男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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8話

 月に一回の遺伝子提供は、男子に課せられた義務である。

 大半が人工授精で生まれる現代において、人口維持の為に欠かすことの出来ない制度となっている。

 そしてこれを補助するのもまた、女子の義務であった。

 

藤堂(とうどう)様は今日が二回目ですね。説明は不要でしょうか? 終わったら呼び出しボタンを押してくださいね」

 

 遺伝子バンクのロビーには、相変わらず人がいなかった。

 どうやら、他人と遭遇しないように調整されているようだった。

 受付を済ませると、すぐに個室に案内される。

 前回と変わらず、ビジネスホテルのような部屋だった。

 

「……意外と普通の部屋なんだね」

 

 二人きりになった緊張を誤魔化すように、北条乃愛(ほうじょう のあ)が部屋の中を見て回る。

 そして、テーブルに様々な道具が並んでいるのを見つけると、気まずそうに視線を逸らした。

 

「シャワー室もついてるよ。どうする?」

 

 瑞樹(みずき)は先にベッドに腰掛けると、奥の扉を指さした。

 乃愛(のあ)がそわそわとした様子で、首を横に振る。

 

「寮で浴びてきたから大丈夫だ」

「そう? じゃあ先に入ってくるね」

「いや……そのままでいい」

 

 立ち上がろうとした瑞樹(みずき)を制止するように、乃愛(のあ)が隣に腰を下ろす。

 

「その……そのまま隣にいて欲しい」

 

 肩を寄せる乃愛(のあ)を見て、瑞樹(みずき)は優しく微笑んだ。

 

「そっか。じゃあ何かお話しようか」

「ここは……時間は決まっているのかい?」

「多分、制限はないんじゃないかな。予約する時も終了時刻とかはなかったし」

「そうか……じゃあ、ゆっくり出来るね」

 

 ベッドについていた右手に、乃愛(のあ)の左手が重なる。

 互いに言葉を探すような、無言の時間が流れた。

 

「……前みたいに、頭を撫でて欲しい」

 

 最初に口火を切ったのは、乃愛(のあ)だった。

 ゆっくりと体重を預ける乃愛(のあ)を受け止め、髪を梳くように撫でる。

 

「うん、こうかな?」

「ああ……」

 

 乃愛(のあ)は目を閉じると、全身から力を抜いて更にくったりと寄りかかった。

 

「このまま横になる?」

 

 徐々にしなだれかかってくる乃愛(のあ)を受け止めると、自然と膝枕のような形になった。

 そのまま、ゆっくりと髪を撫で続ける。

 いつもは大人びている乃愛(のあ)が、今は小さい子供のように見えた。

 

「最初は同類と思ったんだ」

 

 ぽつりと、乃愛(のあ)が零した。

 

「Aクラスだった私は、どこでもいけた。でも気になったのは君だけだった」

「……」

美弥(みや)にKクラスの偵察を頼んだ時、反対されたんだ。由香里(ゆかり)にも気が早すぎると諭された」

 

 そこで乃愛(のあ)は甘えるように、瑞樹(みずき)の腹部に顔を埋めた。

 

「今は、直感を信じて良かったと心から思うよ」

「……東雲(しののめ)さんとは、どうなったの?」

「少し話をした。けど、元通りになるのは無理だろう。彼女の好意は一種の思い込みで、こうなるのは時間の問題だった」

「……そっか」

 

 腹部に顔を埋めていた乃愛(のあ)が、瑞樹(みずき)を見上げるように転がる。

 

「ところで、瑞樹(みずき)くんは無理していないかい?」

「無理って?」

「女が苦手だったと聞いている。どこまでが大丈夫なのか、正直に言うと判断に困ってるところでね」

「ああ、うん。今は平気なんだ。本当に気にしなくていいよ」

 

 乃愛(のあ)の目が、探るように瑞樹(みずき)を見つめる。

 

「……嘘ではないようだね」

「中学に入りたての時に、クラスで酷いイジメがあって。ボクが原因みたいなもので、当時、どうしていいか分からなくて……それで、行けなくなっちゃったんだ」

「……」

「でも、今は本当に大丈夫」

「そうか……」

 

 乃愛(のあ)は安堵したように笑うと、再び腹部に顔を埋めた。

 

