男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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4話

「このチョコパイうまいっすよ!」

「えー、でもカロリー高そう~!」

 

 いつも通り騒ぐ青山遥(あおやま はるか)桃原奈緒(ももはら なお)を、緋村梨々花(ひむら りりか)は冷めた目で見ていた。

 体育祭の打ち上げは、自然と机ごとに普段のグループで固まっている。

 

「……」

 

 体育祭が終わってから、黒崎蓮(くろさき れん)が静かなのが気になった。

 白雪学園では珍しく、脱色した髪は人目を引く。

 出会った時、度胸のあるタイプだと思った。そして思った通り、行動力もあった。

 表立って言わなかったが、緋村梨々花(ひむら りりか)黒崎蓮(くろさき れん)のことを評価していた。

 

「……」

 

 遠くの北条乃愛(ほうじょう のあ)を、横目で観察する。

 (れん)に何かしたのなら彼女だろう、と当たりをつける。

 北条(ほうじょう)家は、関東軍の統帥権を預かる名家である。彼女の寄騎(よりき)も武家出身が多く、十八家の中でも武闘派と言っていい。

 いずれ軍の幹部となる彼女たちは、金や権力だけでなく力を有している。

 そして事実、クラスで足を引っ張りそうな音無凪(おとなし なぎ)を力で排斥しようとしていた。

 彼女たちの暴力行為を藤堂瑞樹(とうどう みずき)に密告した時は、内心勝ったと思った。

 なのに今は、不可思議な事に藤堂瑞樹(とうどう みずき)と楽しそうに談笑している。

 おそらく、如月(きさらぎ)ひよりを切り離す事で難を逃れたのだろう。

 結果的に、梨々花(りりか)たちは北条(ほうじょう)グループから目をつけられるだけとなってしまった。

 

梨々花(りりか)、これ食べるぅ?」

 

 桃原奈緒(ももはら なお)が、チョコパイの紙皿を差し出してくる。

 梨々花(りりか)は無言で一つ手に取り、奈緒(なお)をじっと見つめた。

 黒崎蓮(くろさき れん)よりも目立つピンクの髪。華やかな見た目でスタイルがよく、顔も整っている。

 彼女は表裏がなく友人としては良かったが、クラス内抗争においてあまり役立ちそうにない。

 

「一つでいいんすか? もしかしてダイエット中っすか?」

 

 揶揄うように笑うのは青山遥(あおやま はるか)

 よく日焼けした小麦色の肌は、(れん)奈緒(なお)とは違った方向で目立っていた。

 こちらも顔は整っているが、藤堂瑞樹(とうどう みずき)に合っているかは不明である。

 

「……はあ」

 

 思わず溜め息が出た。

 それから、下川杏(しもかわ あんず)のグループを見やる。

 クラスの冴えない女子が集まったような、寄せ集めのグループ。

 あれよりはマシか、と考えながらチョコパイを齧る。

 

「うまいっすよね、これ」

「まあ。(れん)は食べないの?」

「……食うか」

 

 黙っていた(れん)がもそもそと食べ始める。

 その横で奈緒(なお)が無邪気に口を開いた。

 

「で、これからどうするぅ?」

「お前ら、学期末試験の自信あるか?」

「んー、あんまりかもぉ」

「全然っすね」

「……だよな」

 

 (れん)が力なく項垂れる。

 反対に、奈緒(なお)は気にした風もなくチョコパイをもう一つ手に取って、当然のように言った。

 

「じゃあ普通に話しかければいいじゃん」

「……はあ?」

 

 (れん)の呆れた顔を無視して、奈緒(なお)が突然声をあげる。

 

瑞樹(みずき)くーん! こっちも早く来てよぉ!」

「おま……馬鹿ッ!」

 

 思わずギョっとする(れん)たちを残し、奈緒(なお)瑞樹(みずき)に向かって両手をぶんぶんと振っている。

 想定外の行動に、梨々花(りりか)はただ唖然とする事しか出来なかった。

 更に驚いたのは、瑞樹(みずき)が手を振ってこちらに歩いてきた事だった。

 

「ごめんね。待たせちゃったかな?」

 

 瑞樹(みずき)がにこやかに笑って、グループの机に近づいてくる。

 梨々花(りりか)は慌てて姿勢を正し、仲間たちを見回した。

 (れん)は呆然と固まったままで、奈緒(なお)は満足げに手を下ろしている。(はるか)は興味津々といった顔で瑞樹(みずき)を眺めていた。

 

「みんな、体育祭お疲れ様。黒崎(くろさき)さんと青山(あおやま)さん、200メートル走で活躍してたよね」

「へへ、覚えててくれたんすか? 水泳があったらもっと活躍できたんすけどね!」

 

 (はるか)が得意げに胸を張る。

 中学時代は水泳部のエースだったらしいが、白雪学園にプールは存在しない。

 

桃原(ももはら)さんと緋村(ひむら)さん、借り物競争で一番だったよね」

「見ててくれたんだ~! うちら、結構頑張ったよね~」

「……たまたま引きが良かったから」

 

