男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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2章
1話


「――くん、シーツ交換しますね」

 

 熱でうなされる中、聞き慣れた看護師の声がする。

 優しくごろんと転がされ、片側からシーツが捲られていく。

 

「はい、またごろんしますよー」

 

 今度は反対側に転がされると、寝たままで全てのシーツ交換が終わった。

 

「……ありがとうございます」

「あ、起こしちゃったかな? ごめんね」

 

 看護師が腰を落として、――に視線を合わせる。

 ――は弱々しく微笑んだ。

 

「いえ、大丈夫です」

「もうちょっとで先生がくるからね。起きれるなら頑張って起きてみようか」

「……はい」

「ついでにバイタルも測るね。血圧から。同時に体温計もやるから、ちょっとごめんね」

 

 腕に血圧計をセットし、反対の腕をあげて体温計を挿す。

 

「調子はどう?」

「ちょっとぼんやりします」

「そっか。今日、寒くない?」

「……すごく寒いです」

 

 血圧の測定が終わるまで、何気ない雑談が続く。

 ――にとっては、今日も死ななかった事を確認する大事な儀式だった。

 

「ちゃんとご飯食べてる?」

「あんまり、です」

「出来るだけ体重戻さないと、だよ」

「はい」

「治療がうまくいったら、中学の入学式にも間に合うからね」

「……はい」

 

 窓の外を見やると、雪が降っていた。

 何度も延期した移植手術には、もうあまり期待していなかった。

 乾いた咳が出て、身体を折る。

 寒気がとまらない。

 体温計の電子音。

 引き抜いた看護師の顔色が変わった。

 

「ちょっと待っててね」

 

 体温計を手にした看護師が走っていく。

 寒くて堪らなくて、――は布団を頭から被った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 目を覚ますと同時に、藤堂瑞樹(とうどう みずき)は跳ねるように起き上がった。

 見渡すと、いつもの自室だった。

 窓の外はまだ暗く、すぐ隣では補佐官の御門玲(みかど れい)が寝息を立てている。

 瑞樹(みずき)は息をゆっくりと吐き出すと、こてん、とベッドに横になった。

 

瑞樹(みずき)様……」

 

 起こしてしまったのか、(れい)が身を寄せた。

 

「まだ時間があります」

「うん」

「怖い夢を見てしまったのですか?」

「……うん」

「大丈夫です」

 

 (れい)の豊満な胸に抱き寄せられる。

 そのまま子供のように頭を撫でられ、瑞樹(みずき)は一瞬抵抗しようとしたが、すぐに諦めて身を任せた。

 

「大丈夫ですよ」

 

 中学三年生の冬。

 回送中の自動バスとの交通事故で、瑞樹(みずき)は前世の記憶のようなものを思い出した。

 知らない世界、知らない国、知らない自分。

 身に覚えのない記憶たち。

 けれど、不思議とそれがかつての自分なのだと、すんなり受け入れる事が出来た。

 断片的で、微かな記憶。

 自分の名前すら思い出せないほどの小さな欠片。

 死を目前に脳が作り出した不思議な幻かもしれないし、それが前世であることを証明する方法は何もない。

 ただ、瑞樹(みずき)の価値観を変えるには十分だった。

 かつては恐怖の対象だった女性が、今は不思議と平気になっていた。

 中学の頃は殆ど顔を合わせなかった補佐官の御門玲(みかど れい)も、今では毎日のように一緒に寝ている。

 

瑞樹(みずき)様……」

 

 頭を撫でていた(れい)が、今度は甘えるようにすりすりと全身を密着させてくる。

 

「朝はまだ寒いですね」

 

 (れい)はそう言って、寒さを言い訳に首筋に顔を埋めた。

 そして、そのまま首元に吸い付く。

 こうして痕をつけるのが、最近の(れい)の日課の一つだった。

 

(れい)さん、また……」

「また悪い蚊に噛まれてしまいましたね」

 

 (れい)が顔を離し、ふ、と小さく笑う。

 外では決して見せない表情だった。

 高校卒業後も一緒に生活する事を約束してから、(れい)の表情は以前よりずっと柔らかくなった。

 

