男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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23話

 白雪(しらゆき)学園の外に広がる並木道では、雨によって遅咲の桜が散り始めていた。

 その日、藤堂瑞樹(とうどう みずき)は昼食を終えた後、男子トイレへ向かった。

 その帰り、数人の女子が廊下で待ち構えていた。

 

「なあ、ちょっといいか」

 

 最初に口を開いたのは、同じクラスの黒崎蓮(くろさき れん)だった。背後には三人の女子を連れている。

 

「えっと、黒崎(くろさき)さんだよね? どうしたの?」

「……名前、憶えてくれてんだな」

 

 彼女の顔に喜色が混じる。

 それからすぐに、言い訳するように瑞樹(みずき)の後ろに立つ御門玲(みかど れい)に目を向ける。

 

「いつも周りに人がいるからさ、ゆっくり話したくて待たせて貰った」

 

 (れい)は何も言わない。

 油断なく彼女たちを眺めるだけに留まった。

 

「何か言いづらいこと? 場所変えた方がいいかな?」

「いや……その……」

 

 そして、目を逸らしながら言う(れん)

 

「良かったらさ……今度、メシでもどうかなって思って。その、謝礼も用意するから」

 

 メシ、と聞いて瑞樹(みずき)は何度か目をパチパチさせた。

 昼休みに大勢で食事を毎日とっているが、まだ一度もクラスメイトと一緒に遊びに行っていない事に今更気づく。

 神成寧々(かみなり ねね)と食事に行ったことがあったが、あれは遺伝子提供のついでであって、友人と遊んだという感じではなかった。

 

「皆で行くの?」

 

 (れん)の後ろに立つ女子たちに目を向ける。

 クラスの中でも、比較的派手な容姿をした少女たちばかりだった。

 

「あ、ああ。二人きりとかじゃないから安心してくれ。その、藤堂(とうどう)とじっくり話したいってやつが多くってよ」

「日時は決まってる?」

「い、いつでも。そっちに全部合わせる」

「えっと……じゃあ、今日の放課後が空いてるんだけど、どうかな?」

 

 今日は特に社会奉仕の予定を入れていない。

 クラスメイトと親睦を深めるのには丁度良かった。

 

「きょ、今日か?」

 

 (れん)が慌てたように後ろの女子に視線を向ける。

 いずれもすぐに首を縦に振った。

 

「ああ……大丈夫だ」

「場所は決まってるの?」

「その……藤堂(とうどう)の好みとかわからなくてよ……一応、駅前の学生でも入れるような店にしようかと……」

 

 (れん)の歯切れが悪くなる。

 日程も決まっていなかったのだから、具体的な予定など何もなかったのだろう。

 何となく事情を察した瑞樹(みずき)は少し考えた後、軽い気持ちで口を開いた。

 

「じゃあ、うち来る?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「お、お邪魔します……」

 

 玄関で靴を脱ぐ黒崎蓮(くろさき れん)たちは、傍目に見てわかるほど緊張した様子だった。

 瑞樹(みずき)は彼女たちをリビングに案内すると、ソファに目を向けた。

 

「そこで適当に座ってて。お茶持ってくるね」

「わ、悪いな」

 

 キッチンに向かい、冷蔵庫からペットボトルの緑茶とジュースを取り出して、紙コップと一緒にトレイに並べる。

 その間、御門玲(みかど れい)はいつものように控えめに後ろに立ち、客人を監視するように立哨の姿勢を取っていた。

 (れん)たちはソファに浅く腰掛け、時折互いに視線を交わしながら物珍しそうに部屋を見渡していた。

 

「はい、どうぞ。お菓子とかなくてごめんね」

 

 トレイをテーブルに置くと、(れん)が恐る恐る紙コップを手に取った。他の女子たちもそれに倣う。

 総勢四人。

 グループのリーダー格で、脱色した髪と着崩した制服が特徴的な黒崎蓮(くろさき れん)

 言葉数が少なく、沈黙を紛らわすようにスマホを眺める緋村梨々花(ひむら りりか)

 落ち着きがなさそうな青山遥(あおやま はるか)

 ニコニコと瑞樹を眺めている桃原奈緒(ももはら なお)

 いずれも北条乃愛(ほうじょう のあ)の派閥ほどではないが、クラス内で目立つグループだった。

 

「男の家って初めて入ったわ。意外と……普通なんだな」

「でも流石にでっかいよねえ。すごーい。二等市民向けなんでしょ?」

 

