男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

13 / 72
13話

「お前、どこのクラスだ?」

 

 Cクラスの白川健斗(しらかわ けんと)と名乗った男子生徒の周りには、二十人ほどのCクラスの女子生徒が立っている。

 誰も席に座ろうとはしなかった。

 

「はじめまして。Kクラスの藤堂瑞樹(とうどう みずき)です」

「へえ、Kクラス……」

 

 値踏みするように、白川健斗(しらかわ けんと)の視線が突き刺さる。

 

「俺はツラが良いやつが好きなんだ」

「え?」

「仲良くしようぜェ、ってことだ」

「う、うん」

 

 話しながら、彼の後ろの少女たちを見る。

 彼女たちはまだ立ったままだった。

 

「俺よォ、他にも何人かの男に声かけてみたんだぜェ?」

 

 白川健斗(しらかわ けんと)はそう言いながら、財布を取り出した。

 

「悪ィ、適当なの買ってきてくれ」

「はい」

 

 Cクラスの女子が一人、財布を受け取って走っていく。

 何か、違和感があった。

 

「他のクラスの男子はどんな人だったの?」

「Aクラスの奴は付き合いが悪くて、Bクラスの奴は女にしか興味ないみたいでよォ」

 

 それから、と健斗(けんと)は肩を竦めた。

 

「Eクラスのやつはずっと寝てたし。まあ、ツレない奴ばっかりだったなァ」

「男友達を作りたい人って少ないのかな?」

「かもな。ところでよォ、来週の社会奉仕決めたか?」

「ううん。家でチェックしたんだけど、まだ良くわからなくて決めてないや」

「なんだァ? 中学でサボってたタイプか?」

「うん。実は殆どやった事がなくて」

 

 途端、健斗(けんと)の手が瑞樹(みずき)の肩をがしっと掴んだ。

 

「大丈夫だァ。怖くねえぞ」

「う、うん」

「式典への出席はどうだ? ニコニコして座ってるだけなのにポイントが高い。最初はやっぱりこれだよなァ。軍事パレードへの出席もいいなァ。後は党の立食パーティー。タダ飯だぜェ?」

 

 すらすらと言う健斗(けんと)に、瑞樹(みずき)は思わずたじろいだ。

 

「く、詳しいんだね」

「おう、推進法1条にもこう書いてある。すべての男性は、国家の定める社会奉仕活動に参加する義務を有するってなァ」

 

 その間に、Cクラスの女子が昼食を運んでくる。かつ丼だった。

 

「お、サンキューな。で、奉仕は人格形成の一環であり、公共秩序の維持に資するものとするって続くわけだ。これは俺らの為でもあるって事だな。党に感謝しなきゃよォ」

 

 かつ丼を掻き込む健斗(けんと)を見ながら、その後ろの女子たちに目を向ける。

 もしかしたら男子だけの会話に気を遣わせてしまってるかもしれない、と思った。

 

「……あの……お昼ご飯、頼まないの?」

「私たちは後から頂きます」

 

 遠慮がちに問いかけるも、Cクラスの女子たちに食べるつもりはないようだった。

 健斗(けんと)は気にした風もなく、咀嚼(そしゃく)を終えて再び社会奉仕について語り始める。

 

「でも、式典やパレードは時期次第だからなァ。まずは短いので慣らした方がいいかもなァ」

白川(しらかわ)君はどこに行く予定なの?」

「俺かァ? 俺は地元の労働クラブと清華団(せいかだん)を回る予定だ。推進法7条にも、地元に愛着を持てと書いてある」

 

 健斗(けんと)の言葉に頷きながら、唐揚げを一口かじる。

 

「へえ、推進法ってそんなに細かく書いてあるんだ」

「そうだぜェ。推進法は俺たちの聖書みたいなもんだ。7条は地元への奉仕を奨励しててよォ、地元民の生活向上に寄与する活動を優先しろってな」

 

 状況を見守っていた周囲の何人かの女子たちが「素晴らしい事です」と相槌を打つ。

 瑞樹(みずき)は流れを見て、女子たちに水を向ける事にした。

 

「推進法ってみんな暗記してるの?」

「不勉強ながら全文は覚えてないです」

「私も暗記までは。でも男性にとって大事なのはわかります」

「男性だけの義務ですものね」

 

 その時、空気が変わった。

 健斗(けんと)の人懐っこい笑みが徐々に歪み始める。

 

「……わかります、か」

 

 健斗(けんと)の声が低く、抑揚を失う。

 箸を置く音がカチャンと響いた。

 

「なァ……」

 

