男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

29 / 72
29話

 白雪学園の中庭は広い。

 点在するようにいくつかベンチが並び、多くの生徒が休憩できるようになっている。

 しかし放課後の今、ベンチに座っている人影は一つしかなかった。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は真っすぐ人影に向かうと、出来るだけ明るく声をかけた。

 

北条(ほうじょう)さん、隣、座ってもいいかな?」

 

 ベンチに座っていた北条乃愛(ほうじょう のあ)が顔をあげて微笑む。

 弱々しい笑みだった。

 

「やあ。どうしたんだい」

「いつもの元気がなさそうだったから」

 

 乃愛(のあ)は何も言わなかった。

 すぐに足元に視線を落とす。

 

如月(きさらぎ)さんたちの事、気にしてるのかな?」

「……まあ……そうだね」

「暴力を振るってたから怒ったけど、北条(ほうじょう)さんに怒ってるわけじゃないよ」

「……ああ。それも分かってるつもりだ」

 

 沈黙が落ちた。

 手持ち無沙汰で、何となく木陰から降り注ぐ陽光を見上げる。

 木漏れ日の隙間から、突き抜けるような青空が覗いていた。

 

北条(ほうじょう)さんと二人でちゃんとお話しした事ってないよね」

「……そうかもしれないね」

「もっと早く、話していればもうちょっと上手くやれたかもって後悔してる」

「……君のせいじゃない」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)からはいつもの気力を感じなかった。

 瑞樹(みずき)は晴天を眺めながら、遠い過去を思い出して思わず呟いた。

 

「……ボクね、学校に行きたかったんだ」

 

 乃愛(のあ)が顔をあげた。

 

「ずっと病院にいて。動けなくて。チューブが刺さってて。中学に進めるかも分からなくて」

 

 虫食いだらけの記憶。

 病室の窓から見ていただけだった晴天。

 それが今、頭上に広がっている。

 

「……君が入院していたのは……中学三年生の時だけだろう?」

「……うん。そっちの時は、学校に行きたくないとずっと思ってて。うまくいかないね」

 

 乃愛(のあ)が怪訝そうな顔をする。

 弱っている乃愛(のあ)を前にして、何となく本当の事を話してしまった瑞樹(みずき)は誤魔化すように笑った。

 

「何が言いたいかって言うと、同世代にあまり慣れてなくて。御倍(ごばい)さんたちの事も、本当はもっと上手く立ち回れたと思うんだ。事前に予測できた事だなって後から後悔してる。だから、本当に北条(ほうじょう)さんを責める気はないってもう一度、はっきり伝えておきたくて」

 

 乃愛(のあ)は何も言わなかった。

 真意を探るように、じっと瑞樹(みずき)を見つめるだけだった。

 

「そういえば東雲(しののめ)さんとはどうしたの? 喧嘩しちゃった?」

「……ああ。言ってはいけない事を言ってしまった」

「仲直りできそう?」

「どうだろうね。修復不可能かもしれない」

「……そっか」

 

 先に瑞樹(みずき)が本音を零したせいか、今の乃愛(のあ)は応えてくれそうだった。

 少し考えてから、踏み込む事にする。

 

「答えたくなかったら無視して欲しいんだけど……」

 

 前置きをして、瑞樹(みずき)は慎重に言葉を続けた。

 いつか、聞いておかなければいけない事だった。

 

北条(ほうじょう)さんはどうして、Kクラスに移動したの?」

「最初は、好奇心だった。一色雫(いっしき しずく)が初日に移動したから、調べる必要があった」

「うん」

 

 一色雫(いっしき しずく)が移動した理由は、何となく分かっていた。初日に鍵を落としていたのを助けたという、本当に些細なきっかけ。

 対して、北条乃愛(ほうじょう のあ)の行動は不可解だった。

 

「調べてみると、交通事故の履歴があった。中学三年生の冬。見通しの良い深夜の道路。事情は何となくわかった」

「……」

「自動回送中の市民バスだったらしいね。静音性もないし、確信するには十分だった」

 

 そして、ぽつりと言った。

 

「それを知って、似てると思ったんだ」

 

 瑞樹(みずき)は何も言わなかった。

 ただ静かに続きを待った。

 

「なぜ私が女子に人気があるか、わかるかい?」

「……」

「雰囲気を美形の男性に似せているからだよ。そして十八家の次期当主だからだ」

「……」

「それだけだ。それだけなんだよ。それ以外は何もない。空っぽだ」

 

 そう言って、乃愛(のあ)は息を吐いた。

 

「……それが、東雲(しののめ)さんと喧嘩した理由?」

「馬鹿馬鹿しいだろう? どうせ、いつか破綻していた」

 

 諦めたような声だった。

 

「そこそこ上手くやれているつもりではあるんだけどね。でも、こんな事を続けてどうする、と考える冷静な自分が常にいる」

「……」

「君もそうなんじゃないか? なんだか急に馬鹿らしくなったんだろう?」

 

 瑞稀(みずき)は否定しなかった。

 じっと続きを待つ。

 

