男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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11話

「一度、話し合うべきでしょう」

 

 最初に沈黙を破ったのは、一色雫(いっしき しずく)だった。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)は右手の赤い指輪を大事そうに撫でながら、この場を彼女に任せる事にした。

 

「最大5名の入れ替えは、今後のクラス運営に多大な影響を及ぼします。瑞樹(みずき)様、学級会の許可を」

「……うん」

 

 瑞樹(みずき)の許可を得ると同時に、(しずく)が教壇に立つ。

 

「導入されるトレード制は、ある程度のコントロールが可能のように思えます。まずはダメージコントロールの可否について意見を集めたいと思います」

 

 ダメージコントロール。

 一色雫(いっしき しずく)の言葉選びに、乃愛(のあ)は小さく笑った。

 それについては乃愛(のあ)も考えていたが、上手く濁したものだと感心する。

 

「そうだね。ダメージコントロールも大事だけど、まずは希望者を募った方が良いんじゃないかな」

 

 口を開くと同時に、教室中の視線が乃愛(のあ)に集まる。

 いかに平和的にダメージコントロールの話へもっていくか、腕の見せ所だった。

 

「トレード権を得られるのは上位5名。つまり、トレード先はAクラスかBクラスになるだろう」

 

 席から立ち上がり、友好的な笑みをクラスメイト達に向ける。

 

「移動先にKクラスが指定された場合、成績下位の者は自動的に上位クラスへ移動できるわけだ。悪い話じゃないと思う」

 

 これが決して悪い話ではない、という前提をまずクラスで共有する必要があった。

 そうでなければ、今後の話次第で藤堂瑞樹(とうどう みずき)の不興を買ってしまう。

 

「しかも、クラス選択権は残ったままだ。AクラスかBクラスにトレードされた後は、クラス選択権を行使して下位クラスへ移動できる。これはとても凄い事だよ」

 

 乃愛(のあ)は出来るだけ無邪気に、そう語った。

 

「好きなクラスへ行けるチャンスなんだ。希望者は今すぐ申し出て欲しい。先着5名までだ。少し点数を落とすだけでいい。生産性スコアに若干の影響はあるだろうけど、微々たるものだ。こんな機会はめったにないよ?」

 

 大袈裟に両手を広げ、教室を見渡す。

 手を挙げる者は、誰もいなかった。

 沈黙の中、瑞樹(みずき)がおずおずと口を開く。

 

「えっと……ボクの前で他クラスに行きたいなんて言いづらいよね? 外に出ていようか?」

「ああ! 私のデリカシーのなさを許してほしい。そうだね、瑞樹(みずき)くんは少しだけ廊下で待っていて欲しい。すぐに何とかするから」

 

 乃愛(のあ)が精一杯の笑みを浮かべると、瑞樹(みずき)が静かに立ち上がった。

 

「その、他クラスに行きたい人はボクに遠慮しなくていいからね」

 

 遠慮がちにそう言って瑞樹(みずき)が出ていくと、教室の雰囲気が一変した。

 一色雫(いっしき しずく)が仮面のような笑みで、乃愛(のあ)を見やる。

 

北条(ほうじょう)さんは、女優を目指しているんでしたっけ?」

 

 乃愛(のあ)は肩を小さく竦めるだけで、何も言わなかった。

 それで、と黒崎蓮(くろさき れん)が声をあげる。

 

「よそに行きたい奴はいないのか? 5人いるならそれで話は終わりだろ」

「ええ、先着順です。どなたかいませんか?」

 

 一色雫(いっしき しずく)がもう一度、クラス全体に問いかける。

 手を挙げる者は、やはりいなかった。

 

「どうやら、自主的に出ていきたい人はいないようですね」

 

 (しずく)は結果を予想していたように頷くと、乃愛(のあ)へ目を向けた。

 

「ところで北条(ほうじょう)さん、試験の自信はありますか?」

「ん……上位5名に入れる自信はあるか、という質問でいいかな? それなら、必ず入るよ」

「わかりました。私も上位5名に入る自信があります。つまり、これでトレードは最大でも3名までに抑え込めます」

 

 その時、くふ、と小さい笑い声が教室に響いた。

 笑い声の主は、篠宮聖華(しのみや せいか)だった。

 日本人形のように黒い髪を腰まで伸ばした彼女は、乃愛(のあ)が要注意人物と見ている内の一人だった。

 

