「このチョコパイうまいっすよ!」
「えー、でもカロリー高そう~!」
いつも通り騒ぐ青山遥と桃原奈緒を、緋村梨々花は冷めた目で見ていた。
体育祭の打ち上げは、自然と机ごとに普段のグループで固まっている。
「……」
体育祭が終わってから、黒崎蓮が静かなのが気になった。
白雪学園では珍しく、脱色した髪は人目を引く。
出会った時、度胸のあるタイプだと思った。そして思った通り、行動力もあった。
表立って言わなかったが、緋村梨々花は黒崎蓮のことを評価していた。
「……」
遠くの北条乃愛を、横目で観察する。
蓮に何かしたのなら彼女だろう、と当たりをつける。
北条家は、関東軍の統帥権を預かる名家である。彼女の寄騎も武家出身が多く、十八家の中でも武闘派と言っていい。
いずれ軍の幹部となる彼女たちは、金や権力だけでなく力を有している。
そして事実、クラスで足を引っ張りそうな音無凪を力で排斥しようとしていた。
彼女たちの暴力行為を藤堂瑞樹に密告した時は、内心勝ったと思った。
なのに今は、不可思議な事に藤堂瑞樹と楽しそうに談笑している。
おそらく、如月ひよりを切り離す事で難を逃れたのだろう。
結果的に、梨々花たちは北条グループから目をつけられるだけとなってしまった。
「梨々花、これ食べるぅ?」
桃原奈緒が、チョコパイの紙皿を差し出してくる。
梨々花は無言で一つ手に取り、奈緒をじっと見つめた。
黒崎蓮よりも目立つピンクの髪。華やかな見た目でスタイルがよく、顔も整っている。
彼女は表裏がなく友人としては良かったが、クラス内抗争においてあまり役立ちそうにない。
「一つでいいんすか? もしかしてダイエット中っすか?」
揶揄うように笑うのは青山遥。
よく日焼けした小麦色の肌は、蓮や奈緒とは違った方向で目立っていた。
こちらも顔は整っているが、藤堂瑞樹に合っているかは不明である。
「……はあ」
思わず溜め息が出た。
それから、下川杏のグループを見やる。
クラスの冴えない女子が集まったような、寄せ集めのグループ。
あれよりはマシか、と考えながらチョコパイを齧る。
「うまいっすよね、これ」
「まあ。蓮は食べないの?」
「……食うか」
黙っていた蓮がもそもそと食べ始める。
その横で奈緒が無邪気に口を開いた。
「で、これからどうするぅ?」
「お前ら、学期末試験の自信あるか?」
「んー、あんまりかもぉ」
「全然っすね」
「……だよな」
蓮が力なく項垂れる。
反対に、奈緒は気にした風もなくチョコパイをもう一つ手に取って、当然のように言った。
「じゃあ普通に話しかければいいじゃん」
「……はあ?」
蓮の呆れた顔を無視して、奈緒が突然声をあげる。
「瑞樹くーん! こっちも早く来てよぉ!」
「おま……馬鹿ッ!」
思わずギョっとする蓮たちを残し、奈緒は瑞樹に向かって両手をぶんぶんと振っている。
想定外の行動に、梨々花はただ唖然とする事しか出来なかった。
更に驚いたのは、瑞樹が手を振ってこちらに歩いてきた事だった。
「ごめんね。待たせちゃったかな?」
瑞樹がにこやかに笑って、グループの机に近づいてくる。
梨々花は慌てて姿勢を正し、仲間たちを見回した。
蓮は呆然と固まったままで、奈緒は満足げに手を下ろしている。遥は興味津々といった顔で瑞樹を眺めていた。
「みんな、体育祭お疲れ様。黒崎さんと青山さん、200メートル走で活躍してたよね」
「へへ、覚えててくれたんすか? 水泳があったらもっと活躍できたんすけどね!」
遥が得意げに胸を張る。
中学時代は水泳部のエースだったらしいが、白雪学園にプールは存在しない。
「桃原さんと緋村さん、借り物競争で一番だったよね」
「見ててくれたんだ~! うちら、結構頑張ったよね~」
「……たまたま引きが良かったから」
梨々花は内心、個々が出場した競技を瑞樹が把握している事に驚いた。
特に梨々花も奈緒も、運動能力では戦力外で目立たない存在という自覚がある。
