男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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12話

「あまりそんなこと言っちゃだめだよ」

 

 教室が静まり返った。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)は、まるで何を言われたのか分からないような顔をしている。

 

北条(ほうじょう)さんがボクの為に気を遣ってくれてるのは分かるんだけど……」

「……」

「普通に仲良くしてくれるともっと嬉しいかなって」

「……」

「多分、こういうのっていきすぎると良くないから」

「……あ、ああ。いや……そうか……気を付けるよ」

 

 恐らく、北条乃愛(ほうじょう のあ)だけではない。

 教室中が、事態を正しく理解できていないのだろう。

 未だ入学四日目。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)が電撃的に作り出した大派閥は、間違いなくクラスを呑み込んだはずだった。

 その北条乃愛(ほうじょう のあ)がまるで相手にされていないという不可思議な状況に、誰もが困惑を見せている。

 

(……)

 

 鈴は素早く一色雫(いっしき しずく)へ視線を移した。

 そこにあるのは驚き、動揺、困惑。

 そして、熱を含んだ視線だった。

 

(……なんだ……こいつ?)

 

 遺伝子提供の補助に選ばれたのは庶民の神成寧々(かみなり ねね)

 自ら同行者を尋ねた一色雫(いっしき しずく)は、恥をかかされた立場にあるはず。

 にも関らず、一色雫(いっしき しずく)の表情には喜色すら見える。

 まるで、嬉しい誤算とでも言うように。

 

(……北条(ほうじょう)が袖にされたのを喜んでるだけにも見えない)

 

 始国十八家の中でも特殊な立場にある一色(いっしき)家。

 秩序の守護者と呼ばれる彼女たち一族は、他の名家から孤立した立場になりがちだった。

 そして、この教室でも彼女は一人であり続けている。

 加えて何を考えているのかわからない様子が、どこか不気味に見えた。

 

「お腹減っちゃったね。お昼休みまだかな」

 

 話題を変えるように、瑞樹(みずき)が周囲の女子に話しかける。

 

「きょ、今日は学食へ行かれるのですよね?」

「うん。名物のメニューとかあるのかな」

「し、調べてきたんですが、出汁を使った料理がとても美味しいらしいですっ」

「中等部から通っておりますが、どれもお勧めできます」

「初日に行ったのですが、とても綺麗なところでした。瑞樹(みずき)様も気に入ると思います」

 

 周囲の女子が我先に会話へ飛び込んでいくのを視界の隅で捉えながら、一色雫(いっしき しずく)を観察する。

 彼女は未だ、遠くから藤堂瑞樹(とうどう みずき)を眺めているだけだ。会話に入る事もしなかった。

 一色雫(いっしき しずく)は未だ、何の動きも見せない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「つまり、人間以外の哺乳類のオスとメスの比率は1:1に近づいていく。これをフィッシャーの法則と呼ぶわけです」

 

 四限目の生物。

 眼鏡をかけた女教師が興奮した様子で話し続けている。

 

「おもしろいでしょう? そして、何故、人間だけが特別なのか? これについては色々な学説があります」

 

 本来、哺乳類としてはありえない欠陥。

 逆に男が多い生物もどこかにいるのだろうか、と瑞樹(みずき)はぼんやりと考えた。

 

「一つ言えることは、人間が持つ極端な男女比が文明を後押ししたということ。安定した繁殖には巨大な群れが必要で、それが他の生物では見られない国家を作り出し、高度な文明を作り出していった。逆に男女比率が同じであれば、動物のように少数の群れで暮らし、このような文明社会は築けなかったでしょう」

 

 そこでチャイムが鳴った。

 

「では、今日はこれで終わりましょう」

 

 生物教師が出ていくのを見て、背伸びする。

 

「一緒に学食に行く人いるかな?」

 

 問いかけると、クラス全員が一斉に立ち上がった。

 

「ぜ、全員?」 

「興味がありました」

「一度行ってみたくて」

「中等部の時から常連なので」

「そ、そう」

 

 半数くらいを予想していた瑞樹(みずき)は、思わずたじろぎながらも学食に向かった。

 46人が一斉に動く光景は、まるで移動教室のようだった。

 

「む、無理に合わせなくても大丈夫だよ?」

「行く機会がなかったので丁度良かったのです」

「うんうん。写真見たら美味しそうだったし!」

 

 白雪学園は中高一貫校であり、敷地内には複数の建物が並んでいる。

 学食に向かうには、瑞樹(みずき)たちが学んでいる本校舎から少し歩く必要があった。

 

