男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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14話

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は、広々とした自室でノートパソコンと睨めっこをしていた。

 瑞樹(みずき)自身は五等市民だったが、保安上の都合で男子には二等市民向けの住居が与えられている。

 画面には社会奉仕先のリストが並び、詳しい奉仕内容が記載されていた。

 

「……」

 

 瑞樹(みずき)の背後から首元に巻き付く腕。

 そして、後頭部を包む柔らかい感触。

 

「……その、怒ってる?」

「何がでしょうか」

 

 たゆんたゆん、と押し付けられ続ける胸。

 マシュマロのようにぐにょぐにょと形を変え続けるそれの主、補佐官の御門玲(みかど れい)を見上げる。

 本来、この時間の補佐官は隣の自宅で待機しているものだが、瑞樹(みずき)が退院してから(れい)は殆どここで過ごすようになっていた。

 

「……遺伝子提供の補助に神成(かみなり)さんを選んだから」

「あれは真面目で良い女だと思います。怒ってなどおりません」

 

 ですが、と(れい)は続けた。

 

「連れて行って頂けるのでは、と期待していたのは事実です」

「……うん」

「ご学友を連れていくのが慣例です。お気になさらないでください」

 

 たゆんたゆん。

 

「えっと……怒ってないなら、さっきからどうしたの?」

瑞樹(みずき)様は幼い頃、私の大きいおっぱいがお好きでした」

「……よく覚えてるね」

「無事に一週間が終わったので、甘えて頂こうかと」

「……」

 

 むにゅ、と更に後頭部が柔らかいものにめり込んでいく。

 瑞樹(みずき)はキーボードから手を離し、そのまま体重を預ける事にした。

 

瑞樹(みずき)様はご立派になられました」

「ようやく学校に通えるようになっただけで、何もやってないよ」

「それがご立派なのです」

 

 しばらく沈黙が落ちた。

 心地良い沈黙だった。

 背後の玲に体重を預けたまま、目を瞑る。

 

「ところで」

「うん、なあに?」

「私はおっぱい以外、魅力がありませんか?」

「えっ」

「一向にお手付きされませんので」

 

 どこか不服そうに言う玲。

 

「うーん……」

「やはり、まだ女に対して苦手意識が?」

「説明が難しいんだけど、ちょっと遠慮しちゃうというか」

「遠慮、ですか?」

 

 (れい)が心から不思議そうに問う。

 

「おっしゃってる意味がよくわかりません」

「……だよね」

瑞樹(みずき)様が遠慮などする必要はないのですよ」

「うん。頭では分かってるつもりなんだけど……」

 

 そこで瑞樹(みずき)は背伸びして、椅子から立ち上がった。

 社会奉仕先リストは膨大で、中々決まりそうになかった。

 

「ちょっと気分転換しようかな」

「なにか夜食をご用意しましょうか?」

「ううん。ちょっと外に行きたいんだけど、いいかな?」

「お外ですか?」

「お昼に少し走ったら、すぐ息切れしちゃって。体育祭までに体力を戻しておかないと」

「……足は大丈夫ですか?」

 

 瑞樹(みずき)はその場で屈伸してみせた。

 

「ちょっと突っ張ってるような変な感じがするけど……軽い運動は大丈夫ってお医者さんも言ってたし」

「わかりました。しかし、あまり無理はなさらないでください」

「うん」

 

 ジャージに着替え、(れい)とともに玄関へ向かう。

 人感センサーが反応して、赤いライトが光った。

 瑞樹(みずき)が交通事故に遭ってから取り付けられた監視装置。

 瑞樹(みずき)(れい)もまるでセンサーに気づかないように素通りして、マンションの廊下に出た。

 

「夜はちょっと寒いね」

「上着をお持ちしましょうか?」

「ううん。走ると温まると思う」

 

 男性専用のエレベーターから一階に降りる。

 コンシェルジュと警備員に軽く挨拶してから外に出ると、見慣れた住宅街が広がっていた。

 

「静かだね」

「はい」

 

 軽く伸びをしてから、ゆっくりと駆け出す。

 軽い関節の痛みがあった。

 

「……やっぱりダメかも」

 

 30秒も経たずに息が切れ、瑞樹(みずき)はその場で深呼吸を繰り返した。

 元々引き籠っていた事に加え、入院生活によって筋力が想像以上に落ちている。

 

「無理をなさる必要はありません」

「……うん」

 

