その転生レッドは如何にしてアローラに伝説を作ったか 作:勇(気無い)者
それからレッドは一人、手持ちを入れ替えてケンタロスを呼び出していた。
普通のケンタロスと比べて一回り以上は大きな個体である。
筋肉量も通常種の比ではなく、体のあちこちに大小様々な古傷が散見していた。
初めて会った時からこの風体であり、レッドはこのケンタロスの事を「歴戦個体」と呼んでいた。
━━よーしよしよし。
レッドがムツゴ◯ウ氏のようにケンタロスを撫で回す。
グリーンすら見た事のない笑顔である。ケンタロスは満更でもなさそうに撫でられている。
このケンタロスを呼び出した理由は、当然ながら明日のケンタロス競走に出すためだ。
━━今日のうちにケンタロス呼んで、試走しといた方が良いんじゃねーか?
グリーンのそんな言葉に従い、レッドはメレメレ島に戻ってきたのだ。
アーカラ島で走らないのは、観光客が多いのとホテルしおさいで部屋が取れなかった為である。
レッドはケンタロスを撫で終えると、背中に飛び乗って走り出した。
森の中へと突っ込んでゆき、木々を避け茂みを抜け倒木を飛び越え、車と変わらない速度で爆走する。
やがて森から抜けると、今度は車道を走り出した。
一応、車の通りが少ない場所を選んでおり、近くに車の姿は全く見当たらない。
……チラホラ見える通行人は、口をあんぐりと開けてレッド達を見送っていたが。
そんな事は気にも留めずに、しばらく車道を爆走した後、十メートルほどの護岸を飛び降りて砂浜へと着地。
足場の悪い砂浜だろうと構わず、ケンタロスは爆走してゆく。
ここでもビキニのお姉さんや海パン野郎が、口を半開きにしてレッド達を見送った。
しばらく走り続け、行き止まりに当たったところでケンタロスはようやく止まった。
かなりの距離を走った割には元気なままだが、自身でも気付かない内に疲労は溜まるものである。
労わる意味も込めて、レッドはケンタロスのポケリフレを開始した。
櫛で毛並みを整え、市場で買ったポケマメを与え、再び体中を撫で回す。
そんな事をやっていたら、サイレンの音が聞こえてきた。
音のする方角を見てみれば、護岸際の道路を白バイが走ってくる。
乗っているのはアニポケで有名な婦警、ジュンサーさんだ。
護岸際の階段前で停止すると、バイクを降りて彼女は階段を駆け下り、レッドの方へ猛然と走ってくる。
「そこのカントー人!! ライドギアを着けてないポケモンでの地上の移動は禁止されています!!」
あっ、と小さくレッドが漏らす。
ゲームの設定では、アローラ地方で移動のために秘伝技である「そらをとぶ」や「なみのり」の使用を禁止する法律がある。
……という事を、今更ながらに思い出したのだ。
基本的に移動は自動車や船が多く、個人単位では移動能力の高いライドポケモンが利用されている。
その割には、レッドやグリーンがリザードンやピジョットで空を飛んでいても、誰も何も言わなかったが。
焦り倒しているレッドは、何とか罰金で済まないかと考えており、そこまで頭が回らなかった。カントー人、と呼ばれたことに対しても。
「あなた、アローラは初めてね? 観光目的で来たの?」
ジュンサーさんの事情聴取が始まったが、大した事は聞かれなかった。
てっきり連行されるものかと思っていたレッドは、拍子抜けしたものである。
逆に署まで同行しなくて良いのか聞いたほどだ。
「観光客にはよくある事なのよ。逐一連行してたらキリが無いわ。無論、再犯は問答無用で連行するけれど」
という事らしく、一度目は警告に留まるようだ。
それからレッドはライドポケモンについて詳しく聞いてみた。前世のゲーム知識と、この世界の
まず気になったのは、空ライドポケモンにはライドギアを着けなくても怒られないのか。
これに関しては「努力義務」らしく、自転車におけるヘルメットのような扱いらしい。
