地獄先生ぬ~べ~A(アテナ) ~女神様の『普通』の小学生生活(ハードモード)~ 作:斉宮 柴野
でも、病院に来たらママが神化して、パパが黄金聖衣で乱入して、
挙句ぬ〜べ〜先生が虫退治で赤ちゃんを救って、医者が泣いた。
これのどこが「普通の小学生」なのか、誰か教えて。
私、今、反省している。
……たぶん。
いや、してる。してるつもり。
目の前の光景が反省の念を超えて、もはや「コントの現場」だから感覚が麻痺してるけど。
まず状況を説明しよう。
病院の会議室に医者、ぬ~べ~先生、広くん、そして私。
テーブルの上には山ほどのレントゲン写真とカルテ。
しかも全部「私のせい」
医者の顔がすごかった。
ホラー映画の観客がラスボス見つけた時の顔。
「……全治3ヶ月の骨折が6名、全身打撲と内臓震盪で入院が6名……一体、小学生の喧嘩でどうやったらこんなことに?ダンプカーでも突っ込んできたんですか?」
やめて先生、ダンプカーと比べないで。
こっちもダメージ受ける。
ぬ~べ~先生は引きつった笑顔で答える。
「あはは……最近の小学生は、元気ですから……」
元気ってレベルじゃないでしょ!
私の頭に、ぬ~べ~先生のゲンコツが落ちた。
ぽかーん。
「こら沙織!やりすぎだと言っただろ!」
「いてっ!……ご、ごめんなさい……」
涙目で謝ったけど、心の中では思ってる。
(いや、あれは正当防衛……いや、女神防衛だし……)
広くんも肩を落として謝った。
「先生、ごめん。俺のせいで……」
「お前は気にするな。それより、あの妙な怒りだ……一度ちゃんと見てもらった方がいいかもしれん」
先生、診察対象がズレてる。
まず自分のメンタルを見てもらって。
……と、その時。
バァァン!!
病室のドアが爆発音と共に開いた。
風圧でカーテンが揺れる。
「沙織!大丈夫!?」
ママだ。翔子ママ。
勢いが完全に戦場帰りの戦士。
「ママ!」
思わず手を伸ばした。
ママは私を見て、ほっと息をついた。
よかった、怒ってない……と、思ったのも束の間。
その表情がスッと変わった。
怖い。怖い。
さっきまで優しい顔だったのに、今は完全に般若。
「……それで?相手はどうなったの?」
「えっと……全員入院、だそうです……」
「はぁ?やるのなら、なぜ徹底的にやらなかったの?半端なことするから後で面倒なことになるんでしょうが!」
……お母さん?
一般的な親なら「暴力はいけません」って言う場面じゃない?
なんで方向性が逆なの!?
(ママの徹底的って、絶対この世から消すとか冥界へ送るとか、そういうスケールの話でしょ……!?)
案の定、ママの雰囲気が変わった。
目がギラリと光り、髪がふわっと逆立つ。
うわ、出た。エリスママ。
「フン、甘いな沙織よ!アテナともあろう者が、その程度の慈悲でどうする!神に逆らう愚か者は、ひとおもいに殺してやるのが本当の慈愛というものだ!」
「ちょ、ちょっとママたちこわい……」
なんで人格同居の口論を病室で始めるの!?
看護師さんがドアの向こうで怯えてるよ!?
翔子ママが反論した。
「あなたは黙ってなさい!地上でそんなことをすれば、世界のバランスが――」
エリス「バランス?知るか!女神とは破壊だ!」
翔子「違う!女神は調和と秩序よ!」
エリス「調和は退屈だ!滅びこそ芸術!」
翔子「黙りなさい、悪趣味!」
エリス「誰が悪趣味だこの野生児!」
やめて!病院で言い争わないで!
ぬ~べ~先生は青ざめてた。
「……なあ沙織、君の家庭、なんか色々すごいな」
「先生、これが平常運転です」
「嘘だろ……」
ああ、胃薬持ってきてあげたい。
すると、ママの怒鳴り声がピタッと止まった。
一瞬で静寂。
いやな予感。
「……翔子、今、誰か近づいてこなかった?」
「え?何の――」
バリィィィン!!
病院の廊下の窓ガラスが粉々になった。
風圧でカーテンが舞い上がる。
その向こうから――金色の光。
「沙織ぃぃぃぃぃッ!!無事かぁぁぁッ!!」
うわ、来た。
来ちゃったよ。
パパ、登場。アイオロス。
白衣でもスーツでもない。
黄金聖衣のまま。
え、ここ病院。
ここ病院だよ?