 突然、一色雫(いっしき しずく)瑞樹(みずき)を守るように抱き寄せる。

 同時に北条乃愛(ほうじょう のあ)が庇うように前に出た。

 

「お前らに一体、何が分かるんだよッ!」

 

 突然の叫び声に、学食全体が静まり返った。

 健斗(けんと)は立ち上がり、顔を赤くして周囲を見渡すように睨めつける。

 Cクラスの女子たちが慌てて彼の袖を引いたが、彼はそれを振り払った。

 

「お前ら女に、何が分かるって言うんだッ! 俺らの義務が、奉仕が、どれだけ重いかッ!」

 

 突然の豹変に、瑞樹(みずき)は反応できなかった。

 一色雫(いっしき しずく)の腕の中、息を荒げる白川健斗(しらかわ けんと)を見上げる事しか出来なかった。

 彼の目には単なる怒りだけでなく、様々な感情が入り乱れているように見えた。

 

「……」

 

 学食を静寂が満たし、興奮した健斗(けんと)の荒い息遣いだけが響き渡った。

 しかし、次の瞬間、健斗(けんと)はハッとしたように息を吐き、肩を落とした。

 叫び声の余韻が残る中、彼は小さく呟く。

 

「悪かった……つい、熱くなっちまった」

 

 誰も何も言わなかった。

 すぐ耳元で(しずく)の警戒するような息遣いが聞こえる。

 

「ちょっと俺、キレやすくてよォ……」

 

 打って変わり、健斗(けんと)は泣き笑いのような顔で辺りを見渡した。

 学食中の視線が集まっていた。

 

「わりィな、変な空気にして」

 

 そう言って、トレイを残したまま(きびす)を返していく。その後をCクラスの女子たちが慌てて追った。

 とぼとぼと歩く彼の後ろ姿は、どこか小さく見えた。

 

「……」

「申し訳ありません。先に警告するべきでした」

 

 (しずく)が耳元で囁く。

 

「これは公にされていない情報ですが、彼は過去に思想最適化を受けています」

「……」

「実母からの性的虐待の影響を除去する為で、今もやや不安定なところがあると」

 

 再生産と呼ばれる考え方がある。

 特に貴重な社会資源である男性に対して行われるもので、社会復帰の可能性が皆無とみなされると人格操作の行政措置が入る事になる。

 かつて、中学三年生だった藤堂瑞樹(とうどう みずき)が最も恐れていたものだった。

 

「すまない、判断が遅かった。先にうまく切り上げるべきだったね」

 

 黙ったままの瑞樹(みずき)を、乃愛(のあ)が労わるように覗き込む。

 瑞樹(みずき)はただ、去っていく白川健斗(しらかわ けんと)の背中を見つめる事しかできなかった。

 

「……白川(しらかわ)様は……その、ご立派な方です。思想最適化を受け、自らの義務を果たされようとしています」

「……うん」 

 

 不登校で社会奉仕にあまり出た事がない自分を、彼は本気で心配してくれていたように見えた。

 あの目は嘘ではなかった。

 そして、死について考え始めたきっかけが思想最適化だった事をゆっくりと思い出す。

 立ち並ぶ二等市民向けのマンション。誰もいない街。暗い車道。

 いくつかの光景が、走馬灯のように脳裏に蘇った。

 そして死に触れた折に、本来ありえない記憶が混ざった事を。

 あれがなければ、藤堂瑞樹(とうどう みずき)も彼と同じように思想最適化を受けていたはずだった。

 

「……」

 

 瑞樹(みずき)は突き動かされるように席を立ち、駆け出した。

 

瑞樹(みずき)様っ」

 

 後ろから一色雫(いっしき しずく)の声。

 白川健斗(しらかわ けんと)はもう既に学食の外に出ていた。

 

白川(しらかわ)くん!」

 

 健斗(けんと)が不審そうな顔で振り返る。

 長らく入院していた影響ですぐに息が上がり、瑞樹は足を止めた後も大きく肩で息をした。

 

「……なんだよ?」

 

 不機嫌そうな声。

 しかし瑞樹(みずき)には、手負いの獣が残りの力を振り絞って精一杯の威嚇をしているようにも見えた。 

 

「これからも仲良くしてほしいんだ」

「……」

「ボク、男の子の友達が全然いなくて」

「……」

「ずっと学校に行ってなかったし、世間知らずなんだけど」

「……」

「その、だから、友達になってほしい」

 

 驚いたような、呆れたような、様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざった色が白川健斗(しらかわ けんと)の目に宿る。 

 

「お前……変なやつだなァ」

 

 そして、最初に見せた人懐っこい笑みを浮かべた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。