表面上はいつも通りを装っていたが、見られていた事を意識すると心臓の鼓動が少し速くなった。
瑞樹の目は優しく、派閥の壁を感じさせない。
見惚れている間に、奈緒が無邪気に口を開く。
「瑞樹くんってどんな女の人が好みなの~?」
「おい……」
蓮の緊張した声。
しかし、瑞樹は気にした風もなく、小さく首を傾げた。
「えっと、あんまり考えた事ないかも」
「じゃあじゃあ! この四人の中だと誰が一番好きぃ?」
「馬鹿、あんまり困らせるな」
奈緒の肩を、蓮が軽く小突く。
「悪ィ、こいつ馬鹿なんだ。よく言い聞かせておくから」
「誰が一番かっていうのは難しいけど、みんな可愛いと思うよ」
にこり、と瑞樹が言う。
奈緒が黄色い声をあげ、梨々花は思わず動きを止めた。
「おいおい、こいつら本気にするから勘弁してくれ」
蓮が呆れたように笑う。
梨々花は顔が赤くなるのを感じ、静かに俯いた。
「遺伝子提供、うちらいつでも手伝うから言ってね」
奈緒の大声に、クラス中の視線が向けられるのがわかった。
特に北条乃愛の視線が、こちらを刺すように感じる。
「じゃあ、また後でね」
瑞樹が手を振って去っていく。
グループに残された沈黙を、遥が熱に浮かされたように破った。
「……聞いたっすか? 瑞樹様、私のこと好きなのかも」
「んなわけねえだろ。寝言は寝て言え」
蓮たちのやり取りを聞き流しながら梨々花はチョコパイの残りを口に放り込み、遠くの北条グループを睨んだ。
まだ、やれる事は残っている。
◇◆◇
打ち上げが終わり、クラスメイトたちが次々と帰っていく。
緋村梨々花は帰りの準備を進めている振りをして、その時を待った。
教室の中央で神成寧々と話していた藤堂瑞樹が帰り支度を始めるのを確認してから、廊下に出る。
校舎内は人影がなく静かだった。
薄暗くなってきた廊下で立ち止まり、瑞樹を待つ。
すぐに瑞樹が廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。隣には神成寧々の姿。
「緋村さん?」
瑞樹が不思議そうに言う。
梨々花は鞄から綺麗にラッピングした小箱を取り出して、瑞樹に差し出した。
「……この前、カレー作ってもらったでしょ。そのお礼」
目を合わせられなかった。
差し出した手が震えない事を祈る。
「その……お菓子作ってきたから」
「いま食べてもいい?」
「……うん」
小箱を受け取った瑞樹が、するするとラッピングを解く。
中から、色とりどりのクッキーが現れた。
「わ、綺麗な見た目だね」
「……そう?」
何度も渡し損ねて、何度も作り直したものだった。
自信はある。
「あ、美味しい」
「ほ、ほんと?」
瑞樹の何気ない一言で、胸が弾んだ。
らしくないと思いながら、前のめりに反応をうかがう。
「うん、市販のクッキーより美味しいよ」
「私の実家、洋菓子屋なんだ。味には結構自信あって」
「そっか、そういえばいつもスマホで研究してるもんね」
心臓が跳ねた。
見られていた事に対する恥ずかしさと、見てくれている事に対する嬉しさの両方が胸の奥から湧き起こる。
中学時代はよく、スマホで色々なレシピを見ている事を遊んでいると勘違いされて注意されたものだった。
自分の努力を瑞樹に正しく理解されていることが、今は堪らなく嬉しかった。
「……まだ小さいお店なんだけど、大きくするのが夢だから」
「そっか。じゃあ楽しみにしてるね」
瑞樹が微笑む。
反対に、隣の神成寧々は無表情でずっと黙っていた。
「じゃ、また明日ね」
別れ際、ふと思い出したように言う。
「その、また作ってきてもいい?」
「うん」
無表情を貫いていた神成寧々の顔が、明確に歪む。
梨々花は薄い笑みを浮かべた。
最初に補助を行った神成寧々から脅威として見られている。
つまり、自分の行動が間違っていない証左でもあった。
なら、私はまだやれる。
黒崎蓮が勝手に沈もうが、もう関係ない。
やれるところまでやってやる、と神成寧々を睨み返した。