男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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15話

 カーテンの間から差し込む朝日で、藤堂瑞樹(とうどう みずき)は目を覚ました。

 ごしごしと寝ぼけ眼を擦りながら、周囲を見渡す。

 

瑞樹(みずき)様、おはようございます」

 

 薄い笑みを浮かべる御門玲(みかど れい)の顔がすぐ近くにあった。

 

「おはよう、御門(みかど)さん」

「……睦事(むつごと)の時のように、名前でお呼びください」

 

 (れい)にそっと抱きしめられる。

 豊かな双丘(そうきゅう)が露わになっていて、埋まる形になった。

 

「申し訳ありません。昨夜は女の汚い欲を見せてしまいました。怖くありませんでしたか?」

「ううん。(れい)さんだったら平気」

 

 ふご、と玲から奇妙な声が聞こえた。

 

「……取り乱しました。そろそろ身支度をいたしましょう」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 全ての男子は、高校一年生から遺伝子提供の義務を負う。

 人口生産を出来るだけ計画的に行う為、今では自然妊娠よりも人工授精が主流となっている為である。

 遺伝子――つまり、精液である――を採取するには俗に言うオカズが必要であるが、男性向けの成人向け雑誌などは存在しない為、代わりに有り余っている身近な女性が採取の補助を行うのが慣例だった。

 

「お、お、お、おはようございますっ!」

 

 白雪学園の校門前。

 昼前の待ち合わせ場所に、神成寧々(かみなり ねね)はいつもよりも緊張した様子で立っていた。

 ゆるめのパーカーに短めのスウェットショートを合わせていて、普段の制服よりも遥かに太ももが見えるファッションからは気合が感じられる。

 

「朝早くからごめんね」

「いえいえ! め、名誉な事なのでっ!」

 

 セダンの後部座席を開けると、寧々(ねね)が頭を小さくしながら瑞樹(みずき)の隣に乗り込んでくる。

 

「は、晴れて良かったね!」

「うん。ご飯ってもう食べた? 終わったら一緒にどうかな?」

「ほ、本当? い、いく!」

 

 喋りながら寧々(ねね)がシートベルトを締めると、運転席の御門玲(みかど れい)が車を発進させた。

 大正時代に建てられたネオ・ルネサンス様式の建造物が並ぶ大通りには、既に多くの観光客の姿があった。

 土日になると、白雪学園の壮麗な校舎にも見物人がやってくるようだった。

 

「休日ってこんなに混むんだね」

「その、白雪は庶民からすると、一種の憧れだから……」

「そうなの?」

「色々な恋愛小説のモチーフになってるし、倍率も凄い事になっちゃってて」

「そっか。じゃあ神成(かみなり)さんって凄いんだね」

「わ、私はスポーツ枠だから勉強はあまり……」

 

 車が脇道に入る。

 一等市民向けの屋敷が並んでいる区画だった。

 

「み、瑞樹(みずき)くん、体調は大丈夫?」

「うん」

「その、私、いっぱい勉強してきたんだ」

 

 ずい、と寧々(ねね)が身を乗り出す。

 

「み、瑞樹(みずき)くん初めてだもんね。怖いよね。大丈夫だよ! 今日は私に任せて!」

瑞樹(みずき)様は初めてではございません」

 

 運転席から冷たい声が届いた。

 

「……え?」

「ですから、瑞樹(みずき)様は初めてではございません」

 

 呆けた顔の寧々(ねね)に、御門玲(みかど れい)が淡々と言葉を繰り返した。

 車内に無言の間が訪れる。

 

「う、うん。だから、神成(かみなり)さんもそんなに肩肘張らなくて大丈夫だよ」

「そ、そうなんだ」

 

 寧々(ねね)は迷うように視線を逸らした後、決心したように口を開いた。

 

「……それでも、緊張してると思うから」

 

 そう言って、寧々(ねね)瑞樹(みずき)の手を握った。

 

「採取前は手を繋ぐと、心が落ち着くんだって」

「……ありがとう。いっぱい調べてきてくれたんだね」

 

 やがて、目的地の遺伝子バンクに辿り着いた。

 白い近代的な建物で、外観は小さな病院のようだった。

 (れい)が駐車場に車を止め、瑞樹(みずき)たちを中に案内する。

 20席ほどの待合室と受付があるが、職員以外は誰もいなかった。

 

瑞樹(みずき)様は受付で手続きを」

「うん」

 

 受付でIDを照会すると、すぐに個室に案内された。

 部屋はちょっとしたビジネスホテルのようになっていて、ベッド、テーブル、モニターがある。

 

藤堂(とうどう)様は今日が初回ですね。そちらの容器に採取をお願いします。終わったら呼び出しボタンを押してくださいね」

 

 手短く説明を終えた看護師と玲が出ていくと、部屋に瑞樹(みずき)寧々(ねね)だけが残された。

 寧々(ねね)は壁際に立ち尽くし、顔を真っ赤にしている。

 

「えっと……どうしようか」

 

 瑞樹(みずき)はベッドに座り、透明な採取容器を手に取った。

 テーブルには他に、コンドーム型の採取容器も用意されていた。その他、色々な道具が置いてある。

 どうしていいものか、と瑞樹(みずき)は所在なく視線を彷徨わせた。

 空気が重く、緊張が張り詰める。

 

