呪いの囁き   作:gp真白

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0.1秒の密談

 

マスターランク昇格クエストへの挑戦を控え、アリスはパーティハウスの訓練エリアで一人、スキル回しのシミュレーションを繰り返していた。彼女のクラス、アークウィッチ・オブ・カースは、スキル発動時の詠唱時間が長く、デバフの付与と更新のタイミングは秒単位ではなく、フレーム単位での調整が必要だ。

 

アリスはシミュレーションの途中で手を止め、ブレイズに内線チャンネルを開いた。

 

「ブレイズ。あの『凍てつく魂の看守』の50%ギミックの解除法について、再確認を。解除猶予時間は**0.5秒**、それ以上はボスの魔力回復に間に合ってしまう」

 

『分かっている。その0.5秒を作るために、俺の緊急ヘイトカットスキルと、お前のデバフ付与を同時着弾させる。それが最速だ』

 

二人の会話は常に端的で、無駄がない。それは、彼らがこの連携に至った過去の苦い経験から生まれたものだった。

決意の夜

 

今から半年前、【暁闇の尖兵】が初めて「アビストルム」の討伐に失敗した夜。

 

ブレイズは全体チャットで「俺の指揮ミスだ。タイミングを読み間違えた」と責任を負ったが、ログを解析していたアリスは、真の原因を知っていた。

ブレイズが全体ボイスチャットで指示を出してから、アタッカーが実際に動くまでに、0.8秒の遅延が生じていたのだ。その0.8秒が、ボスの隠しギミックの発動とぶつかり、パーティを壊滅させた。

 

「タンクの指示は、全員が即座に理解できるよう、シンプルでなければなりません。ですが、アビストルムのギミックは複雑化しており、シンプルでは間に合わない」

 

アリスはブレイズに解析結果を渡し、そう告げた。

「指揮を複雑にすれば、判断に迷いが生じ、1秒以上の遅延が出る。シンプルにすれば、ギミックに対応できない...八方塞がりだ」

ブレイズは頭を抱えた。その時、アリスが静かに提案したのが、内線での連携だった。

 

「私だけが、ボスのバフ・デバフ、行動ログ、そして全員のスキルクールダウンを常に解析する。そして、最も最適な**『次の一手』を、0.1秒**の猶予で、ブレイズ、あなただけに伝える。あなたはそれを、自分の判断として全体に伝達するのです」

 

彼女の提案は、指揮官の権威を半分以上、デバッファーであるアリスに預けるということだった。他のメンバーから見れば、ブレイズが理由もなく急に指示を変えたり、唐突な行動を命じたりするように映るだろう。そして、失敗すればブレイズが全責任を負うことになる。

しかし、ブレイズはその提案を即座に受け入れた。

 

「ウィスパー。それが、俺たちが5秒の壁を破る唯一の道なら、俺の威厳などどうでもいい。お前の0.1秒の判断を、俺が**0.1秒で行動に移す**。それが、俺たちの沈黙の共闘だ」

 

こうして、誰にも知られることなく、【暁闇の尖兵】の**「二人で一人の司令塔」**体制が確立されたのだ。

 

アタッカーの疑念

現在の【暁闇の尖兵】は、この連携により安定した攻略を続けている。しかし、その陰で、小さな亀裂が生まれていた。

ランクアップクエスト挑戦前の予備レイドにて。

ブレイズはアリスの内線指示を受け、突如、アタッカーのゼウスに「2秒後に、3歩右へ移動し、待機」という、不自然な位置取りを命じた。

 

「ブレイズ、なぜだ?この位置ではボスの弱点部位を攻撃できない!」ゼウスは不満を隠せない。

 

『ブレイズ、今ボスのデバフが一時的に解除される。2秒後、即死級の直線攻撃がゼウスの初期位置に飛ぶ』というアリスの内線指示通り、次の瞬間、ゼウスがいた場所に即死級の攻撃が炸裂する。

 

「...危なっ」ゼウスは命拾いしたが、安堵よりも不信感が募る。

ゼウスはレイド後、ブレイズに詰め寄った。

 

「あの指示、3歩右なんて精密な指示を、貴方が即興で判断できるはずがない。ウィスパーだろ?あいつが裏で、俺たちの行動を操っているのか?」

ブレイズは静かに答える。

 

「俺の判断だ、ゼウス。ログから、俺が『3歩右』が最適だと判断した。デバッファーが俺に情報を送るのは当然だ。だが、最終的な行動命令は全て俺の責任だ」

 

その場は収まったものの、ゼウスは納得しなかった。彼にとって、アリスの「沈黙の貢献」は、パーティへの情報の隠蔽、そして**ブレイズへの「横槍」**にしか見えなくなっていた。

 

「自分の価値を証明したいなら、全体VCで堂々と情報を開示しろ」

ゼウスのこの疑念が、ランクアップクエスト「凍てつく魂の看守」で、パーティ全体を最大の危機に陥れることになるのだった。




次話では、セイクリッドやリゼルといった他のメンバーから見た、アリスとブレイズの連携、そしてブレイズの孤独な重圧に焦点が当たる**第3話「タンクの孤独と重圧」**を執筆します。
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