「……北条(ほうじょう)さんがクラス移動してきた時、実はホッとしたんだ」

「それは……よくわからないな」

「ボク、社会スコアが殆どないから。二年生になったら、皆クラス選択権使ってどこかに行くんだろうなってずっと思ってて」

「……」

一色(いっしき)さんもいたけど、どこか一歩引いてる感じもあったから。だから正直、北条(ほうじょう)さんに明確に好意を向けられたのは嬉しかったんだ」

「……なるほどね。不安なのは女だけではないという事か」

 

 乃愛(のあ)の腕が、身体に巻き付く。

 

「もう少し、このままでもいいかい」

「うん」

 

 室内に、空調の音だけが響く。

 膝の上で子供のように甘える乃愛(のあ)を、瑞樹(みずき)は静かに撫で続けた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 遺伝子バンクを出ると、外はすっかり暗くなっていた。

 車に乗り込むと、すぐに御門玲(みかど れい)が行先を確認する。

 

「このままご帰宅されますか?」

 

 瑞樹(みずき)はすぐ隣の乃愛(のあ)に目を向けた。

 乃愛(のあ)は甘えるようにしなだれかかり、瑞樹(みずき)の腕をすりすりと撫でていた。

 

北条(ほうじょう)さんはお腹減ってる?」

「……今更だけど、随分と他人行事な呼び方じゃないか。乃愛(のあ)と呼び捨てにして欲しい」

「えっと、乃愛(のあ)……はどうする?」

「もちろん、もう少し一緒にいたい」

 

 瑞樹(みずき)が運転席に向き直ると、口を開く前に(れい)がナビを操作し始めた。

 

「近くに二等市民向けのレストランがありますので、そちらでよろしいでしょうか」

 

 一瞬、神成寧々(かみなり ねね)の事が頭をよぎった。

 最初の遺伝子提供にきた時に寄ったレストラン。

 返事に詰まってる間に、乃愛(のあ)が不満そうに呟く。

 

「……二人きりの場所がいい」

「個室もございますが」

 

 淡々と答える(れい)

 それを無視して、乃愛(のあ)が囁く。

 

瑞樹(みずき)くん……今から寮に行くのはどうだ? 二人になれるし」

瑞樹(みずき)様は大変お疲れです。今日のところはお引き取りください」

「補佐官が口を挟む事じゃないと思うけど?」

「遺伝子提供は男性にとって心身ともに大変なご負担となります。何より、まだ二回目で慣れぬ身。どうかご理解ください」

「……わかった。今日は諦めよう」

 

 乃愛(のあ)は残念そうに言いながら、瑞樹(みずき)から身を離した。

 徐々に外向きの姿に戻っていく。

 ただ、手だけは握られたままだった。

 

「えっと、お部屋はまた今度見せてもらうね」

「ああ。準備して待っておくよ」

 

 車がゆっくりと動き出す。

 乃愛(のあ)が思い出したように話題を変えた。

 

「そういえば勉強会の件だけど、どうやら全員参加になりそうだね」

「うまくまとまるかな」

「一番警戒していた天城久遠(あまぎ くおん)も簡単に折れた。他も大丈夫だろう」

天城(あまぎ)さんを警戒してたの?」

 

 瑞樹(みずき)が不思議そうに問うと、乃愛(のあ)が苦笑した。

 

一色雫(いっしき しずく)と私が来なければ、Kクラスの主導権は彼女が握っていたはずだ。あれは地方財閥の娘でね。ここで対抗してくる可能性もあった」

「少ししか話してないけど、協力的な印象だったから大丈夫そうだと思う」

「そうだね。後は篠宮聖華(しのみや せいか)も厄介そうだけど……まあ、何とかなるだろう」

 

 それから、と乃愛(のあ)が続ける。

 

「最も注意すべきは党の特別プログラムだが……一年生の一学期に大した事はやらないはずだ。最近はずっと英帝の揚陸シミュレーションを指定されると聞いている」

「それってどういう事をやるの?」

「英帝のどの艦隊がどこで補給してどこに上陸するかを机上でシミュレーションするんだ。後は古いパターンだとソ連の南下作戦のシミュレーションかな。どれもお題が発表されてから対応すればいい」

 

 そこで、乃愛(のあ)は自信満々に笑った。

 

「いずれにせよ、私の得意分野だ。軍事は北条(ほうじょう)の管轄だからね」

「そっか……その時は乃愛(のあ)に任せるよ」

「ああ、だから瑞樹(みずき)くんが特別プログラムを気にする事はないよ」

 

 乃愛(のあ)が何かを期待する目を浮かべる。

 そっと髪を撫でると、乃愛(のあ)は気持ちよさそうに目を細めた。

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