男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

11 / 73
11話

「排卵期の妊娠率は約30%と言われており、人口生産の計算では0.3という数字を使用するのが一般的だ」

 

 教室内は、味わった事がない空気に包まれていた。

 顔を隠すように教科書を立てながら、藤堂瑞樹(とうどう みずき)は周囲をちらっと見渡した。

 隣では、顔を真っ赤にした寧々(ねね)がずっと俯いている。

 

「男子の……あー……精液は2日に1回……もちろん個人差が大きいので、あー、これは単なる計算の基準だが、まあ、2日に1回出ると想定し、年間射精数を182回と仮定する」

 

 体育教師も何かが喉に引っ掛かったような様子で、生徒たちと目を合わせようとはしなかった。

 

「男性の精通年齢は非常に個人差が大きく、これについて明確な答えはないが、えー、とにかく便宜上は15歳で計算する」

 

 恐らく瑞樹(みずき)に気を遣っているのだろう。

 断定を避けるように、あやふやな言葉が続く。

 

「ここからも個人差が大きいが、継続的に、ぼ、勃起可能なのは40歳までという仮のモデルを使用すると、射精可能年数は25年という前提になる。その、あくまで人口生産の仮の計算モデルだ」

 

 保険体育が重要なのは理解しているつもりだったが、この極端な男女比の中だと地獄のような有様だった。

 明るく振る舞う体育教師の声が、反対にどこか痛々しい。

 

「では計算してみよう。排卵期の妊娠率が0.3であり、年間射精数182回。それが25年続く。さあ、計算できる人はいるか?」

 

 嫌な沈黙が落ちた。

 いつもは真っ先に手を挙げる相原由良(あいはら ゆら)一色雫(いっしき しずく)も、素知らぬ顔をしている。

 

「えー、答えは1365人だ。これが1人当たりの男性から生まれる理論値であり、個体生産最大値と言われる」

 

 1365人。

 恐らく、白雪学園の女子よりも多い数。

 

「これを聞いて、思ったより多いと感じた者も多いだろう。寿命が30歳~40歳くらいの時代や、流行病が猛威を振るった時代でも人口生産にはそこそこの余剰があったという事だ」

 

 理論的な話になったせいか、体育教師にいつもの調子が戻ってくる。

 

「さて、人工受精が当たり前になった現代で、何故こんな事を勉強するのか不思議に思うかもしれない。それは、この個体生産最大値の1365という定数があらゆる分野で使われているからだ」

 

 教科書には、世界地図が載っている。

 同時に各国の平均的な個体生産値が載っていて、一部の国だけが突出していた。

 

「例えば英帝では、この個体生産最大値1365人という数字から、植民地に残す最低限の男性を計算し、残りの男性を接収しているわけだ。この個体生産最大値は、軍政レベルの意思決定にも影響を与える重要な理論値となる」

 

 そこで体育教師は、意味深に瑞樹(みずき)に目をやった。

 

「今では遺伝子提供によりこの個体生産最大値は更に跳ね上がっているが、えー、娯楽的性行為はつまり、その、社会資源の喪失であり、そのー、ほどほどにすべきものである。以上だ」

 

 チャイムが鳴ると、体育教師は逃げるように出て行った。

 残された生徒たちは何も言わず、誰も立ち上がらない。

 瑞樹(みずき)はいそいそと保険体育の教科書を片付けると、普段はやらないのに次の授業の予習を始めた。

 今はとにかく、何かやる事が欲しかった。

 

「今の授業で思い出したのですが、そういえば遺伝子提供がいよいよ始まりますね」

 

 無言の教室に、どこか白々しい一色雫(いっしき しずく)の声が響いた。

 (しずく)は教室中の視線を受けながら、にこにこと瑞樹(みずき)に近づいてくる。

 

「遺伝子提供の際、連れていく方は決まっておられますか?」

 

 月に1回の遺伝子提供では、身近な女性を補助として連れていくのが社会的な慣例となっている。

 高校生の場合は通常、同級生が補助の為に同行する。

 

「えっと」

 

 瑞樹(みずき)は言葉に詰まり、辺りを見渡した。

 いつのまにか、教室中の視線が瑞樹(みずき)に集まっていた。

 そして、全員が聞き耳を立てるような奇妙な静寂。

 

「これから考えるところだったんだけど……」

 

 遺伝子提供の補助とはつまり、間接的な性行為を指している。

 自然と目が泳ぐのがわかった。

 一色雫(いっしき しずく)のスカートが、妙に短く見えた。

 健康的な太ももに視線が吸い寄せられる。

 それから、知らない間に北条乃愛(ほうじょう のあ)も近くに立って瑞樹を見ていた。彼女のスカートもやけに短くなっていて、ブラウスのボタンが外れて谷間が覗いている。

 

「はい。ご指名されれば、どなたでも喜ばれるでしょう」

 

 にこ、と姿勢よく微笑む(しずく)

