呪いの囁き   作:gp真白

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ウィスパーの戦場

 

VRヘッドセットを外し、アリスは深く息を吐いた。身体の奥にまで響くような疲労感。それは仮想世界での激戦が、現実の精神にも重くのしかかっている証拠だった。彼女のゲーム内ハンドル名は**【ウィスパー】。VRMMORPG『エクリプス・サーガ・オンライン(ESO)』において、最強を自負するパーティ【暁闇の尖兵(ぎょうあんのせんぺい)】のデバッファー**である。

彼女の眼前に、先ほどまで挑戦していた最難関レイドボス「創世神アビストルム」の討伐ログが投影される。

『討伐完了まで残り時間 00:05.12』

アビストルムのHPバーはあとわずか0.8%を残し、時間切れで戦闘終了。毎度のことながら、この5秒の壁が破れない。メインタンクの防御、ヒーラーの回復、アタッカーの火力。全てが世界トップクラスのはずなのに。

アリスは、ログの最下部に小さく表示された自身の行動履歴を凝視する。

 

ウィスパー: [カース・ブレイク] (ボス耐性-90%) / クールダウン残り 30.2秒

ボス: [究極耐性] バフ付与 / 残り持続時間 10.0秒

 

「『カース・ブレイク』が、究極耐性の発動に間に合わない...」

アリスの役割は、ボスの防御力や耐性を極限まで引き下げ、アタッカーが本来の火力を叩き込めるよう道筋を作ることだ。彼女のクラス、アークウィッチ・オブ・カース(呪術の大魔女)が持つ最重要スキル『カース・ブレイク』は、ボスの防御と耐性を一時的に無効化する。これがアビストルム戦の生命線だった。しかし、ボスの行動パターンは\bm{0.1}秒単位でランダム性が増しており、完璧なスキル回しをしても、クールダウンがわずかに間に合わない瞬間が生まれるようになっていた。この\bm{5}秒間の火力のロスが、討伐を阻んでいるのだ。

 

最強パーティの課題

通信チャンネルに、パーティリーダーでメインタンクの**【ブレイズ】**の声が響く。

「ウィスパー、どうだった?今回もログを精査してくれたか」

ブレイズは常に冷静で、パーティの精神的な柱だ。彼の指示は明確で迅速だが、その指示の根拠の半分はアリスのリアルタイム解析に基づいている。

「ブレイズ。やはり『究極耐性』のタイミングが読めません。私のスキルでは必ず5秒のロスが確定します。火力を補填できるレベルではありません」

ブレイズの妻でメインヒーラーの**【セイクリッド】**が口を開く。

「タンク、ヒーラー、アタッカーのビルドはこれ以上ないところまで詰めているわ。残るは、戦術の革新か、根本的な能力の底上げだけよ」

そこで、パーティ随一の爆発的火力を誇るメインアタッカー、【ゼウス】が不満げに割り込んできた。

 

「能力の底上げ...そう、それだ。俺たちのパーティは、最高難易度レイドに挑むためのマスターランクにまだ達していない。ランクアップすれば、装備スロットとスキルポイントが追加される。それがこの5秒を埋める唯一の道だろう!」

 

ESOでは、マスターランクへの昇格が、エンドコンテンツへの挑戦資格でもあった。このランクの差が、世界のトップランカーと彼らを隔てる最後の壁とも言える。

 

ブレイズは一同の意見を聞き、静かに決断を告げる。

「よし。今日のところは解散だ。目標を切り替える。今後2週間は、全力を挙げてマスターランク昇格クエストのクリアを目指す」

 

デバッファーの戦場

アリスは、昇格クエストの情報を検索した。

クエスト名:「ランクアップクエスト:凍てつく魂の看守(フリーズン・ソウル・キーパー)」

 

過去のログによれば、このクエストボスは、HPが50%を切ると防御力が1000%上昇し、特定のデバフでのみ解除できるという、デバッファー殺しのギミックを持つことで有名だった。アタッカーやタンクの能力ももちろん必要だが、このクエストはデバッファーであるアリスの緻密な戦略と0.1秒の判断こそが試される、まさにウィスパーのための戦場だ。

 

アリスはブレイズに**内線(非公開チャンネル)**でメッセージを送る。

『ブレイズ。あのクエストは、私たちの**「秘密の連携」**が試されます』

すぐにブレイズから返信が来た。

 

『分かっている。他のメンバーの不信感を招くかもしれないが、勝つために、お前を信じる。詳細な戦略は、また改めて2人で作るぞ』

アリスは深く頷いた。彼女の**「不可視の貢献」**は、パーティの勝利のため、そしてブレイズの指揮を成功させるために、沈黙の中で行われる。これが、最強パーティ【暁闇の尖兵】の、誰にも見せない真の形だった。

彼女は再度VRヘッドセットを装着し、訓練エリアへ向かう。誰もが勝利のために自身の能力を磨く中、アリスはただひたすらに、ログの解析とスキル回しの最適化に時間を費やした。その静かな準備こそが、やがて来る戦場で、最も大きな破壊力となることを知っていたからだ。

 

しかし、その「沈黙」が、やがてアタッカーたちの不満と不信感となって、パーティ内に小さなひびを生み出すことになるとは、この時のアリスは知る由もなかった。

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