男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

30 / 72
30話

 体育祭当日。

 黒崎蓮(くろさき れん)は不貞腐れた様子で、観客席からトラックを眺めていた。

 

「めちゃくちゃ良い展開っすね」

 

 隣では、青山遥(あおやま はるか)が能天気にスコアボードを見ている。

 遥の言う通り、Kクラスは最下位クラスとは思えないほど善戦していた。

 全11クラスある一年生で、4位という好スタートを切っている。

 

「良いわけねえだろ、バカ」

「い、痛いっす!」

「くそ……」

 

 現状、活躍しているのは上位クラスから移動してきた北条乃愛(ほうじょう のあ)のグループばかりだった。

 それと一色雫(いっしき しずく)神成寧々(かみなり ねね)皆木鈴(みなき すず)

 運動神経に自信があった(れん)の成績は、彼女たちのせいで霞んでしまっている。

 

「完全に崩壊したと思ったんだけどな……」

 

 更衣室で行われていた御倍美弥(ごばい みや)たちの指導を藤堂瑞樹(とうどう みずき)に密告した事で、(れん)たちは有利な立場に立てたはずだった。

 事実、四月末の時点で北条(ほうじょう)グループはバラバラになっていた。

 後は一色雫(いっしき しずく)神成寧々(かみなり ねね)のグループさえ抑えてしまえば、(れん)たちのグループで藤堂瑞樹(とうどう みずき)を囲える可能性すらあった。

 それが今は、急速に立て直した北条(ほうじょう)グループが再びクラス内で頭角を現している。

 

「……最近の藤堂(とうどう)ってさ、なんか北条(ほうじょう)と距離が近くなってない?」

 

 緋村梨々花(ひむら りりか)がスマホを眺めながら言う。

 (れん)は思わず唇を噛んだ。

 梨々花(りりか)の言う通り、藤堂瑞樹(とうどう みずき)北条乃愛(ほうじょう のあ)と一緒にいる事が増えている。

 そして、乃愛(のあ)以外の北条(ほうじょう)グループ全体にも声をかけている姿がよく見かけるようになった。

 

「どうしてだ……」

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)の個人データに、更新はない。

 知らない間にお手付きがあったわけでもないし、五月の遺伝子提供もまだのようだった。

 

「どうして、御倍(ごばい)たちも一緒にいる?」

 

 更衣室での音無凪(おとなし なぎ)の一件で、少なくとも御倍美弥(ごばい みや)たちは排除できたはずだった。

 それが今は、北条(ほうじょう)グループの席に腰掛ける藤堂瑞樹(とうどう みずき)のすぐ隣で笑顔を見せている。

 しばらく遠ざけられていた如月(きさらぎ)ひよりも、いつの間にか普段通りに過ごしていた。

 

黒崎(くろさき)さん」

 

 不意に名前を呼ばれ、振り返る。

 ジャージ姿の一色雫(いっしき しずく)が立っていた。

 

「体育祭が終わったら、二階の資材室にきてください。後片づけで手伝って欲しい事があります」

「……ああ、わかった」

「忘れないようにお願いしますね」

 

 それだけ言って立ち去る一色雫(いっしき しずく)の後ろ姿はいつも通りだった。

 これもまた、(れん)にとっては不可解だった。

 

「……あいつも何で普段通りなんだ」

 

 最初にクラス選択権を使ったのは一色雫(いっしき しずく)だった。北条乃愛(ほうじょう のあ)の台頭に一番焦りを感じているのは彼女のはず。

 なのに、一色雫(いっしき しずく)はいつもと変わらない様子で過ごしている。

 

「うーん、十八家特有の余裕ってやつじゃない? あたしら庶民とは違うんだよ」

 

 桃原奈緒(ももはら なお)がピンクの髪をいじりながら呑気に言う。

 蓮はじろりと奈緒(なお)を睨んだ。

 