 ガードレールに寄りかかって息を整えながら、夜の街をぼんやりと見つめる。

 定期的に車のヘッドライトが通り過ぎていくのが、何だかノスタルジックな気持ちにさせた。

 

「そういえば御門(みかど)さんって、白雪出身なんだよね?」

 

 ふと気になった事を問う。

 

「はい」

「……遺伝子提供の補助とかってしたことあるの?」

「いえ、ございません」

「……そっか……うん、安心した」

 

 (れい)が不思議そうな顔をする。

 

「私は不愛想な女です。瑞樹(みずき)様以外に相手された事などありません」

「そうかな。ボクからすると美人だよ」

「それに、もう行き遅れた年増ですので」

 

 補佐官は大学卒業後に2年の補佐官学校に通う必要がある。

 確か、32歳。

 思えば、たくさんの心配をかけた。

 自分の面倒なんて見なければ、良い人が見つかったのではないか、とも思った。

 

「高校を卒業したら、補佐官の任期って終わりだよね」

「はい」

 

 冷たい風が火照った身体に心地いい。

 暗がりの向こうに見える(れい)の目が、不安そうに揺れていた。

 瑞樹(みずき)は正面からじっと、彼女を見つめた。

 

「任期が終わっても、一緒に暮らしてくれる?」

「……はい」

 

 そこで突然ぽろぽろと涙を流す(れい)に、瑞樹(みずき)は思わずおろおろした。

 

「な、泣かないでよ」

「はい」

 

 俯いてすすり泣く(れい)の肩をそっと抱く。

 

「そ、そんなにずっと不安だったの? ご、ごめんね?」

「はい」

 

 三年間の不登校に、交通事故。

 思想最適化もあり得る状況で、ずっと心的な負担を感じていたのだろう。

 あるいは、交通事故を阻止できなかった事に対して自責の念もあったのかもしれない、と思った。

 

「も、戻ろっか。冷えてきたし」

「はい」

 

 顔を隠すように下を向いたままの(れい)と並んでマンションへ戻る。

 その間も、(れい)は何も喋らなかった。

 

御門(みかど)さんはどうする? もう帰る?」

 

 すぐ隣が(れい)の自宅となっている。

 (れい)の部屋の前で尋ねると、(れい)は首を横に振った。

 

「いえ、今日はまだお傍に」

「うん。眠かったら教えてね」

 

 そのまま自室へ戻り、ノートパソコンの前に座る。

 何となく、思いついた事があった。

 

「奉仕先、リハビリでお世話になった所とかどうかな」

「とても良いアイデアです。皆様の励みになるでしょう」

 

 マウスを操作し、福祉関連のタブを開く。

 その時、ふと一つのワードが目に留まった。

 

「……」

瑞樹(みずき)様?」

 

 安楽死施設。

 ずらっと並んだ施設の中で、それが妙に目を引いた。

 クリックし、詳細を開く。

 待機者への慰問、という短い説明。

 

「……初めての高等社会奉仕では、もう少し別のものを選んだ方が良いかと」

 

 胸がざわざわした。

 吸い寄せられるように、申請ボタンをクリックする。

 

瑞樹(みずき)様……」

「こういう所の方が、多分、一番必要とされてる気がするんだ」

 

 申請完了の文字が表示されたブラウザを閉じ、小さく息をつく。

 

「よし、やる事やったし寝ようか」

「……」

 

 (れい)は動かなかった。

 

「御門さん?」

「明日は……遺伝子提供ですね」

「うん」

「怖くはございませんか?」

「うん……大丈夫だよ。ありがとう」

 

 心配してくれているのであろう(れい)を安心させようと微笑む。

 

「……私、幼い頃から瑞樹(みずき)様を見ておりました」

「うん」

「我が子のようにも思っております」

「……うん」

「だから、許せないのです」

「え?」

 

 ぱちぱちと目を瞬く瑞樹(みずき)に、玲が言う。

 

「先ほどは嘘を申しました。実は怒っております。ぽっと出の女に、瑞樹(みずき)様の初めてを取られるのが許せません」

「……」

 

 冗談で言っているわけではなさそうだった。

 

「任期が終わった後もお傍にいる許可をいただきました。ですから、このような我儘をお許しください」

 

 そして、真っすぐに瑞樹(みずき)を見て言い放った。

 

「どうか、私の身体でご練習を」

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