レイドボス「ガーディアン・オブ・アイシクル」との戦闘は、開始から5分が経過していた。ボスのHPは65%。パーティのDPS(1秒あたりのダメージ)は計画通りに進んでいる。
アリス(ウィスパー)の動きは、戦場を支配していた。彼女は**『コールド・パルス』(冷気耐性ダウン)と『防御障壁破壊』**デバフを0.1秒の狂いもなく更新し続け、ゼウスとリゼルの攻撃効率を最大限に引き上げていた。
しかし、メインアタッカーのゼウスは不満を募らせる。彼はDPSメーターで、自分の火力が理論値より18%低いことを確認していた。原因は、アリスが依然として、自分の攻撃力をブーストする**『猛攻の呪印』**をかけてくれないことだ。
「ブレイズ!もう十分だろう!冷気耐性ダウンは3層でカンストしている!なぜウィスパーは俺にバフを回さないんだ!このままじゃ時間切れになるぞ!」
ブレイズはゼウスの苛立ちを冷静に受け流す。
「ゼウス、焦るな。ウィスパーの判断を信じろ。彼女は常に全体の最適解を求めている」
『ブレイズ、内線で。ゼウスには**50%を切るまで**、絶対に**『猛攻の呪印』を使わないと伝えてください。使えば、後半のギミック解除に使うはずの別のキーデバフ**のクールダウンに影響が出ます』
ブレイズはアリスの内線を聞きながら、ゼウスに全体VCで指示を出す。
「この戦闘では、俺の命令が最優先だ。火力が足りないなら、お前自身のスキル回しを見直せ!」
ブレイズが、アリスの戦略を守るために、意図的に指揮官としての威厳を使い、ゼウスを突き放した。その言葉に、ゼウスの怒りは頂点に達する。
「チッ…分かったよ。勝手にやれ!」
ゼウスはブレイズへの不信感を露わにし、半ば自暴自棄のようにボスを攻撃し続けた。
アリスはゼウスの不満を背中で感じながらも、解析に集中する。彼女の視界には、誰も気にしないボスのログの小さな変化が映っていた。
ボス: [氷結の波動] 詠唱開始
ウィスパー: [呪文構築] 冷気耐性デバフ層数:3 (MAX)
この3層の**『冷気耐性ダウン』**が、アリスの仕込みだった。
そして、ボスのHPが52%に達した瞬間、ボスの行動が急変する。
ボス:「――我が魂は凍てつく。すべての刃を拒む!」
轟音と共に、ボスは全身を極厚の氷の装甲で覆い尽くした。
「来たか!」ブレイズが構える。
ゼウスとリゼルの攻撃が装甲に着弾する。
ダメージログ: ゼウスの渾身の一撃 1
ダメージログ: リゼルの精密射撃 1
「くそっ!やっぱりこれか!防御力100%上昇の氷結装甲!」ゼウスが叫ぶ。
パーティ全体に絶望が広がる。残り討伐時間は7分。この装甲を前にしては、時間がいくらあっても足りない。ブレイズも打開策を全体VCで問う。
「ウィスパー!万象の呪い(全体防御ダウンデバフ)だ!早く!」
しかし、アリスは指示に従わない。彼女は依然として沈黙している。彼女の眼には、装甲が張られたと同時にボスに付与された新たなバフのログだけが映っていた。
ボス: [バフ] 防御力+100% / 効果時間:無限
ボス: [バフ] デバフ耐性:特殊属性以外無効
(やはり、普通のデバフは効かない。そして、効果時間は無限...これは力押しでは絶対に破れない)
アリスがこれまで**『猛攻の呪印』を温存し、『冷気耐性ダウン』**を最大まで積み重ねてきた理由が、ついに明らかになる。
ブレイズが苛立ち、内線でアリスに問いかける。
「ウィスパー!応答しろ!何か打つ手はあるのか!?」
アリスは静かに、そして明確に、内線でブレイズに返答した。
「ブレイズ。あります。この装甲を解除できるのは、**『冷気耐性ダウンが最大まで蓄積された状態』で、『特定の火炎属性攻撃を0.5秒以内に3発着弾』**させること。そして、その火炎攻撃は、パーティに一人、温存している人物がいます」
そして、アリスは初めてブレイズに、全体VCで指示を出すことを要求した。
このデバッファー殺しの局面で、アリスの**「沈黙の準備」**こそが、パーティ唯一の希望となった。
次話では、アリスが全体VCでギミック解除法を宣言し、ゼウスとの確執が表面化する**第6話「アタッカーの焦燥」**を執筆します。