滅尽龍のシリオン 作:匿名
迂闊だった、初対面の時から色々と予測不可能な言動を取る娘だということは頭に入れていたが、まさかいきなり泣かれるとは。全然身に覚えがない、隙を見て逃げたことか?いや、どうせコイツの事だ、話掛けている相手が居なくなったのにも気付かずに延々と講釈していたに違いない。お尋ね者になったことか?1回会っただけでそこまで関係ができたとは思わないし、コイツの崇拝している「パエトーン」もプロキシ、要はお尋ね者だ。まあ、「パエトーン」に会ったら泣くぐらいはしそうだが。
男と少女、凶悪犯と見た目は可憐な色白の娘、遠巻きからちょっとした人だかりが見守る。
「ご、ごめんなさい、目にゴミが入ってしまって…」
ハッと我に返った少女が涙を拭って取り繕う。事情はさっぱりだが先手を譲ってくれるようだ。
「久しぶりだな」
まずは挨拶、言葉短く相手を興奮させる単語は極力控える。
「ええ、そちらもお元気そうで…すっかり時の人になってしまったのですね」
まだ落ち着いている、というよりは落ち込んでいる。数回ラリーをしても視線は伏せ気味でどこか上の空だ。
「最近何かホロウ関連のニュースは無いか?」
インターノットを知らない男にとって人伝や街中の広告だけが情報源であり、後は足で稼ぐ現場主義だ。
「ホロウに…行かれるのですか?」
少女の雰囲気がまた暗くなる。
「悪いか?」
「勿論悪いのです」
ホロウとは所謂事故や災害の現場、一般人が無断で出入りすると行政に影響が出てしまうのは必至。
「知ったことか」
「それと…実は私、少しだけ占い、の様なものが出来てしまうのです。それで、その…貴方が…」
モゴモゴと喋る少女の言葉尻は小さくなっていき視線は気まずそうに斜め下を向いている。
「凶運か」
「はいなのです、それもとびきりの」
「フフ、とびきりか。そんな事を聞いてしまってはホロウに行くしかないな、どこが良いだろうか、近場で良いのか?」
週末の旅行の計画を建てるような楽しそうな男の声が聞こえ少女は驚いて顔を上げる。言葉を濁しすぎたのかも知れない。
「いえ、貴方が考えているような凶運などでは…!」
男の耳が人混みを掻き分けて近付く治安官の声を拾う、誰かが通報したらしい、恐喝などした覚えはないぞ。翼を広げ風圧で周囲を牽制し、少女と周りの声を止めて飛び上がる。
「さらばだ、ビビアン」
男と対照的に悲しそうにしている少女にそう言い残し人の壁を越えて見えなくなり、治安官も男の消えた方向に走っていく。
無意識に前に出していた左手を引き、男の方に注目が集まっている内に人に紛れその場を離れる少女。彼女もとある事情により世間の関心をあまり引きたくはない。仕方の無い事だと理解はしているが無力感からくる自己嫌悪が心を曇らせ、悪いことなどしていないのにまるで逃げるように走る。拠り所だった存在は沈黙を保ったまま、長い夜が続く。
占いなど信じてはいない。今ここに立つ自分が過去の自分の結果であり、今の自分の選択が未来の自分である。言い換えれば、自分を決定付けるのは自分でしかない。ただし、良い事を言われて気分が高揚する位なら毒もない、ウキウキで男はホロウを巡っていた。占いで凶が出ると何を想像するだろうか、金銭、人間関係、仕事、そのどれもに頓着しない男が楽しみなのは健康運、というよりは命運と言った方が近いのかもしれない。ここ最近はホロウに潜ってもめぼしい敵が居なかったがビビアンのお墨付きだ、普通の人間が運が悪いと気落ちすることも男にとっては確変ボーナス扱い、何か変化があると期待して進む。
「何も…ない」
数日渡り歩いてもハプニングなく実に平和なハイキング、心なしかホロウ自体の活性も低いように感じる。予想を大きく外して収穫はなし、丸坊主だ。今いるホロウから引き揚げ、街を練り歩いて次なるホロウを探す。新エリー都に通うようになってから気付いた事だが郊外より街のホロウの方が活性が高い。零号との距離と関係があるのかは分からないが影響を受けていると推測する、街の方が侵食するものが多いという点もありホロウが育ちやすいのだろう。
