男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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28話

 体育祭に向けた三回目の全体練習。

 皆木鈴(みなき すず)は冷たい目で、校庭に集められた他の生徒を観察していた。

 

(……北条(ほうじょう)グループが崩れたか。思ったより早かったな)

 

 クラスの三割を占める北条乃愛(ほうじょう のあ)のグループの様子がおかしかった。

 中心人物である北条乃愛(ほうじょう のあ)がずっと一人で、いつも隣にいた東雲由香里(しののめ ゆかり)は気落ちした様子で離れた所にいる。

 普段大きな声で指導していた御倍美弥(ごばい みや)も静かで、体育委員の佐倉早苗(さくら さなえ)も大人しくしていた。

 他の寄騎(よりき)たちも無駄口を叩かず、その余波でクラス全体に重い空気が漂っている。

 

「ポイントの多い種目を一度、リハーサルしてみましょう」

 

 一色雫(いっしき しずく)だけがいつも通りの振る舞いを見せていた。

 クラスの異常など気にした風もなく、淡々と種目表を見ながら言う。

 

「射撃は無理ですが、徒手格闘は練習した方が良いかと思うのですが」

「ああ、いいよ。相手はどうする?」

「……そうですね」

 

 一色雫(いっしき しずく)が視線を向けたのは、御倍美弥(ごばい みや)だった。

 しかし、美弥(みや)はよそ見をしていて興味を見せない。

 (しずく)が悩むように首を傾げた時、黒崎蓮(くろさき れん)が一歩前に出た。

 

「じゃあ、私がやるよ」

 

 自信に満ちた顔だった。

 (れん)は女子にしては身長が高く、手足も長い。

 (しずく)が渋るような顔を見せる。

 

「……随分と体格差がありますが、大丈夫ですか?」

「私の方は問題ない。体育祭じゃ階級なんてないだろ」

 

 (すず)が承諾すると、黒崎蓮(くろさき れん)が笑った。

 

「あまり無理するなよ?」

「……やるなら早く位置につけ」

 

 (すず)はそう言って、トラックの中に進んだ。

 軽く体をほぐしながら正面を見据える。(れん)が舌なめずりしていた。

 自然と二人を囲む輪が出来上がっていく。

 

「基本ルールは体育祭と同じで、倒れたら終了。怪我をしそうなら即中止とします」

 

 一色雫(いっしき しずく)が審判として二人の間に立つ。

 

「おう。おチビちゃん、準備はいいか?」

「いつでも」

 

 (すず)は表情を変えず、ゆっくりと拳を構えた。

 舐められるのは、慣れていた。

 

「では、開始ッ!」

 

 合図とともに、(すず)は土を蹴った。

 陸軍や清華団(せいかだん)で採用されている徒手格闘は、実戦での取っ組み合いを想定した戦闘術である。

 必然、その重きは打撃や蹴りではなく、投げ技や締め技となっている。

 開幕と同時に素早く距離を詰める(すず)に対し、(れん)は距離を取るように後ずさった。

 

「ッ!」

 

 牽制するように放たれた(れん)の蹴りが、(すず)の肩をかすめた。

 腰を落とし、懐に入り込む。

 

「まずは一発」

 

 軽い打撃音が響き、(れん)が後退する。

 周囲から小さなざわめきが上がった。

 

「……そっちも仕込まれてるのかよ」

 

 腹部に打撃を受けた(れん)が、苦しそうに表情を歪める。

 (すず)は何も言わず、じっと拳を構えた。

 間合いを測りながら、しばらく無言の状態が続く。

 打撃を受けた事で方針を転換したのか、今度は(れん)から距離を詰めてきた。

 襟元を掴もうとする(れん)に対し、(すず)はまたしても右腕を振り放った。

 

「ッ!」

 

 すぐに(れん)が後ろに下がり、回し蹴りを放つ。

 身長差を生かした蹴りだったが、大きい隙があった。

 (すず)はすぐに飛び込むと、もう一度腹に打撃を入れた。

 (れん)が呻き声をあげる。更に左手で一発。

 

「このッ!」

 

 ふらついた(れん)の手が、(すず)の襟元を掴んだ。

 更に距離をつめ、腹部に膝を入れる。

 

「ぐっ」

 

 (れん)の手が、襟元から離れた。

 逆に(すず)(れん)の襟元を掴むと、そのまま足をかけた。

 体勢を崩した(れん)が背中から倒れる。

 

「一本ッ!」

 

 一色雫(いっしき しずく)がすぐに間に入る。

 (すず)は両手で土埃を払うと、周囲を見渡した。

 クラス全体が静まり返り、誰も拍手すらしなかった。

 

「大丈夫か?」

 

 地面に伏した黒崎蓮(くろさき れん)に声をかける。

 

「くそ……」

 

 膝が良い所に入ったらしく、(れん)は何度も咳き込んでいた。

 その目が恨めしそうに(すず)に向けられる。

 

「お前……わざと打撃中心にしただろ」

「さあ、どうかな。私はおチビちゃんだから、タックルは苦手なんだ」

 

 (すず)はそう言って、遠くから見守っていた神成寧々(かみなり ねね)相原由良(あいはら ゆら)の元へ戻った。

 

「す、(すず)ちゃん、すごい!」

「ね! 黒崎(くろさき)さんも経験者っぽかったのに!」

 

 目を輝かせる二人に苦笑する。

 

