呪いの囁き   作:gp真白

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タンクの孤独と重圧

 

マスターランク昇格クエストへの挑戦まで、残すところ3日。パーティ【暁闇の尖兵】は、最終調整として中級レイド「鋼鉄の守護者」に挑んでいた。

戦闘中、ブレイズはいつも以上に神経をすり減らしていた。彼の意識は常に二つのチャンネルに向けられている。

一つはパーティ全体への公開ボイスチャット(VC)、そしてもう一つはアリスからの内線だ。

「ブレイズ、ボスの左腕に**『呪詛の蓄積』**バフを確認。4秒後に即死ビーム。タゲを右30度にずらせ!」

『了解』

ブレイズは即座に全体VCで指示を出す。

「ゼウス、リゼル!一旦、攻撃を中断。俺がタゲを修正する!セイクリッド、回復を優先!」

ブレイズの迅速な行動により、即死ビームはパーティを逸れて地面を焦がした。事なきを得たものの、ゼウスは苛立ちを隠せない。

 

「ブレイズ、今の修正は遅すぎるだろ!最初から位置を指示してくれればいい。毎回、俺たちが攻撃のタイミングで急に動くのは効率が悪い!」

 

ゼウスの言うことは正しかった。アリスの内線指示に従って直前で指揮を修正するブレイズの行動は、アタッカーにとって不必要な行動の中断や火力のロスを生んでいた。しかし、アリスの情報なしに戦えば、その先の複雑なギミックで即座に全滅する。ブレイズは、そのジレンマに常に苛まれていた。

 

 

レイド後、ブレイズはパーティハウスのプライベートエリアで、冷たいドリンクを飲みながら深いため息をついた。

 

「またゼウスを怒らせてしまったな」

 

彼の隣に、妻でありメインヒーラーのセイクリッドが座った。彼女はブレイズの異変を誰よりも鋭く感じ取っていた。

 

「ゼウスやリゼルは、あなたの指揮に迷いがあると思っている。直前の修正が多すぎるからよ。特に、ウィスパーがあまりにも沈黙しすぎていることに、ゼウスは不信感を持っている」

 

セイクリッドは、アリスとブレイズの間の秘密の連携の具体的な内容こそ知らないが、二人の間に強固な情報共有のラインがあることは察していた。彼女はブレイズを責めるのではなく、その重圧を案じていた。

 

「ウィスパーの情報は、誰も気づかないログの裏の真実よ。それを全体に開示すれば、アタッカーは情報過多でフリーズする。あなたは、ウィスパーの頭脳と、ゼウスたちの実行力の間に立つ**『防波堤』**になっている」

ブレイズはグラスを強く握りしめる。

 

「俺がこの秘密を守らなければ、パーティは崩壊する。俺の威厳が傷つくのは構わないが、ウィスパーに『情報の隠蔽者』という烙印が押されるのは避けたい。彼女の緻密な分析こそが、俺たちの最強の武器なんだからな」

セイクリッドは静かにブレイズの肩に手を置いた。

 

「分かっている。あなたとウィスパーの連携が、他の誰にもできない**『最高の最適解』であることも。だけど、ブレイズ。あなたは『孤独な司令官』**になりすぎているわ」

 

一方、サブアタッカーのリゼル(シャープシューター)は、ゼウスのような感情的な不満は表に出さなかったが、独自の視点で状況を観察していた。

彼女は次の日の訓練中、アリスの動きに注意を払う。アリスはレイド中以外も、常に膨大な戦闘ログをPC画面に表示させ、特殊なグラフと数値を読み取っていた。

 

リゼルは静かにアリスに尋ねた。

 

「ウィスパー。ゼウスが不満を言っていた、レイド中の直前修正についてだけど。あれは本当に、あなたの情報がなければ間に合わないものなの?」

アリスはログから目を離さず、淡々と答えた。

 

「はい。通常のレイドボスは行動パターンが一定ですが、『アビストルム』のような超高難易度ボスは、0.3秒未満の行動変化を常に起こしています。ブレイズの全体指揮を待ってから行動すれば、必ず**1秒以上の遅延**が発生し、パーティは壊滅します」

 

「1秒...」リゼルは言葉を失う。彼女の精密なクリティカル攻撃も、アリスのデバフによる**「0からの耐性削り」**がなければ、半分の価値しかないことを知っていたからだ。

 

リゼルは確信した。アリスとブレイズの連携は、信頼という名の絶対的な必要悪であると。しかし、アタッカーがそれを理解せず、指揮官のブレイズがその重圧で孤立していく現状を、リゼルは深く憂慮するのだった。

 

そして、ついに昇格クエスト当日を迎える。パーティの不協和音は解消されないまま、彼らはデバッファー殺しの難関レイドへと足を踏み入れることになる。

 




次話では、いよいよマスターランク昇格をかけた**第5話「凍てつく魂の看守」戦が始まります。ゼウスの不満が爆発する第6話「アタッカーの焦燥」**に向けて、戦闘の導入を描いていきます。
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