男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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2話

「あ、あの! 私たち買い出しに行ってきます!」

 

 放課後になると、一人の女子が真っ先に立ち上がった。

 下川杏(しもかわ あんず)

 教室の後方で固まってる地味なグループの一人だった。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)は薄い笑みを浮かべて、それを受け流した。

 

「体育祭の打ち上げだし、体育委員の早苗(さなえ)がやるべきじゃないかな?」

「ええ、私がやります」

 

 乃愛(のあ)の意向を汲んだ佐倉早苗(さくら さなえ)が立ち上がる。

 

「ああ、それと荷物持ちが必要だよね。美弥(みや)綾乃(あやの)。手伝ってあげて」

「はい」

 

 御倍美弥(ごばい みや)緒方綾乃(おがた あやの)の二人が立ち上がる。

 いずれも乃愛(のあ)の派閥に属する者たちだった。

 

「で、でしたら私たちも荷物持ちを」

 

 下川杏(しもかわ あんず)が食い下がる。

 乃愛(のあ)には、彼女たちの焦りが手に取るように分かった。

 体育祭で大した活躍が出来ず、今後の試験でも結果を残せる目途がないのだろう。

 クラスに貢献する事が難しい彼女たちは、雑用係でも良いから仕事を作ろうとしている。

 乃愛(のあ)は、それすら許す気はなかった。

 彼女たちには何の役割も与えず、このまま教室の背景として埋もれてもらう事にする。

 

「ありがとう。気を遣ってくれてるんだよね。でも役員の仕事だし、ゆっくりしてていいよ」

「……ッ」

 

 建前を使い分けるのは得意だった。

 副委員長、体育委員。文化委員。

 こうした時の為に、主要な役員は寄騎(よりき)が押さえている。

 

一色(いっしき)さんはどうする? 委員長だし、買い出しに行くなら任せるけど」

佐倉(さくら)さんに全て一任いたします」

 

 一色雫(いっしき しずく)はいつもの涼しい顔でそう言った。

 相変わらず、何を考えているのか読めない。

 乃愛(のあ)はじっと(しずく)の顔をじっと眺めてから、そう、と短く答えた。

 

「三人で大丈夫?」

 

 不意に、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が口を開いた。

 

「ボクも行っていいかな?」

「ああ、そうだね。君が選んだものなら、皆も喜ぶだろう」

 

 乃愛(のあ)は笑みを深くした。

 こういう時の為に、下川杏(しもかわ あんず)に何の役割も与えなかったのだ。

 

「では、出来るだけすぐ戻ります」

「ゆっくりでいいよ」

 

 瑞樹(みずき)早苗(さなえ)たちが教室から出ていく。

 それを見送ってから、乃愛(のあ)は静かになった教室を注意深く見渡した。

 体育祭の直前まで増長していた黒崎蓮(くろさき れん)がやけに静かだった。

 下川杏(しもかわ あんず)たちは小声で何か相談している。

 廊下側の席では、皆木鈴(みなき すず)が興味なさそうに頬杖をついていた。

 現状は、十分にコントロール出来ているといっていい。

 五月の遺伝子提供の補助も、瑞樹(みずき)からそれらしい約束を貰えた。

 後は出来るだけ寄騎(よりき)の女を気に入って貰えるよう、立ち回ればいい。

 唯一の不安材料は、寄騎(よりき)瑞樹(みずき)の相性だった。

 

(さて、彼女はどうしようか)

 

 如月(きさらぎ)ひよりに目を向ける。

 如月(きさらぎ)家は古くから北条(ほうじょう)に仕える家の一つだった。

 一族の殆どが党員の為、思想純度を高く保つ教育を受けており、普段から選民的なところがある。つまり、市民階級や社会スコアを重視しない藤堂瑞樹(とうどう みずき)と相容れない可能性が高かった。

 

(クラス選択権はもう使わせてしまったしね)

 

 問題を起こす前に出来るだけ瑞樹(みずき)から遠ざけておきたかったが、クラス選択権はもう使用済み。

 乃愛(のあ)が取れる選択肢は多くない。

 

(最悪、よその学校に飛ばそうかな)

 

 しかし、こうした強い手段を藤堂瑞樹(とうどう みずき)があまり好まない事も予想できた。

 結局、答えは出なかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「買い出しってどこに行くの?」

「歩いて五分ほどにスーパーがあるので、そちらの方へ」

 

 話しながら、正門を出る。

 白雪学園の周囲は、明治から大正に造られた煉瓦造りの建物が並んでいる。

 いつもの見慣れた通りを渡り、普段行く事のない住宅街に入っていく。

 