ルミナスクエアで子供たちが集まっている、1人だけ平均より高い背の子供がいるが全員同じような年齢で数人の引率らしき大人が離れて立っている。学校の行事か何かが行われている横を通り過ぎる際に以前にも会った顔ぶれがその集団に交じっているのを見た。
「小学生だったのか」
ホロウ内で会った時は社長と呼ばれていたような記憶があるが、そんな若さで一企業の長に上り詰めていたのか。もう1人は教師と技術士の掛け持ちか、企業の業績はあまり芳しいものではないらしい。若い苦労者2人に心の中で敬意を表しながらホロウ探しを続行する。
「誰だ今あたしの事を小学生だとか言ったヤツは!」
「ちょっと落ち着いてクレタ!今のあんたは小学生でしょ?」
いきなり暴れだしたクレタを抑える、私はよく聞こえなかったけどこの雑踏の中から特定の言葉だけ認識するのはどういう能力なの。
「…保護……伴か…」
「誰が保護者同伴だ!」
「クレタ、ちょっ…ほんっとに、もう合唱の時間だからー」
しばらく歩き、とある学校を越えた辺りで若いホロウに遭遇した。他の拡大を終えて安定しているホロウに比べると未熟だが、この状態は種から芽が出たばかり、成長してどんなホロウになるかは未知数だ。珍しい出会いに誘われ、男はホロウに入る。
想定通りに内部のエーテル活性は低く、エーテリアスも休眠していたり形成されたばかりで動作が緩慢なものが多い。滅多にお目にかかれない、学者達なら喜びそうな光景だが男にとっては動物園にでもいる気分だった。1時間も歩き回ると飽きが来てしまいあくびが出る。占いなんてやはり当てにならない、下振れも良いところだ。サファリパーク、欲を言うとサバンナを欲していた男にはじっとしている小型犬を捩じ伏せても渇望は満たされない。
「なんだぁ?なんでこんな所に人がいやがる?」
不躾に投げられた問いに男が振り返ると素行の悪そうな集団がスコップやつるはしを持って此方を見ていた。
「おい、コイツ例の…」
「マジか…じゃあもし捕まえたら小銭稼ぎともお別れか?」
何かに思い至った者がヒソヒソと仲間に伝え、彼等の雰囲気が変わる。持っていた道具を構え、じりじりと警戒しながら近付く。その様子を男の感情の読めない瞳が眺めていた。
「クレタ君、君も大人になった方が良い。それとも、君の我儘で大勢の人を危険にさらすつもりか?」
「ハッ、大人になるってのがてめぇみたいなヤツの事を言うんだったら願い下げだな!」
校舎の修復依頼を受けた白祇重工は施工完了間際に小さなホロウ見つけてしまう。建設会社にどうこう言う義務など無いが放っておくことも出来ず学校側に助言をするも、反して学校は依頼金を一括払いすることで暗に口封じを要求。納得のいかないクレタは小学生として転入、潜入調査を敢行した。ホロウの調査ということで連れ出されたプロキシと共にホロウで発見したのはエーテル鉱石を採掘した痕跡と彼女の前に現れた校長だった。
「私はただグレーな方法でなけなしの貯金を増やそうと副業を頑張っているだけさ」
「そうしてホロウを放置して学校まで拡大したらどうすんだって聞いてんだよ」
「その時はまた別に校舎を建てれば良い、ホロウ災害の保険には入っている」
一見すると子供が大人に道理を説いているともいえる構図、しかし都が彼を悪と断定できないこともクレタは理解していた。だからこその苛立ちだった。
「クレタ、このホロウ、エーテルがかなり乱れてる、たぶん無茶な採掘が原因だよ。今刺激しちゃうと何が起こるか分かんない」
校長もそれを知っての挑発だった、ギャングを連れ好き勝手に採掘を繰り返した結果、一触即発のホロウが出来上がり、それによって子供を人質に保身する。クレタの唾棄する大人の姿だった。
「見逃すしかないってのか…!」
「警告、エーテル活性の急上昇を検知しました、ホロウの拡大が始まります」