「周囲にどれだけ人が集まっても、空っぽなんだろう。彼女たちは、男なら誰でも良いんだ」

 

 でも、と乃愛(のあ)は力を込めた。

 

「私は違う」

 

 濡れた瞳が、瑞樹(みずき)を捉えていた。

 風で木々がざわめく。

 

「私はそもそも、男である事にそれほど拘ってない。実際、由香里(ゆかり)とも付き合っていたしね。私が君を気にかけているのは、似ているからだ」

 

 今にも叫びだしそうな、心からの悲鳴。

 

「私だけだ。私だけが、藤堂瑞樹(とうどう みずき)という存在そのものを愛せる」

 

 乃愛(のあ)の身体が、崩れた。

 

「なあ、わかってくれよぉ……」

 

 縋りつくように倒れる乃愛(のあ)を、静かに受け止める。

 子供のような姿で泣きじゃくる乃愛(のあ)の背中を、瑞樹(みずき)はとんとんと優しく叩いた。

 十八家の長女としての重責は、瑞樹(みずき)には想像もできない。

 乃愛(のあ)の背中を叩きながら、空を仰ぐ。

 降り注ぐ木漏れ日は柔らかく、暖かった。

 春らしい気候に身を任せるように目を瞑る。

 

北条(ほうじょう)さんの身体は多分疲れていて、抱えているものが重いから一度置いて、休みたがってるんだと思う」

 

 労わるように乃愛(のあ)の身体を抱きしめ、頬を寄せた。

 そして、自分に出来る事と、出来ない事を仕分けしながら考える。

 

北条(ほうじょう)さんはお友達がいっぱいいるけど、本当はずっと一人で、それがしんどいんだよね」

 

 一瞬の迷い。

 ここから先は、気軽に言うべきではなかった。

 ただ、以前から選択肢の一つとして考えている事だった。

 

「だったら、北条(ほうじょう)さんが抱えてるその重荷、ボクと半分っこしよう」

 

 乃愛(のあ)の動きが止まった。

 

「ずっと一人で上に立つのってしんどいと思うから。ボクも一緒に立つよ」

「そ、それは……」

 

 泣きじゃくっていた乃愛(のあ)が、顔をあげる。

 瑞樹(みずき)は困ったように笑った。

 

「多分、北条(ほうじょう)さんみたいには上手くできないかもしれないけど……」

瑞樹(みずき)くん……」

 

 乃愛(のあ)がハンカチを取り出し、目元を拭う。

 

「それは……クラスだけじゃなく、うちの上に立ってくれるという意味で良いのかな?」

「うん……えっと、もちろん、北条(ほうじょう)さんが良ければだけど」

「つまりそれは……将来的に私と……」

「ボクなんかの為に既にクラス選択権使っちゃってるから放置するつもりはなかったんだけど、その、どうしていいか分からなくて。それにまだ互いの事も知らなかったし」

「……そうか」

 

 乃愛(のあ)の身体から安堵したように力が抜ける。

 ぽふ、と瑞樹(みずき)の胸に顔を埋めて、乃愛(のあ)はそのまま動かなくなった。

 

東雲(しののめ)さんとも、仲直りしないとだね」

「……ああ。私の宿題だ」

御倍(ごばい)さん達とも、ボクから一度しっかりお話ししておくよ」

「……うん。私から何か言うより、きっと喜ぶよ」

如月(きさらぎ)さんも、どんな人なのかまだよく知らないから」

「……そうだね」

 

 乃愛(のあ)の背中を再びぽんぽんと叩く。

 もう大丈夫そうだった。

 

「そろそろ皆が心配してるかも。先に戻ってるね」

「み、瑞樹(みずき)くん!」

 

 立ち上がろうとした時、乃愛(のあ)が袖を掴んだ。

 

「……も、もう少しこうさせてくれないか」

「うん、じゃあもう少しだけ」

 

 乃愛(のあ)を抱えると、しばらく沈黙が続いた。

 胸元に顔を埋めたまま、乃愛(のあ)がぽつりと零した。

 

「もう五月だ」

「うん」

 

 それから、少しの間があった。

 

「次の遺伝子提供、私を選んでくれないか」

 

 表情はわからない。

 しかし、声が震えていた。

 瑞樹(みずき)は何度か彼女の背中をぽんぽんと叩いた。

 

「うん。まだ確約はできないけど」

「ほ、本当か?」

「体育祭が終わって、互いをもうちょっと知ってからね」

「ま、前にも言ったが、十八家の私を使ってしまうと、その、娶ってもらう必要がある面倒な女でもあるのだが」

「うん、大丈夫。覚えてるよ」

「……そうか」

 

 もう一度、小さくすすり泣く声が聞こえた。

 瑞樹(みずき)は黙って、彼女の背中を擦った。

 

「……頭も撫でてくれ」

 

 子供が甘えるような声だった。

 まだ太陽は高く、春の日差しが気持ちいい。

 抜けるような晴天の下、瑞樹(みずき)はしばらくそのまま乃愛(のあ)の柔らかい髪を手で梳き続けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。