男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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16話

 月曜日。

 朝早くに登校した皆木鈴(みなき すず)は、素早く教室を確認した。

 窓には落下事故防止の半ロック機構が新たに取り付けられている。

 学級会で言われていた簡単な工事、とやらがこれなのだろう。

 辺りを見渡すと、コンセントも新しいものに変わっているように見えた。

 他にも変更点がありそうだったが、ぱっと見では分からなそうだ、と判断して席に向かう。

 それから、スマートホンで藤堂瑞樹(とうどう みずき)の情報へアクセスした。

 お手付き回数が0回から2回に更新されている。

 

「へえ……」

 

 性機能に問題があるかもしれない、という最後の懸念もこれで消えた。

 それから、お手付き回数の2回について思考を巡らせる。

 

(補助からお手付きになるのはよく聞く話だが……もう一人は誰だ?)

 

 何人かの候補を思い浮かべる。

 その時、神成寧々(かみなり ねね)が教室に入ってきた。

 いつもよりどこか明るい表情だった。

 

「お、おはよう」

「よお」

 

 教室にはまだ数人しかいない。

 (すず)は席から立ち上がると、寧々(ねね)の席に向かった。

 

「うまくやったようだな」

「う、うん。ちゃんと出来たと思う」

 

 話しながら、寧々(ねね)の指に目を向ける。赤い指輪が(きらめ)いていた。

 

 コロニー、と呼ばれる考え方がある。

 婚姻制度とは別に、一人の男性と性交渉を行ったグループを指す言葉だ。

 このコロニーは特に法的な制約をもたないが、一般社会においてしばしば大きな意味を持った。

 一度どこかのコロニーに入った者は、他の男性との接触を極力避けなければならない。

 これはコロニー同士の男性の奪い合い、あるいは女性の奪い合いといった深刻な拗れを防ぐという意味もあったが、伝染病を別コロニーに持ち込まない、という意味もあった。

 コロニーごとの独立性は疫学的にも非常に有効で、有史以前から世界中で見られる一つの暗黙の了解でもある。

 寧々が着けている赤い指輪はお手付きを示すもので、どこかのコロニーに属している事を自ら主張するという一種の憧れの装飾品でもあった。

 

「……藤堂(とうどう)って女が苦手なんじゃないのか?」

「うん。中学までは苦手だったけど、今は大丈夫なんだって」

「……へえ」

 

 探りを入れながら、妙だな、と思う。

 女性恐怖症がそう簡単に治るものとは思えない。

 それに、お手付きが1回ではなく2回になっているのが気になった。

 

 ――やはり、裏に誰かいるのか?

 

 どこかの名家が裏に隠れているのはありそうだ、と思った時、教室に相原由良(あいはら ゆら)が登校してきた。

 

「おはよー!」

「よお」

 

 由良(ゆら)は真っすぐ寧々(ねね)のところにやってきた。

 

「どうだった!?」

「う、うん。問題なくいけたと思う」

「やったね! おめでとう!」

 

 素直に祝福する由良(ゆら)を見て、(すず)は少し感心した。

 白雪学園では貴重な資質だった。

 

「お、さっそく指輪つけてるね! 買ったの?」

「日曜に慌てて買ってきちゃった。瑞樹(みずき)くん以外に触れられたくないし」

「漫画みたいでいいなあ。私もいつか着けてみたいよぉ」

 

 話してる間に、続々と他の女子生徒が登校してくる。

 

「おはよう、神成(かみなり)さん。どうだった?」

「えっと、特に問題なかったかな」

 

 次第に、それまで関係性がなかった女子たちも寧々(ねね)の周りに集まり始めた。

 

(まあ、こうなるよな)

 

 他の女子たちも"セット売り"を考えているのだろう。

 初めての補助を行った神成寧々(かみなり ねね)がこのままお気に入りになる可能性が高い。そうなれば、近くにいる女子にも機会が回ってきやすい。

 

「おはよう」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)の声に、空気が張りつめた。

 振り返ると同時に、(すず)は動きを止めた。

 (すず)だけではない。教室の全員が呆けた顔をしていた。

 

神成(かみなり)さん、補助はうまくやれたようだね。おめでとう」

 

 社交辞令的に声をかけてくる北条乃愛(ほうじょう のあ)は、髪をアップにして髪飾りをつけていた。

 いつもの王子様然とした雰囲気がなりを潜め、女の子らしいシルエットに変わっている。

 

「……あ、ありがとう」

 

 寧々(ねね)も驚いたように、乃愛(のあ)を見上げている。

 当の乃愛(のあ)は周りの視線を気にした風もなく、そのまま席に向かった。

 

乃愛(のあ)様! スカートが短すぎます」

「これくらい普通さ」

 

 東雲由香里(しののめ ゆかり)が不満そうに進言するが、乃愛(のあ)は取り合う様子もない。

 

(私も黒に戻すべきか?)

