「こうしてせっかく揃っているのだから、コロニーのルールを決めておこう」
ホテルの一室。
藤堂瑞樹のコロニーに所属する者たちが、北条乃愛によって集められていた。
神成寧々は肩身が狭そうに、そっと周囲を見回した。
一色雫、北条乃愛、最上飛鳥。いずれも始国十八家と呼ばれる党の重要ポストを預かる特別な家の者たち。
そして、乃愛の寄騎である御倍美弥。補佐官として、幼少期から瑞樹の身を預かり、後見人を務める御門玲。
この中でもっとも立場が弱いのが、庶民出の特別な後ろ盾のない寧々だった。
「オレはまだコロニー入りしていないが」
周りの様子をうかがうように、飛鳥が口を開く。
飛鳥は縁巡りによって白雪学園への転入が決まったものの、未だお手付きは受けていない。
居心地悪そうにする飛鳥に、乃愛がにこやかに言う。
「瑞樹くんの性格なら、転入させてそのまま放置ということはないだろう。十八家という立場もある。特例として同席を認めるべきだと思ってね」
「つまり、コロニーのルールを知らなかった、という言い訳を封じたいわけですね」
仮面のような笑みを浮かべて、雫が補足するように付け加えた。
乃愛は困ったように肩を竦める。
「それは少しばかり、人聞きが悪いね。私はただ、トラブルを防ぎたいという善意でみんなを招集しただけだよ」
「それで、何を決めるのでしょうか?」
無表情に問いかけるのは御門玲。
いつも瑞樹の傍にいる補佐官がここにいるのが、寧々にはひどく気になった。
「あの……瑞樹くんの傍から離れて大丈夫なんですか?」
「心配ない。綾乃たちが護衛についている」
答えるのは御倍美弥。
一学期の試験勉強で多くの時間を過ごしたこともあり、寧々にとっては比較的見知った存在でもある。
「話が終わればすぐに戻ります。それで、何を決めるのでしょうか?」
玲が抑揚のない声で、静かに繰り返す。
思わず寧々は身を小さくした。
最年長の補佐官は愛想がなく、寧々は少し苦手意識を持っていた。
「女だけの場だし、率直に言おう。まずは夜の順番について決めるべきじゃないかな」
「それは、瑞樹様が決めることです。女が決めることではございません」
乃愛の提案を、雫がぴしゃりと却下する。
その返答を予想していたように、乃愛は余裕のある笑みを見せた。
「みんな、異論は?」
寧々は思わず、周りを眺めた。
一様に黙り込み、異を唱える者はいなかった。
「さて、これで一つ決まったね。恨みっこはなしだ」
乃愛はそう言って、次の議題に進む。
「次に、瑞樹くんの卒業後の住居について。一般的に女が用意するものだ。どうするか、皆で決めるべきじゃないかな」
「それも、瑞樹様が決めることです」
今回も雫がぴしゃりと言う。
乃愛は満足そうに頷いて、同じ言葉を繰り返した。
「みんな、異論は?」
寧々の中で、小さな不安が沸き起こった。
話し合いというより、一方的に言質を取られているような違和感があった。
「じゃあ、次にいこう。京都について」
そう言って、乃愛は雫に視線をやった。
「一色さん、どうかな? なにか言うことは?」
「質問の意図がわかりません。何故、そんなことを私に聞くのですか?」
雫が仮面のような笑みで、小首を傾げる。
一連のやり取りの意味がわからない寧々は、困惑しながらも状況を注視するしかなかった。
「Dクラスからやってきた瑞鳳さんは、一条の出身だ。これはつまり、堂上家であることを意味している。天楼のお膝元で生きてきた人間が、何故Kクラスになんてやってきたのかな」
「それはご本人に聞くべきことでは」
「そうだね。じゃあ質問を変えよう。君は何故、Kクラスにやってきたのかな」
「入学の初日、鍵を落として困っていたところを助けて頂いたのです」
「幼少期の知り合いだったと、瑞樹くんから聞いているよ?」
雫が押し黙る。
表情が抜け落ちたような雫と、余裕のある笑みを浮かべる乃愛。
状況の把握ができていない寧々でも、どうやら乃愛が雫の痛いところを突いたのがわかった。
「幼少期、つまり御門さんが補佐官を務める前の次期だ」
「……」
「さて、男児を実母から取り上げた後の再配置には一定の指向性があると言われている。細かいルールは秘匿されているが、確実にわかっていることは、遺伝的な問題を避けるために出生地と再配置場所を同じにしないという点だ。だから、少なくとも瑞樹くんは東京生まれではないと推測できる」
