男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

38 / 73
7話

「江戸時代って羨ましいよね」

 

 放課後の図書室で、下川杏(しもかわ あんず)はぽつりと零した。

 対面で本を読んでいた安田芽衣(やすだ めい)が怪訝そうな顔をする。

 

「急にどうしたの?」

「排卵期の時だけ、幕府が男性を貸し出してくれたんでしょ。納税さえちゃんとしてれば、誰だって男の人とエッチできたんだし」

「ちょっと……やめてよ。反動主義みたいな事言うの」

「でもさぁ……」

 

 (あんず)は机に体重を預けながら、だらだらと不満を続けた。

 

「男性を独占する幕府を倒したからって結局、今度は別の人が独占してるだけじゃん」

「でも、男の人はモノみたいに扱われてたんだよ。今の方がよっぽど健全よ」

「良い子ぶっちゃって」

「事実よ。幕府が男性を貸し出してたのは、人口生産のためなんだから。当時、人工授精技術があったら貸し出しなんて絶対しなかったでしょうし」

「それはそうだけど」

 

 芽衣(めい)の正論に、杏は口を尖らせた。

 

瑞樹(みずき)様だって、神成(かみなり)さんを選んでくれてるじゃない。音無(おとなし)さんにも優しくしてたし。私たちだって可能性はあるよ」

「でも北条(ほうじょう)が睨みを利かせ始めてるじゃん」

「……」

 

 危険な話題と感じたのか、芽衣(めい)が黙り込む。

 (あんず)は息をついて、話題を変える事にした。

 

「はあ……動物はいいよね。いくらでも選び放題だもん」

「社会性生物の定めね。人間は分類上、蟻や蜂と同じグループなんだし」

「フィアーの小説読んだ? もしも男女比が同じだったらって」

「ちょっとリアリティがなくて合わなかったかな。男性五人から同時に迫られるなんて、ありえなさすぎて冷めちゃった」

「えー?」

「私はやっぱり、本当にありそうなシチュが良いんだよね。小学校で仲良かった男の子と大人になってから再会するとか」

「大人の男性なんて囲われてるでしょ。どこがリアルなの」

「うるさいなぁ。絶対にありえないわけじゃない、っていうのがロマンチックでいいの」

 

 そこで、話題が途切れた。

 互いに無言で小説を読む。

 この時間が白雪学園に入学してからの、ささやかな楽しみだった。

 下川杏(しもかわ あんず)は、小さい頃から頭が良いと言われて育ってきた。

 (あんず)自身、その自覚もあった。

 向いていると思ったから、勉強を苦痛に思う事もなかった。

 中学では、不出来なクラスメイトを見下しているところすらあった。

 少なくとも、白雪学園に入学するまではそうだった。

 白雪学園に入学してから、Kクラス判定を受けて(あんず)は落ちこぼれ側になった。

 学力も、容姿も、家格も、全てにおいて(あんず)に誇れるものはなかった。

 華やかなクラスメイトたちを見て、矮小な凡人なのだと思い知らされる毎日。

 この放課後の図書室は、(あんず)にとって唯一の逃避先でもあった。

 

「私さ、入学前はもっと上手くやれる自信があったんだ」

 

 お下げにした黒髪をいじりながら、(あんず)は本音を零した。

 

「学級委員長に立候補して、党の特別プログラムも私が指揮して」

「うん」

「男の子にも気に入られて、デートなんかしちゃって」

「……うん」

「こんなはずじゃなかったのになぁ」

「……」

 

 目の前の芽衣(めい)もきっと同じなのだろう、と思う。

 公立中学において秀才扱いだった者が、ここでは落ちこぼれとして扱われる。

 その落差は、(あんず)を打ちのめすのに十分だった。

 

「……私はちょっと違うかな」

 

 芽衣(めい)の言葉に、(あんず)は意外そうに顔をあげた。

 

「私のところは、ひどい田舎で学校自体に男子がいなかったから。だから、同じ教室に男子がいるだけでも良いかなって」

「……」

(あんず)はさっき幕府の時代が良かったって言ったけどさ、こんな近くで見られる事もなかったわけだし。だから、私は割と現状に満足してるんだ」

 

 沈黙が落ちた。

 (あんず)は、芽衣(めい)のように前向きには考えられなかった。

 不貞腐れたように、机に顔を伏せる。

 その時、背後から足音が聞こえた。

 

「二人とも、何読んでるの?」

 

 女子より少し低く、落ち着いた声。

 心臓が跳ねた。

 慌てて顔を起こし、振り返る。

 

「み、瑞樹(みずき)様?」

「隣いいかな?」

「ど、どうぞ!」

 

 唖然としている中、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が隣に腰掛ける。

 