 (れん)に合わせて桃原奈緒(ももはら なお)が身を乗り出す。

 

「き、緊張するっす……」

 

 青山遥(あおやま はるか)も、そわそわするように部屋を見渡した。

 

「ボクも家にクラスの人を呼ぶの初めてなんだ。学校以外で話す機会ってあんまりないよね」

「そ、そうだよな。いつも周りに補佐官の人とかいるし……」

 

 (れん)(れい)にちらりと目をやる。

 (れい)は無表情で立ったまま、応じなかった。

 

「ところで、みんなは中等部から白雪(しらゆき)に通ってるの?」

 

 瑞樹(みずき)の問いに、(れん)たちは顔を見合わせた。

 

「いや……全員外部生だよな?」

「ん。そうじゃない?」

「っすね」

 

 頷く面々を見て、瑞樹(みずき)は微笑んだ。

 

「そっか。じゃあ、みんな頭良いんだね」

「……まあ、Kクラスに配属されちまったけど、地元じゃそれなりだったな」

「受験した時は手応えあったんすけどね。でもKクラスに配属されたおかげで瑞樹(みずき)様と一緒になれて良かったっすよ!」

「そうそう! ラッキーだよねー」

 

 盛り上がる三人とは違い、どこか気怠そうな緋村梨々花(ひむら りりか)がじっと瑞樹(みずき)を見つめる。

 

藤堂(とうどう)は……なんでKクラスなの?」

「……おい」

 

 (れん)が咎めるような視線を送ったが、瑞樹(みずき)は特に気にした風もなく答えた。

 

「中学の時は殆ど行ってなくて……社会奉仕も出来なかったんだ」

「それは知ってるけど……実際に見てるとあんまり信じられないから」

 

 そして、少し躊躇してから言った。

 

「偽装診断かなって警戒してたんだよね」

「……うん」

「でも……一色(いっしき)北条(ほうじょう)の動きを見ていると、どうもそうでもなさそうだし」

「本当だよ。女の子の視線が怖くて、ずっと何も出来なかったから。今はだいぶマシになったけど」

「……どうやら……本当みたいだね」

 

 他の女子が頷き、雰囲気が少し和む。

 その時、安楽死施設での経験が、ふと頭をよぎった。

 

「そうだ。ご飯は配達にしようかと思ってたんだけど、せっかくだしボクが何か作ろうか」

 

 突然の提案に、(れん)たちは目を丸くした。

 

「え、藤堂(とうどう)が作んの? 本気か?」

「うん。材料はあるし。中学の時はずっと自炊してたから」

 

 安楽死施設の記憶が、瑞樹(みずき)を動かした。

 あの老女が語っていた忘れられない思い出、男性の手料理。

 男女での価値観は大きく違う。

 瑞樹(みずき)にとっては何気ない事でも、彼女たちにとってはきっと大事な事なのだろう、と思った。

 壁際で控えている(れい)が少し眉を寄せたが、瑞樹(みずき)は気にせずキッチンに向かった。

 

「みんなの苦手なものとか分からないから、無難なカレーにしようかなって思うんだけどどうかな?」

「あ、ああ! お前らもそれでいいよな?」

「もちろんっす! 文句なんかないっす!」

「うわぁ、楽しみー!」

 

 ソファから肯定の声が届いた。

 冷蔵庫から玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、豚肉を取り出す。

 鍋に油を熱し、炒め始めると女子たちがキッチンに集まり、背後から興味津々で見守った。

 

「手際いいね。誰かに教わったの?」

「ううん。最初は分量とか適当にやってて、よく失敗してたよ」

 

 カレールーを溶かし、煮込む香りが部屋に広がる。

 (れん)が感慨深げに呟いた。

 

「……クラスの奴らが知ったら、悔しがるだろうな」

「その時はみんなの分も作るよ」

「……こんなの、あんまり安売りしない方がいいと思うぞ」

 

 雑談している間にカレーが完成し、テーブルに並べる。

 女子たちはスプーンを手に、感激したように口へ運んだ。

 

「……美味いな」

「ね、なんか特別って感じ」

「人生で一番うまいっす!」

 

 大袈裟に言う女子たちに、瑞樹(みずき)は苦笑した。

 市販のルーを使っただけで、特別な事は何もしていない。やはり、男の料理というのが特別視されているようだった。

 夕食後、女子たちは満足げに帰宅した。

 帰り際の玄関口で、(れん)が封筒を差し出す。

 