事故率が低い事、空を飛んで移動する者がさほど居ないからだそうだ。
逆に地上のライドポケモンは、事故率が非常に高いので着用必須。衝突事故より、落下事故が多すぎるらしい。バイクのヘルメットのような扱いだ。
ただし、ライドギア無しで空を飛んでも咎められないが、事故を起こした場合は罰金額が跳ね上がるのだとか。
そんな風に話していたが、キリがつくと急にジュンサーさんは色紙とペンを取り出し、もじもじしながら差し出して。
「そ、それでは、最後にこの紙にサイン……じゃなくて、署名をしてちょうだい」
どう見てもサイン色紙である。
レッドはいつもファンサービスしているようにサインを書いて彼女に渡した。
すると、ジュンサーさんの顔がパァッと明るくなり。
「キャー! 無冠のチャンピオンのサイン! 職場のみんなに自慢しちゃお! キャッホー!!」
色紙を掲げながら、くるくる回って喜びを全身で表していた。
が、すぐにハッと我に返って咳払いを一つ。
「……んんっ! えっと……これからは気をつけて! それでは!」
それだけ言い残すと、彼女は白バイに戻ってメットインスペースに色紙を大事そうに仕舞い、バイクに乗って去っていった。
どうやらレッドのファンだったらしい。だから最初に「カントー人」とレッドの事を呼んだのだろう。
それからレッドは元の場所に戻るべくリザードンを出そうとしたが、事故を起こした場合の話を思い出してやめた。
たまには自分の体を動かそうと、レッドは走って帰る事を選んだようだ。
軽く準備運動したのち、全力で走り出した。ほぼケンタロスと変わらない速度である。
元きた道をそのまま走り、異常な速度で駆け抜ける
ケンタロスが砂浜に降り立った場所まで戻ると、ほぼ直角に近い護岸の壁をレッドは走って駆け上がる。
そのまま高く飛び上がった後、歩道に着地して爆走してゆく。
やはり通行人が口をあんぐりと開けて見送ったが、全く意に介さず走るレッド。
今度は森に突っ込んでゆき、木々を避け茂みを抜け倒木を踏み越え、凄まじい速度で駆け抜けてゆく。
やがて森を抜けると、最初にスタートした地点まで戻ってきた。
掛かった時間はケンタロスとほぼ変わらない程度。人間の身体能力ではない。
その後、レッドのせいでメレメレ島に「ターボ少年」という謎の怪談が誕生してしまう事など、レッドが知る由もなかった。
★
翌朝、レッドは絶望していた。
競走のために呼び出したケンタロスにライドギアを着けようとしたのだが、ケンタロスがデカすぎて合うサイズのものが無かったのだ。
特注サイズでなければ入らないようで、今からではどうやっても間に合わない。
どうしようかと迷っていたところ。
「あの、オハナ牧場のケンタロスさんを借りる事は出来ないのでしょうか?」
リーリエのナイスな提案に従い、レッドは早速オハナ牧場へと向かう。
「あっ、レッド様……!」
昨日、レッドが助けたカウガールである。他に伝手も無いので、彼女に頼む事にしたのだ。
「ケンタロスですか? 全然かまいませんよ! どんどん借りちゃってください!」
二つ返事でOKが出た。
これでなんとかケンタロス競走には出られると、胸を撫で下ろすレッド。
それから宿舎で色々なケンタロスを見ていたが、レッドが選んだのは昨日のケンタロスだった。
レッドはポケモンを一目見ただけで、ある程度の強さが分かる。
その基準でいくと、このケンタロスが一番強いのだ。……走りにどれ程の影響が出るかは分からないが。
試走もしておきたいところだが、ケンタロス競走の開始まで一時間を切っているので、このままぶっつけ本番でいくしかない。
レッドがカウガールに礼を述べると、彼女はがっしりと手を掴んで握手し。
「いいえ! 気にしないでください! レッド様のお役に立てて嬉しいです! 応援してますので、頑張ってくださいね! ……あと、あの……サインお願いしていいですか?」