「我が愛娘を侮辱した痴れ共はどこだ!今すぐ原子レベルで消滅させてくれる!!」
病室中の空気が止まった。
広くんは壁際で固まってる。
先生は医者を庇うように後退。
私は顔を覆った。
(やめてパパ、完全にテロ現場だから……)
翔子ママが即ツッコミ。
「あなた!病院!ここは病院だから静かにして!」
「しかし!沙織がか弱い乙女の胸を鷲掴みにされたと聞いて、俺の小宇宙が黙っていない!」
「情報源どこなのよ!!!」
私が叫んだ。
というか、誰だそんなこと報告したの!?
(絶対ママだ……!エリスママの方だ!!)
パパは怒りで目を光らせている。
「誰だ、その無礼者は!?六年生だと!?小宇宙の使い方を教えてやる!!」
「パパ!落ち着いて!もう私が全部やったから!」
「……やった?」
「うん、全員入院!」
「さすが我が娘!」
褒められた!?なんで!?
ママが頭を抱えた。
「この親子、本当にもう……」
ぬ~べ~先生がポツリと呟く。
「いや、もはや人間の範疇を超えてるだろこの一家……」
そこへ、医者が震えながら口を開いた。
「あの……ご家族の方……病院では、暴力的な発言は……」
パパ「暴力ではない。正義だ」
ママ「愛だ」
エリス「報復だ」
医者「帰ってください」
本音が漏れた。
気持ちはわかる。私でもそう言う。
そのあともカオスは続いた。
パパは六年生の病室に突撃しようとする。
ママが羽交い締めにして止める。
エリスママが出て「一緒に行く」と言い出す。
病院の廊下に神々が押し合いへし合いしてる。
一般患者が避難誘導されてる。
看護師さんの悲鳴が遠くで響く。
ぬ~べ~先生はその様子を見て、完全に悟った顔で言った。
「……なあ沙織」
「はい」
「君、普通の小学生って言ってたよな」
「はい」
「無理だ」
「ですよね!」
私は両手で顔を覆って天を仰いだ。
(どうしてこうなったの……。私、ただ普通の女の子でいたいだけなのに……!)
でも次の瞬間、パパが私の頭を撫でて笑った。
「まあ、何にせよ無事で良かった。お前がやられたと聞いて、心臓が止まるかと思ったぞ」
「……ありがとう、パパ」
ちょっと嬉しかった。
ママも微笑んでた。
エリスママも「ふん、まあ悪くない」とか言ってる。
ほんの少し、穏やかな空気が流れた。
◆
いきなり
「うわああああああん!」
って声が響いた。
赤ちゃんの泣き声だった。
え、なんでこんなタイミングで!?
こっちは両親のケンカで病院が修羅場なのに、赤ちゃんまで参戦!?
お母さんらしき女性が、泣きじゃくる赤ちゃんを抱いて右往左往している。
「どうしたの、急に泣き止まなくて……!」
ああもう、可哀想に。
病院の空気ヤバすぎて、赤ちゃんまでパニックになってるんだよ……。
と、そこで――ぬ~べ~先生が動いた。
スッと立ち上がって、赤ちゃんの方へ歩いていった。
(え、まさかまた水晶玉出す気!?病院燃えるよ!?)
でも、先生の顔はいつものアホっぽい笑顔じゃなかった。
真剣。
むしろカッコいい。
赤ちゃんの顔を覗き込んだ瞬間、先生がハッと息を呑んだ。
「これは……!」
周りの空気が一気にピリッとする。
(え、なに?また虫眼鏡系のやつ?)
先生が低い声で言った。
「『九十九の足の蟲』だ……!」
私は思わず立ち上がった。
(つくもの……あし? なんかキモそうな名前きたー!)
ぬ~べ~先生は説明した。
「赤子に取り憑き、夜泣きや癇癪を引き起こす蟲の妖怪だ。体の中に入り込み、魂を刺激して泣かせるんだ」
「ひえっ」
普通に怖いんだけど!?
なんでそんなグロい妖怪がさらっと出てくるの!?
すると、すかさずママが反応した。
「フン、ただの雑菌であろう。我が小宇宙で消毒してやろうか?」
「おい待てアテナ、それだと全部蒸発する!」
パパが慌てて止める。
「いや、アトミックサンダーボルトで分子レベルまで浄化するのが一番だ」
「お前のはもはや滅菌じゃなくて破壊だ!!!」
ぬ~べ~先生が悲鳴を上げた。
「やめなさい!普通の人間があなた方の浄化に耐えられるわけがないでしょうが!!」
パパとママ、止められるの先生しかいない。
聖域の二大暴走神を一喝できる一般人。
この瞬間、私は悟った。
(あ、この人、すごい。命知らずだ。)
先生は赤ちゃんの前に膝をつき、
両手で小さな掌を包み込んだ。
その手つきが驚くほど優しい。
(……あれ? いつものぬ〜べ〜と違う。)
「南無大慈大悲……」
低い声で経文を唱える。
聞いたことのない響き。
空気がゆらりと震えた。
すると――赤ちゃんの指の間から、
糸ミミズみたいな細い何かが、ぬるっと出てきた。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
思わず叫んじゃった。
(虫ぃぃぃぃぃ!!やめろ出てくんなぁぁぁ!!)
