男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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03話

 男性が生涯で妻を迎える数は、大体三人から五人が一般的と言われている。

 1:200の男女比から考えれば、男性と結ばれる女性はどれだけ多く見積もっても3%もない。

 1:30の白雪学園すら結ばれるのは一割から二割のみ。

 だからこそ、女子たちは派閥を形成する。名家同士でグループを組み、男子を囲い込もうとする。

 知り合った男性に派閥の女性を紹介しあい、それ以外の女性は排斥する。

 それが白雪学園における、一般的な友達付き合いだった。

 新しくやってきた三人の女子生徒が一つの派閥であることは明らかで、彼女たちは既存のクラスメイトにとって明確な敵だった。

 

「では、まずは学級委員長を決めましょう。立候補する人はいますか?」

 

 担任の言葉に、四人の手がすっと挙がった。

 一人は一色雫(いっしき しずく)

 それから今日来たばかりの三人。

 

「他は?」

 

 担任の視線が教室をぐるりと一周する。誰も手を挙げる気配はない。Kクラスの女子たちは、ただ静かに様子を窺っているだけだ。

 立候補した四人は、それぞれに自信たっぷりな表情を浮かべていた。一色雫(いっしき しずく)は穏やかだが、どこか威圧感のある微笑みを保ち、新しく来た三人は互いに視線を交わし、まるで事前に打ち合わせていたかのように堂々としていた。

 

「では、この四人で多数決を採ります。投票は匿名で、各自が用紙に名前を書いてください」

 

 担任が投票用紙を配り始める。

 相原由良(あいはら ゆら)は用紙を握りしめながら、思考を巡らせた。

 一色雫(いっしき しずく)が委員長になれば、彼女の影響力が強まる。新参の三人――佐倉早苗(さくら さなえ)東雲由香里(しののめ ゆかり)御倍美弥(ごばい みや)――の誰かが選ばれれば、派閥の力が一気に増す。

 

(三人の派閥が影響力を強めれば、空き枠がなくなる)

 

 由良(ゆら)は迷わず一色雫の名前を書き込んだ。

 始国十八家の一つ、一色(いっしき)家の長女である一色雫(いっしき しずく)は元から影響力が高い。今更、委員長に選出されたところで影響力など変わらない。他を抑え込むべきだと思った。

 投票はすぐに終わり、担任が集計を始める。

 クラス内の女子たちは息を潜め、互いの顔をうかがいあった。

 

「結果を発表します。一色雫(いっしき しずく)さん、12票。佐倉早苗(さくら さなえ)さん、1票。東雲由香里(しののめ ゆかり)さん、2票。御倍美弥(ごばい みや)さん、1票。他、空白。したがって、学級委員長は一色(いっしき)さんに決定しました」

 

 教室に安堵の雰囲気が広がっていく。

 (しずく)は優雅に立ち上がり、軽く頭を下げた。

 

「ありがとうございます。皆さんの期待に応えられるよう、精一杯務めさせていただきます。何かお困りごとがあれば、いつでもおっしゃってくださいね」

 

 新参の三人組は、票が殆ど入らなかった事を大して気にしてもしていないようだった。織り込み済みだったのだろう。

 由良(ゆら)はほっと胸を撫で下ろしたが、すぐに周囲の空気に飲まれ、表情を引き締めた。

 学級委員長の決定後、担任は他の委員会――副委員長、美化委員、体育委員など――の選出に移った。ここでも立候補が相次ぎ、結局、副委員長に東雲由香里(しののめ ゆかり)が選ばれた。

 由良(ゆら)は一度も手を挙げる事が出来なかった。

 

 

 一限目が終わると、短い休み時間になった。

 瑞樹(みずき)は席に座ったまま、配られたばかりの教科書を開いている。

 そこに一色雫(いっしき しずく)が真っ先に近づき、優しい声で話しかけた。

 

藤堂(とうどう)様、学級委員長としての提案なのですが、メッセンジャーでクラスのグループを立ち上げてもよろしいでしょうか?」

「確かにあった方が便利かも。任せてもいいかな?」

「はい、もちろんです。今日中に皆さんにも声をかけて参加して頂きますね」

 

 その時、東雲由香里(しののめ ゆかり)が嬉しそうに口を開いた。

 