ペンとサイン色紙を出して、可愛くおねだりした。
★
レースが始まるまで、あと数分となった頃。
レッドは預かっていたモンスターボールから、借りたケンタロスを出した。
「……あぁ!? 歴戦個体とか言ってたケンタロスじゃねーのかよ!?」
隣に居たグリーンが声をあげる。
「何だよ、俺は歴戦個体とか言ってたやつを想定してたんだぞ」
残念そうに語るグリーンに、レッドは歴戦個体にライドギアが装着できなかったので、オハナ牧場から借りたのだと説明した。
「マジか……まぁ、あのデカさだしな……でもよ、レッド。それなら今回の勝負は俺の勝ちだぜ。なんたってこいつは俺が手ずから鍛え上げ、姉さんが世話した一級のケンタロスだ! 万に一つも勝ち目なんかねーぜ!」
確かに、グリーンの乗っているケンタロスの強さは、牧場で借りたケンタロスの比ではない。相当に鍛え込まれているのだろう。
もしもバトルだったのなら、レッドは戦わずして棄権するぐらいに実力が離れている。
しかし、今回は競走である。勝つか負けるか、それは実際に走ってみないと分からない。
スタート地点で、選手たちがケンタロスに跨って一列に並んだ。
「さぁー!! 会場の皆さん、お待たせしました! ついにケンタロス競走の始まりです! 実況はわたくしコジーロがお送りさせて頂きます!」
アニメのコジロウみたいな声が、オハナ牧場に響き渡る。
「各選手、スタート地点に並んでおります! 今か今かと開始の合図を待っている! 開始まで五秒前! ……三! 二! 一!」
パァンッ、と号砲が鳴り、各ケンタロスが一斉に走り出した。
「さぁ、レースの開始です! おっと、早くも突出するケンタロスが二頭! 少年です! どちらも同じ歳の頃の少年が乗っています!」
僅か十数秒にしてグリーンが先頭を走り、レッドがその後ろに続く形で他の選手たちを置き去りにしてゆく。
「速い! とてつもなく速い! 既に四馬身リード! いや、五馬身……六馬身! 七馬身! 後続をどんどん突き放してゆく! そんなに飛ばして大丈夫なのかぁ!?」
レースの展開は、グリーンが思っていた通りに進んだ。
「さぁ、二人の選手がどんどん突き進んでゆくっ! ……えー、ただいま入りました情報によりますと、先頭を走る二人の選手の名前はレ グリーン選手とレッド選手です!」
瞬間、黄色い声援が観客席から湧き起こる。既に彼らの存在は観客たちにバレていたらしい。
「グリーン選手と言えば、カントー地方でジムリーダーを勤める若き英俊! ポケモンリーグチャンピオンとなった経験もあり、テレビの出演や動画サイトでも爆発的な人気を誇る超有名人でもあります!」
「グリーンだって?」
「何だか聞いたことがあるなぁ」
「ウチの娘がファンだって言ってたな」
「グリーン様が走ってるの!?」
「俺知ってる! ボンジュールの人!」
「グリーン様ー! 頑張ってー!」
「動画の開幕挨拶はボンジュールなのに、締めはバイビーの人!」
「そこが良いんじゃないの!」
観客たちの九割以上が反応していた。
遠く離れたアローラの地で、ポケモントレーナーではない人にとってもグリーンの名前は有名なのだ。
「片やレッド選手といえば、カントー・ジョウト・ホウエン・シンオウ地方全てのポケモンリーグで優勝し、その後一年ほど姿を消していた無敵のレジェンドトレーナー! 無冠のチャンピオンの呼び名を聞いた事がある人は多いでしょう!」
「レッドだって!?」
「生きていたのか!?」
「病気で倒れたってネットで見たけど?」
「病気するような人じゃないって聞いた」
「死んだんじゃないの〜⭐︎」
「余計ありえないよ」
「レッド様ー! 頑張ってぇー!! デートしてぇー!」
言いたい放題の観客たち。最後に叫んだのはカウガールである。
レースは開幕から大盛り上がりであった。
後半へ〜続く。