その日も、雨が降っていた。
すべての授業が終わった直後で、教室には緩んだ空気が流れている。
他のクラスメイトたちからは、地味な寄せ集めのグループとしか認識されてないだろう事もわかっていた。
だから、適切な機会が必要だった。
教室の中央では、
言い出すなら今だと思った。
「あのっ!」
勇気を出して立ち上がる。
同時に教室中の視線が
「
それで
「お、お菓子っ! お菓子を作ってきましたっ! あ、甘いものがあった方がいいかなって!」
体育祭では活躍の場がなく、学期末試験でも自信がない
差し出したクッキーは少し不揃いなものの、この日の為に練習した甲斐があって、中々の出来栄えに思えた。
「わ、上手だね。食べていいの?」
「も、もちろんです!」
「ん……美味しい」
「よ、良かったです! 皆さんもどうぞっ!」
お世辞ではなさそうな態度に、
その時、一人でスマホを弄っていた
いつもの少し気怠そうな表情に、どこか挑発的な笑みが宿っていた。
「へえ、奇遇だね。私も作ってきたんだ」
「え……」
そして、取り出した包み紙から、まるで既製品のような形のいいクッキーが姿を現した。
「私の家、洋菓子屋だから。こういうの得意なんだ」
「……」
教壇の上で二つが並ぶと、
「あー、ごめん。クッキー被りしちゃった。でも、私のは色々な味付けしてるから大丈夫だと思う」
「
「
一瞬、嫌な沈黙が落ちかけた時、
「ねえ、
「はい」
「
「はい。殿方に振る舞うのが夢なんです」
随分とわざとらしい会話だった。
まるで役者のように、
「じゃあ、今度から作ってみたらどうだい? きっと
「
前髪を切り揃えた黒髪が印象的で、最近は何かにつけて
「えっと、大丈夫だけど、学期末が近いし無理しないでね……?」
「はい! 趣味なので気晴らしを兼ねたいんです」
入れ替わるように、
「私、ちょうどお腹が減ってたんだよね」
「良いっすね。私も丁度何か口にしたかったところっす」
示し合わせたように
二人はクラス中の視線を集めながらも、特に気にした風もなく、
「お、うまっ。
派手なピンクの髪に、自信に満ちた表情。
その目が一瞬、こちらに向いた気がして、
「
彼女たちのリーダーである
最近の彼女は、ずっと大人しい。
それ故に、グループ全体が統制を欠いているように見えた。
「……私は後でいい」
「えー? こんなに美味しいのにー?」
そして、軽やかな動きで
「ほら、
クッキーを持った
同時に、
「そろそろ勉強会を始めたいんだけど、どうかな?」
「……はーい」
「さて、私の方で小テストを用意した。別紙に答えと解説も用意している。解き終わったものから、ここに置いてある回答を取って間違った部分の自習をしてくれ」
「詳しい解説を聞きたい方はおっしゃってください。私もお手伝いいたします」
それを合図に、
徐々に教室が静まり、ペンを走らせる音が響き渡り始める。
「……」
小テストの問題は、よく出来ていた。
そして、悔しい事に
「……」
問題は、
勉強ができるという強みも、白雪学園では役に立たなかった。
「……」
シャーペンの芯が、小さい音を立てて折れた。
◇◆◇
「今日はここまでにしようか」
「んー、まあ、これを毎日やれば形になるだろう」
一斉に片づける音が教室を満たした。
「みんな、疲れてない? 自由参加だし、疲れてる時は全然休んでいいからね」
少なくとも、
遠くから眺めているだけでも、目の保養になる。
「やっぱり甘いものが欲しくなるね」
「……」
しかし、もはやどうでもよかった。
その動作一つで、救われた気がした。
「私も! お腹ペコペコだよ!」
それを皮切りにクラスメイト達がぞろぞろと教室の前方に移動し始めた。
「
顔が仄かに赤くなるのがわかった。
「
席に座ったままの
「この
「
気づけば、
どちらが先になくなったのかは分からないが、それはもう大事な事ではなくなっていた。
「あの!」
勇気を出して、声をあげる。
周囲の視線が一斉に集中したが、
「また……また、作ってきてもいいですか?」
うん、といつものように優しく微笑む姿が眩しかった。
「すごく嬉しいけど、無理はしないでね」
「はい……大丈夫です! また作ります!」
その時、誰かがぽつりとつぶやいた。
「あ、時間」
反射的に時計へ目をやる。
「やば!」
「お疲れさまでした!」
「また明日お願いします!」
次々と教室を飛び出していくクラスメイト達。
遅れて
「
不意に、
「この前の本、買ってみたら面白かったよ。良かったらまた教えてね」
「……ッ」
心臓が早鐘のように鳴っていた。
きっと、顔も茹ダコのように赤くなっているに違いない。
「わああああああああ!」
声にならない叫び声をあげる。
社会スコアや党幹部の機会なんて、もうどうでもよかった。
今すぐ、家に向かって勉強しなければならない。
試験で下位5人に入ってしまえば、死んでも死にきれないだろう。
「私だって! 私だって!!」
地元では秀才で通っていたのだ。
クッキーだって、実家が洋菓子屋の
ここでヘコたれるわけにはいかない。