男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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10話

 その日は、激しい雨が降っていた。

 五月も半ばに入り、梅雨前線が日本列島を覆い始めていた。

 

「おはよう」

 

 ハンカチで髪を軽く拭いながら神成寧々(かみなり ねね)が教室に入ると、妙な空気が漂っていた。

 先に登校していた皆木鈴(みなき すず)の席に向かい、小声で問う。

 

「な、何かあったの?」

藤堂(とうどう)のデータが更新されてる」

 

 (すず)の無感情で平坦な答えに、胸騒ぎがした。

 スマホを取り出し、学内サイトから男子のデータにアクセスする。

 

「……」

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)のお手付き回数が、3回に増えていた。

 その意味を、じっくり考える。

 そして、自分が選ばれなかったのだという事実を徐々に呑み込んでいく。

 寧々(ねね)はゆっくりと、教室を見渡した。

 お手付きを示す赤い指輪は、どこにも見当たらない。

 その時、教室の扉が開いた。

 

「おはよう」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)が、取り巻きを連れて入ってきたところだった。

 その指に、赤く煌くものがあった。

 乃愛(のあ)は見せつけるように右手で髪をかきあげると、寧々(ねね)に向かって微笑んだ。

 

「やあ、神成(かみなり)さん。もう知ってると思うけど、同じコロニーとしてこれからも仲良くしてくれると嬉しい」

 

 同じ男子にお手付きを受けた女子の集団は、コロニーと呼ばれる。

 共通の男子で繋がっている以上、無関係ではいられない。

 

「……よろしくお願いします」

 

 コロニー内の人間関係が非常に厄介で複雑である事を、様々な噂を通して寧々(ねね)は嫌というほど知っていた。

 ましてや、相手は始国十八家に連なる北条(ほうじょう)家の長女であり、寧々(ねね)自身は何の後ろ盾もない庶民である。

 もちろん男子と関わる以上、コロニーの問題は避けられないものであり、覚悟しているつもりではあった。

 しかし、実際に踏み入れると複雑な胸中だった。

 

「ああ、私の立場には気を遣わなくていいよ。君が何か遠慮する必要はない。互いに瑞樹(みずき)くんを支えられるように頑張ろうじゃないか」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)が人懐っこい笑みを浮かべて言った。

 その王子様然とした態度からは、一見すると裏表など何もないように見える。

 どこまでが本音なのか、寧々(ねね)には判断がつかなかった。

 

「……はい」

 

 寧々(ねね)が強張った顔で言葉を返した時、乃愛(のあ)の後ろから瑞樹(みずき)が姿を現した。

 

「みんな、おはよう」

瑞樹(みずき)くん!」

 

 寧々(ねね)が表情を変えて駆け寄ろうとした時、先に乃愛(のあ)瑞樹(みずき)に近づいた。

 

「やあ、おはよう。濡れてるじゃないか」

「ん、これくらい大丈夫だよ」

 

 乃愛(のあ)がタオルを取り出し、瑞樹(みずき)の髪を拭う。

 瑞樹(みずき)も特に嫌がる様子もなく、されるがままになっている。

 

「……」

 

 随分と親しそうな様子を傍で見ている事しか出来なかった寧々(ねね)は、静かに自分の席に戻った。

 どうせすぐ、瑞樹(みずき)が隣にくるはずと思った。

 

「ほら、寒くないかい?」

 

 乃愛(のあ)が自然な動作で瑞樹(みずき)を抱きしめ始める。

 気づけば、教室が静まり返っていた。

 教室中の視線を受けながらも、乃愛(のあ)は平然とした様子でにこやかに笑っている。

 

「全員、揃っていますか?」

 

 担任の教師が入ってくる。

 それでようやく、乃愛(のあ)瑞樹(みずき)を離した。

 

「……」

 