「あれは経験者じゃないよ。ちょっと喧嘩慣れしてるだけだ」

 

 黒崎蓮(くろさき れん)に視線を戻すと、緋村梨々花(ひむら りりか)の肩を借りて起き上がっているところだった。

 黒崎(くろさき)グループの四人から睨むような視線を向けられたが、(すず)はそれを無視した。

 

「見た目でビビる必要はない。何かあったら私が対応するから言ってくれ」

「か、カッコいい……」

 

 ちら、と周囲を見渡す。藤堂瑞樹(とうどう みずき)が近づいてくるのが見えた。

 

皆木(みなき)さん、凄いね。習ってたの?」

「ま、まあね。小さい時からちょっと」

 

 (すず)は途端に、にへら、と表情を崩した。

 ない胸を張り、得意そうにする。

 

「バレーが種目にあったら良かったんだけどなぁ」

 

 寧々(ねね)が残念そうに零した。

 

「代わりに最後のリレー、期待してるね」

「う、うん! 走り込みもいっぱいやってきたから! 頑張るよ!」

 

 それから瑞樹(みずき)由良(ゆら)に視線を向けた。

 

相原(あいはら)さんは何かスポーツやってたの?」

「私はスキーばかりで……あまり陸上競技ってやってこなかったかも」

「そっか。北海道出身だっけ。体育でもスキーをやるの?」

「えっとね、道内でも場所によって違うんだけど、冬場はスキーばかりだったかな。雪が降りづらいところだとスケート中心らしいんだけど」

 

 神成寧々(かみなり ねね)と行動するようになってから、藤堂瑞樹(とうどう みずき)と接触する回数も増えた。

 (すず)はそっと瑞樹(みずき)の横顔を見つめた。

 貴重なジャージ姿で、制服の時よりも線の細さが目立つ。

 特に腰の細さに妙な色気を感じて、(すず)はごくりと喉を鳴らした。

 

「次、騎馬戦やってみましょう。出場する方はこちらへ」

 

 一色雫(いっしき しずく)が声を出し、何人かの生徒がトラックの中に進んでいく。

 (すず)の視線は変わらず、瑞樹(みずき)に吸い寄せられていた。

 だから、気づいた。少し離れた所に一人でいる音無凪(おとなし なぎ)瑞樹(みずき)が気にしている事に。

 少し考えてから、(すず)は自分から声をかける事にした。

 

音無(おとなし)は中学で何かやってたのか?」

「……いえ、帰宅部でした」

 

 瑞樹(みずき)が安堵したような表情を見せる。

 (すず)は自分の行動が正しかった事を確信して、会話を繋げた。

 

「ふーん。まあ、気楽にやればいい。どうせ最下位クラスなんだ」

「私も全然活躍できそうにないから大丈夫だよ! 仲間だね!」

 

 相原由良(あいはら ゆら)が励ますように言う。

 一切の打算がなさそうなその姿に、鈴は思わず呆れた。

 

「ボクも運動は全くできないからね。寧々(ねね)ちゃんと皆木(みなき)さんに頑張って貰わないと」

 

 瑞樹(みずき)が肩を竦める。

 ちら、と(すず)神成寧々(かみなり ねね)に視線を移した。

 由良(ゆら)と違い、寧々(ねね)音無凪(おとなし なぎ)に話しかける素振りを見せない。

 

(まあ、そうなるよな)

 

 もうすぐ五月だった。

 つまり、二回目の遺伝子提供がやってくる。

 一回目の補助に選ばれた神成寧々(かみなり ねね)の立場では、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が気にかけている音無凪(おとなし なぎ)は明確な脅威となる。

 北条(ほうじょう)グループが崩れた今、神成寧々(かみなり ねね)にとってはこのまま藤堂瑞樹(とうどう みずき)を独占する事も夢ではない。

 

「み、瑞樹(みずき)くん、そっち行って良い?」

「うん」

 

 寧々(ねね)が立ち上がり、瑞樹(みずき)のすぐ隣に座る。そして、彼女はそのまま瑞樹(みずき)を抱きしめた。

 

「つ、疲れてない? わ、私が椅子になろうかな! なんちゃって!」

 

 豊満な胸が潰れるのを、(すず)は白けた様子で見ていた。

 それからふと、音無凪(おとなし なぎ)を見やる。

 大人しそうな見た目とは裏腹に、ジャージの胸元が張り裂けそうになっていた。

 

(……まさか、そういう基準で選んでるわけじゃないよな?)

 

 急に馬鹿らしくなって、クラスメイト達がリハーサルしている騎馬戦に目を向ける。

 騎手になった如月(きさらぎ)ひよりが苛立った様子で他を圧倒しているところだった。

 

「ごめん、ちょっと抜けるね」

 

 不意に、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が立ち上がる。

 抱きしめていた神成寧々(かみなり ねね)が情けない声をあげた。

 

「ああ」

 

 お手洗いだろう、と深く考えず相槌を打つ。

 激しくぶつかった騎馬が崩れ、歓声があがるところだった。

 

「……」

 

 何か、違和感があった。

 騎馬戦に出ているのは殆どが北条乃愛(ほうじょう のあ)のグループだった。なのに、北条乃愛(ほうじょう のあ)の応援の声がない。

 (すず)は立ち上がって、周囲を見渡した。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)の姿がいつの間にかトラックから消えていた。

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