「トレード人数をわざわざ3人に抑え込む必要がありますか? 役立たずを追い出す良い機会ではありませんか」

 

 鈴を転がしたような声だった。

 

一色(いっしき)北条(ほうじょう)は、意図的に少しだけ点数を下げると良いでしょう。そうすれば、有能な者が5人転がってくる。そして無能を5人、上位クラスへ押し付けることができる。首席クラスを目指すならば、この選択肢しかありえません」

 

 以前までの乃愛(のあ)なら、篠宮聖華(しのみや せいか)の意見に賛同していただろう。

 しかし、今は乗り気にならなかった。

 

「クラス内環境の大きな変動は、男子の心的負担になる。私としては、瑞樹(みずき)君にあまり負担をかけたくないね」

「くだらない茶番は不要です。たまには本音で話してみてはいかがですか? 例えば、七瀬(ななせ)のような厄介な敵がクラスに入ってくる可能性を下げたいのでしょう?」

 

 すべてを見通したような目で、篠宮聖華(しのみや せいか)が言う。

 泰平大社(たいへいたいしゃ)の一人娘である彼女は、十八家の影響力を受けづらい独自の立場にあった。

 党は祭政一致(さいせいいっち)を掲げており、国教として指定された神道勢力は乃愛(のあ)たちとは別の権力構造で生きている。

 

「長期的に考えれば、篠宮(しのみや)の意見は正しいのだよ。Kクラス全体の事を考えれば、トレード制は悪い話ではあるまい」

 

 天城久遠(あまぎ くおん)が便乗したように言う。

 おや、と乃愛(のあ)は彼女に目を向けた。

 天城久遠(あまぎ くおん)はこれまで、家格の割にクラスで何かを主張する事はなかった。

 体育祭の暫定二位という結果を受け、首席クラスへの欲が出てきたのかもしれない、と分析する。

 

「……さっき言ってたダメージコントロールっていうのは何だ?」

 

 黒崎蓮(くろさき れん)が割り込むように口を開いた。

 瑞樹(みずき)がいなくなったせいか、一色雫(いっしき しずく)が何食わぬ顔で答える。

 

「純粋な結果で決めるのはなく、別の基準でトレードに出す人をこちらで決め、試験の点数を下げてもらおう、という話です。こうすることで、身体能力が高い者などを残すことができます」

「へえ……」

 

 黒崎蓮(くろさき れん)の視線が、下川杏(しもかわ あんず)たちに向かう。

 体育祭で大した結果を残せなかった者たち。

 ダメージコントロールとして任意の者を追い出すなら、彼女たちが対象になるのは間違いなかった。

 

「……」

 

 あるいは、と乃愛(のあ)は思考を巡らせた。

 赤い指輪を、そっと撫でる。

 コロニー入りは果たした。後は不確定要素を出来るだけ取り除かなければならない。

 

「ひより」

 

 振り返って、寄騎(よりき)の名前を呼ぶ。

 ちょうどいい機会だと思った。

 

「ひよりは確か、別のクラスに興味があったよね」

 

 如月(きさらぎ)ひよりが、強張った顔で乃愛(のあ)を見つめ返す。

 乃愛(のあ)は労わるような優しい笑みを浮かべて、言葉を続けた。

 

「私の為に無理を言ってクラス移動してもらったけど、元のクラスに戻れるチャンスだ。今までありがとう」

 

 建前を使い分けるのは、得意だった。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)の不興を買った如月(きさらぎ)ひよりを手元に置き続けるのは危険だった。

 気性の荒さも、藤堂瑞樹(とうどう みずき)に合わない。

 これからは出来るだけコロニーに寄騎(よりき)を引き込み、コロニーを掌握する段階となっていた。

 今現在、藤堂瑞樹(とうどう みずき)と相性が良さそうな寄騎(よりき)は多くない。

 生真面目な御倍美弥(ごばい みや)や、穏やかな性格をしている緒方綾乃(おがた あやの)は積極的にぶつけてみるつもりだったが、佐倉早苗(さくら さなえ)などは仕事はできるが気が強い部分があり、あまり向かないだろうと考えていた。

 如月(きさらぎ)ひよりを外に出し、代わりにBクラスに残している相性の良さそうな寄騎(よりき)を引き入れる事が出来れば最良の結果となる。

 

「では、如月(きさらぎ)さんはトレードに出す方向で良いですか?」

 

