滅尽龍のシリオン   作:匿名

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渦中

街中の掲示板、電柱、バス停や駅の構内など至る所に新しい張り紙が増えている。シンプルな作りのそれには人相書きと大きな文字で「この顔にピンと来たら治安局まで!」とある。気のせいか普段より道を歩く治安官も多く物々しい雰囲気を感じ取れる、街の人にとってはわざわざ足を止めてまで注視しない紙が1種類増えたところで変化は特に無いが監視の目が多くなると自然と素行も大人しくなる。一見何も起こっていない表層でもインターノットに潜ってみれば何時ものように根拠の無い噂話で盛り上がっている。市民選挙やホロウの怪談、誘拐事件に汚職、目新しさと面白さが絶対視される電子の世界で以前からちらほらと話題に上がっていた異形のシリオン、彼の名前、外見、逮捕に貢献した際の謝礼額が投下された。

 

「通報したら消されそう」、「100%悪人顔」など男の容姿に言及する者もいれば、「ティーミルク屋の店員を脅していた」、「フードファイター」などねじ曲がった情報も出回る。手配書の異質さを際立たせているのは男の存在だけではなくその謝礼額も同様だ。犯した罪は記載されていない、凶悪犯とだけ形容されている手配書には一般人が一年は遊んで暮らせる額が載っていた。男を知らない者達がその誘惑に抗うことが難しく、目撃情報を共有する掲示板が作られ始める。そしてそのスレッドに注目しているのは何も知らない者達だけではない。

 

 

 

バンッと手配書をちゃぶ台に叩きつけ従業員達を見るとあるグループの社長。

 

「これだわ!」

 

既に彼女の脳内では得た大金で何を買うかがリストアップされている、借金のことは考慮されていない。渋い反応を返す従業員達を励まし根拠の無い自信を見せつける。

 

「そういえば猫又は?」

 

「彼女なら出稼ぎに行っていると思うわ」

 

「真面目だなあ仔猫ちゃんは」

 

金の切れ目が縁の切れ目、縁とも呼べない関係を切るだけで大金が手に入るなら躊躇いなどありようもない。見切り発車の捕縛作戦に呆れる従業員も彼女の暴走を止める術を持たない、というよりも止めるまでもなく好きにさせて失敗した方が諦めが早いと学習している。

 

 

 

 

「指名手配だってー、え?顔コワッ」

 

夕方の通学路、数人の学生が他愛のない話をしながら歩く。日々同じことを繰り返すからか日常の些細な変化も娯楽にして消費する彼女達は一般の市民よりもこういった事に鋭い、昨日は無かった手配書に群がり盛り上がる。テンションの高い友人達に手を引かれて気怠そうにしていた1人も目を通す、頭部の大きな角、ツンツンと尖った髪、バストアップの人相書きに見覚えは無いし興味も無い。

 

手配書の話題は数分も持たず、次のテストの話に移行しながら進む、サメの尻尾を持った少女も口に含んだキャンディーを転がしながら後を追う。今日もバイトがあり、望む睡眠時間は取れないだろう、ボスがお得意様から人探しの依頼を受けたと言っていた。サクッと終わるものであればありがたい。そういえバイトの同僚も人探しをしていた、近頃は行方不明が多いようだ。いつの間にか距離が離れた友人達がこちらを向いて呼んでいる、凶悪犯の顔はもう既に頭にない。

 

 

 

 

終わらない事務作業、他の隊員の担当業務が終わる気配は無く、本日も彼等の後始末をすることになるだろう。ホロウへの要請は毎日のように起こり、しかし書類がそれを考慮することはない。決済が必要な書類も課長のデスクに積もったまま、溜息が止まらない。そこに新たにホロウ内で見つかった新種の怪物の遺体まで回ってくる、自分の課が直接調査することはないだろうが何かしらの仕事が追加されるのは明らかだ。

 

「只今戻った、柳。…ふむ、私は修行へ行ってくる」

 

課長が会議からオフィスに返ってきて自分のデスクにある山を見て踵を返す。慌てて課長を引き止めて滞った仕事を説明するが表情は1つも動かない。

 

「柳、私は行かねばならない、市民の平和の為だ」

 

課長の口角がほんの少しだけ上がる、いつもは適当な言い訳を作って逃げる彼女が自信に溢れているのはそれっぽい言い訳がある時だ。半眼になるのは抑えられずに先を促すと1枚の紙が出てくる、治安局の正式な手配書。手に取って読んでいる間に課長は消え去っていたがそんなことは気付かない程の衝撃を受けていた。知らない顔、知らない名前、それなのに一部に強烈な既視感、頭部に生えている大きな角が自分に何かを求めて語りかけているように見えた。

 

 

 

 

 

治安局が神経質になっているのは何も指名手配の男だけが原因というわけでもない。近付く選挙もそうだが、数日前から密かに規模の大きい作戦を実行していた。ホロウで悪行を働くギャング、その1つのボスをエーテル資源を餌に分捕ろうという作戦。提案から下準備まで臆病で冴えない1人の治安官によって進められて今日がその決行日。事前に捕まえていたギャングの一味を使って彼のボスを治安官が待ち伏せするポイントに誘き出す作戦はそもそも最初から失敗していた。

