男女はしばしば、歯車と機械油に例えられる。
実際に社会を回すのは女だが、男という機械油がなければうまく回らない。
世界中で多用されるこの考え方は、今の世の中をよく表している。
白雪学園のクラス振り分けにも、この思想が多分に反映されていた。
女性のクラス順位は試験の成績で決定され、男性のクラス順位は社会奉仕の成績によって決定される。
女性は激しい競争を強いられる一方、成績優秀者は男性を選ぶ権利を得る。
男性には労働の義務が課せられない一方、多数の女性への社会奉仕が義務付けられ、社会全体に油を挿し続けなければならない。
「社会奉仕スコア……50点」
その数字は、
「登校回数……20回」
社会奉仕義務を放棄した挙句、中学にもまともに通っていない。
特に2年生からは一度も登校していない。
詳細記録には3年の冬に交通事故に遭った事が書かれていたが、もはや理由になどならないだろう。
「……女性恐怖症、ね」
社会奉仕スコア50点。登校回数20回。補佐官交代数0回。お手付き0回。
数字だけを見れば、最下位クラスに相応しい"問題児"だ。
だが、映し出された顔写真はどうだろう。
中性的で、どこか儚げな雰囲気を纏ったその顔は、他の男子とは明らかに一線を画していた。
(本当にもったいない)
それは、苛立ちとも焦燥ともつかない感情だった。
だからこそ、男子を選ぶ際にも妥協は許されない。
血統、成績、将来性――すべてを加味した上で、最も優れた者を選ばなければならない。
だが、今のところ
顔は良くても暴力事件の過去持ち。成績は良くても神経質。
そして、唯一気になる存在は、最下位クラスの
(……なぜだ?)
同じ
彼女は家を継ぐ立場にあり、彼女の夫は建前上、当主の立場につく。
最下位クラスの男を迎えにいく理由がいくら考えても見当たらない。
しかし、心の奥底で別の声が囁いていた。
(でも、もし彼が"本物"だったら?)
確かめてみたい、と思った。
しかし、他クラスの男子に接触するのは、一般的に自クラス男子への裏切り、と捉えられる可能性が高い。
あるいは、男好きとして周囲の女子たちから噂されることにもなるだろう。
(
画面に表示されるのは、
しばらく
送信ボタンを押すと、すぐに返信が来た。
◇◆◇
明治2年の
しかしそれもまた、既に一世紀も前の話。
今ではすっかり影響力を失い、
彼女の目的はただ一つ。東京で良い出会いを探す事だった。
「おはよー!」
教室に入るなり、元気よく口を開く。
しかし、返ってきたのは数人の小さな挨拶だけ。
(東京の人って、挨拶しないのかな)
教室内は静かだった。友達作りをする空気ではない。
まわりの少女たちは手鏡で身だしなみを確認するのに忙しいようだった。
「……」
その後に入ってきた女子生徒も、軽く頭を下げるだけで声も出さなかった。
教室には独特の緊張感が満ちている。
煉瓦造りの壮麗な正門が見える。その周辺には、よく手入れされた植栽。
どこか異国じみた風景を眺めながら時間を潰すしかなかった。
「おはようございます」
凛とした声がする。
振り返ると、戸口に
「お、おはよう!」
(あんな良い娘が、なんでKクラスに移動したんだろ)
Aクラスの男の子が怖い人だったのかな? と勝手に想像を含ませた時、急に周囲の女子たちが立ち上がった。
「おはようございます!」
先ほどまでと違い、元気に挨拶する少女たち。
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。
「おはよう」
男子の声。
それでようやく、状況を理解する。
「おはよー!」
微笑み返してくれる少年にドギマギしながら、一瞬で態度を変えた周囲の女子たちを
(都会の女ってこんなに怖いんだ)
中学までを地元で過ごしてきた
男子など学校に1人いれば良いほうで、大半の女子生徒は女子だけのグループで仲良く過ごす。
そこには一種の諦めがあった。
しかし、
(私、やっていけるかな……)
中性的な美しさで、見た目だけでも上位クラスに配属されそうだった。
社会奉仕スコアが低いとは聞いたが、悪い人には見えない。むしろ、今のところは極めて社交性が高く見えた。
(はあ、
しばらくして、担任が入ってきた。それから知らない女子生徒が三人続く。
制服の着こなし、姿勢、所作。
どれも洗練されていて、明らかに"上位クラス"の空気を纏っていた。
同時に教室の後ろから職員たちが机を運び込んでくる。
状況が理解できなかった
「えー、一限目は各委員会を決める予定でしたが、まずは新しいクラスメイトの紹介を」
担任の言葉に、
(また……?)
昨日、
それだけでも異例だったのに、今朝だけで更に三人。
何かがおかしかった。
「
「埼玉からまいりました
「
いずれも関東出身。
品のある所作から、名家出身であることがわかった。
(こんな偶然ある?)
中性的で、優しげで、どこか儚い雰囲気を纏った少年。
最下位の少年の周囲に、名家の娘たちが集まり始めている。
(これ……普通じゃない)
思わず教室を見渡す。
後方の
にこやかに挨拶してくれた時の微笑は、もうどこにも見当たらない。
いや、
クラス中の女子が、新しいクラスメイトの三人に冷たい視線を送っている。
そこでようやく、
ここにいる全員が仲良くすべきクラスメイトではなく、ただの敵なのだと。