男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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9話

「止まるなッ! 走れ!」

 

 市民体育館に、怒声が響いていた。

 スポーツ推薦を受けた生徒は、清華団(せいかだん)の活動を免除される。

 その代わり、強化選手として各ブロックの選抜練習に参加する義務を負う。

 神成寧々(かみなり ねね)もまた、学校が終わると毎日のように地域の市民体育会へ通っていた。

 

「甘えるな。そんなんじゃ英帝どころかソ連にも勝てないぞ」

 

 寧々(ねね)のポジションであるミドルブロッカーは、ブロックの要である。

 コーチが左右に振り分けるボールに対し、寧々(ねね)はひたすら跳ぶ事を繰り返していた。

 

「遅れてるぞッ!」

 

 スピーカーから、メトロノームのように規則正しい電子音が届く。

 一定間隔で響く電子音に合わせるようにジャンプを繰り返し、玉のような汗が滴り落ちた。

 膝ががくがくと震える中、コーチの怒声が響く。

 

「打点下げるなッ!」

「はい!」

 

 歯を食いしばり、食らいつく。

 徐々に電子音に追いつかなくなっていくのが分かり、それが焦りを生んだ。

 汗が目に入り、視界が滲む。

 

「もういい。次」

「はい!」

 

 ふらつきそうになるのを耐えて、駆け足で壁際に寄る。

 次の選手がコートに走っていくのを見送りながら、寧々(ねね)はぺたんと座り込んだ。

 息を整えながら、用意していたドリンクに手を延ばす。

 

神成(かみなり)さんさぁ……昨日なんで休んだの?」

 

 待機列の中から、一人の女子が意地の悪い笑みを浮かべて近づいてくる。

 

「やる気ないなら辞めたら?」

「……」

 

 同じミドルブロッカーの女子だった。

 中学時代から、同じポジションの寧々(ねね)に絡んでくる事が多かった。

 寧々(ねね)がお手付きを示す赤い指輪を嵌めてから、ますます酷くなりつつある。

 

「身長だけでB隊に上がったくせに、どうせもう伸びないんだってわかってんでしょ?」

「……」

「なに、図星ってわけ?」

 

 無視して水分補給を続けると、彼女は舌打ちして去っていった。

 寧々(ねね)は息を吐き、コートに視線を戻した。

 他のミドルブロッカー達が、電子音に合わせて左右に跳び続けている。

 

神成(かみなり)、気にするな」

 

 顔をあげると、二つ上の先輩が立っていた。

 

「早熟なタイプは得てして妬まれるものだ」

「……はい」

「それで、昨日はどうして休んだんだ?」

 

 隣に腰を下ろし、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「まさか男か?」

「……」

「……マジか」

 

 寧々(ねね)の反応から察したのか、先輩が唖然とした顔を浮かべる。

 

「前に話してた、不登校だった子だろ? うまくいったのか」

「最初の補助で……選んでもらいました」

「へえ、凄いな。いい子なのか?」

「とても優しくしてくれます。でも……」

「でも?」

「……私以外にも優しいです」

 

 先輩が小さく笑う。

 

「なんだそりゃ。随分と贅沢な悩みだね」

「……自分でもそう思います」

「私の所なんか、中学時代から仲がいいお(つぼね)が睨みを利かせててどうしようもないよ」

「お(つぼね)、ですか?」

「ああ、高校もたまたま一緒になったらしい。しかも地方名家の娘でさ、とてもじゃないけど近づけないよ」

「それは……」

 

 答えに困る寧々(ねね)に、だからさ、と先輩が言葉を続ける。

 

「不登校っていうのもさ、すごく恵まれてると思うよ。その男子と中学で仲良かった子とかいないって事でしょ」

 

 考えた事がない視点だった。

 素直に感心する寧々(ねね)に、先輩が脅かすように言う。

 

「特に小学校からの幼馴染とかいたら手強いぞぉ?」

「……幼馴染ですか」

「九年間の積み重ねがあるからね。幼少期の思い出を共有してると、どうしても扱いが全く変わってくるし。年季が入ってるから女側の執念も凄い事になるし」

「確かに……」

「状況的にも、神成(かみなり)は全然いける。だから頑張りなよ」

「はい」

 