瑞樹(みずき)くん……」

 

 壁際で固まっていた寧々(ねね)が動き出し、瑞樹(みずき)の隣に腰掛ける。

 次の瞬間、ふわりと柔らかいものが瑞樹(みずき)を包み込んだ。

 

「えっと、始める前にこうやって慣らした方が良いんだって」

 

 遠慮がちに瑞樹(みずき)を抱きしめた寧々(ねね)が、優しい声で言う。

 同時にまるで子供をあやすように、とんとん、と背中が叩かれた。

 

「大丈夫だよ。怖くないからね」

 

 いつものおどおどした様子とは打って変わって、落ち着きが感じられた。

 もしかしたら、そっちの方が本来の気質なのかもしれない。

 身長差で、自然と全身を包まれるような形になる。

 

「しばらくこうしてるね。大丈夫、何もしないから」

「……うん」

 

 身体から力が抜けていく。

 思ったより緊張していた事に、今更気づいた。

 

瑞樹(みずき)くん、私のこと怖くない?」

「……ううん。どうして?」

「ちょっと背が高いから。威圧感があるかなって」

 

 平気な振りをしているが、寧々(ねね)も不安なのだろう。

 瑞樹がおずおずと抱きしめ返すと、寧々(ねね)の身体から硬さが取れた。

 

「中学の時は怖かったかも……でも、今は大丈夫だから」

「本当? 無理してない?」

「うん。むしろ……神成(かみなり)さんの雰囲気はホっとするかな」

 

 どこか遠慮がちだった寧々(ねね)の抱擁がギュっと少し強くなる。

 

「……そっか」

 

 沈黙。

 とんとん、と背中を優しく叩く音だけが響く。

 瑞樹(みずき)寧々(ねね)は、しばらくそのまま動かなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「はい。これで問題ありません。ご協力ありがとうございました」

 

 採取ケースを受け取った看護師がにこりと笑う。

 瑞樹(みずき)はすぐ隣で引っ付くように立つ寧々(ねね)とともに顔を赤くして、軽く会釈した。

 

「来月お越しの場合、またご予約をお願いしますね」

「はい」

 

 遺伝子バンクから出る間も、寧々(ねね)瑞樹(みずき)から離れなかった。

 固く手を繋ぎ、肩を寄せたまま車に戻る。

 

「……お疲れさまでした。お食事にされますか?」

「うん」

 

 後部座席で瑞樹(みずき)にしなだれかかる寧々(ねね)に、御門玲(みかど れい)が一瞬何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。

 

「すぐ近くに三等市民向けのレストランがあります。そこでよろしいですか?」

「そうだね。寧々(ねね)ちゃんもそこで良い?」

「……うん」

 

 どこか上の空で、瑞樹(みずき)の肩に寄りかかった寧々(ねね)が言う。

 熱に浮かされたように顔が仄かに赤く、額には玉のような汗が滲んでいた。

 

「大丈夫?」

「……うん」

 

 繋いだ手が、すりすりと動く。

 

瑞樹(みずき)くん……いい匂いする」

「そうかな? 何もつけてないけど」

「うん……そのまま何もつけない方がいいよ」

 

 寧々(ねね)はしばらくそのまま鼻をすんすんしていた。

 車がレストランに到着し、(れい)が扉を開く。

 

「では参りましょう」

 

 レストラン内へ歩く間も、寧々(ねね)瑞樹(みずき)から離れなかった。

 ウェイトレスに奥の男性専用の席へ案内されると、そこでようやく手を離した。

 瑞樹(みずき)寧々(ねね)が横に並び、対面に(れい)が一人で座る形になる。

 

「……い、良いお店だね」

 

 僅かに緊張した様子を見せる寧々(ねね)に、瑞樹(みずき)は安心させようと微笑んだ。

 確かに、高校生だけではあまり入らない店だった。

 

「こういう所はボクも普段は入らないよ。あまり家から出なかったしね」

「そ、そうなんだ」

「これはどう? 基本的なコースだから外れはないだろうし、ボクはこれにするけど」

「じゃ、じゃあ私も」

 

 いつもの調子が戻ってきた寧々(ねね)に安心し、注文を済ませる。

 

「ちょっと落ち着いた?」

「うん……」

 

 昼を過ぎていたせいか、店内は静かだった。

 時折、よその席から視線を感じる。

 三等市民向けの店であるためか、あまり露骨に見てくる人は少なかった。

 

「遺伝子提供って毎月あるんだよね」

 

 一度離れてしまった寧々(ねね)の手が、おずおずともう一度瑞樹(みずき)の手に伸びる。

 

「私……」

 

 同時に濡れた瞳が、瑞樹(みずき)に真っすぐ向けられた。

 先ほどまでのおどおどした雰囲気が霧散する。

 

「来月も選んで貰えるよう、頑張るね」

 

 重なった指が、絡みついた。

 一本一本の指が深く食い込む。

 

「……」

 

 向かいの席では、御門玲(みかど れい)がまるで能面のような表情でその光景をじっと見つめていた。




カクヨムにも投稿しました。
使っているメインサイトがカクヨムの方はこちらからどうぞ。
(進度はすぐに追いつきます)

https://kakuyomu.jp/works/822139837919807587
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