 美しい所作とは反対に、どこか淫靡(いんび)な雰囲気があった。

 周囲の女子たちもどこかアピールするように、足を組み直す。

 

「……」

 

 ふと、寧々(ねね)を見る。

 彼女は顔を真っ赤にして、背を丸くしている。

 いつもと変わらない姿が、瑞樹に安心感のようなものを与えた。

 

「……神成(かみなり)さん」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

 飛び上がるように返事をする寧々(ねね)を見て、クス、と笑う。

 入学してから出来るだけ万遍なくクラスメイトと話してきた瑞樹(みずき)だったが、授業中のちょっとした雑談も含めてもっとも言葉を交わしたのは隣の寧々(ねね)だった。

 真面目で純粋らしい彼女には、少なからず好意が芽生えている。信頼できる人だと思った。

 

「遺伝子提供の時、神成(かみなり)さんに補助をお願いしてもいいかな?」

「わ、わ、わ、私でいいのなら、も、もちろんっ!」

 

 丸まった背が更に丸くなり、机にめり込みそうになっていく寧々(ねね)

 どこまで小さくなれるのか少し気になる瑞樹(みずき)だった。

 

「じゃあ、土曜のお昼前はどうかな?」

「いきますっ! 大丈夫ですっ!」

「うん。じゃあ御門(みかど)さんに車を出してもらうね」

「は、はいっ!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「遺伝子提供の時、神成(かみなり)さんに補助をお願いしてもいいかな?」

「わ、わ、わ、私でいいのなら、も、もちろんっ!」

 

 皆木鈴(みなき すず)は、その光景を見ながら「やっぱりな」とほくそ笑んだ。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)に女社会の理屈は通用しない。

 女同士のカーストなんて何の意味もない。

 立ち尽くす一色雫(いっしき しずく)北条乃愛(ほうじょう のあ)を見て、ざまあみろ、と内心で毒づいた。

 彼女たちはどうせ、選ばれるのは自分達のどちらかだと思っていたのだろう。

 あるいは二回目の遺伝子提供で余った方が選ばれて、藤堂瑞樹(とうどう みずき)がクラスのバランスを取ると考えていた。

 ところが全く別の、地方名家ですらない庶民が選ばれた。

 

(ますます欲しくなってきたな)

 

 社会奉仕スコアの低さが気になっていたが、(すず)が見る限り、藤堂瑞樹(とうどう みずき)は至極真っ当な人格を持っていた。

 女を見る目もある。

 この「女を見る目」は(すず)のような庶民の人間にとって重要な事だった。

 他に娶られた妻たちが見た目しか取り柄がない名家の娘だった場合、そのしわ寄せは(すず)たちにきてしまう。

 

(だが、私でも大丈夫か?)

 

 選ばれた神成寧々(かみなり ねね)は、クラスで最も身長が高い。

 反対に皆木鈴(みなき すず)はクラスで最も身長が低く、寧々(ねね)のようなスタイルを好んでいるなら相手にされない可能性もあった。

 

(そうなるとセット売りが必要になってくるな)

 

 ちら、と相原由良(あいはら ゆら)を見る。

 毎朝、バカみたいに大きい声で挨拶するやつだ。

 良くも悪くも田舎出身の人間で、まだ都会に染まってない。

 

藤堂瑞樹(とうどう みずき)の基準だと丁度いいだろう)

 

 よし、と腹を決める。

 男が妻を娶る数は、平均して3~5人。

 セット売りすれば丁度で、寧々(ねね)に付いていけば(すず)も娶って貰える可能性が高かった。

 

「……私が用意した子たちに、好みの子がいなかったのかな?」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)が、頃合いを見計らったように瑞樹(みずき)に声をかける。

 (すず)はニヤニヤとそれを遠くから眺めた。

 

「それにこの前、私を使った場合は娶って貰う必要があると言ったのが誤解を与えたかもしれないから、ちゃんと説明しよう」

「えっと……」

「遺伝子提供の補助は女の義務であってお手付きではないし、気軽に私を指定してくれても大丈夫だよ」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)の様子には、明らかにいつもの余裕がない。

 

「ああ、そうだ。背が高い子が好みでいいのかな? 私もそこそこ高いと思うんだけど、望む髪型があったりするなら言って欲しい」

「あの……」

 

 瑞樹(みずき)が困ったような顔を見せる。

 乃愛(のあ)は未だ、彼の様子に気づいた素振りもない。

 

「あるいは、モデルの子とかに声をかけてあげようか? それともバレーが好きとか?」

 

 思ったより脆いな、と(すず)は鼻を鳴らした。

 女の理屈。

 上流階級の理屈。

 十八家の理屈。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)の価値観は凝り固まっている。

 そして、それは藤堂瑞樹(とうどう みずき)と相容れない。

 

「わ、私はもっと役立てるよ? 具体的に要求してくれたら何だって出来る」

「……北条(ほうじょう)さん」

 

 そして、瑞樹(みずき)は諭すように言った。

 

「あまりそんなこと言っちゃだめだよ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。