 それを聞いて、少し元気が出てきた。

 家に泊まった時に遺伝子提供の話がなかったのが気がかりだったが、まだ五月は半ば。

 今のところ、明確な競争相手は補佐官の御門玲(みかど れい)のみ。

 それ以外で学校外に敵がいない状況の有難さを今更のように自覚し、寧々(ねね)は気合を入れる為に自らの頬を叩いた。

 

「よし……がんばろ!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「つまり、これは男性が残した珍しい和歌として非常に価値があるわけですね」

 

 清華館(せいかかん)の講堂で、皆木鈴(みなき すず)は講義を聞き流しながらつまらなさそうにノートを取っていた。

 週に何度かある清華団(せいかだん)の活動では、ボランティアや奉仕活動の他、学校教育とは別に文化的な活動を推奨されている。

 この日は和歌に関する講義が開かれていた。

 

「それでは、10分の休憩をいれましょう」

 

 講師が出ていくと、(すず)は周りの視線も気にせず机に突っ伏した。

 少し早めに取った夕食が、眠気を誘う。

 

「この時間はきついな……」

 

 思わずぼやいた時、隣の小糸椿(こいと つばき)が不思議そうに首を傾げた。

 

「そう? 今日の講義はとても面白かったけれど」

「……小糸(こいと)って本とか好きだもんな」

「大昔の男性の和歌なんて、ロマンがあるじゃない」

「それは……まあ……」

 

 清華団(せいかだん)は党の下部組織であるため、自然と政治的な意味合いを含む活動が多い。

 そういう意味で、今日の講義はどちらかと言えば当たりと言えなくもなかった。

 

「でも別に、平安時代の男なんて夢想しなくても、学校に行けば本物の男見れるしな」

「それってもしかして自慢かしら。上手くやれてるの?」

「まあまあかな。クラスでも喋ってる方だと思う」

皆木(みなき)さんって最下位クラスなんでしょう? あまり近づきすぎても動きづらくなりそうだけど」

 

 小糸椿(こいと つばき)の言っている事は、もっともだった。

 一年生では将来的なクラス移動を見据え、男子とある程度の距離を保つ者も多い。

 

「ああ……私はもう、クラス移動は考えてないから別に良い」

「そんなに気に入ったの?」

「そうだな……そいつは不登校だったらしくて、社会スコアがやたらと低いんだ。でも、それ以外は本当に良い奴だと思う。何より、見た事ないくらい顔がいい」

 

 それまで興味なさそうだった椿(つばき)の顔が、一瞬で強張る。

 しかし、(すず)は照れ隠しによそ見をしていて、その変化に気づかなかった。

 

「あと、女のスコアにもあまり興味なさそうだしな。私にとってはこの上ない当たりだよ」

「……」

 

 周囲の喧騒のせいで、突然の沈黙がやってきた事も(すず)はあまり気にしなかった。

 大きく欠伸をして、もう一度机に突っ伏す。

 

「その人……どうして不登校だったの?」

「ん……ああ。詳しくは知らない」

「……他は? どういう人なの?」

「他? あー、一回も補佐官を交代した事がないとか、後はデータ上だと女性恐怖症になってたな。でも、普通に喋れるし、遺伝子提供もやってるし。かと言って偽装診断でもなさそうだし」

 

 思いつくままに喋ってから、顔をあげる。

 真剣な顔をした椿(つばき)と、目が合った。

 

「……今は普通に登校してるの?」

「ああ、休んだこともないくらいだよ」

「……」

 

 そこでようやく、(すず)は違和感を覚えた。

 椿(つばき)の視線に、妙な凄みがあった。

 

「そういえば白雪って学園祭があるよね」

「……ああ、でも秋だぞ」

「うん。それでね、生徒は招待チケットがあるよね?」

 

 椿(つばき)がずい、と前のめりになる。

 

「その時がきたら、一枚譲ってくれない?」

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