「……」
「そうなると一色さんと瑞樹くんは幼少期、どこで出会ったのか。一色の本家がある東京以外なら、自然と候補は限られてくる」
そこまで話してから、乃愛は自信たっぷりに辺りを見回した。
飛鳥がぽつりと答える。
「……京都か」
「やはり、誰もが同じ答えに辿り着くようだね」
場の視線が、一斉に雫に向かう。
雫は表情のないまま、機械のように口を開いた。
「男子の出生地を探る行為は、禁忌とされています」
「そうだね。不要なトラブルを招くし、再配置のアルゴリズムの解析にも繋がる危ない行為だ」
しかし、と乃愛は言葉を続けた。
「知らない振りをしているほうが危ない場合もある。例えば、瑞樹くんが公家の出身とかね」
「危ない話題だな」
黙り込んだ雫の代わりに、飛鳥が仲裁するように割り込んだ。
「六波羅の監視もある。今の京都にそんな力は残っていない。一体、何を危惧している?」
「私はただ、最悪の場合を想定しているだけだよ」
寧々の知らない言葉が飛び交う。
飛鳥の言う通り、乃愛が一体何を警戒しているのか寧々には皆目わからなかった。
「南方軍を動かせる大宰府ならともかく、京都は武力を持たないただの抜け殻だ。そんな狂ったことは万が一にも起きないだろう」
「もちろん、党の支配は盤石だ。しかし、何事にも例外が存在する」
乃愛はそこで、視線を雫に戻した。
「私が確認したいのは、その例外に該当するかだ」
「……」
雫は何も言わなかった。
乃愛が不快そうに顔をしかめる。
「瑞樹くんの安全にかかわることを明言しないのは、重大な背任行為と思うよ?」
「乃愛」
それまで黙っていた美弥が、見かねたように口を開いた。
「言いすぎだ。それにこの公開裁判のようなやり方は、禍根を残しかねない」
「じゃあ、背任行為は訂正しよう。しかし彼女には説明義務があるだろう?」
「秩序の守護者という立場もある。党の禁忌に触れるようなことを、一色さんに求めるのは酷だ」
「私はただ、確証が欲しいだけだよ」
そこで雫は沈黙を破り、絞り出すように言った。
「私は必ず、どのような状況でも瑞樹様を守ることを誓います」
◇◆◇
話し合いは、それほど長くは続かなかった。
一室を出てから、寧々は一階のロビーに向かうためにエレベーターを待った。
何となく、そこに瑞樹がいる気がした。
入学してから多くの時間を共にしたため、寧々には何となく瑞樹の行動がわかるようになっていた。
(なんか……聞いちゃいけないことをいっぱい聞いた気がする)
エレベーターを待つ間、先ほどの話し合いを振り返る。
十八家のうち三家が集まった話し合いは、寧々が気軽に何か言えるような場ではなかった。
(ロクハラってなんだろう)
疑問に思って、スマホを取り出す。
検索ワードに打ち込むが、検索には何も出なかった。
(検閲に引っ掛かってるのかな)
寧々は少し考えてから、関連していると思われる京都を調べた。
都市についての簡素な説明以外は、特に情報が出てこない。
地図も黒塗りの所が多く、党の何かがあることくらいしかわからなかった。
そこでようやく、エレベーターがやってきた、
(ドウジョウケ……)
乗り込みながら、先ほど聞いた言葉を次々と打ち込んでいく。
どれも検索に出ない。
そうしている間に、一階について扉が開いた。
スマホをしまい、ロビーに向かう。
窓際のラウンジに、女子の集団がいた。
そっと近づくと、中心に瑞樹を見つけた。
「……」
自然と、足が止まった。
瑞樹の周りを固めているのは、乃愛の寄騎たちだった。
そのうちの一人、如月ひよりと目が合う。
気が強そうな顔立ちで、周りを見下すような言動も目立ち、寧々は苦手意識を持っていた。
寧々が動けないでいるうちに、ひよりが瑞樹の肩を軽く叩いて言う。
「神成さん来てるよ」
意外な助け舟に、寧々はぺこりと頭を下げて瑞樹のもとへ足を進めた。
「ちょ、ちょっと瑞樹くんの顔が見たくて」
瑞樹は立ち上がって、微笑んだ。
「夕飯まで少しあるみたいだし、ちょっと歩く?」
「う、うん!」
それから、乃愛の寄騎たちに視線を向ける。
彼女たちもぞろぞろとついてくるのではないか、と警戒するも、ひよりたちは立ち上がらなかった。
寧々は瑞樹の隣にぴったりと身を寄せると、誰も寄せ付けないように気を付けながら一緒に散歩に向かった。
先ほどの難しい話は、寧々の頭からはもう消え去っていた。