男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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13話

(まずい、まずい、まずい、まずい)

 

 Aクラスの学級委員長、七瀬光(ななせ ひかり)は冷や汗を流していた。

 

「以上で、トレード制の説明を終えます。首席クラスに相応しい働きを期待していますよ」

 

 担任が新しい制度を事務的に伝え、教室から出ていく。

 後には、嫌な沈黙だけが残された。

 

(最大5人のトレードですって? クラスが崩壊するじゃない!)

 

 一色雫(いっしき しずく)北条乃愛(ほうじょう のあ)のグループが抜けた事で、現状のAクラスは24人しかいない。

 ここから上限の5人がトレードされた場合、元のAクラスメンバーは19人しか残らない事になる。

 しかも抜けるのは成績上位者からで、今後のクラス運営が難しくなるのは明白だった。

 

「……」

 

 教室の中で、探り合うようにいくつもの視線が交差した。

 出ていくにしても、一年の一学期でクラス移動するのは大きな博打となる。

 しかし、Aクラスに残留するのが安全とも言い切れない。

 そして、この新しい制度についてクラスメイトたちが何を考えているかも不明だった。

 不安と不信が教室中に広がっていく。

 

(こんな状況なのに、どうして……)

 

 一人だけ、普段と様子が変わらない存在がいた。

 Aクラスの男子、吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)

 184cmの巨体を誇る彼は、教室の中央で静かにノートパソコンを操作していた。

 

七瀬(ななせ)

 

 不意に、吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)が口を開いた。

 何の感情も込められていない、平坦な声だった。

 

「党の地区担当官が汚職で交代している。汚職の罪状と新しい担当官について調べろ」

「……は?」

「もしも新しい担当官が退役軍人だった場合、どこの所属だったかも洗え。特別プログラムに反映される可能性が高い」

 

 それでようやく、特別プログラムの傾向と対策を立てようとしているのだと気づく。

 

「ト、トレード制の対策はいかがいなさいますか?」

「どのみち、クラス選択権は常に利用可能な権利だ。対策など必要ない」

「ですがッ!」

「党の特別プログラムへの対策を優先しろ。担当官に顔を覚えてもらう必要がある。担当官について調べ終わった後、直近の特別プログラムについて整理し、一週間でまとめろ」

「お……お待ちください。わ、私も学期末試験の個別対策に時間を割く必要が……」

 

 トレード権を行使するかは後々考えるとして、まずは上位5人に入る必要があった。

 今から党の人事について調べている場合ではない。

 

七瀬(ななせ)、お前は学級委員長だろう。生産性スコアの加算という恩恵も受けているはずだ。自分の役割を果たせ」

「そ、それは……」

「個人の利益が、集団の利益を上回る事はありえない。秩序合理性に基づいた行動を心掛けろ」

 

 (ひかり)は思わず黙り込んだ。

 吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)の言う事はいつも党の理念に沿ったもので、反論の余地がない。

 

「その他の者は、学期末試験に向けて各自邁進しろ。以上だ」

 

 教室に再び、静寂が戻る。

 吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)のキーボードを叩く音だけが、静かに響いた。

 

「……」

 

 へなへなと、背もたれにもたれかかる。

 こんなはずではなかった。

 誰もが憧れる白雪学園の首席クラスに入り、学級委員長を務めるという名誉を与えられた。

 なのに、夢見ていた理想はどこにもなかった。

 (ひかり)はそのまま、ぼんやりと吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)の後ろ姿を眺めた。

 その後も吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)の目は画面に向けられたままで、(ひかり)を見る事はなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 世界は、馬鹿ばかりだ。

 

花守(はなもり)さん、まだお手付きされていないんですか?」

 

 放課後の教室。

 通りすがりに嫌味を言ってくるクラスメイトに、帰宅の準備をしながら花守加恋(はなもり かれん)はニコニコと笑みを返した。

 自然と見上げる形になり、トレードマークのツインテールが振り子のように揺れた。

 