 

罠だと看破した上でギャングの1人が捕まり、治安局の待ち伏せに対して大勢の人員を投入、優位に立っていたと思い込んでいた治安官達はあっさりとやられてしまう。現場の指揮を任せられていた臆病な治安官は捕虜となって選択を迫られる。

 

「さあ治安官さんよお、お宅らのエーテル資源は実際に持ってきてんだろ?痛い目に遭いたくなかったらさっさと主力部隊を他の場所に移動させろ!」

 

ボスの脅迫に身を縮めて震える治安官。

 

「む、無理だ…もしそうしてしまったら、私は、責任を問われるだろう。せっかく、死ぬ思いをして治安官になったというのに自分から棒に振ることなんて、出来ない…」

 

「じゃあボコボコにされても文句は言えねえよな、お前の耐侵食装備が長持ちしてくれることを祈るんだな」

 

「も、勿論!痛い思いなどしたくない。私は貧しい孤児の生まれだ、そんな自分が嫌で、憧れた治安官になれば輝かしい未来が待っていると思っていた」

 

怯えながら独白を始める治安官をギャングが取り囲む、優位は彼等にあり余裕もある。

 

「治安官になった私を待っていたのは何も変わらない現実だ。立場が変わっても自分の能力が変わったわけではない、要領の悪い私はあっという間に窓際に追いやられてもういい年になってしまった。私にはもう他に生きる術がないんだ」

 

「だから見逃して欲しいってか?ふざけんじゃねえぞ」

 

「だから、バレないようにエーテル資源を持ち出せばいいんだ。そうすればなんとでも言い訳がつく」

 

彼が個人的に雇っているエージェントとプロキシは近くにおらず彼自身に出来ることは限られている。ギャング達を連れて彼しか知らないとっておきの場所へと案内する。

 

「ここだ」

 

程無くして到着したのは何の変哲もない廃墟の中、ホロウ内という以外に特徴はなく、なんなら治安局が守っているエーテル資源とも距離がある。

 

「無駄足踏ませて時間でも稼ごうってのか?あんまり舐めてると本当にエーテリアスの餌にしちまうぞ」

 

「ち、違うんだ!ここに、毎日決まった時間に時空の裂け目が現れる、都合の良いことにエーテル資源の裏に繋がっている。緊急用の避難経路にしようと思っていたんだがこの際仕方ない、私は職を失うわけにはいかないんだ」

 

並みの人間なら発見することも難しい裂け目の、しかも法則性まで判明しているとなるとこの治安官、見かけに依らず幸運の持ち主かもしれない。出現を待つギャング達の前に裂け目が現れて一同が驚嘆に声を上げる。だがその驚きはすぐに次の驚きに取って代わられる、裂け目が消え、お土産に大量のエーテリアスを置いていく。

 

「テメエ、謀りやがったな!仲良くエーテリアスと心中するつもりか!」

 

ギャングのボスの怒号にエーテリアス恐怖症の治安官は答えることの出来る精神状態ではない、半狂乱になって叫びうずくまる。困惑するボスに1体が飛んでくる、素早くかわして攻撃しようとした所で違和感に気付く。飛んできたエーテリアスは背中から着地しており、他のエーテリアス達はこちらに背を向けている。

 

怪物の壁に阻まれて見えないがエーテリアスが1体ずつ打ち上がり消滅していく、間隔はどんどん狭まり1体の消滅が終わる前に次が打ち上がる。2体ずつ消える頃には結構な数が減り壁にも隙間が出来る、異常な状況にギャングも治安官も動けずに成り行きを見守る。彼らの目に入ってきたのは蹂躙だった。黒い男がエーテリアスを殴る、やっていることはそれだけではあるが効率が良過ぎる。飛び上がった男の両腕が廃墟の天井に刺さり崩れる、横に回転し男の翼が崩れた天井を打ち出して残ったエーテリアスに降り注ぐ。最後の1体になったエーテリアスは男の荒っぽい着地の際にコアを掴まれ圧し潰される。

 

 

 

運動を終え一息ついて立ち上がる男はへたり込む装備のしっかりした者とゴロツキ達と目が合う、戦闘中に周囲丸ごと裂け目に入ったと思ったら人のいる場所に来てしまったようだ。

 

「邪魔したな、気にせずに続けろ」

 

立ち去ろうとする男に治安官が叫ぶ。

 

「お、お手柄だったねハギンス君!」

 

意味の分からない呼び掛けに男は止まって怪訝な表情をする。治安官は止まらない。

 

「後は情報を持った君が無事に本隊と合流できれば彼らがどこへ逃げようと検挙は免れない、実に素晴らしい!」

 

ゴロツキ達の男を見る目が変わる、各自武器を握りしめて合図を待つ。

 

「やるしかねえか、お前ら、やるぞ!」

 

ボスの号令でゴロツキ達が威勢の良い返事を返しながら男に突撃していく。今も状況を飲み込めていない男は治安官が隠れるように謝り倒しているのを見て何となく理解する。要は巻き込まれただけの話、自分が知らない内に恨みを買っていたわけではないらしい。どちらが悪者かもハッキリさせてくれて躊躇はいらない。

 

ここからは正当防衛だろう、そうに違いない。

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