 梨々花(りりか)は内心、個々が出場した競技を瑞樹(みずき)が把握している事に驚いた。

 特に梨々花(りりか)奈緒(なお)も、運動能力では戦力外で目立たない存在という自覚がある。

 表面上はいつも通りを装っていたが、見られていた事を意識すると心臓の鼓動が少し速くなった。

 瑞樹(みずき)の目は優しく、派閥の壁を感じさせない。

 見惚れている間に、奈緒(なお)が無邪気に口を開く。

 

瑞樹(みずき)くんってどんな女の人が好みなの~?」

「おい……」

 

 (れん)の緊張した声。

 しかし、瑞樹(みずき)は気にした風もなく、小さく首を傾げた。

 

「えっと、あんまり考えた事ないかも」

「じゃあじゃあ! この四人の中だと誰が一番好きぃ?」

「馬鹿、あんまり困らせるな」

 

 奈緒(なお)の肩を、(れん)が軽く小突く。

 

「悪ィ、こいつ馬鹿なんだ。よく言い聞かせておくから」

「誰が一番かっていうのは難しいけど、みんな可愛いと思うよ」

 

 にこり、と瑞樹(みずき)が言う。

 奈緒(なお)が黄色い声をあげ、梨々花(りりか)は思わず動きを止めた。

 

「おいおい、こいつら本気にするから勘弁してくれ」

 

 (れん)が呆れたように笑う。

 梨々花(りりか)は顔が赤くなるのを感じ、静かに俯いた。

 

「遺伝子提供、うちらいつでも手伝うから言ってね」

 

 奈緒(なお)の大声に、クラス中の視線が向けられるのがわかった。

 特に北条乃愛(ほうじょう のあ)の視線が、こちらを刺すように感じる。

 

「じゃあ、また後でね」

 

 瑞樹(みずき)が手を振って去っていく。

 グループに残された沈黙を、(はるか)が熱に浮かされたように破った。

 

「……聞いたっすか? 瑞樹(みずき)様、私のこと好きなのかも」

「んなわけねえだろ。寝言は寝て言え」

 

 (れん)たちのやり取りを聞き流しながら梨々花(りりか)はチョコパイの残りを口に放り込み、遠くの北条(ほうじょう)グループを睨んだ。

 まだ、やれる事は残っている。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 打ち上げが終わり、クラスメイトたちが次々と帰っていく。

 緋村梨々花(ひむら りりか)は帰りの準備を進めている振りをして、その時を待った。

 教室の中央で神成寧々(かみなり ねね)と話していた藤堂瑞樹(とうどう みずき)が帰り支度を始めるのを確認してから、廊下に出る。

 校舎内は人影がなく静かだった。

 薄暗くなってきた廊下で立ち止まり、瑞樹(みずき)を待つ。

 すぐに瑞樹(みずき)が廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。隣には神成寧々(かみなり ねね)の姿。

 

緋村(ひむら)さん?」

 

 瑞樹(みずき)が不思議そうに言う。

 梨々花(りりか)は鞄から綺麗にラッピングした小箱を取り出して、瑞樹(みずき)に差し出した。 

 

「……この前、カレー作ってもらったでしょ。そのお礼」

 

 目を合わせられなかった。

 差し出した手が震えない事を祈る。

 

「その……お菓子作ってきたから」

「いま食べてもいい?」

「……うん」

 

 小箱を受け取った瑞樹(みずき)が、するするとラッピングを解く。

 中から、色とりどりのクッキーが現れた。

 

「わ、綺麗な見た目だね」

「……そう?」

 

 何度も渡し損ねて、何度も作り直したものだった。 

 自信はある。

 

「あ、美味しい」

「ほ、ほんと?」

 

 瑞樹(みずき)の何気ない一言で、胸が弾んだ。

 らしくないと思いながら、前のめりに反応をうかがう。

 

「うん、市販のクッキーより美味しいよ」

「私の実家、洋菓子屋なんだ。味には結構自信あって」

「そっか、そういえばいつもスマホで研究してるもんね」

 

 心臓が跳ねた。

 見られていた事に対する恥ずかしさと、見てくれている事に対する嬉しさの両方が胸の奥から湧き起こる。

 中学時代はよく、スマホで色々なレシピを見ている事を遊んでいると勘違いされて注意されたものだった。

 自分の努力を瑞樹(みずき)に正しく理解されていることが、今は堪らなく嬉しかった。

 

「……まだ小さいお店なんだけど、大きくするのが夢だから」

「そっか。じゃあ楽しみにしてるね」

 

 瑞樹(みずき)が微笑む。

 反対に、隣の神成寧々(かみなり ねね)は無表情でずっと黙っていた。

 

「じゃ、また明日ね」

 

 別れ際、ふと思い出したように言う。

 

「その、また作ってきてもいい?」

「うん」

 

 無表情を貫いていた神成寧々(かみなり ねね)の顔が、明確に歪む。

 梨々花(りりか)は薄い笑みを浮かべた。

 最初に補助を行った神成寧々(かみなり ねね)から脅威として見られている。

 つまり、自分の行動が間違っていない証左でもあった。

 なら、私はまだやれる。

 黒崎蓮(くろさき れん)が勝手に沈もうが、もう関係ない。

 やれるところまでやってやる、と神成寧々(かみなり ねね)を睨み返した。

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