアウトの光景じゃん。
私はようやく深呼吸をした。
「ふう……」
手を見ると、ちょっと震えてた。
(はぁぁぁ……やっちゃった……。完全にやっちゃった……!)
周囲の視線が痛い。
ドン引きってこういう時に使うんだなって、今初めて実感した。
いや、わかってる、わかってるのよ。
やりすぎた。ちょっと力入れすぎた。
でも胸を触られたんだからしょうがないじゃん!?
あれはもう本能的反撃よ!人間として当然の権利!
……いや、人間じゃない?いや違う!人間だ!
そっと横を見る。
広くんがいた。
顔、真っ青。
というか、若干引いてる。
ああああ、やばい。完全にドン引き顔。
これ恋愛ゲージじゃなくて恐怖ゲージMAXの顔だ。
ここで黙ってたら、本気で危険人物認定される!
落ち着け沙織、演技よ!演技で乗り切るの!
私は大きく息を吸って――泣いた。
「さあ!殴るなら私を殴って!でも私だけにして!」
両手を広げて、悲劇のヒロインポーズ。
頬には涙(自前)
声は震えてる(演技力100%)
完璧!この状況を誤魔化すにはこれしかない!
でも広くんの反応が想定外だった。
「ぜ、絶対に殴りません!殴るわけないじゃないですか!っていうか、ごめんなさい!!」
全力で後ずさりしてる。
え、待って。なにその態勢。完全に私、加害者側の人じゃん。
(え、どうして!?私いま泣いてるよ!?涙キラキラしてるよ!?普通ここは抱きしめて「もう泣くな」って展開でしょ!?)
なんで「ごめんなさい」!?なんで土下座しそうな勢い!?
その時、クラス全体から盛大なため息が聞こえた。
一斉に。まるで合唱。
あー、もうダメだ。
「はぁぁぁぁぁ……」
「また城戸さんがやっちゃったよ」
「今日の『女神である(笑)』は、完全にバーサーカーだったな」
「オタクで夢見がちなのは知ってたけど、まさかここまで危険な少女だったとは…」
……え?
ちょっと待って。
今、女神である(笑)って言った?
誰!?どこの誰が言ったの!?
(聞こえてるわよ!全部聞こえてるからね!?)
ゆっくり振り向いた。
笑顔は保ってる。でも目は笑ってない。
「ねえ、今(笑)つけた人……誰かな?」
クラス全員、目を逸らす。
全員犯人扱い。
(女神である(笑)って何!?笑うとこじゃないでしょ!?笑われる神様なんて聞いたことない!)
しかもバーサーカーって何!?
私の中の理想は、清楚でか弱くて守られるヒロインなの!
現実はどうしてこうも格闘寄りなのよ!
頭を抱えた。
(違う!私は本当は普通なのよ!普通の女の子!普通の小学五年生!)
……あ、でも普通の小学生は六年生をコブラツイストで倒さないか。
気がついたら口から声が出てた。
「私は普通!!!!!」
魂の叫び。
グラウンドに響き渡る。
カラスが飛び立つ。
ぬ~べ~先生が物陰でビクッてなった。
でもクラスメイトたちはもう慣れてる。
「はいはい、また始まった」みたい。
くっそ、日常扱いされてる……!
広くんはというと、まだ距離を取って震えてた。
あの子、目が泳いでる。
(ううっ……完全にやべー女子認定された……!)
乙女ゲー的に言えば、BAD END確定。
最悪ルートに突入してる。
「広くん!」
思わず駆け寄る。
「うわっ!」って逃げられた。
なんで!?私そんな怖い!?
いや怖いけど、今は違うでしょ!?
「さっきのは、ちょっとした……えーと……事故?」
「事故で人が空を飛ぶかぁぁぁぁぁ!?」
うわぁ、怒鳴られた。
でも反論できない。飛ばしたのは事実。
ぬ~べ~先生が駆け寄ってきた。
「お、おい沙織!落ち着け!今は深呼吸だ!」
「先生、私は落ち着いてます!」
「嘘つけ!目が死んでるぞ!」
「女神はいつでも冷静です!」
「お前が言うと説得力ゼロだ!」
その横で、美樹が腕を組んで呟いた。
「ほんとあんた、どこまでが天然でどこまでがガチなのか分かんないね」
「天然です!」
「いや、天然ってそういう意味じゃない」
ちがう!そうじゃないのよ!
両手を広げて叫んだ。
「誤解しないで!私は普通の小学生なの!」
「六年生を片腕で投擲する小学生がどこにいんだよ!!」
ぬ~べ~先生のツッコミが刺さる。
ちょっと泣いた。
(うぅ……なんでこうなるのよ……私だって普通に青春したいだけなのに……)
放課後に友達とアイス食べて、恋バナして、「あの人かっこいいね〜」とか言って、
そういうキラキラした日常を送りたいだけなのに!
現実は殴打・除霊・爆炎・警察沙汰寸前。
どこで道を間違えたの私!?
ぬ~べ~先生が肩を叩いてきた。
「ま、まあ落ち着け。お前の言動は多少問題だが……」
「多少?」
「……いや、かなり問題だが」
「ですよね!」
先生は真面目な顔になった。
「でもな、広を止めたのはお前だ。そこは立派だぞ」
「え……」
褒められた。ぬ~べ~先生に褒められた。
あの胡散臭い人から立派って言われた。
ちょっと嬉しい。
いや、ちょっとどころじゃない。
胸がぽかぽかした。
広くんも、少し落ち着いたのか、照れくさそうに言った。
「……ありがとう、城戸さん」
おおっ!?やっと乙女ゲーのセリフきた!?
今度こそ恋愛フラグ!?
私の心の中で花火が上がった。
(ここよ、ここ!この流れでヒロイン復帰よ!)
そして私は微笑んだ。
「いいのよ。だって――」
言葉を選んで、できるだけ優しく、綺麗に。
「だって私は、あなたを守りたかったから」
…………。
一拍の沈黙。
広くんの顔が真っ赤になった。
(よし!照れた!来た!恋フラグ再点火!!)
が、次の瞬間。
ぬ~べ~先生が割り込んできた。
「お前ら、救急車呼べ!六年生、まだ動いてないぞ」
「…………」
ロマンが死んだ音がした。
クラス全員が、私を見る。
その目は一言で言えば「呆れ」。
「今日も城戸劇場、開幕から地獄だったな」
「本人だけは主役気分だからな…」
「いやもう、主演・監督・脚本・破壊神だから」
……聞こえてる!
全部聞こえてる!!
(なんで私の人生、毎回こうなるのよぉぉぉ!)
最後に、もう一度だけ叫んだ。
「私は――普通!!!ほんっとに普通なのーーーっ!!!」
「普通になりたい」って言葉ほど、非凡な叫びはない。
沙織は今日も、全力で普通を目指している。
だけど、彼女の「普通」はいつも世界の法則を軽く越える。
ベートーヴェンが燃えても、六年生が宙を舞っても、
ぬ〜べ〜が理科実験で除霊しても、
彼女は真剣に叫ぶ。
「私は普通!!!」
その姿が、きっといちばん人間らしいんじゃないかな。