 (しずく)が無感動に確認する。

 如月(きさらぎ)ひよりは、黙ったまま答えなかった。

 

「ひより、私のことは心配しなくていい。よく尽くしてくれた。この大義には必ず報いると誓うよ」

 

 北条(ほうじょう)家としての言葉は、重い。

 ひよりは唇を噛み、目を伏せた。

 

「……わかりました」

 

 絞り出すような声だった。

 これで、不安要素が一つ消えた。

 

「では、これでトレード人数はやろうと思えば二名まで抑え込めます」

 

 そこで一瞬、(しずく)の目が音無凪(おとなし なぎ)に向いた。

 後2名、役立たずを決めるとしたら間違いなく音無凪(おとなし なぎ)が最有力候補になるはずだった。

 しかし、瑞樹(みずき)が彼女を気にかけている事は周知の事実で、誰も触れようとはしない。

 

「さて、それではどうする? 二名まで抑え込むか、それとも五人まで広げるか」

「では、多数決を採りましょう」

 

 (しずく)の言葉に、くふ、と篠宮聖華(しのみや せいか)が笑う。

 

北条(ほうじょう)がいる状態で、多数決など時間の無駄でしょう。好きにするがいい」

「反対意見は?」

 

 (しずく)が儀式的に教室を見渡す。

 声をあげる者はいない。

 

「それでは、トレードは出来るだけ抑え込み、二名を目指す事をクラスの方針とします」

「それで、ダメージコントロールはどうするんだ?」

 

 黒崎蓮(くろさき れん)が焦ったように言う。

 (れん)は体育祭でどちらかと言えば結果を残した側だった。

 ダメージコントロールを行うなら、残留が確実になる。

 

「もちろん、すべきでしょう」

 

 篠宮聖華(しのみや せいか)が当然のように肯定する。

 天城久遠(あまぎ くおん)もそれに続いた。

 

「反対する理由はなかろう。自然に任せると、今後の特別プログラムに支障をきたす可能性があるのだよ」

 

 クラスメイトたちの意見を聞きながら、乃愛(のあ)は考え込んでいた。

 頭の中にあるのは、藤堂瑞樹(とうどう みずき)の事だけだった。

 そして、一つの懸念が浮かんでいた。

 

「私は反対かな」

「何故ですか?」

 

 篠宮聖華(しのみや せいか)が意外そうな目を向けてくる。

 

「まあ、特に深い理由はないよ」

 

 あまり露骨にやると、藤堂瑞樹(とうどう みずき)に気づかれるだろう、と思った。

 それに、瑞樹(みずき)がそういう立場の女を庇う事も予想できた。

 処分に困っていた如月(きさらぎ)ひよりさえ外に出せれば、他は最悪どうでもいい、と判断する。

 

「どうする? 多数決でも取るかい?」

 

 下川杏(しもかわ あんず)たちは、ダメージコントロールに反対するだろう。

 乃愛(のあ)の派閥を合わせれば、結果は見えている。

 

「……好きにするがいい」

 

 篠宮聖華(しのみや せいか)が面白くなさそうに言う。

 

「悪いね。でも、私はクラスの為を想ってやってるんだよ。そこを分かって欲しいね」

 

 クラスの掌握は、順調だった。乃愛(のあ)の意見がクラスの総意となり始めている。

 トレード人数も、出来るだけ抑え込む事ができた。

 不確定要素は出来るだけ取り除き、後は寄騎(よりき)をあてがってコロニーの掌握を目指すだけでいい。

 

「では、最終結論を。トレード人数は出来るだけ抑え込み、ダメージコントロールは行わず、学期末試験の結果をそのまま適用する。以上を方針とします」

 

 学級会は、全て乃愛(のあ)の思うがままに終わった。

 残る懸念は、お手付きされた生徒はトレードされない、という条件。

 

「終わったね。じゃあ瑞樹(みずき)くんを呼んでくるよ」

 

 何事もなかったかのように、にこやかに廊下に出る。

 少し離れた廊下で、瑞樹(みずき)と補佐官の御門玲(みかど れい)が雑談しているのが見えた。

 

瑞樹(みずき)くん、待たせて悪いね。こっちの話し合いは終わったよ」

 

 そして、小声で言葉を続ける。

 

「昼休み、少し話したい事がある。私の寮室に来て欲しい」

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