空間全体が蠢動するように揺れて異変を伝える。
「どこのバカだ言いつけを破ったヤツは!」
校長の横のギャングが怒鳴る。愚痴を垂れても答える者は居らず、最早敵対している場合ではなくホロウからの脱出、ないしはエーテルが比較的安定しているセーフスポットを探し避難することが最優先だ。小悪党らしく逃げ足はバッチリの校長の事は一旦置いておいてルートを割り出す。そんなタイミングで、
「3つ、いえ4つの生命反応を確認しました」
拡張に伴いホロウに迷い込んだ者がいる。Fairyの消費電力を一時的に増やしその方向の音を探ると、
『………』
「この声、まさかアミーか!」
どこか達観した印象を持つクレタの(潜入時の)同級生が巻き込まれた、緊張が走りすぐさま救助に向かう。
『ーーーーー!』
『きゃっ…』
音声は流れ続けて絶えず位置を更新する、電気代は今考えるものではない。その中で大きな轟きが聞こえ、短い少女の悲鳴がそれにかき消される。
「くそっ、待ってろアミー!」
嫌な想像が頭から離れず気が逸る、白祇重工の部下達がホロウの異変を察知して他の遭難者の確保に動き出した。報告に耳を傾けている間に多少なりとも冷静さを取り戻す。座標に到着すると尻もちをついて呆然としている少女を発見する。
「アミー、無事か⁉」
「…どうしてクレタがここに?」
保護したアミーから聞かされるのは彼女の父親の話、このホロウを放置し違法に採掘をしていた校長のことだった。彼の振る舞いが最近おかしいのを怪訝に思い度々ホロウに忍び込んで証拠を探していた。
「エーテリアスは?」
「ええ、さっきはいたのだけど…突然消えてしまったわ」
「はあ?」
要領を得ない回答に戸惑っている間に部下達がもう2人の確保を完了する。
「よし、残りは1人だけだな。そいつも子供か?」
救助活動を優先したことで校長を取り逃がしたのは悔しいが、ホロウ調査の目的が被害を出さない事なので背に腹は代えられない。
「皆、聞いてくれ、ホロウの拡張が止まったようだ。依然としてエーテル環境は不安定だから注意してくれ」
「訂正、拡張活動は停止した訳ではありません。しかし現在それを上回る速度で縮小しています」
異常な事態にホロウを観察すると一部遠くの景色が消えていく、現実世界との境目が外からホロウの中心に向かって迫り、徐々に中の物を排出していっている。
「何が起こってるのー」
縮むホロウに追い出される2人と1匹、同じように白祇重工の面々が散らばって辺りをキョロキョロと見まわしており、ギャングの連中は一塊に纏められてピクリとも動かない。
視界に全体が収まるほどに衰退していくホロウを背に現場から逃走する校長とお供のギャング、障害がなくなった今先回りしてクレタとアミーが立ち塞がって問い詰める。
「アミー、君にはまだ良く分からないだろうけどね、大人の世界っていうのは黒と白にはっきり分かれてはいないんだ」
「黒一色ってか?」
「お前は黙っていろ!お前がアミーを拐かさなければこんなことにはなっていなかったんだぞ!」
「あたしはな、この世界は真っ黒な海だと思っていた。そこで泳いでいる純粋な魚たちを片っ端から黒に染めちまうような」
「今は?」
多少は打ち解けたのかアミーがクレタに耳を傾ける。
「今は違えよ、そうじゃない大人もいるって知ってるしな」
「親の会社を継いだだけの若造が、私のような庶民の気持ちなんて分からないだろう!」
「自分の子供を危険に晒してまで金儲けするヤツの気持ちなんて願い下げだ」
「フン!実際こうしてなんの被害も出さなかった、言っただろう?私は運が良いのだと。採掘を続けられないのは残念だが十分稼がせてもらった、証拠もホロウごと消えようとしている、私を突き出したとて立証できる材料など無い」
「運が良い、だと?」
ホロウが消滅する、人一人の大きさすらもうない、最後の異物が外に出てきて、全員がその声に振り向く。
「丁度良い」
豆粒ほどになったホロウを男の尻尾が潰す。
「試してみるか?我の凶運と」