男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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04話

 原始共同体において、男性はコミュニティの共有財産として扱われていた、と言われている。

 時代が進むと、各地の権力者が男性を独占し、排卵期の時だけ領民に貸し出す、という風習に変化していった。やがて男性は富と権力の象徴となった。

 しかし、これも永遠には続かなかった。

 世界中で幾度もなく市民革命が起こり、民主主義国家が(おこ)ると男性は再び国家の共有財産へと転じていく。

 やがて男性にも女性と同等の人権が認められ、人口維持のためにいくつかの義務を負うものの、一般的な市民生活を送る事が可能となった。

 日本の場合、こうした動きは明治維新によって大きく前進し、白雪学園の古びた本校舎は当時の先進性を象徴する歴史的な建造物でもある。

 男性の歴史は、常に権力や闘争とともにあった。

 そして、それは現代も変わらない。

 

「委員長を一色(いっしき)さんにお任せして正解でした。とても男性慣れしているようですし」

「中学でも積極的に男性を相手にされていたのかしら。頼もしいです」

一色(いっしき)家ともなると、身近にいっぱい男性がいらっしゃるのだろう。さりげなく連絡先を聞くやり方はとても勉強になる」

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は、目の前で行われる静かな戦いを冷静に観察していた。

 クラスにおける主導権の争いは、中学時代にも見た事があった。

 

 ――そうだ。これが嫌だったんだ。

 

 前世の記憶が朧気ながらも混ざったせいか、どこか他人事のように過去の事を思い出す。

 小学生の時の瑞樹(みずき)は、優等生のグループに属していた。

 元来、瑞樹(みずき)は真面目で大人しい性格をしていて、同じ気質の少女たちと一緒にいることを好んだ。

 そして、それが仇となった。

 通常、公立の小学校や中学校には平均して1~2人の男子生徒が配属される。学校に男子はいるが、同じ学年に男子はいない、という状態はよくある事だった。

 そして中学への進学時、合流した別の小学校の同学年に男子は存在せず、瑞樹(みずき)は中学一年で唯一の男子生徒となった。

 

 合流した小学校の女子は初めて身近に男子を迎える状態となったこと。

 第二次性徴期を終えて、異性への関心が強くなる時期だったこと。

 瑞樹(みずき)と一緒にいる女子たちが比較的、大人しいグループであったこと。

 

 それらが重なり、クラスでは苛烈な主導権争いが過熱していった。

 そして、仲の良かった少女たちが陰湿な嫌がらせの標的になっていくのを見てしまった。

 

 ――あの子たちはあれから、どうなったんだろう。

 

 原因が自分の存在であることを認識した瑞樹(みずき)は、学校に行かなくなった。

 女性の視線が怖くなった。

 家に籠るようになった。

 女性からの粘りつくような視線は、成長するにつれて強くなっていく。

 社会奉仕を促す役所からの訪問、カウンセリングの為にやってくる医者の訪問。後見人を務める補佐官の訪問、様子を見に来る中学の担任の訪問。

 時折来る女性との対面。全てが苦痛で、恐ろしくて。

 社会復帰がどんどん困難になっていくのを肌で感じて。

 

 中学三年生の冬、藤堂瑞樹(とうどう みずき)は誘われるように車道へ身を投げ出した。

 

「私、中等部からのエスカレーター組です。白雪(しらゆき)の中等部は残念ながら女子だけで、このような経験は藤堂(とうどう)様が初めてです。こう見えて、内心はとても緊張しているんですよ?」

 

 目の前では、一色雫(いっしき しずく)が仮面のような微笑を張り付けて、三人の少女の嫌味を受け流しているところだった。

 その姿が、小学生時代に仲が良かった少女を思い出させた。

 当時の瑞樹(みずき)は、後ろでただ見ている事しかできなかった。

 

 ――もっと上手くやれたはずだった。

 

 頭の中は、ひどく冷静だった。

 過去の嫌な記憶を思い出しても、身体が竦む事はない。

 

 ――きっと、男として生まれた以上、こういう争いから逃れる事はできない。

 

 男性の歴史は常に、権力や闘争とともにある。

 過去も現代も、そして恐らくは未来も。

 

「次の授業、いきなり数学らしいね。高校の授業ってやっぱり難しいのかな?」

 

 出来るだけ何事もなかったかのように口を開く。

 

「みんなは数学得意? ボクはちょっと不安なんだけど」

 