「んなわけねえだろ。同じ十八家の北条(ほうじょう)なんて必死だったじゃねえか」

「んー、確かにそうかも」

「くそ。もっと真面目に考えろよ」

「えー、だって十八家なんて最初から敵わないし」

 

 奈緒(なお)はまともに取り合う様子もない。

 (れん)は息をついて、トラックに目を向けた。

 目玉競技の一つ、射撃が始まるところだった。

 

「あいつも何なんだ……」

 

 皆木鈴(みなき すず)が、手慣れた様子でライフルを構えている。

 使用しているのは赤外線を発射する競技用のビームライフルだが、実銃の取り扱い経験を匂わせていた。

 

皆木(みなき)ってスポーツ枠じゃないんでしょ?」

「……ああ」

 

 緋村梨々花(ひむら りりか)が警戒するように小声で言う。

 

「……じゃあ、どういう事?」

「ワケアリって事じゃねえの」

 

 例えば、と(れん)は言葉を続けた。

 

「生産性スコアや社会信用スコアが著しく低い、とか」

「……探ってみようか」

「ああ。あいつは放置しとくとヤバそうだからな」

 

 トラックの特設会場では、皆木鈴(みなき すず)が次々に的を撃ち抜いていた。

 Kクラスから歓声が上がる。

 (れん)はもう一度、悪態をついた。

 

「……くそが」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「一体どういう事ですか!」

 

 Aクラスの指揮をとっている七瀬光(ななせ ひかり)は思わず叫んだ。

 序盤の低ポイントの競技で大きくリードしたものの、後半の高ポイントの競技で次々と敗北し、徐々に点差が縮み始めていた。

 

「高ポイントの競技には、一色(いっしき)北条(ほうじょう)、それに皆木(みなき)神成(かみなり)が必ず出てきます。エースの半分が元Aクラスですから、もはやあれをKクラスとは呼べません」

「周りはそうは思わないでしょう! このままでは、首席クラスが最下位クラスに負けたという汚名を背負う事に……」

 

 (ひかり)は眩暈を感じて、椅子に座りこんだ。

 入学初日から、全てがうまくいかなかった。

 始国十八家で、自分だけが取り残されるという屈辱。

 密告した倫理監察局も、偽装診断の証拠を掴めずに撤収を始めている。

 

「なぜ、こんな事に……」

 

 Kクラスが集まる観覧席を見やる。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)の隣で、立ち上がって声援を送る藤堂瑞樹(とうどう みずき)の姿があった。

 周囲の女子たちと仲睦まじい様子を見せており、(ひかり)はそれを恨めしそうに睨んだ。

 

『つづいて、二人三脚です。競技に出る方は準備に入ってください』

 

 会場にアナウンスが響く。

 Aクラスの最前列から、吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)が立ち上がった。

 いつもと変わらない堂々とした姿で、(ひかり)のようにうろたえる様子もない。

 

――この人は本質的にAクラスなど、どうでも良いのでしょうね。

 

 大柄な背中を見送りながら、思う。

 (ひかり)が見る限り、吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)は自らの社会奉仕スコアと市民レベルを上げる事に執心していた。

 クラス運営について指示は出すが、その結果についてはあまり頓着していないようで、他人とどこか線を引いているように見える。

 

七瀬(ななせ)様、いかがされますか?」

「……もうここまで来たら、予定通りにこなすしかないでしょう」

 

 諦めた様子で、トラックを眺める。

 二人三脚は伝統的に男子と女子で行う事になっていて、体育祭の花形でもある。

 各クラスの男子が一斉にトラックに集まるため、大半の女子が立ち上がって黄色い声援を送っていた。

 

「……随分と目立ちますね」

 

 一年生の中で最も大柄な吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)は遠目でもすぐ分かった。

 それから、Kクラスの藤堂瑞樹(とうどう みずき)もその容姿から非常に目立っていた。

 

「あれは……?」

 