「……これは?」

「謝礼だよ。言っただろ」

 

 封筒を開けると、札束が入っていた。

 想像していなかったものに、思わず固まる。

 

「ど、どういうこと?」

「……困ってるなら使ってほしい」

 

 封筒から飛び出した札束を、瑞樹(みずき)はじっと見つめた。

 それから、封筒の中に仕舞い込んで、(れん)に返した。

 

「何か気を遣わせちゃったかな? でも大丈夫だから」

「……本当か? 困ってるならいくらでも用意するからよ」

「ありがとう。でも受け取れないよ」

「……そうか」

 

 (れん)瑞樹(みずき)の表情を注意深く観察した後、そのまま踵を返した。

 

「何か困ってたら言えよ。じゃあな」

「うん。じゃあね」

 

 去っていく(れん)たちを見送ると、瑞樹(みずき)はキッチンに戻った。

 

「そういえば(れい)さんの分のカレーも作ったけど、食べていく?」

瑞樹(みずき)様……」

 

 (れい)が隣で片付けを手伝いながら、忠告するよう言う。

 

「……あまり知らない女を家に入れるのは不用心です。勘違いされますよ」

「わかってるつもりなんだけど……クラスメイトだし話してみたくて」

 

 鍋を温め直しながら、ぐるぐるとかき混ぜる。

 その後ろから、ふわり、と(れい)が抱きしめた。

 

「私が見ていないところで、何かされませんでしたか?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 瑞樹(みずき)の首に、玲が顔を埋める。

 

瑞樹(みずき)様……」

 

 痕をつけるように、(れい)の唇が長く吸い付く。

 それからゆっくりと顔を離すと、耳元で囁いた。

 

「今日も、お泊りして良いですか?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 黒崎蓮(くろさき れん)たちは、四人で静かにマンションのエレベーターに乗り込んだ。

 

「なんかさ……藤堂(とうどう)って思ったより普通だったな」

「普通……っすか?」

 

 (れん)の呟きに、(はるか)が首を傾げる。

 

「いや……自然体っていうか……男ってもっとこう……」

「ああ、言いたい事はわかったっす。すげえ無防備っすよね」

「はー、私らなんか相手されないと思ったんだけどねー」

「……お金も結局、受け取らなかったしね」

 

 エントランスから出ると、外はすっかり暗くなっていた。

 振り返り、マンションを見上げる。

 

「……ちょっと北条(ほうじょう)の動きにビビってたけどさ……藤堂(とうどう)ってあんまり十八家がどうとかも気にしてないよな?」

「少なくとも、そこを判断基準にはしてないね」

瑞樹(みずき)様、マジで裏表なさそうっすよ」

 

 四人はそこで顔を合わせた。

 

「今日の事、他にあんまり言うなよ?」

「そうっすね。勝手に瑞樹(みずき)様に遠慮してる現状のままの方が都合がいいっす」

「家にクラスメイト呼んだの私らが初めてって言ってたしね。現状、相当有利だよ」

「……だよな」

 

 特に北条(ほうじょう)にはね、と梨々花(りりか)が小声で言う。

 

「ああ、それに神成(かみなり)だってまだ家に呼ばれてなかったんだ。多分、私たちはめちゃくちゃツイてる」

 

 いける、と(れん)は思った。

 ここからの立ち回り次第では、北条乃愛(ほうじょう のあ)一色雫(いっしき しずく)もきっと問題にならない。

 

「……いいか。焦ってあんまり変な事するなよ?」

「変な事って何すか?」

「無防備だからって、身体に触ったりするなって言ってんだよ」

「……なんか、許してくれそうっすけどね」

 

 (れん)はそこで足を止めた。

 実は、それについては同意見だった。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)には大きな隙がある。寛容さもあり、大体の事は許してくれるだろう、という思いがあった。

 しかし、周りはそうではない。

 

「本人が許しても……補佐官が許さねえだろ」

「補佐官っすか?」

「ありゃあ……主の為に何でもするタイプだぞ。出来るだけ隙を見せない方が良い」

 

 後ろで静かに控えていた御門玲(みかど れい)の粘りつくような目を思い出し、(れん)は苦い顔をした。

 あれは補佐官という役職を超えた、女の目だった。

 一色雫(いっしき しずく)北条乃愛(ほうじょう のあ)神成寧々(かみなり ねね)よりも遥かに厄介になるだろう、という予感があった。

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