男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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3話

 放課後の教室は、いつもより賑やかだった。

 中央に寄せ集められた机には、瑞樹(みずき)たちが買ってきたお菓子や飲み物が並べられている。

 全員が紙コップを手に持つと、一色雫(いっしき しずく)瑞樹(みずき)に向かって微笑んだ。

 

「では瑞樹(みずき)様、乾杯の音頭を」

「えっと、まずはお疲れ様でした。Kクラス、二位おめでとう!」

 

 瑞樹(みずき)が声を上げると、拍手と歓声が湧き起こる。

 それから、ソフトドリンクの入った紙コップを飲み干した。

 

「用がある人は途中で抜けて大丈夫だからね」

 

 全体に告げてから、一人一人に声をかけていく事にする。

 最初に声をかけたのは、すぐ近くに立っていた一色雫(いっしき しずく)だった。

 

一色(いっしき)さん、色々な競技に出てたけど疲れてない? 大丈夫?」

瑞樹(みずき)様の応援がありましたので、疲れなど吹き飛びました」

 

 (しずく)が恥ずかしそうに俯く。

 

「それに少々、鍛えてもいますので。今後もご用命があれば、遠慮なく申してください」

「学級委員長の仕事もたくさんしてるし、これ以上は頼めないよ」

 

 苦笑すると、黄金の瞳がじっと瑞樹(みずき)に向けられた。

 

瑞樹(みずき)様に頼りにされる事が、この(しずく)、何よりの楽しみでございます。是非、露払いとしてお使い頂ければ」

 

 (しずく)の手がペットボトルに延びる。

 

「お注ぎいたしますね」

「あ、ごめんね」

 

 とくとく、とソフトドリンクが注がれる中、(しずく)瑞樹(みずき)から目を離さなかった。

 

瑞樹(みずき)様は常に公正で太陽のような方です。誰も気に留めない道端の石にも優しくされる」

「……えっと?」

一色(いっしき)に相応しいその振る舞い、私も見習わなければなりません」

 

 ペットボトルを机に戻し、(しずく)は微笑んだ。

 

「ですが、たまには原初に立ち返り、私のお相手もして下さると嬉しいです」

「ご、ごめん。ほ、放置してるつもりはないんだけど」

「いえ、我儘を申しました。待つのも女の務めと心得ております。どうかお気になさらないよう」

 

 最後に微笑んで、(しずく)はその場から離れていった。

 後に残された瑞樹(みずき)(しずく)の後ろ姿を見送ってから、周囲を見渡した。

 丁度こちらを見ている神成寧々(かみなり ねね)と目が合う。

 寧々(ねね)たちはやや離れたところで、クラッカーを食べていた。

 

「それ美味しそうだね」

「うん、クリームチーズ乗せると美味しいよ!」

 

 声をかけると、寧々(ねね)が嬉しそうに紙皿を向けてくる。

 隣では皆木鈴(みなき すず)が落ち着かない様子で、瑞樹(みずき)を見上げていた。

 

「二人とも、大活躍だったね」

「えへへ」

「ま、まあね」

 

 寧々(ねね)が差し出した紙皿を受け取り、クラッカーを齧る。

 塩気がチーズとよく合っていた。

 

「ん、美味しいね」

「でしょ!」

藤堂(とうどう)、こっちのソースもうまいよ」

 

 (すず)が持ってきた甘そうなソースにディップしながら、同じ机にいた相原由良(あいはら ゆら)に声をかける。

 

相原(あいはら)さんはちょっと惜しかったね」

「んー、ギリギリで抜かされちゃった」

 

 由良(ゆら)が残念そうに言うが、それほど引きずっているわけではなさそうだった。

 それから、黙々とソフトドリンクを飲んでいる音無凪(おとなし なぎ)に目を向ける。

 

「……スタートの時、ごめんなさい」

「ううん。大丈夫だよ。ボクも体育祭までに体力、全然戻らなかったし」

 

 一緒に出た二人三脚は結局、最下位だった。

 それでも、完走は出来た。

 

「でも一回も転ばなかったし、練習した甲斐はあったかなって」

「……はい」

「来年もまた二人でやろうね」

 

 (なぎ)が目を瞬かせる。

 

「……来年も……ですか?」

「うん」

「……」

「あ、えっと、嫌だったらもちろん……」

「お願いします」

 

 ぺこ、と(なぎ)が頭を下げる。

 瑞樹(みずき)は微笑んで、じゃあねまたね、とその場を後にした。

 途端、北条乃愛(ほうじょう のあ)がおどけたように離れた所から声をかけてくる。

 

「そろそろ私の相手をしてくれるんだろうね?」

北条(ほうじょう)さん、リレーで最後のアンカーだったから後の方がいいと思って」

「咄嗟の言い訳としては中々だね」

 

