「江戸時代って羨ましいよね」
放課後の図書室で、
対面で本を読んでいた
「急にどうしたの?」
「排卵期の時だけ、幕府が男性を貸し出してくれたんでしょ。納税さえちゃんとしてれば、誰だって男の人とエッチできたんだし」
「ちょっと……やめてよ。反動主義みたいな事言うの」
「でもさぁ……」
「男性を独占する幕府を倒したからって結局、今度は別の人が独占してるだけじゃん」
「でも、男の人はモノみたいに扱われてたんだよ。今の方がよっぽど健全よ」
「良い子ぶっちゃって」
「事実よ。幕府が男性を貸し出してたのは、人口生産のためなんだから。当時、人工授精技術があったら貸し出しなんて絶対しなかったでしょうし」
「それはそうだけど」
「
「でも
「……」
危険な話題と感じたのか、
「はあ……動物はいいよね。いくらでも選び放題だもん」
「社会性生物の定めね。人間は分類上、蟻や蜂と同じグループなんだし」
「フィアーの小説読んだ? もしも男女比が同じだったらって」
「ちょっとリアリティがなくて合わなかったかな。男性五人から同時に迫られるなんて、ありえなさすぎて冷めちゃった」
「えー?」
「私はやっぱり、本当にありそうなシチュが良いんだよね。小学校で仲良かった男の子と大人になってから再会するとか」
「大人の男性なんて囲われてるでしょ。どこがリアルなの」
「うるさいなぁ。絶対にありえないわけじゃない、っていうのがロマンチックでいいの」
そこで、話題が途切れた。
互いに無言で小説を読む。
この時間が白雪学園に入学してからの、ささやかな楽しみだった。
向いていると思ったから、勉強を苦痛に思う事もなかった。
中学では、不出来なクラスメイトを見下しているところすらあった。
少なくとも、白雪学園に入学するまではそうだった。
白雪学園に入学してから、Kクラス判定を受けて
学力も、容姿も、家格も、全てにおいて
華やかなクラスメイトたちを見て、矮小な凡人なのだと思い知らされる毎日。
この放課後の図書室は、
「私さ、入学前はもっと上手くやれる自信があったんだ」
お下げにした黒髪をいじりながら、
「学級委員長に立候補して、党の特別プログラムも私が指揮して」
「うん」
「男の子にも気に入られて、デートなんかしちゃって」
「……うん」
「こんなはずじゃなかったのになぁ」
「……」
目の前の
公立中学において秀才扱いだった者が、ここでは落ちこぼれとして扱われる。
その落差は、
「……私はちょっと違うかな」
「私のところは、ひどい田舎で学校自体に男子がいなかったから。だから、同じ教室に男子がいるだけでも良いかなって」
「……」
「
沈黙が落ちた。
不貞腐れたように、机に顔を伏せる。
その時、背後から足音が聞こえた。
「二人とも、何読んでるの?」
女子より少し低く、落ち着いた声。
心臓が跳ねた。
慌てて顔を起こし、振り返る。
「み、
「隣いいかな?」
「ど、どうぞ!」
唖然としている中、
「恋愛小説を読んでみようかなって思ってて。二人のお薦めってある?」
「れ、恋愛小説ですか」
ごく自然に、友人に問いかけるように話す
「あ、あの……女の妄想のようなものばかりで男性には不快かもしれませんが」
「それは大丈夫。どんなのが人気なのかなって思って」
「で、では……これが今年よく売れてるものになりますけど……」
丁度読んでいた本を差し出す。
「いま読んでるところだったんじゃないの?」
「いえ、二周目だったんです。どうぞどうぞ」
「こ、これも人気の小説です! 今度、映画化もされるらしくて!」
二人が差し出した本を受け取った
「ありがとう。すぐ返すね」
「い、いえ。ご、ごゆっくり!」
そのまま隣の椅子で小説を読み始めた
向かいの
◇◆◇
前世の色褪せた記憶も大半が病院での生活で、役立ちそうにない。
いくつかを流し読みするうち、すぐに大雑把な傾向が見えた。
男は気に入った複数人の女と過ごし、飽きたら疎遠になるというパターンが一般的なようだった。
そして、告白、付き合う、別れる、という概念は極めて希薄となっている。特に交際というのは女性同士の恋愛における概念として扱われていた。
よって、多くの小説ではお手付きを受け、コロニーと呼ばれる男子を中心としたコミュニティに入るところを導入にして、そこからいかに寵愛を受けるかに物語の主軸が置かれている。
「……」
他人の恋愛話を直に聞く機会は、非常に少ない。
女子が他の男子の話をする事もありえない上、そもそも女子だって大半は恋愛などできない状況であるため、こうしたフィクションを通してでしか世の中の恋愛観というものを覗く方法がない。
男女の関係における一般論すらもひどく曖昧なのは、
「……補佐官が主人公の小説って多いんだね」
「主人公が大人の場合、一番手っ取り早い設定ですからね」
「補佐官になるために白雪に入った人も多いと思います」
「共学の卒業が条件なんだっけ」
「ですです。男性と日常的に接してきた経験が必要とされているので」
「後は幼馴染っていうのも多いんだね」
「一番熱いですよ! 断然有利ですからね! 他に真似できない絆が尊いです!」
楽しそうに語る
不意に、
彼女の視線を追うと、いつの間にか背後に
「
「あ、うん」
時計を見て立ち上がる。
「あ、返却は私たちがやっておきますよ」
「ありがとう、ごめんね」
「すまないね。
「……ええ」
そのまま乃愛が杏に本を手渡し、踵を返す。
「それじゃあね」
「あ、うん」
「彼女たちと何を話してたんだい?」
「売れてる小説を教えてもらってたんだ」
「へえ。私の
歩いているうちに、
「それに、あまり感心しないね。今日は私のことだけ見てほしいものだ」
そして、嬉しそうに言った。
「なにしろ、これから初めての遺伝子提供なのだから」