その日、
その帰り、数人の女子が廊下で待ち構えていた。
「なあ、ちょっといいか」
最初に口を開いたのは、同じクラスの
「えっと、
「……名前、憶えてくれてんだな」
彼女の顔に喜色が混じる。
それからすぐに、言い訳するように
「いつも周りに人がいるからさ、ゆっくり話したくて待たせて貰った」
油断なく彼女たちを眺めるだけに留まった。
「何か言いづらいこと? 場所変えた方がいいかな?」
「いや……その……」
そして、目を逸らしながら言う
「良かったらさ……今度、メシでもどうかなって思って。その、謝礼も用意するから」
メシ、と聞いて
昼休みに大勢で食事を毎日とっているが、まだ一度もクラスメイトと一緒に遊びに行っていない事に今更気づく。
「皆で行くの?」
クラスの中でも、比較的派手な容姿をした少女たちばかりだった。
「あ、ああ。二人きりとかじゃないから安心してくれ。その、
「日時は決まってる?」
「い、いつでも。そっちに全部合わせる」
「えっと……じゃあ、今日の放課後が空いてるんだけど、どうかな?」
今日は特に社会奉仕の予定を入れていない。
クラスメイトと親睦を深めるのには丁度良かった。
「きょ、今日か?」
いずれもすぐに首を縦に振った。
「ああ……大丈夫だ」
「場所は決まってるの?」
「その……
日程も決まっていなかったのだから、具体的な予定など何もなかったのだろう。
何となく事情を察した
「じゃあ、うち来る?」
◇◆◇
「お、お邪魔します……」
玄関で靴を脱ぐ
「そこで適当に座ってて。お茶持ってくるね」
「わ、悪いな」
キッチンに向かい、冷蔵庫からペットボトルの緑茶とジュースを取り出して、紙コップと一緒にトレイに並べる。
その間、
「はい、どうぞ。お菓子とかなくてごめんね」
トレイをテーブルに置くと、
総勢四人。
グループのリーダー格で、脱色した髪と着崩した制服が特徴的な
言葉数が少なく、沈黙を紛らわすようにスマホを眺める
落ち着きがなさそうな
ニコニコと瑞樹を眺めている
いずれも
「男の家って初めて入ったわ。意外と……普通なんだな」
「でも流石にでっかいよねえ。すごーい。二等市民向けなんでしょ?」
「き、緊張するっす……」
「ボクも家にクラスの人を呼ぶの初めてなんだ。学校以外で話す機会ってあんまりないよね」
「そ、そうだよな。いつも周りに補佐官の人とかいるし……」
「ところで、みんなは中等部から
「いや……全員外部生だよな?」
「ん。そうじゃない?」
「っすね」
頷く面々を見て、
「そっか。じゃあ、みんな頭良いんだね」
「……まあ、Kクラスに配属されちまったけど、地元じゃそれなりだったな」
「受験した時は手応えあったんすけどね。でもKクラスに配属されたおかげで
「そうそう! ラッキーだよねー」
盛り上がる三人とは違い、どこか気怠そうな
「
「……おい」
「中学の時は殆ど行ってなくて……社会奉仕も出来なかったんだ」
「それは知ってるけど……実際に見てるとあんまり信じられないから」
そして、少し躊躇してから言った。
「偽装診断かなって警戒してたんだよね」
「……うん」
「でも……
「本当だよ。女の子の視線が怖くて、ずっと何も出来なかったから。今はだいぶマシになったけど」
「……どうやら……本当みたいだね」
他の女子が頷き、雰囲気が少し和む。
その時、安楽死施設での経験が、ふと頭をよぎった。
「そうだ。ご飯は配達にしようかと思ってたんだけど、せっかくだしボクが何か作ろうか」
突然の提案に、
「え、
「うん。材料はあるし。中学の時はずっと自炊してたから」
安楽死施設の記憶が、
あの老女が語っていた忘れられない思い出、男性の手料理。
男女での価値観は大きく違う。
壁際で控えている
「みんなの苦手なものとか分からないから、無難なカレーにしようかなって思うんだけどどうかな?」
「あ、ああ! お前らもそれでいいよな?」
「もちろんっす! 文句なんかないっす!」
「うわぁ、楽しみー!」
ソファから肯定の声が届いた。
冷蔵庫から玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、豚肉を取り出す。
鍋に油を熱し、炒め始めると女子たちがキッチンに集まり、背後から興味津々で見守った。
「手際いいね。誰かに教わったの?」
「ううん。最初は分量とか適当にやってて、よく失敗してたよ」
カレールーを溶かし、煮込む香りが部屋に広がる。
「……クラスの奴らが知ったら、悔しがるだろうな」
「その時はみんなの分も作るよ」
「……こんなの、あんまり安売りしない方がいいと思うぞ」
雑談している間にカレーが完成し、テーブルに並べる。
女子たちはスプーンを手に、感激したように口へ運んだ。
「……美味いな」
「ね、なんか特別って感じ」
「人生で一番うまいっす!」
大袈裟に言う女子たちに、
市販のルーを使っただけで、特別な事は何もしていない。やはり、男の料理というのが特別視されているようだった。
夕食後、女子たちは満足げに帰宅した。
帰り際の玄関口で、
「……これは?」
「謝礼だよ。言っただろ」
封筒を開けると、札束が入っていた。
想像していなかったものに、思わず固まる。
「ど、どういうこと?」
「……困ってるなら使ってほしい」
封筒から飛び出した札束を、
それから、封筒の中に仕舞い込んで、
「何か気を遣わせちゃったかな? でも大丈夫だから」
「……本当か? 困ってるならいくらでも用意するからよ」
「ありがとう。でも受け取れないよ」
「……そうか」
「何か困ってたら言えよ。じゃあな」
「うん。じゃあね」
去っていく
「そういえば
「
「……あまり知らない女を家に入れるのは不用心です。勘違いされますよ」
「わかってるつもりなんだけど……クラスメイトだし話してみたくて」
鍋を温め直しながら、ぐるぐるとかき混ぜる。
その後ろから、ふわり、と
「私が見ていないところで、何かされませんでしたか?」
「うん、大丈夫だよ」
「
痕をつけるように、
それからゆっくりと顔を離すと、耳元で囁いた。
「今日も、お泊りして良いですか?」
◇◆◇
「なんかさ……
「普通……っすか?」
「いや……自然体っていうか……男ってもっとこう……」
「ああ、言いたい事はわかったっす。すげえ無防備っすよね」
「はー、私らなんか相手されないと思ったんだけどねー」
「……お金も結局、受け取らなかったしね」
エントランスから出ると、外はすっかり暗くなっていた。
振り返り、マンションを見上げる。
「……ちょっと
「少なくとも、そこを判断基準にはしてないね」
「
四人はそこで顔を合わせた。
「今日の事、他にあんまり言うなよ?」
「そうっすね。勝手に
「家にクラスメイト呼んだの私らが初めてって言ってたしね。現状、相当有利だよ」
「……だよな」
特に
「ああ、それに
いける、と
ここからの立ち回り次第では、
「……いいか。焦ってあんまり変な事するなよ?」
「変な事って何すか?」
「無防備だからって、身体に触ったりするなって言ってんだよ」
「……なんか、許してくれそうっすけどね」
実は、それについては同意見だった。
しかし、周りはそうではない。
「本人が許しても……補佐官が許さねえだろ」
「補佐官っすか?」
「ありゃあ……主の為に何でもするタイプだぞ。出来るだけ隙を見せない方が良い」
後ろで静かに控えていた
あれは補佐官という役職を超えた、女の目だった。