 Kクラスからは、知らない女子が出ていた。

 大人しそうな外見をしていて、とても運動神経が良さそうには見えない。

 

『位置について、よーい』

 

 号砲が鳴った。

 1年生の各クラスが一斉に駆け出す。

 

「……やはり体格差がありすぎるわね」

 

 Aクラスの吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)は身長184cmを誇り、クラスの女子とは肩を組む事も困難だった。

 自然とぎこちない動きになり、スタートから出遅れている。

 それともう一つ、Kクラスもスタートで固まっていた。

 

「トラブルかしら」

 

 後半の競技の中で、二人三脚は最もポイントが低い。クラスの勝敗の責任が男子に向かわないように調整されている。

 周囲が黄色い声援を送る中、光はどうでも良さそうにトラックを眺めた。

 

「あ、動き出しましたよ」

 

 ようやくKクラスもスタートする。

 女子と藤堂瑞樹(とうどう みずき)の距離が妙に近く見えた。

 

「……」

 

 次々と先頭集団がゴールに入っていく。

 Aクラスは丁度真ん中だった。

 最後にKクラスが遅れてゴールする。

 

「……」

 

 ビリにも関らず、Kクラスの二人は最後まで仲が良さそうな雰囲気だった。

 他のクラスが次々とゴムバンドを外して立ち去っていく中、ゴール付近で雑談を続けている。

 (ひかり)はその姿を、遠くからぼんやりと眺め続けていた。

 

七瀬(ななせ)様?」

「……なに?」

「次、障害物リレーですよ」

「……ええ、わかってる」

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 リードしているものの、点差によっては二位転落もありうる大事な局面だった。

 

七瀬(ななせ)様、大丈夫ですか?」

「……少し緊張しているだけ」

 

 汗を拭う。

 体育祭日和のよく晴れた天気で、太陽が眩しかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 体育祭は11クラス中2位で終わった。

 一年生が打ち立てた最下位クラスの記録としては、歴代最高という。

 しかし、北条(ほうじょう)グループの目ざましい活躍のおかげという事もあり、黒崎蓮(くろさき れん)は素直にこれを喜べなかった。

 校庭で盛り上がるクラスメイトたちを残し、一色雫(いっしき しずく)から呼ばれていた資材室へ向かう。

 校舎内は普段と違って人影がなく、どこか薄暗い。

 

「よお、待たせたな。で、何をやればいい?」

 

 資材室の扉を開けると、一色雫(いっしき しずく)が隅に置かれた机の上に腰掛けていた。

 

「まずは扉を閉めて頂けますか?」

「……」

 

 言われた通り、後ろ手で扉を閉める。

 (れん)は距離を保ったまま、近くの壁に寄りかかった。

 

「……片づけっていうのは嘘か?」

「ええ、お話があります。身に覚えがありませんか?」

「身に覚え、ねえ……」

 

 どれの事を言っているのか分からず、(れん)は首を傾げた。

 少なくとも、一色雫(いっしき しずく)を敵に回すような事をした覚えはない。

 

瑞樹(みずき)様に対し、金品のやり取りを行う事は一切禁止したはずです」

「……」

 

 (れん)はゆっくりと息を吐いた。

 一体情報がどこから漏れたのか、頭を働かせる。

 最初に浮かんだのは、普段から行動している三人の顔だった。

 いずれかが一色雫(いっしき しずく)と内通していた可能性が高い。

 あるいは、売られたか。

 

「覚えてないな。何の事だ?」

「貴女が瑞樹(みずき)様の家に上がり、カレーライスを御馳走になった時です」

 

 しらを切るのは難しそうだった。

 適当にカマをかけられているわけではない、と理解する。

 

「ああ、あれね。お金に困ってると思ったんだ。困窮している男を救うのは女の務めだろう?」

 

 後ろめたい事は何もしていない。

 過度に一色雫(いっしき しずく)を恐れる必要はないと、自分に言い聞かせる。

 