 胸の奥が、痛んだ。

 学友の中で唯一補助に選ばれているという有利は消えた。

 神成寧々(かみなり ねね)はもう、特別な存在ではなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「まずは特別プログラムについての連絡です」

 

 担任の言葉で、教室の空気が一瞬で引き締まる。

 瑞樹(みずき)は注意深く、担任の表情を観察した。

 

「例年、党から特別プログラムのご案内がある時期ですが、今年はご案内がないそうです」

 

 不可解な言葉に、教室がざわめく。

 高校では清華団(せいかだん)の活動に加えて特別プログラムという課題を出され、党員適性を割り出していくのが従来の方法だった。

 

「一学期は簡単なレクリエーションを行うのでお題は必要ないと、担当官からお聞きしています」

「レクリエーションっていうのは具体的に何を?」

「詳細は私も聞いていないのでお答えできません」

 

 皆木鈴(みなき すず)の質問に、担任が首を横に振る。

 教室中に、嫌な沈黙が広がっていった。

 

「さて、続いて学期末試験についてです」

 

 どうやら、特別プログラムについての説明はそれ以上ないようだった。

 何事もなかったように、担任が淡々と説明を続ける。

 

「本校は歴史的にクラス階級制を初めて導入した学校として広く知られています。しかし、一年生においてはKクラスが三日で定員に達し、クラス階級制の根幹であるクラス選択権が正常に機能していないと多くの苦情を頂いております」

 

 そこで、担任は教室を見渡した。

 

「1クラスの定員46名は、戦後の学校法で定められた基準です。この基準は二酸化炭素濃度を元にしており、十分な秩序合理性を満たしている為、この定員を学校側で変える事はできません」

 

 定員の理由は、乃愛(のあ)から聞いたことがあった。

 法律が元になっているなら、学校側で出来る事は何もないのだろう。

 

「そこで今回の学期末試験より、一年生限定でトレード制を導入することを理事会と生徒会が承認いたしました」

 

 トレード制。

 その言葉の響きに、思わず周りと顔を合わせる。

 

「学期末試験において、成績上位者5位までにクラス選択権の代わりにトレード権を付与します。そしてトレード権を獲得した5名からKクラスが指名された場合、成績下位の者からトレードされます」

 

 教室のざわめきが大きくなる。

 静観していた黒崎蓮(くろさき れん)が、唸るように問いかけた。

 

「成績上位者が移動を望まない可能性もあるだろ? その場合はどうなる?」

「もちろん、その場合はトレードが行われません。あくまでトレード権は権利です。ただし有効期間は一か月とします」

 

 耐えかねたように、天城久遠(あまぎ くおん)が立ち上がった。

 

「では、成績上位にKクラスの者が入った場合はどうなる?」

「Kクラスより下のクラスがないため本来クラス選択権の行使はできませんが、今回に限り好きな上位クラスへの移動を許可します。もちろん、希望の移動先がなければ行使しなくて構いません」

「……ほお」

 

 久遠(くおん)が下がると同時に、今度は乃愛(のあ)が口を開いた。

 

「お手付き済の者はどうする? 別コロニーに移動なんてしたら、重大な事故に繋がる可能性があるだろう」

「もちろん、お手付き済の者を他のクラスに送る事はできません」

「じゃあ私と神成(かみなり)さんはトレード対象から除外されているということだね」

 

 そこで、乃愛(のあ)は意味深な視線を瑞樹(みずき)に送った。

 同時に、隣の寧々(ねね)が露骨に安堵した顔を浮かべる。

 

「繰り返しますが、これはクラス選択権が機能していない現状を是正するための、あくまで特別措置でしかありません。二学期も同様の施策を行うか不明ですし、あるいは全く別の方法を検討するかも未定です。理事会や生徒会で何か決まり次第、またご連絡します」

 

 それだけ言うと、担任は顔色一つ変えず教室から出ていった。

 生徒だけが残された教室は授業中のように静かで、横殴りの雨が窓を打つ音だけが響き渡った。

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