男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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10話

「おはよー!」

 

 相原由良(あいはら ゆら)はいつもより早く登校すると、すぐに教室を見渡した。

 一色雫(いっしき しずく)北条乃愛(ほうじょう のあ)の姿はない。

 それを確認すると、真っすぐに廊下側の席へ向かった。

 

皆木(みなき)さん! 昨日凄かったよ」

「え、あ?」

 

 眠そうに頬杖をついていた皆木鈴(みなき すず)が困惑したように顔をあげる。

 

「あの北条(ほうじょう)さんに反撃しちゃうなんて感動しちゃった!」

「お、おう」

 

 前のめりになる由良(ゆら)とは反対に、(すず)が小さく仰け反る。

 

「わ、私もびっくりしちゃった」

 

 横から神成寧々(かみなり ねね)も入ってくる。

 

「ね、凄いよね」

「勇気もらったよ」

「私、言われっぱなしでもう悔しくてさ」

 

 由良(ゆら)(すず)の手を握ると、ずい、と顔を近づけた。

 

「ありがとうね。これから見返してやればいいだけだって気づけたよ」

「……そうか。なら良かったよ」

 

 (すず)は気怠そうに笑い、それから恥ずかしそうに顔を背けた。

 その飾らない姿を、微笑ましく思う。

 

「私も足を引っ張らないように頑張らないと!」

 

 ふんす、と寧々(ねね)が決意を表明する。

 それに対し、(すず)は小さく呟いた。

 

「あまり真に受けない方がいい。あんなの方便だよ」

「え?」

「何でもいいから追い出す理由が欲しいんだ。人が出ていけば、クラス内の北条(ほうじょう)派の割合が増す。まだ上位クラスに使える奴を残しているだろうから、すぐに封鎖もできる」

「あ……」

 

 考えたこともない理屈に、由良(ゆら)は思考が冷えていくのを感じた。

 

「8枠だ。後8枠あれば北条乃愛(ほうじょう のあ)は定員46人の内の23人、つまり半数を取れる。王手だ」

 

 あるいは、と(すず)は更なる懸念について語る。

 

「そんなことをしなくても、クラス内で北条(ほうじょう)に傾く者もいるだろう。北条(ほうじょう)の長女というだけで、大人の力学が必ず働く。15人も入り込まれた時点で既に手遅れかもな」

「そ、そんな!」

 

 由良(ゆら)は思わず、隣の寧々(ねね)と顔を見合わせた。

 そうなれば何の後ろ盾もない自分たちなど、簡単に排除されてしまう予感があった。

 

「……でもまあ、私たちは気にしなくていい」

「ど、どうして?」

 

 (すず)は至極つまらなさそうな顔で言った。

 

「学校という子供の世界で、大人の力学を使える機会は意外と少ないってことだ」

「……そうなの?」

「クラス運営の主導権は握れるだろうな。でもそれだけだ」

 

 クラス運営の主導権。

 その意味を、由良(ゆら)はじっくりと考えた。

 行事の意思決定だろうか。確かにそう考えると、クラスの過半数を取る事にあまり意味はない。

 

「クラス運営なんてやりたい奴がやればいい。どうせお前らは仕切らないだろ?」

「……それはそうかも」

「いいか。多数派だの少数派だの、それは女社会の中の、女の理屈だ」

 

 女の理屈。

 (すず)は次々に、由良(ゆら)が考えたこともない視点から答えをくれる。

 

「私が見る限り、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が女を選ぶ基準はそこじゃない」

「……うん。それは分かる気がする」

「だろ?」

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は今のところ、クラス全員と仲良くしている。

 家格や多数派かどうかで扱いを変えた事は一度もない。

 

「結局、こんなのは女同士のつまらない縄張り争いなんだ。ボス猿の席なんか渡してやればいい」

 

 (すず)の言葉に、横から寧々(ねね)が興奮したように身を乗り出す。

 

「す、すごいよ! 皆木(みなき)さんって意外と頭いいんだ!」

「……今、意外って言ったか?」

 

 由良(ゆら)は思わず笑った。このクラスメイト達とは、何だかうまくやっていけそうだった。

 そして、目の前の小柄な皆木鈴(みなき すず)を見る。

 彼女には、どこか達観した大人の雰囲気があった。

 由良(ゆら)は思わず周囲を見渡した。一色雫(いっしき しずく)北条乃愛(ほうじょう のあ)はまだ登校していない。

 

「……皆木(みなき)さん。もっと前に出てくれたら人がいっぱい付いてくると思うよ」

 

 確信があった。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)に一人で対抗した事で、今の(すず)はクラスで一目置かれている。

 一色雫(いっしき しずく)に動く様子がない現状、第三極が生まれれば人が一斉に動くだろう。

 しかし、(すず)はすぐに首を横に振った。

 

「私は何か大きい事がしたいわけじゃないし、どうでもいい」

 

 それに、と(すず)は声を落とした。

 

「真に警戒すべきは……一色(いっしき)だろう」

「そうなの?」

 

 由良(ゆら)から見ると、一色雫(いっしき しずく)はよく挨拶してくれる程度の認識だった。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)のように、家の力を誇示するような事は一度もしていない。

 

「……まあ結局、藤堂瑞樹(とうどう みずき)に選ばれるかどうかだな。女社会の理屈にあまり吞まれない方が良い」

 

 女社会の理屈。

 由良(ゆら)はその意味をよく考えて、そしてふと思った。

 他でもない北条乃愛(ほうじょう のあ)自身が、その理屈に一番縛られているのではないか、と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「支配とは何か?」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)は夢を見ていた。

