男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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02話

 男女はしばしば、歯車と機械油に例えられる。

 実際に社会を回すのは女だが、男という機械油がなければうまく回らない。

 世界中で多用されるこの考え方は、今の世の中をよく表している。

 白雪学園のクラス振り分けにも、この思想が多分に反映されていた。

 女性のクラス順位は試験の成績で決定され、男性のクラス順位は社会奉仕の成績によって決定される。

 女性は激しい競争を強いられる一方、成績優秀者は男性を選ぶ権利を得る。

 男性には労働の義務が課せられない一方、多数の女性への社会奉仕が義務付けられ、社会全体に油を挿し続けなければならない。

 

「社会奉仕スコア……50点」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)は自室で藤堂瑞樹(とうどう みずき)のデータを見直して、眉をひそめた。

 その数字は、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が著しく社会性に欠けている事を示している。

 

「登校回数……20回」

 

 社会奉仕義務を放棄した挙句、中学にもまともに通っていない。

 特に2年生からは一度も登校していない。

 詳細記録には3年の冬に交通事故に遭った事が書かれていたが、もはや理由になどならないだろう。

 

「……女性恐怖症、ね」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)は、瑞樹(みずき)の特記欄に記されたその一文を見つめながら、指先でページをスクロールした。

 社会奉仕スコア50点。登校回数20回。補佐官交代数0回。お手付き0回。

 数字だけを見れば、最下位クラスに相応しい"問題児"だ。

 だが、映し出された顔写真はどうだろう。

 中性的で、どこか儚げな雰囲気を纏ったその顔は、他の男子とは明らかに一線を画していた。

 

(本当にもったいない)

 

 乃愛(のあ)は、無意識に唇を噛んだ。

 それは、苛立ちとも焦燥ともつかない感情だった。

 始国(しこく)十八家の北条(ほうじょう)家。その長女として、乃愛(のあ)は常に"最上"を求められてきた。

 だからこそ、男子を選ぶ際にも妥協は許されない。

 血統、成績、将来性――すべてを加味した上で、最も優れた者を選ばなければならない。

 だが、今のところ乃愛(のあ)の琴線に触れる男子はいなかった。

 顔は良くても暴力事件の過去持ち。成績は良くても神経質。

 そして、唯一気になる存在は、最下位クラスの藤堂瑞樹(とうどう みずき)

 

(……なぜだ?)

 

 同じ始国(しこく)十八家に連なる一色雫(いっしき しずく)が、オリエンテーション前に選択権を行使したのは既に学年中に広まっている。

 一色雫(いっしき しずく)は、一色(いっしき)家の長女だ。

 彼女は家を継ぐ立場にあり、彼女の夫は建前上、当主の立場につく。

 最下位クラスの男を迎えにいく理由がいくら考えても見当たらない。

 しかし、心の奥底で別の声が囁いていた。

 

(でも、もし彼が"本物"だったら?)

 

 確かめてみたい、と思った。

 しかし、他クラスの男子に接触するのは、一般的に自クラス男子への裏切り、と捉えられる可能性が高い。

 あるいは、男好きとして周囲の女子たちから噂されることにもなるだろう。

 

寄騎(よりき)を出すか)

 

 乃愛(のあ)はスマートフォンを取り出し、北条(ほうじょう)家のプライベートネットワークにアクセスした。

 画面に表示されるのは、白雪(しらゆき)学園在籍の北条(ほうじょう)家縁者リスト。

 しばらく乃愛(のあ)はそれを眺めてから、全員に一斉送信する事にした。

 一色雫(いっしき しずく)本人が選択権を行使した以上、寄騎(よりき)の数で対抗する必要があった。

 送信ボタンを押すと、すぐに返信が来た。

 

 乃愛(のあ)は満足げに息を吐いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 相原由良(あいはら ゆら)は、北海道では名の知られた名家の出身である。

 明治2年の太政官布告(だじょうかんふこく)により始まった北海道の開拓。その中で特に湾口整備を務め上げ、維新政府との強い繋がりを背景に台頭した士族だった。

 しかしそれもまた、既に一世紀も前の話。

 今ではすっかり影響力を失い、相原由良(あいはら ゆら)は家の復興など諦めていた。

 彼女の目的はただ一つ。東京で良い出会いを探す事だった。

 

「おはよー!」

 

 教室に入るなり、元気よく口を開く。

 しかし、返ってきたのは数人の小さな挨拶だけ。

 由良(ゆら)は出鼻を挫かれ、すごすごと自席へ向かった。

 

(東京の人って、挨拶しないのかな)

 