「ちょっと脇に入ると普通の住宅街なんだね」

「はい。大通りは観光客向けですが、奥に入ると学生向けの安い食堂もあります」

 

 瑞樹(みずき)の隣を歩く御倍美弥(ごばい みや)が解説する。

 

「と言っても、殿方に向かない小さなお店ばかりですが……」

「皆はよく来るの?」

「寮の者はよく利用しています」

「そっか、御倍(ごばい)さんは千葉出身だから寮住まいなんだね」

 

 美弥(みや)が意外そうに眉をあげた。

 

「……覚えていてくださったのですか」

「うん。佐倉(さくら)さんは伊豆で合ってるかな? 緒方(おがた)さんの出身地は聞いた覚えがないけど」

「ええ、合っています。千葉の実家が道場を営んでおりまして」

 

 不意に、前を歩いている佐倉早苗(さくら さなえ)が足を止めて振り返った。

 

「あの、少しお話してもよろしいでしょうか?」

「うん。何かな」

「……音無凪(おとなし なぎ)についてです」

 

 早苗(さなえ)が気まずそうに言う。

 瑞樹(みずき)は静かに次の言葉を待った。

 

「その……信じて頂けないかもしれませんが、乱暴を働く意図は本当になかったのです」

「それに、乃愛(のあ)の意思とは関係なしに私たちが勝手にやった事です」

 

 早苗(さなえ)の言葉を、美弥(みや)が引き継ぐように続ける。

 

「最初に提案したのは私です。ただ私は……道場で門下生を指導するように喝を入れてから二人三脚の練習をしようと……しかし、無視された事にひよりが激昂してしまい……」

「うん、事情は何となく分かってるよ。ただ少し……如月(きさらぎ)さんはやりすぎと思う」

 

 瑞樹(みずき)が異変を感じて更衣室の扉を開けた時、如月(きさらぎ)ひよりは音無凪の髪を掴んでいた。

 彼女の行動からは、無抵抗の相手を明確に痛めつけようという意思を感じる。

 

「ひよりに関しては既に乃愛(のあ)が厳重注意を……我々もこのような事がないように徹底いたします」

 

 美弥(みや)がそう言って、頭を深く下げる。

 元来、生真面目な性格をしているのだろう。腰を折り曲げたまま、ぴたりと動かない。

 

「もうしないなら大丈夫。ほら、行こう」

 

 萎縮してしまっている美弥(みや)の肩をぽんと叩き、空気を変えるように歩き出す。

 美弥(みや)が顔をあげて、慌てて後に続いた。

 横で見ていた緒方綾乃(おがた あやの)がクス、と笑う。

 

瑞樹(みずき)様、あまり気軽に女に触れてはいけませんよ」

 

 そう言って、顔を赤くしている美弥(みや)に目を向ける。

 

「このように勘違いされてしまいますから。特に美弥(みや)のような堅物は勘違いさせると厄介です」

「か、勘違いなどするものか! 瑞樹(みずき)様は乃愛(のあ)の……」

 

 抗議するように美弥(みや)が声を荒げる。

 彼女たちのやり取りからは、仲の良さがうかがえた。

 

「皆は中等部から一緒なの?」

「ええ。寮も同じでした。特にこちらの美弥(みや)は、乃愛(のあ)様と幼少期からの付き合いだそうです」

「物心ついた時からです。乃愛(のあ)の周りには大人しかいませんでしたから、歳が同じという事で仲良くさせて頂きました」

 

 そして真剣な目を瑞樹に向けた。

 

乃愛(のあ)はああ見えて、繊細なところがあります。瑞樹(みずき)様のような心優しい殿方が近くにいてくだされば安心です」

「うん……」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)の弱った姿は、一度見ている。

 普段の姿はただ演じているだけのものだということも知っている。

 そして、始国十八家という立場でありながら、既に瑞樹(みずき)の為にクラス選択権を行使してしまった。

 

「……」

 

 目の前の少女たちも同様だった。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)の派閥、15名はもう他のクラスに移動できない。

 だからといって、全員の責任を取る事は現実的ではないだろう、という事も分かっていた。

 彼女たちがそれを望んでいるかも分からない。

 

「あ、ここかな」

「はい。大体何でも揃っているかと」

 

 目的のスーパーに辿り着き、中に入る。

 

「皆は普段、自炊とかしてるの?」

「……恥ずかしながら全く」

「キッチンが小さいので、寮生は意外と外で食べてくる子が多いんです」

 

 ただ、歩み寄って知る努力はしようと思っていた。

 瑞樹(みずき)は出来るだけ三人に話しかけながら、買い出しを続けた。

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