「こうやって見ると、中学生も結構いるんだね」

 

 途中、ちらほらと中学生らしき生徒とすれ違った。

 中等部と高等部はそれぞれ別の校門を使用するため、これまで見かける事は殆どなかった。

 

「半分がここの中等部出身ですからね。共有の学食や図書館以外では遭遇しませんが」

「そっか。図書館とかも一緒なんだ」

 

 中等部出身の一色雫(いっしき しずく)が説明してくれる。

 

「初等部もあるんだっけ?」

「そちらは完全に分かれております。まだ幼く分別がついておりませんから」

 

 すれ違う中学生たちの中には、わざわざ立ち止まって視線を向けてくる者までいた。

 (しずく)が壁になるように移動する。

 

「ご容赦ください。中等部は女子しかおりませんので、慣れていないのです」

「……大目に見てやってほしい。そういうものなんだ」

 

 どこか意気消沈した様子の北条乃愛(ほうじょう のあ)も補足するように口を開く。

 

北条(ほうじょう)さんも内部生なの?」

「ああ、だから学園内の施設についてはそれなりに詳しいよ」

「そっか。じゃあ何かあったら頼りにさせてもらうね」

「も、もちろんだ」

 

 笑いかけると、それだけで乃愛(のあ)の顔が少し明るくなった。

 

「じゃあ、一色(いっしき)さんと北条(ほうじょう)さんは中学からの知り合いってこと?」

「顔は知っていたが……同じクラスになった事はないね」

「はい。5クラスありましたので」

 

 喋っている間に、学食に辿り着く。

 本校舎と違い現代的な見た目をしていて、見た目はレストランのようだった。

 

「うわあ……思ったより大きいね」

「800席あります。他にカフェテリアも」

 

 中に入ると、想像より遥かに大きい空間が広がっていた。

 壁際にはフードコートのようにいくつかのカウンターが並んでいる。

 

「な、なにがお勧めなんだっけ?」

「そうですねー。とりあえず定食でしょうか」

「白雪はおうどんも有名ですよ!」

「お出汁の効いた丼ものが美味しかったです」

 

 それぞれ違うものを口にするクラスメイトたち。

 瑞樹(みずき)は助けを求めるように神成寧々(かみなり ねね)に目を向けた。

 

「か、神成さんはどうする?」

「え、あ、その、私は……日替わり定食にしようかなって」

「じゃあ、ボクもそれにしようかな」

 

 一番手前にあった定食のカウンターに向かい、注文と会計を済ませる。

 クラスメイトもぞろぞろと後ろに続いた。

 

「み、みんなは好きなもの選んだ方が……」

「これがいいです」

「丁度食べたいと思っていました」

「ほ、本当? みんな無理してない?」

 

 受け取り口からすぐに定食のトレイが渡される。どうやら今日は唐揚げ定食のようだった。

 瑞樹(みずき)はそれを受け取ってから、クラス全員が座れそうな空いているテーブルに向かった。

 

「……」

 

 先に座って待っていると、クラスの女子が次々と周辺に集まってくる。

 

「……」

 

 不思議な事に、誰も座らなかった。

 それとなく、全員の視線が寧々(ねね)に向かう。

 

「……」

 

 寧々(ねね)がおずおずと瑞樹(みずき)の対面に腰を下ろすと、それを合図にクラスメイトたちが近くの空いている席に座り始めた。

 瑞樹(みずき)の両隣は当然のように一色雫(いっしき しずく)北条乃愛(ほうじょう のあ)が陣取った。

 

(明日からはお弁当にしよう)

 

 一つの決意を胸にしながら、食事をはじめる。

 その時、ぞろぞろと学食に入ってくる集団が見えた。

 

「あれ一年じゃねえのか!」

 

 男の声がした。

 思わず箸をとめる。

 

「おい、その赤ネクタイ! やっぱり同じ一年だよなァ!」

 

 女子の集団を引き連れた一人の男が、右手を挙げながら真っすぐに向かってくるところだった。

 

「会えて嬉しいぜェ!」

 

 金色に染められた短髪に、すらっとした長身が印象的な男だった。そのまま瑞樹たちの隣のテーブルにドカッと腰を下ろす。

 そして、人懐っこい笑みを瑞樹に向けた。

 

「よう! 俺、Cクラスの白川健斗(しらかわ けんと)ってんだァ。よろしくなァ?」

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