 教室内は静かだった。友達作りをする空気ではない。

 まわりの少女たちは手鏡で身だしなみを確認するのに忙しいようだった。

 由良(ゆら)は誰でもいいから声をかけようと機会を待ったが、きっかけが見つからなかった。

 

「……」

 

 その後に入ってきた女子生徒も、軽く頭を下げるだけで声も出さなかった。

 教室には独特の緊張感が満ちている。

 由良(ゆら)は居心地の悪さから逃れるように、窓に視線を向けた。

 煉瓦造りの壮麗な正門が見える。その周辺には、よく手入れされた植栽。

 どこか異国じみた風景を眺めながら時間を潰すしかなかった。

 

 

「おはようございます」

 

 凛とした声がする。

 振り返ると、戸口に一色雫(いっしき しずく)が立っていた。

 

「お、おはよう!」

 

 由良(ゆら)は思わず立ち上がり、小さく手を振った。

 (しずく)はにこりと微笑んで一礼すると、教室の後ろに届いていた新しい席に向かった。

 

(あんな良い娘が、なんでKクラスに移動したんだろ)

 

 Aクラスの男の子が怖い人だったのかな? と勝手に想像を含ませた時、急に周囲の女子たちが立ち上がった。

 

「おはようございます!」

 

 先ほどまでと違い、元気に挨拶する少女たち。

 何が起こったのか、一瞬理解できなかった。

 

「おはよう」

 

 男子の声。

 それでようやく、状況を理解する。

 由良(ゆら)も遅れて立ち上がり、精一杯の笑顔を作った。

 

「おはよー!」

 

 微笑み返してくれる少年にドギマギしながら、一瞬で態度を変えた周囲の女子たちを由良(ゆら)はまじまじと見つめた。

 

(都会の女ってこんなに怖いんだ)

 

 中学までを地元で過ごしてきた由良(ゆら)は、男子が殆どいない環境で育ってきた。

 男子など学校に1人いれば良いほうで、大半の女子生徒は女子だけのグループで仲良く過ごす。

 そこには一種の諦めがあった。

 しかし、白雪(しらゆき)学園は違う。競争を勝ち抜いた女子だけが立てるスタートラインで、彼女たちの目的はもっとはっきりしていた。

 

(私、やっていけるかな……)

 

 由良(ゆら)は席に座り直し、そっと瑞樹(みずき)の横顔を観察した。

 中性的な美しさで、見た目だけでも上位クラスに配属されそうだった。

 社会奉仕スコアが低いとは聞いたが、悪い人には見えない。むしろ、今のところは極めて社交性が高く見えた。

 

(はあ、藤堂(とうどう)くんだけが癒しだよ)

 

 しばらくして、担任が入ってきた。それから知らない女子生徒が三人続く。

 制服の着こなし、姿勢、所作。

 どれも洗練されていて、明らかに"上位クラス"の空気を纏っていた。

 同時に教室の後ろから職員たちが机を運び込んでくる。

 状況が理解できなかった由良(ゆら)は思わず、周囲の女子生徒の顔をうかがった。誰もが困惑した表情を浮かべている。

 

「えー、一限目は各委員会を決める予定でしたが、まずは新しいクラスメイトの紹介を」

 

 担任の言葉に、由良(ゆら)は思わず眉をひそめた。

 

(また……?)

 

 昨日、一色雫(いっしき しずく)が選択権を使ってKクラスに移動してきたばかりだ。

 それだけでも異例だったのに、今朝だけで更に三人。

 何かがおかしかった。

 

佐倉早苗(さくら さなえ)です。伊豆出身です。どうぞよろしくお願いいたします」

「埼玉からまいりました東雲由香里(しののめ ゆかり)です」

御倍美弥(ごばい みや)と申します。実家が道場をやっております。どうぞ仲良くしてください」

 

 いずれも関東出身。

 品のある所作から、名家出身であることがわかった。

 

(こんな偶然ある?)

 

 由良(ゆら)は思わず、教室の中央にいる瑞樹(みずき)を見た。

 中性的で、優しげで、どこか儚い雰囲気を纏った少年。

 最下位の少年の周囲に、名家の娘たちが集まり始めている。

 

(これ……普通じゃない)

 

 思わず教室を見渡す。

 後方の一色雫(いっしき しずく)からは表情が抜け落ちていた。

 にこやかに挨拶してくれた時の微笑は、もうどこにも見当たらない。

 いや、一色雫(いっしき しずく)だけではない。

 クラス中の女子が、新しいクラスメイトの三人に冷たい視線を送っている。

 そこでようやく、由良(ゆら)は理解した。

 ここにいる全員が仲良くすべきクラスメイトではなく、ただの敵なのだと。

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