 

 (すず)は反射的に自分の髪を触った。

 身長で舐められないように入れた金色のメッシュが気になった。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)の女の好みが神成寧々(かみなり ねね)のような真面目で柔らかいタイプなら、真っ先に修正するべき所になる。

 

(まあ、今更か)

 

 表面だけ取り繕っても、どうせボロが出る。

 それに、他の女子に埋もれるだけのようにも思えた。

 

「おはよう」

「おはようございます!」

 

 次々とやってくる女子に紛れ、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が教室にやってくる。

 女子が一斉に挨拶する中、神成寧々(かみなり ねね)だけが静かに微笑んでいた。

 

瑞樹(みずき)くん、おはよう」

「おはよう、寧々(ねね)ちゃん」

 

 隣に瑞樹(みずき)が座っても、おどおどした様子はない。

 いつも丸まっていた背も、今日はよく伸びていた。

 

(……思ったより気に入られてるな)

 

 呼び方が変わっている事に、恐らく教室中が気づいているだろう。

 それに、瑞樹(みずき)が席に座ってから寧々(ねね)は身を寄せるように移動していた。

 それを見ただけで、間違いなく男女の仲になったのがわかった。

 

「はい、皆さん着席してください」

 

 担任が入ってくる。

 (すず)は自分の席に向かいながら、最後に振り返った。

 徐々に変わっていく教室の中で、やはり一色雫(いっしき しずく)だけがいつもと変わらない姿を見せていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「それで、藤堂瑞樹(とうどう みずき)について何かわかった?」

 

 昼休みの女子トイレ。

 Aクラスの学級委員長、七瀬光(ななせ ひかり)は集めたクラスメイトたちを問い詰めた。

 

「当時の同級生や担任等に聞き込みを行いました。女性恐怖症という診断に間違いないかと」

 

 それにその、と言いづらそうに口を開く。

 

「去年、交通事故に遭遇しています。それがその……飛び込んだ可能性が」

「それは確かなの?」

「履歴に残っています」

「治療に当たった病院と、加害者である車の運転手を調べなさい。一色(いっしき)北条(ほうじょう)と少しでもつながりがあれば報告して」

 

 くそっ、と(ひかり)は毒づいた。

 一色雫(いっしき しずく)北条乃愛(ほうじょう のあ)との繋がりが何も出てこない。

 倫理監察局も特にそれらしい証拠には辿り着けていないようだった。

 

「後は証拠だけなの。偽装診断である事はもう間違いないはずよ。絶対に避けられない遺伝子提供で一気にお手付きが2回になった。あまりに都合が良すぎる」

「でも、リングを補佐官もしていた、と報告が」

「そんなのブラフでしょう。なんで今更補佐官に手を出すのよ。別人に申請を出させる手口は過去にもあった」

 

 いい? と(ひかり)は周囲の女子を睨みつけた。

 

藤堂瑞樹(とうどう みずき)は、あの容姿のせいで小学生の時から有名だったみたいよ。倫理監察局が動かない程度にぼかされて、彼の情報は探せばインターネット上にたくさんあった。何人かの有力者に間違いなく目をつけられていたはず」

「でも、一色(いっしき)北条(ほうじょう)の痕跡はどこにも……」

 

 (ひかり)はそこで、一度周囲を見渡した。

 外で見張りをさせているクラスメイトに異常がない事を確認する。

 

「……私はね、藤堂瑞樹(とうどう みずき)の中学時代のクラスメイトを洗ったの。京都と大阪の出身者が妙に多い」

「京都ですか?」

「調べたら全員が小学6年生の時に東京へ引っ越してきているようだった。藤堂瑞樹(とうどう みずき)のいる小学校ではなく、中学で合流する別の小学校にね。そして中学で自然と藤堂瑞樹(とうどう みずき)に接触している」

「……」

 

 その意味を理解したAクラスの少女たちが黙り込む。

 

一色(いっしき)北条(ほうじょう)のどちらも便乗しただけの可能性がある。関西の十八家、あるいは公家との関連が出てこないかもう一度洗いなさい」

 

 公家の名前が出た瞬間、何人かの女子が怯えた顔を見せた。

 実権を失った旧勢力とはいえ、京都には未だに50家以上の堂上家(どうじょうけ)が存在し、彼女たちはあらゆる分野で影響力を残している。ただの地方名家の娘なら尻込みするのも当然だった。

 

「……七瀬(ななせ)をバカにした事を後悔させてやる」

 

 七瀬(ななせ)家は幕末の荒れた治世を治める事に尽力し、名を広めた十八家だった。

 始国十八家として司るのは警察権。

 四女とはいえ、(ひかり)にも七瀬(ななせ)としての矜持(きょうじ)がある。

 

「私の目が届く範囲で、時代の遺物どもに好き勝手なんてさせないわ」

 

 

 

 女子トイレでの情報交換が終わり、クラスに戻るとAクラスの男子である吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)がすぐ声をかけてきた。

 

七瀬(ななせ)、仕事だ。これから毎月、模擬試験の用意を。外注で良い」

「模擬試験ですか?」

「遺伝子提供の補助には、これから毎月実施する模擬試験の成績最優秀者を連れていく」

 

 吉兆時進(きちじょうじ すすむ)は、手元のノートパソコンから目を離さずそう言った。

 まわりで聞いていた女子たちが黄色い声をあげる。

 光はどこか冷めた目でそれを見ていた。

 

「……よろしいのですか?」

「体育祭も同様に、成績優秀者に夏休み中の遺伝子提供の補助に同行する許可を与える」

「承知いたしました。周知します」

 

 最後まで、吉兆時進(きちじょうじ すすむ)(ひかり)を見なかった。

 その鋭い眼光はずっと、ノートパソコンの画面に向けられている。

 彼は暇さえあれば何かの作業をしていた。

 どこまでも秩序合理性を追求するその姿に、七瀬(ななせ)はどうも違和感が拭えなかった。

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