「なるほど」

 

 資材室の隅から、一色雫(いっしき しずく)が立ち上がる。

 (れん)は思わず身構えた。

 

「つまり、お金を渡したんですね?」

「……」

 

 ゆらりと近づいてくる一色雫(いっしき しずく)の一挙一動を見逃さないように、腰を落とす。

 暴力の匂いがした。

 

「破れば一色(いっしき)の名に於いて処断すると、言ったはずです」

「ッ!」

 

 (れん)が反応するより早く、一色雫(いっしき しずく)の右腕が伸びた。

 (しずく)の右手が、(れん)の首を掴む。

 喉を潰され、ひゅー、と奇妙な音が漏れた。

 (しずく)の右手を両手で掴み、気道を確保しようと足掻く。込められた力は、一向に緩まない。

 

「なにか、申し開きはありますか?」

 

 唐突に、身体が浮いた。

 次の瞬間、床に叩きつけられる。

 何が起きたのか、(れん)にはわからなかった。

 (しずく)が馬乗りになり、身体の動きを封じ込められる。手慣れた動きだった。

 そこでようやく、首を絞める力が緩んだ。

 

「申し開きがあれば聞きましょう」

「ぐっ! ごほっ! わ、渡してねえ!」

 

 咳き込むように息を繰り返しながら、(れん)は叫んだ。

 

「突っ返されたんだ! 本当だ! 藤堂(とうどう)に聞けばわかるッ!」

「お金を渡してどうするつもりだったんですか?」

「め、飯に誘うつもりだったんだ。きっかけになれば良いって思った。本当に何もしてねえ!」

 

 一色雫(いっしき しずく)の鋭い眼光が、(れん)を観察するようにじっと向けられる。

 

瑞樹(みずき)様の慈愛と献身の心をお金で汚していませんか?」

「やってない! 指一つ触ってもない! マジだ! 他にもいたんだ! 証人がいる!」

 

 (しずく)の動きが止まった。

 (れん)は咳き込みながら、荒々しく息を吸った。 

 

「な、なんなんだよ、お前。藤堂(とうどう)とそこまで親しくもねえだろ」

「親しいですよ」

 

 (れん)の言葉に、(しずく)は即答した。

 

「私が、世界で一番、彼を知っています」

 

 腹部に衝撃が走った。

 (しずく)の右手が、今度は腹部に向けられていた。

 呻き声をあげる(れん)を、雫はただじっと見下ろす。

 

御門玲(みかど れい)すら、知らない彼を、私だけが、知っています」

 

 一言喋るごとに、右手が振り下ろされる。

 (れん)は抵抗する気も失い、ただ身を守るように身体を折った。

 不意に、(しずく)の腕が(れん)の右手を掴んだ。

 

「体育祭も終わりましたし、折ってもいいんですよ」

 

 静かな声だった。

 だからこそ、本気だとわかった。

 

「折り方は知っています。自分でも試しましたから」

「や、やめ……」

 

 (しずく)の顔が、ずい、と近づく。

 いつもの仮面のような笑顔ではなく、表情がなかった。

 

「今後二度と、瑞樹(みずき)様をお金で汚さない事を、傷つけない事を、ここで誓いなさい」

「ち、誓う! もうやらねえ!」

 

 叫ぶと、拘束が解けた。

 一色雫(いっしき しずく)が静かに立ち上がる。

 (れん)は息を整えるように荒い息を吐きながら、(しずく)を睨みつけた。

 

「お前……藤堂(とうどう)の何なんだよ」

 

 小さな間があった。

 一色雫(いっしき しずく)は不思議そうに首を傾げると、いつもの微笑を浮かべた。

 

「互いに将来を約束した仲です」

 

 薄暗い倉庫の中、彼女が持つ黄金の双眸だけが輝きを放っていた。




ここまでが1章で一区切りとなります。
お付き合い頂きありがとうございました。
少し休みます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。