でも、その蟲はすぐに光に包まれて、ふっと消えた。
跡形もなく。
その瞬間、赤ちゃんの泣き声がピタッと止まった。
「……あらまあ!」
お母さんが目を丸くする。
「すごい!今どき若いのに珍しいわねぇ、蟲封じができるなんて!」
ぬ~べ~先生は照れくさそうに頭をかいた。
「はは、昔ちょっと師匠に仕込まれましてね」
うわ、なにこのギャップ。
さっきまで水晶玉で紙燃やしてた人と同一人物!?
赤ちゃんは先生の手をぎゅっと掴んで、ニコッと笑った。
(あ……笑ってる……)
それを見て、思わず胸がジーンとした。
(ぬ~べ~……ただの変な先生じゃないんだ……)
その静けさをぶち壊したのは、案の定パパ。
「ふむ。あの蟲、妖気というよりも邪悪な小宇宙の残滓だったな」
「あなた、分析しないでいいから!」
ママが肘で突っ込む。
「いやしかし!あの技……もしや、聖域でも通用するのでは……!」
「だから静かにしなさい病院だから!!」
頭を抱えた。
(ほんとこの人たち……)
ぬ~べ~先生は気づかないふりで笑ってた。
「さあ、もう大丈夫ですよ。お母さん、この子は少し驚いただけです」
母親は何度も頭を下げてた。
「ありがとう先生……。うち、最近ずっと夜泣きがひどくて、本当に助かりました」
ぬ~べ~先生の目が優しかった。
「赤ちゃんはね、霊的な存在に敏感なんです。だからこそ、大切にしてあげてください」
なんか、ちょっと泣きそうになった。
(ぬ~べ~先生、やっぱり本物なんだ……)
隣でママがぼそっと呟いた。
「……あの男、少し見直したわ」
パパも腕を組んでうなずく。
「悪くない。あの技、弟子にしてもいいレベルだ」
「やめて。うちの親が先生スカウトとか、混乱しか生まないから!」
そして――ぬ~べ~先生が、こっちを見た。
「沙織」
「は、はい!」
「君も、人を守る力を持っている。だけど、力は使い方を間違えると、人を傷つけてしまう。覚えておきなさい」
「……うん」
言葉が胸に刺さった。
今まで、ぬ~べ~先生をおバカ先生だと思ってたけど、
なんかこの瞬間、ちょっと格好よく見えた。
(うわ、これ、恋のフラグ……じゃないよね?ないよね!?)
私がぼーっとしてると、パパが横から割り込んだ。
「ふむ、私の娘に説教とはなかなか勇気があるな」
「いや、別に説教では……」
「だが見どころはある!今日からお前を弟子候補Aと認めよう!」
ぬ~べ~先生、絶望の顔。
尊敬した直後にこれ。
やっぱりぬ~べ~先生、ぬ~べ~先生だ。
ママが呆れながら言った。
「やっぱり、あの人、半分は本物で半分は災害ね」
パパが笑う。
「だが、面白い男だ。今度聖域に招待してやろう」
「やめて!聖域が崩壊する!!」
頭を抱えながら、それでも笑ってた。
赤ちゃんの笑い声が響く中で、
ぬ~べ~先生があたふた走り回ってるのを見て、
なんか――ちょっと誇らしかった。
(うちの先生、変だけど、ちゃんとヒーローなんだな)
そう思いながら、私は小さく呟いた。
「ぬ~べ~先生、かっこよかったよ」
隣でママが聞き取って、「え、誰が?」って顔したから、私は慌てて誤魔化した。
「な、なんでもないっ!」
パパはにやりと笑ってた。
「フム……沙織もそろそろ恋か」
「違うからぁぁぁぁ!!!」
沙織の叫ぶ「普通でいたい」は、笑いの中でどこか切ない。
ぬ〜べ〜先生が見せた人を守る優しさと、
アイオロスと翔子(+エリス)の親バカぶりが交錯して、
まさかの感動回になった病院編。
ぬ〜べ〜は半分本物、半分災害。
でも、彼がいる限り世界はなんとかなる気がする。