「お風呂を準備してきます。随分と汚してしまいました」

「うん。ありがとう」

 

 (れい)が上体を起こし、かかっていた毛布がずれる。

 同時に、瑞樹(みずき)の白い身体も空気に晒された。

 (れい)の視線が、吸い寄せられたように固定される。

 

「……」

「玲さん?」

 

 ベッドから出ようとしていた(れい)が、体勢を変えて瑞樹(みずき)に圧し掛かる。

 そして、妖艶(ようえん)な笑みを浮かべた。

 

「いつもより時間があるようです。もう少し、お身体を汚す事をお許しください」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 白雪学園(しらゆきがくえん)は、明治の半ばに建てられた国立高校の一つである。

 都内には白雪学園以外にもいくつかの共学があるが、白雪学園は特にクラス階級制と呼ばれる学内システムを最初に導入した学校として有名で、以降、多くの偉人を輩出してきた。

 このクラス階級制とは、各種社会スコアなどを考慮してクラスを振り分けるシステムであり、女子は主に生産性スコアで、男子は信用スコアを元に振り分けられる。

 そして、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が振り分けられたKクラスは、新入生で低スコアの生徒が集められた最下位クラスのはずだった。

 

「おはようございます!」

 

 瑞樹(みずき)が教室に入ると、女子が一斉に声をあげる。

 男子1人に対して、女子約30人。それが白雪学園内の本来の男女比で、Kクラスに至ってはクラス移動により男女比が1:45となっている。

 

「おはよう」

 

 瑞樹(みずき)はにこやかに声を返して、教室の中央の席に向かった。

 椅子に腰掛けながら、隣の席に声をかける。

 

寧々(ねね)ちゃん、昨日は大活躍だったね」

「え、えへへ! た、たまたまだよぉ」

 

 にへら、と笑うのは神成寧々(かみなり ねね)

 スポーツ枠で入学した彼女は中学時代にバレーで全国優勝を経験しており、178cmの高身長を誇る。

 いつもは高身長を隠すように縮こまっている事が多いが、体育祭で活躍したばかりなせいか、今日は朝から胸を張っていた。

 

「やあ、瑞樹(みずき)くん。少し相談していいかな?」

 

 そこに声をかけてきたのは北条乃愛(ほうじょう のあ)だった。

 始国十八家(しこくじゅうはっけ)と呼ばれる名家の一つ、北条(ほうじょう)家の長女であり、Kクラスの三割は彼女の派閥に占有されている状態にある。

 

「うん、どうしたの?」

「放課後に体育祭の打ち上げをしよう、という事になってね。瑞樹(みずき)くんは空いてるかな? もちろん、無理なら延期するけど」

 

 Kクラスは体育祭で、11クラス中2位という好成績を収めていた。これは一年生の最下位クラスでは歴代最高の記録という。

 この功績により、クラス内にはどこか浮ついた空気が漂っていた。

 

「えっと、うん……」

 

 瑞樹(みずき)は思わず、学級委員長である一色雫(いっしき しずく)に目を向けた。

 彼女もまた、始国十八家(しこくじゅうはっけ)たる一色(いっしき)家の長女であり、瑞樹(みずき)としてはバランスを取る必要があった。

 

瑞樹(みずき)様がご登校される前に、全員の了承を取ってあります」

 

 瑞樹(みずき)が問うより先に、(しずく)がにこりと笑う。

 すぐに乃愛(のあ)が続けた。

 

「今のところ、全員参加だ。場所はこの教室を使おうと思ってね、使用許可も既に得ている」

「そっか。うん、じゃあボクも参加するよ」

「ありがとう、皆喜ぶよ」

 

 乃愛(のあ)が心から嬉しそうな笑みを浮かべる。

 それからすぐに、花が萎れるように怪訝そうな顔を浮かべた。

 

「……その絆創膏はどうしたんだい?」

 

 反射的に首の絆創膏に手をやる。

 

「えっと、虫に刺されたみたいで」

「へえ……」

 

 乃愛(のあ)の視線が、教室を観察するように動いた。

 それからすぐ、瑞樹(みずき)に向かって笑う。

 

「害虫が増える時期だしね。私も目を光らせておくよ」

 

 その目は、笑っていなかった。

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