男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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22話

 練習後の廊下に、三人の少女の影があった。

 いずれも北条乃愛(ほうじょう のあ)の派閥に属する者たちで、その中の一人、御倍美弥(ごばい みや)が吐き捨てるように言葉を零した。

 

「……やはり、我慢ならないな」

「なにが?」

「わかるけど、落ち着きなよ」

 

 隣を歩く如月(きさらぎ)ひよりが首を傾げ、佐倉早苗(さくら さなえ)が宥めるように言う。

 美弥(みや)は頷いて、唸るように答えた。

 

瑞樹(みずき)様に対する音無(おとなし)の態度だ」

「ああ、あれね」

「殿方にあのような……あまりにも不埒だ」

 

 ひよりが酷薄な笑みを浮かべる。

 

「やっぱり、Kクラスの原住民は追い出すべきでしょ」

「ああ。あのような者を許せば、いずれは毒となるだろう」

 

 美弥(みや)はそう言って、教室とは別の通路に道を変えた。

 早苗(さなえ)とひよりが一瞬、周囲を警戒するような顔をする。

 

「まあ、乃愛(のあ)様がどうにかされるでしょ」

「……どうかな」

 

 左右の見通しがいい場所で足を止め、声を潜める。

 

乃愛(のあ)は方針を変えたように見える。当初のように他を排除する意思が感じられない」

「……最近、乃愛(のあ)様の様子もちょっとおかしいよね」

瑞樹(みずき)様に合わせたんじゃない? まあ、男の子だから擦れてないし」

 

 そうだな、と美弥(みや)は頷いた。

 

瑞樹(みずき)様は……お優しいが、甘いところもある。音無(おとなし)の無気力試合のようなものが許されるならば、今後のクラス運営が難しくなるだろう」

「……それで?」

 

 早苗(さなえ)が先を促す。

 

「必要があれば、私たちで指導する」

「……指導ねえ」

 

 如月(きさらぎ)ひよりがニヤニヤと笑った。

 

「将来、乃愛(のあ)と契りを結んで頂くならば、瑞樹(みずき)様には早期に党員資格を得て頂くのが理想だ。首席クラスで卒業できるように、私たちは全力を尽くさなければならない」

 

 窓の外は、夕日で赤く染まっている。

 御倍美弥(ごばい みや)の瞳もまた、使命に燃えるように赤く染まっていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 太陽が傾き、白雪学園の煉瓦造りの正門が巨大な影を作り出している。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は補佐官である御門玲(みかど れい)を連れて、正門の下で静かに佇んでいた。

 体育祭の練習を終えて制服に着替えたKクラスの女子たちが瑞樹(みずき)に気づいて手を振って帰っていく。

 

瑞樹(みずき)くん、何やってるの?」

 

 通り過ぎていく女子の中から、神成寧々(かみなり ねね)が足を止め、声をかけてくる。

 

「ちょっと用事が残ってて」

「だ、大丈夫? もう暗くなるよ? 一緒に残ろうか?」

 

 心配そうな顔で寧々(ねね)が身体を寄せる。

 瑞樹(みずき)は苦笑して、後ろで控える(れい)に目を向けた。

 

「ありがとう。でも、(れい)さんもいるから大丈夫だよ」

「で、でも……危ないよぉ」

 

 おろおろとした様子で、寧々(ねね)は辺りを見渡した。

 校内に人影は殆どない。

 

「……わ、私も残っていい?」

「えっと、ごめんね……ちょっと二人だけでお話ししたい人がいて」

「ふ、二人きりっ!? だ、誰と?」

 

 寧々(ねね)が顔を蒼くする。

 

「あの、そういう意味じゃなくて……あ、来た」

 

 昇降口から歩いてくる音無凪(おとなし なぎ)を確認すると、瑞樹(みずき)は彼女に向かって歩き出した。

 

寧々(ねね)ちゃん、ごめんね。音無(おとなし)さんと体育祭の事でちょっとお話があるから」

「あ……うん」

 

 事情を察したように寧々(ねね)はすぐ引き下がり、じゃあね、と正門から出ていく。

 瑞樹(みずき)の存在に気付いた音無凪(おとなし なぎ)が足を止め、困ったような顔を浮かべた。

 

音無(おとなし)さん、時間あるかな?」

「……はい」

 

 掠れるような声で言う音無凪(おとなし なぎ)に、瑞樹(みずき)は出来るだけ怖がらせないように微笑んだ。

 

「誰もいないところの方が良いよね。車の中とかどうかな?」

「……はい」

「うん。じゃあついてきて」

 

 正門から駐車場に向かう。

 男子生徒用の駐車場にはもう、瑞樹(みずき)たちのセダンしか停まっていなかった。

 