 自殺未遂後に瑞樹(みずき)が思い出した前世の記憶は、あまり具体的なものではなかった。

 名前も、年齢も、生い立ちも、全てが霧に包まれているようで、ひどく曖昧だった。

 前世、という前提も怪しかった。瑞樹が知っている世界は殆ど同じ時代で、男女比も全く異なる。

 まるで並行世界のような記憶で、現状を正しく定義できる言葉を瑞樹は知らなかった。

 

「わ、私も苦手で!」

「授業速度が心配です」

「す、数学なら少しでしたら教えられるかもしれません」

「数学だけは得意です! 何かあったら聞いてください!」

 

 もしかしたら前世の記憶なんてものは全て妄想なのかもしれない、とも思う。

 自殺するまで追い込まれた脳が作り出す、都合の良い記憶。

 

「そっか、得意な人もいるんだ。じゃあグループが出来たらそこで得意な人に授業の相談でもしようかな」

 

 どうせ答え合わせはできない。

 証明できるような事は何もなくて、使えそうな具体的な知識もない。

 ただ少し、女性に対する価値観が変わっただけ。

 

一色(いっしき)さんも、ありがとうね。誰かが率先して提案してくれるのって凄く助かるから。今後も何か思いついたら教えてくれると嬉しいな」

 

 でも、他人を気遣う余裕ができた。

 死のうとも思わなくなった。

 

「は、はい! 学級委員長として出来る事があれば!」

 

 だから、今度はもっと上手くやれる。

 

「うん。本当に助かるよ。やっぱり、外から文句言うのって誰でもできるけど、自分からやるのって一番難しいと思うから」

 

 この壊れている世界で、藤堂瑞樹(とうどう みずき)は自ら前に出る事に決めた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ねえ、知ってる? 最近、近くのゲーセンに男性が通ってるんだって。白雪学園の人かな?」

 

 興奮した様子の友人に、教室で静かに本を読んでいた小糸椿(こいと つばき)はやや鬱陶しそうに顔をあげた。

 

「運が良かったら見れるかも! 放課後、一緒に行こうよ!」

「……私はいい」

 

 椿(つばき)はそう言って、再び本に視線を落とした。

 

「あんたねえ、あんまりスカしてると絶対後悔するよ? 卒業後の男性なんてガッチリ囲われて後から入る余地なんてないんだから」

「本当に興味ないから」

 

 強がりでも何でもなく、本心だった。

 事実、相応の学力はあるのに白雪学園も受けなかった。

 公立の小学校や中学には出来るだけ男子が均等に配置されるが、高校からは一部の国立高校に男子が集められ、女子は激しい受験戦争を強いられる。しかし、椿(つばき)は自分の意思で女子高を選んでいた。

 

「あー、椿(つばき)ってもしかして女の方が好き?」

「……そういうのじゃないよ」

 

 このお節介な友人はきっと、これからも自分を男子のいる場所に誘い続けるだろう。

 だから、珍しく本音が零れた。

 

「私、ずっと好きな人がいるから」

「……」

 

 沈黙が落ちた。

 周囲からは、女子高ならではの喧騒(けんそう)が聞こえてくる。

 

「……それって、よくある小学校の同級生とかじゃないの?」

 

 言葉を選ぶように、やや言いづらそうに問いかけてくる友人に、椿は何も言わなかった。

 

「近所でたまたま仲が良かったとか、通学バスでいつも隣の男の子がいたとか、習い事で年の近い男の子がいたとか、そういうのって誰でもあると思うよ。私もあるし。忘れられない綺麗な思い出だと思う」

 

 諭すような口調。

 椿も、理性ではわかっていた。

 

「私達にとっては特別な記憶だけど……向こうは違うよ」

「そうかもね」

 

 脳裏(のうり)に一人の少年の姿が浮かぶ。

 好きだった人。

 特別だった人。

 そして、守れなかった人。

 

「でも、多分、死ぬまで忘れられないから」

 

 周囲の女子が話題の男子の画像や映像を見せてきても、心が動く事は一度もなかった。

 心に在るのは、ただ一人の少年だけ。

 高校を卒業しても、働き出しても、周囲が子供を産み始めても、これだけは変わらない予感があった。

 まるで魂に焼き付いているようだ、と思った。

 

「だから、私はこのままでいいよ」

 

 小糸椿(こいと つばき)はそう言って、寂しそうに笑った。




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