「はい、残念ながらまだです」

「逃した魚は大きかったわね。同情いたします」

加恋(かれん)はとても奥手なので、皆様を見習わなければと常々思っています」

 

 クラスメイトの右手には、お手付きを示す赤い指輪が光っている。

 Bクラスの男子、古葉巧(こば たくみ)から真っ先に言い寄られたのが花守加恋(はなもり かれん)だった。

 しかし、誘いをやんわりと拒絶した結果、加恋(かれん)はBクラスで徐々に孤立し始めていた。

 

「では、私はコロニーの集まりがあるので失礼します」

 

 去っていくクラスメイトに、ニコニコと手を振る。

 そして、心の中で呪詛を吐いた。

 

(馬っ鹿じゃないの)

 

 Bクラスの男子である古葉巧(こば たくみ)は、この一ヵ月で急激にコロニーを拡大させていた。

 彼は女に対する愛想もよく、社交的な姿を見せている。

 クラスでは、大当たりという評価に落ち着き始めていた。

 しかし、急激なコロニーの拡大がもたらす代償を、加恋(かれん)は知っていた。

 

(これだけお手付きが可能なのは、古い女を捨てているからでしょ)

 

 入学時点で、古葉巧(こば たくみ)のデータには嫌な予感を覚えていた。

 維持できるコロニーの大きさには、限界がある。

 そして、中学で築いたコロニーが丸ごと捨てられている事実に加恋(かれん)は辿り着いていた。

 お手付きを受けて色気づいているクラスメイト達も、卒業すればもれなく全員捨てられるだろう。

 

(一時の性欲なんかで思考が止まる馬鹿がこんなに多いなんて)

 

 世界は、馬鹿ばかりだ。

 白雪学園という狭き門を通った以上、一時的なお手付き程度で満足するつもりはなかった。

 それに、加恋(かれん)は自分の容姿に自信があった。

 幼少期からずっと、見た目を褒められて育ってきた。

 事実、古葉巧(こば たくみ)から最初に言い寄られたのは加恋(かれん)だった。

 

(私は……お母さんみたいにはならない)

 

 加恋(かれん)は人工授精ではなく、自然妊娠で生まれた。つまり、父親がいたはずだった。

 しかし、出産後すぐに捨てられたらしく、加恋(かれん)は父の顔すら知らない。

 母は自然妊娠を誇らしそうによく語ったが、加恋(かれん)からすると一種のコンプレックスの裏返しにも見えた。

 

(せっかく白雪に入ったんだから、絶対良い男を捕まえてやる)

 

 入学から日にちが経ち、各クラスの情報が集まり始めていた。

 Cクラスの白川健斗(しらかわ けんと)は整った顔立ちが話題となっていたが、前評判通り、情緒に問題を抱えている。もっと様子見が必要だった。

 IクラスやJクラスの男子は殆ど出席していない。どうやら中学時代のコロニーに囲い込まれてしまっているようだった。

 男子のデータを並べた中で気になるのは、やはり封鎖されたKクラスの男子だった。

 不登校と女性恐怖症という前評判とは裏腹に、一度も休まず登校している。

 

「……」

 

 何より、補佐官の交代数がゼロというのが目を引いた。

 そして、最近になって年増の補佐官にお手付きをしたという話もある。

 この情報だけで、女を長く大事にするタイプのように思えた。

 もしも寵愛を受けられれば、母のように簡単に捨てられる事もないだろう。

 

(トレード権とやら、手に入れてみせようじゃない)

 

 時間がたてば、Bクラスのコロニーは更に拡大するだろう。

 加恋(かれん)の居場所は、もはやここにない。

 選択の時だった。

 

(それに……)

 

 むふ、と笑みが零れる。

 何より、顔が好みだった。

 スマホを開き、学内サイトから藤堂瑞樹(とうどう みずき)の写真を見つめる。

 白雪学園で一番可愛いと自負する加恋(かれん)とも十分にバランスが取れる容姿。

 向こうだって、加恋(かれん)の事をきっと気に入ってくれるだろう。

 

瑞樹(みずき)様、すぐに加恋が向かいます!)

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