「委員長を一色(いっしき)さんにお任せして正解でした。とても男性慣れしているようですし」

「中学でも積極的に男性を相手にされていたのかしら。頼もしいです」

一色(いっしき)家ともなると、身近にいっぱい男性がいらっしゃるのだろう。さりげなく連絡先を聞くやり方はとても勉強になる」

 

 表面上は褒めているようで、どこか含みのある言い方。

 なるほど、そういう攻撃の方法もあるのかと由良(ゆら)は思わず感心した。

 

「私、中等部からのエスカレーター組です。白雪(しらゆき)の中等部は残念ながら女子だけで、このような経験は藤堂(とうどう)様が初めてです。こう見えて、内心はとても緊張しているんですよ?」

 

 おどけるように言って、にこやかに流す(しずく)

 嫌味を言った東雲由香里(しののめ ゆかり)たちが黙り込む。

 

(私みたいなのが立候補してたら、すぐに潰されちゃうんだろうな)

 

 この学園の在り方が徐々にわかってきた。

 家格の低い者が下手に動ける状況ではない。慎重に時勢を見極める必要があった。

 あるいは、仲間を増やす必要がある。

 

一色(いっしき)さんは……すごいよ)

 

 仮面のように微笑を浮かべる一色雫(いっしき しずく)を見て、由良(ゆら)は小さく息を吐いた。

 ハーフアップの黒髪はよく手入れされていて、化粧も学生として最低限のものでありながら、しっかりと流行を取り入れている。

 同性から見てもはっとするような美しさでありながら、たった一人で他の女子とやりあう度胸もある。

 Aクラスから一人でやってきた一色雫(いっしき しずく)には、取り巻きのような女子もいない。

 

(こういう凄い子だけが、男子と結ばれるんだろうな)

 

 もしも相原(あいはら)家の家格がもう少し高かったとしても、とても真似できない、と思った。

 

(私は多分……窓際で怯えている事しかできない)

 

 きっと、大多数の女子も由良(ゆら)と同じ気持ちなのだろう。

 誰も口出しできず、教室は静まり返っている。

 そして、その沈黙を破ったのは予想外の人物だった。

 

「次の授業、いきなり数学らしいね。高校の授業ってやっぱり難しいのかな?」

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は、まるで何事もなかったかのように教科書をめくりながら周りに話しかけた。

 

「みんなは数学得意? ボクはちょっと不安なんだけど」

 

 張りつめていた空気が、一瞬にして溶けていく。

 彼の隣に座っていた神成寧々(かみなり ねね)が上擦った声ですぐに答えた。

 

「わ、私も苦手で!」

「授業速度が心配です」

「す、数学なら少しでしたら教えられるかもしれません」

「数学だけは得意です! 何かあったら聞いてください!」

 

 それを皮切りに、黙り込んでいた少女たちが一斉に話に入ってくる。

 

「そっか、得意な人もいるんだ。じゃあグループが出来たらそこで得意な人に授業の相談でもしようかな」

 

 瑞樹(みずき)の優しい目に、由良(ゆら)は思わず釘付けになった。

 息苦しさすら感じる教室の中で、ただ一点、彼のいる場所だけが空気が違っている。

 

一色(いっしき)さんも、ありがとうね。誰かが率先して提案してくれるのって凄く助かるから。今後も何か思いついたら教えてくれると嬉しいな」

「は、はい! 学級委員長として出来る事があれば!」

「うん。本当に助かるよ。やっぱり、外から文句言うのって誰でもできるけど、自分からやるのって一番難しいと思うから」

 

 瑞樹(みずき)は明らかに、(しずく)を庇っていた。

 出る杭が打たれることを許さないように、これからの事まで牽制するような事まで告げて。

 彼の傍に立ったままの(しずく)は、頬を赤くして嬉しそうに微笑んでいる。さきほどまでの仮面のような微笑とは異なる、はにかんだ笑み。

 

(……)

 

 由良(ゆら)の中で、昏い気持ちが沸き立った。

 先ほどまで凄いと思っていた少女に対し、別の感情が急速に膨らんでいく。

 (しずく)はみんなに、元気よく挨拶してくれた。学級委員長になり、クラスの為に率先してトークグループを立ち上げてくれた。取り巻きも持たず、他の女子からの嫌味もたった一人でやり込めた。

 始国十八家の家名に恥じない、尊敬すべき少女だ。

 にも関わらず――

 

 

 ――妬ましい、と思ってしまったのだ。

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