「恋愛小説を読んでみようかなって思ってて。二人のお薦めってある?」

「れ、恋愛小説ですか」

 

 ごく自然に、友人に問いかけるように話す瑞樹(みずき)に、(あんず)は思わず芽衣(めい)と顔を合わせた。

 

「あ、あの……女の妄想のようなものばかりで男性には不快かもしれませんが」

「それは大丈夫。どんなのが人気なのかなって思って」

「で、では……これが今年よく売れてるものになりますけど……」

 

 丁度読んでいた本を差し出す。

 

「いま読んでるところだったんじゃないの?」

「いえ、二周目だったんです。どうぞどうぞ」

「こ、これも人気の小説です! 今度、映画化もされるらしくて!」

 

 二人が差し出した本を受け取った瑞樹(みずき)が、静かに微笑む。

 

「ありがとう。すぐ返すね」

「い、いえ。ご、ごゆっくり!」

 

 そのまま隣の椅子で小説を読み始めた瑞樹(みずき)を、(あんず)はぼんやりと見つめた。

 向かいの芽衣(めい)が立ち上がり、新作小説を置いている本棚に走っていく。

 (あんず)も慌てて立ち上がると、次の話の種を作る為にその後を追った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は中学校に殆ど通っていない。

 御門玲(みかど れい)以外との交友関係は小学生で止まっていて、一般的な恋愛観というものに疎い自覚があった。

 前世の色褪せた記憶も大半が病院での生活で、役立ちそうにない。

 下川杏(しもかわ あんず)安田芽衣(やすだ めい)が次々に持ってくるベストセラー小説をぱらぱらと見ながら、女性視点での考えを掴んでいく。

 いくつかを流し読みするうち、すぐに大雑把な傾向が見えた。

 男は気に入った複数人の女と過ごし、飽きたら疎遠になるというパターンが一般的なようだった。

 そして、告白、付き合う、別れる、という概念は極めて希薄となっている。特に交際というのは女性同士の恋愛における概念として扱われていた。

 よって、多くの小説ではお手付きを受け、コロニーと呼ばれる男子を中心としたコミュニティに入るところを導入にして、そこからいかに寵愛を受けるかに物語の主軸が置かれている。

 

「……」

 

 他人の恋愛話を直に聞く機会は、非常に少ない。

 瑞樹(みずき)自身、同学年に他の男子は一人もいなかった。

 女子が他の男子の話をする事もありえない上、そもそも女子だって大半は恋愛などできない状況であるため、こうしたフィクションを通してでしか世の中の恋愛観というものを覗く方法がない。

 男女の関係における一般論すらもひどく曖昧なのは、瑞樹(みずき)にとって悩ましい問題の一つだった。

 

「……補佐官が主人公の小説って多いんだね」

「主人公が大人の場合、一番手っ取り早い設定ですからね」

 

 瑞樹(みずき)の疑問に、(あんず)が答える。

 

「補佐官になるために白雪に入った人も多いと思います」

 

 御門玲(みかど れい)も白雪学園が母校だったことを思い出す。

 

「共学の卒業が条件なんだっけ」

「ですです。男性と日常的に接してきた経験が必要とされているので」

「後は幼馴染っていうのも多いんだね」

「一番熱いですよ! 断然有利ですからね! 他に真似できない絆が尊いです!」

 

 楽しそうに語る(あんず)を、瑞樹(みずき)は微笑ましそうに見つめた。

 不意に、(あんず)の顔が陰る。

 彼女の視線を追うと、いつの間にか背後に北条乃愛(ほうじょう のあ)が立っていた。

 

瑞樹(みずき)くん、そろそろ時間だ」

「あ、うん」

 

 時計を見て立ち上がる。

 

「あ、返却は私たちがやっておきますよ」

「ありがとう、ごめんね」

 

 (あんず)たちに本を手渡そうとした時、乃愛(のあ)がそっと本を取った。

 

「すまないね。瑞樹(みずき)くんは私と予定があるんだ。借りるよ」

「……ええ」

 

 そのまま乃愛が杏に本を手渡し、踵を返す。

 

「それじゃあね」

「あ、うん」

 

 (あんず)たちに手を振ってから、乃愛(のあ)の後を追って図書室を出る。

 

「彼女たちと何を話してたんだい?」

「売れてる小説を教えてもらってたんだ」

「へえ。私の寄騎(よりき)にも本が好きな子が何人かいるよ。今度紹介しよう」

 

 歩いているうちに、乃愛(のあ)の手が瑞樹(みずき)の手を包み込んだ。

 

「それに、あまり感心しないね。今日は私のことだけ見てほしいものだ」

 

 そして、嬉しそうに言った。

 

「なにしろ、これから初めての遺伝子提供なのだから」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。