 乃愛(のあ)は肩を竦めて笑った。

 

「暫定二位を取れたのは殆ど北条(ほうじょう)さんたちのおかげだと思う。ありがとう」

「出来れば、ここで一位を取れれば後が楽だったんだけどね」

「ううん、十分に凄いよ」

「この先が大変なんだ。学期末試験は体育祭みたいにエースが何度も出られるわけじゃないからね」

 

 乃愛(のあ)はそう言って、周囲の寄騎(よりき)たちを見渡した。

 

「体育祭は主力メンバーが何度も競技に出場できただろう? つまり、クラスの平均値ではなく主力メンバーの能力で順位が決まるようになってる」

「……うん」

「一学期の試験では、そうはいかない。純粋な平均値がクラスポイントに直結する」

 

 乃愛(のあ)双眸(そうぼう)が、探るように瑞樹(みずき)へ向けられた。

 

「ここから先、Kクラスは暫定二位という有利を失っていくだろう。本来、平均値で言えば最下位だからね」

「……」

 

 乃愛(のあ)の言っている事は、もっともだった。

 学期末試験では、間違いなく暫定順位を下げる事になるだろう。

 出来る対策も限られてくる。

 

「一位を目指すのは当然だが、あまり現実的じゃない。君自身の目標設定を聞いておきたいんだけど、どうかな?」

「目標ラインは五位だと思う」

 

 瑞樹(みずき)は即答した。

 乃愛(のあ)が頷く。

 

「つまり、生徒会への立候補が可能な順位だね?」

「うん」

 

 白雪学園の生徒会は二年生から立候補可能で、立候補条件の一つに上位クラスである事が定められている。

 1年生は11クラスある為、進級時に最低でも5位を維持しなければならない。

 

「ボクは社会スコアが低いから……出来るだけ巻き返しておきたいんだ」

「……では、クラスの誰かを送り込むわけではなくて、君が立候補すると?」

「うん、そのつもり」

 

 男子でも立候補可能な事は、事前に調べていた。

 前例は殆どないが、不可能ではない。

 

「君は……」

 

 乃愛(のあ)が安堵したように笑う。

 

「どうやら、本当に私が抱えているものを半分こしようとしているようだね」

「その場の方便で言ったわけじゃないよ」

 

 乃愛(のあ)が照れを隠すように、手元の紙コップに視線を落とす。

 

「そうか……うん……うん」

 

 いつもの堂々とした姿とは違い、蚊の鳴くような声だった。

 

「それと……その……五月の遺伝子提供は……」

北条(ほうじょう)さんにお願いしようと思ってるんだけど、遺伝子バンクの予約を一回確認してからまた連絡するね」

 

 乃愛(のあ)が顔をあげる。

 喧騒の中、乃愛(のあ)はしばらくそのまま濡れた瞳で瑞樹を見つめていた。

 

「……ああ、待ってる」

「出来るだけ早めにするから。じゃあ、ちょっと回ってくるね」

 

 乃愛(のあ)から離れ、周りの寄騎(よりき)にも声をかけていく。

 いずれも、体育祭で活躍した面々だった。

 それから、次のグループを探す。

 何人かがちらちらと視線を向けているのがわかった。

 その時、教室の隅でつまらなさそうにしている如月(きさらぎ)ひよりが視界にとまった。

 

「……食べないの?」

 

 声をかけながら、並ぶように横に立つ。

 ひよりは小さく首を振った。

 

「あまり食欲がないので」

「そっか」

 

 どうやら、誰かと話したい気分ではないようだった。

 邪険にされているのを感じ取りながらも、瑞樹(みずき)は彼女の隣から動かなかった。

 

「紙コップ、空になってるね。何か入れてこようか?」

「いえ、大丈夫です」

 

 沈黙が落ちた。

 騒がしい打ち上げの空気が、随分と遠くに感じられた。

 

「騎馬戦、格好良かったよ」

 

 それでようやく、ひよりが意外そうに顔を向けてくれた。

 

「誰よりも前に出てたのが観覧席からでもよく見えて、迫力あったから覚えてる」

「……ありがとうございます」

 

 そこからは、言葉が思いつかなかった。

 如月(きさらぎ)ひよりとの接点は少ない。

 その数少ない接点も、あまり良いものではない。

 二人の間に、長い沈黙が続く。

 

「あそこのクラッカー、クリームチーズ乗せると美味しかったよ」

「……」

「試してみない?」

「……では、少しなら」

 

 無表情を貫いていたひよりが、根負けしたように小さく息をつく。

 瑞樹(みずき)は微笑んで、クラッカーを取りに机に向かった。

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