 張りつめた母の声を、懐かしく思う。

 

「支配とは、内に利益を与える事です」

 

 北条(ほうじょう)の当主教育で散々聞かされた言葉。

 当時、小学生だった乃愛(のあ)はまだ意味をわかっていなかった。

 

「そして外から奪う事でもあります」

「ふたつあるのですか?」

「二つを組み合わせなさい。外から奪い、内に利益を与える。この分配機構の永続性こそを、人は支配と呼びます」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)北条(ほうじょう)家の第一子として生を受けた。

 その時点で、彼女の未来は殆ど決定されていた。

 寄騎(よりき)の娘たちをまとめ、北条(ほうじょう)の当主を引き継ぎ、党員資格を得て一等市民となり、関東軍を統制して次の世代へ受け継ぐ。

 それが北条乃愛(ほうじょう のあ)の存在意義だった。 

 

乃愛(のあ)、お前は私たちに何を与えられる?」

「え……」

「お前はいずれ、当主を継ぐ存在です。私たちに何かを与える為に、お前は何かから奪う事を良しとしなければなりません」

「……」

「最も簡単なのは、新しい境界を作る事です。恭順を示した者に報酬を、敵意を示した者には罰を。後はこれを分配することで支配構造が出来上がります。北条(ほうじょう)の家でこれを試せば、お前は他の妹を簡単に殺す事ができるでしょう」

 

 よく覚えている。

 繰り返し刷り込まれたそれが、今の北条乃愛(ほうじょう のあ)を作り上げた。

 

「こうした境界は、既に先人がシステムとして作り上げています。例えば党員システム。党員と非党員には明確な境界があり、党員でない者にはそもそも出世ポストが用意されていません。だから、人々は生産性スコアをあげて思想的純度を保ち、労働や清華団(せいかだん)での活動に自発的に力を入れます」

「……」

 

 今ならわかる。

 支配とは、椅子を用意することでもある。

 それを秩序合理性に満ちた社会が教えてくれた。

 

「こうして自発的に支配を望む事。それが支配の根幹と知りなさい」

「……」

「手始めに周りの子たちを使い、よく学び、よく励むといい。人を動かせぬ者に北条(ほうじょう)の名を継ぐ事はできません」

 

 繰り返し、繰り返し言われて育ってきた。

 人を動かす行為が、北条乃愛(ほうじょう のあ)北条(ほうじょう)の当主たらしめる。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)にそれ以外は求められていない。

 

「……乃愛(のあ)様」

 

 耳元の声で、乃愛(のあ)は飛び起きた。

 周囲を見渡し、そこが東雲由香里(しののめ ゆかり)の寮室だと確認する。

 隣を見ると、寝ぼけ眼の由香里(ゆかり)がすりすりと身体を寄せているところだった。

 

「今日も可愛いね」

 

 そっと頭を撫でる。

 褒めたのは、ただの癖だった。大体の女はこれを言うだけで喜び、乃愛(のあ)に熱い視線を向けてくる。

 ゆっくりとベッドから立ち上がり、洗面台へ向かう。

 鏡に、中性的な姿が映った。

 乃愛(のあ)が意図的に作り出してきたもの。

 女は男を求める。そして本当の男である必要はない。

 表情のない自分の顔を、乃愛(のあ)はよく観察した。

 どこにも瑕疵(かし)がない事を確認して、髪をセットしていく。

 

乃愛(のあ)様ぁ」

 

 身だしなみを整えている間に、由香里(ゆかり)が起きてきた。

 

「甘えんぼさんだね。ほら、梳かしてあげる」

 

 抱きついてくる由香里(ゆかり)の髪を梳くと、彼女は気持ちよさそうに目を閉じた。

 女が恋人に求める行為を、乃愛はよく理解していた。

 

「さあ、いくよ」

 

 着替えを済ませて寮を出ると、辺りには大正時代に建てられた煉瓦造りの建造物が並んでいる。

 乃愛(のあ)白雪(しらゆき)学園周辺のこの景色が好きだった。

 統一規格の無機質なマンションが並ぶよりはずっと良い。

 

「朝はちょっと肌寒いね」

「あ……」

 

 わざとらしく由香里(ゆかり)の肩を抱き寄せながら、囁く。

 

由香里(ゆかり)、振り返らないでね。尾行されてる」

「……」

「倫理監察局だ」

「車の中ですか?」

「ああ」

 

 思ったより動きが早い。

 密告を受けた倫理官たちもKクラスの状況を不審に思ったのだろう。

 くつくつと笑いが漏れた。

 

「密告したのは十中八九、Aクラスに一人残された七瀬(ななせ)だろうね」

 

 倫理監察局など、普通は恐れて関わりたがらない。

 最低でも、密告したのは党の人間だろう。

 

「おや、ここは温かいね」

「の、乃愛(のあ)様ッ!」

 

 由香里(ゆかり)のお尻を撫でながら、これからの事を考える。

 さて、出来るだけ長く勘違いをしてもらうほうがいい。

 七瀬光(ななせ ひかり)には精々、空回りして無駄足を踏んで貰わなければ。

 どうやって遊ぼうか、と乃愛(のあ)はにやりと笑った。

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)は、北条(ほうじょう)家の長女である。

 厳しい当主教育を受け、支配の在り方について幼少期から長く学んできた。

 そして、北条(ほうじょう)の輝かしい歴史は、寄騎(よりき)とともにある。 

 そこに疑問を抱く事はなく、北条乃愛(ほうじょう のあ)の目には未だ、同じ十八家しか映っていなかった。

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