「ごめん、(れい)さんはちょっと外で待っててくれる?」

「はい」

 

 おずおずと後部座席に入る音無凪(おとなし なぎ)に続き、扉を閉める。

 

「いきなりで驚かせたかな。ちょっと話をしてみたくて」

「……いえ」

 

 受け答えする音無凪(おとなし なぎ)の様子は、普段より自然に見えた。

 

「やっぱり、周りに人がいないと平気なんだね」

「……どうして、わかったんですか?」

 

 瑞樹(みずき)は少し言葉に迷って、それから正直に話す事にした。

 

「ボクも同じだったから」

「え?」

「中学の時、女の子の視線が怖くて。身体が動かなくて。それでずっと学校に行けなかったんだ」

「……」

「大勢の視線が怖いのかな?」

「……たくさんの目に注目されると…動けなくて」

「そっか。同じだね」

 

 音無凪(おとなし なぎ)の目が、じっと瑞樹(みずき)に注がれる。

 

「……どうやって」

「うん?」

「どうやって、治ったんですか?」

 

 瑞樹(みずき)は答えに詰まって、何となく視線を窓の外に向けた。

 離れたところから、(れい)がじっと車内を注視している。

 

「ボクの場合は……偶然かな。何となく、急に価値観が変わったというか」

「……」

「ごめんね、参考にならなくて」

「……いえ」

 

 音無凪(おとなし なぎ)が俯く。

 自信がなさそうに伸ばされた前髪と、隠れてしまった片目。

 その姿がいつかの自分に重なり、瑞樹(みずき)は慎重に言葉を選んだ。

 

「さっきも言ったけど、ボクはまともに走れない状態なんだ。だから、うまく動けなくても気にしなくて良いからね。最悪、棄権でもいいし」

「……はい」

 

 今にも消え入りそうな声だった。

 何となく、それが本意ではない事がわかった。

 

「……でも、最初から諦めるのも良くないかなとも思って。だから、空いてる時に練習してみない?」

「え?」

 

 俯いていた(なぎ)が顔をあげる。

 

「クラスの全体練習だと緊張しちゃうだろうから、まずは二人だけで何回かやってみて、慣らしたらどうかなって」

「……いいんですか?」

「うん。一緒に頑張ろうね」

「はい」

 

 それまでと違って、力の入った返事だった。

 それを見て、瑞樹(みずき)は方針を変える事にした。

 

「丁度、いまの時間だと人がいないみたい。ちょっと試してみる?」

「……藤堂(とうどう)様が良いのでしたら」

 

 車から降りて、念のために持っていた二人三脚用のバンドを取り出す。

 

「ちょっとごめんね」

 

 (なぎ)は既に制服に着替えていて、スカート姿だった。

 一瞬躊躇した後、出来るだけ見ないように視線を逸らしながら彼女と足を結ぶ。

 

「じゃあ動いてみようか」

 

 肩を抱くように引き寄せると、(なぎ)も遠慮がちに瑞樹(みずき)の肩を掴んだ。

 

「結んだ方の足から行こう」

「はい」

 

 ゆっくりと足を踏み出す。

 しかしすぐにバランスを崩し、近くで見守っていた(れい)が慌てて支えた。

 

音無(おとなし)さん、もうちょっとひっついた方がいいかも」

「……嫌じゃないですか?」

「うん、大丈夫だから」

 

 遠慮がちに回されていた凪の腕に、ぎゅっと力が入る。

 

「じゃ、もう一回やるよ」

「はい」

 

 次の第一歩はうまくいった。

 ゆっくりではあるものの、転ぶ事なく進んでいく。

 

「いっち、に、いっち、に」

 

 急がなければ、進む事に問題はなさそうだった。

 適当なところで足を止め、すぐ近くの(なぎ)に目を向ける。

 

「練習すれば何とかなりそうだね!」

「……うん」

「よし、もう一回やってみよう」

 

 そのまま駐車場を一周するように、ゆっくりと走る。

 緊張のせいか、(なぎ)の身体は汗ばんでいた。

 無事に一周終わったところで、身体を離す。

 

「……ごめんなさい。汗かいちゃって」

「普通に走るより疲れちゃうよね」

 

 既に辺りは暗くなっている。

 瑞樹(みずき)は屈んで、足元のバンドを解いた。

 

「全体練習後だし、今日はこれくらいにしようか」

「……はい」

清華団(せいかだん)が休みの時に、また練習しようね」

 

 遠くからサイレンが聞こえた。

 正門を巡回している警備員が、瑞樹たちの様子をうかがっていた。

 徐々に深まる闇の中、音無凪(おとなし なぎ)が頭を下げる。

 

「……ありがとうございます」

 

 彼女はしばらく、そのまま頭をあげなかった。

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