男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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16話

「ほ、本当に入っていいのか?」

「うん、もうみんなも来てるよ」

 

 夜の九時を回った頃。

 勉強会の為、藤堂瑞樹(とうどう みずき)のマンションに全員が集合していた。

 最後に到着したのは、皆木鈴(みなき すず)だった。

 

「お、お邪魔します……」

 

 いつも堂々とした様子の皆木鈴(みなき すず)が、遠慮気味に玄関で靴を脱ぐ。

 

皆木(みなき)さん! 遅かったじゃん!」

 

 廊下から、先に到着していた相原由良(あいはら ゆら)が声をかける。

 緊張した様子の(すず)と違って、いつも通りの様子だった。

 

「……相原(あいはら)って、実はかなりの大物だよな」

 

 (すず)がどこか呆れた顔を見せる。

 

「はい、こっちの部屋どうぞ」

 

 入ってすぐの寝室に案内する。

 中には、一色雫(いっしき しずく)神成寧々(かみなり ねね)音無凪(おとなし なぎ)御倍美弥(ごばい みや)がミニテーブルを囲むように座っていた。

 

「……私が最後か」

 

 普段使いしているテーブルと、来客用のテーブルを繋げているため、部屋の中は手狭となっている。

 由良(ゆら)(すず)が空いているところに腰を下ろすのを見てから、瑞樹(みずき)はリビングに足を向けた。

 

「お茶取ってくるね」

「あ、悪いな」

 

 リビングでは、待機していた御門玲(みかど れい)が先にお茶の準備をしているところだった。

 

「もう用意してくれてたんだ。ありがと」

「寝室では少々狭くありませんか?」

「うーん、こっちだと椅子が足りないし……」

 

 リビングには、四人用の椅子しかない。

 テーブルの高さも高く、来客用の折り畳みテーブルでは並べるのも難しかった。

 

「女六人と肩が触れ合うような距離だと、私は心配です」

「大丈夫だよ」

「何かございましたら、すぐに叫んでください」

 

 過保護っぷりに思わず苦笑しながら、(れい)からお茶を受け取って寝室に運ぶ。

 部屋に戻ると、それぞれが興味深そうに部屋を見渡していた。

 

「はい、どうぞ」

「あ、ごめんね」

 

 差し出したお茶に、寧々(ねね)がおずおずと手を伸ばす。

 

「何からやろうか」

「地理はどうでしょうか? 特別プログラムで使う可能性もありますし、重点的に復習しておくべきです」

 

 一色雫(いっしき しずく)の提案に、御倍美弥(ごばい みや)が頷く。

 

「同意だ。従来の揚陸シミュレーションではなく、何かレクリエーションをするらしいが……準備するに越した事はないだろう」

「そうだね。地理と政治学辺りはあまり手を抜かない方が良いと思う。地理からやろうか」

「はい、瑞樹(みずき)様。要点をまとめたノートを作ってきております」

 

 (しずく)がプリントの束を鞄から取り出す。

 見ると、範囲がよくまとめられていた。

 それから、対応した小テストもついていた。

 

「クラス全体の勉強会でもそうでしたが、まずは実戦形式で問題を解いて、点数に合わせて適切な学習方法を探る事を提案いたします」

「うん、ありがとう。ボクもそれに賛成」

 

 まずは解いてみようか、とプリントを全員に回す。

 それからしばらく、ペンと紙が擦れる音だけが響いた。

 小テストの問題は少なく、数分あれば全て解く事ができた。

 終わった者から、静かにペンを置いていく。

 最後にペンを置いたのは相原由良(あいはら ゆら)だった。

 

「スエズ運河ってなに……。なんでこんな外国の川幅なんて覚えないといけないの」

 

 由良(ゆら)が、うー、と低いうめき声をあげて、机に突っ伏す。

 周りも緊張が解けたように、各々足を延ばしたりしていた。

 その中、ぽつりと音無凪(おとなし なぎ)が口を開く。

 

「……国防の要所なんです」

「え?」

 

 由良(ゆら)が不思議そうに顔をあげると同時に、(なぎ)がぽつぽつと言葉を続けた。 

 

「スエズ運河は……アフリカをショートカットする為に人工的に切り開かれた運河で、とても細いんです。運河周辺のエジプト領を実効支配しているのは英帝です。もしも英帝との衝突が本格的になった場合、英帝の艦隊はここを通って真っすぐやってきます。対して日本の連合艦隊はアフリカ大陸の南端、喜望峰(きぼうほう)から迂回する必要があり、必ず遅れを取ります。つまり、スエズ運河は、英帝との決戦を左右する要所なんです」

 

 全員が、目を瞬いていた。

 一色雫(いっしき しずく)も珍しく、驚いた顔を浮かべている。

 (なぎ)は身を竦めると、更に補足するように呟いた。

 

「あの……国防白書に書いてます」

「随分と詳しいな。もしかして軍人の家系なのか?」

 

 美弥(みや)の言葉に、(なぎ)はふるふると首を横に振った。

 

「……国防白書の重要事項は受験に出ます。受験に出るものは、必ず学期末試験でも出ます。党の意図を汲めば、出題はある程度予想できます」

「では、他はどういう予想が可能ですか?」

「……海路に関わる事は必ず出ると思います」

 

 (しずく)の問いに、(なぎ)は間髪を入れずに答えた。

 

「……例えば、アンデス山脈。一見すると海路に無関係に思えますが、南米の航路が東海岸に集中する原因となっています。米帝の輸送を叩く上で、必ず必要な知識です」

「なるほど。理に適っています。確かに党が求める知識に違いありません」

 

 少し考え込む素振りを見せる(しずく)

 隣で由良(ゆら)が輝いた目を(なぎ)に向けた。

 

音無(おとなし)さん……すごい! 天才だ!」

 

 ふるふると首を振る(なぎ)に、由良(ゆら)が抱き着く。

 

「助かるー! 私、実は補欠合格なんだよね」

 

 由良(ゆら)から何気なく放たれた一言。

 瞬間、場の空気が凍った。

 

「……え?」

「私、本当にギリギリだったらしくてさ! いやぁ、一色(いっしき)さんや音無(おとなし)さんがいて良かったぁ!」

 

 補欠合格。

 つまり、学力で言えば、下位五位に入る可能性が最も高い事になる。

 無邪気に喜ぶ由良(ゆら)とは反対に、(しずく)から表情が消えた。

 

「……音無(おとなし)さんの意見を元に、次からもっと問題を絞りこみます。それから私が責任をもって相原(あいはら)さんをみっちり鍛えますので」

「私も暇を見つけ次第、出来るだけ付き合おう。叩きこまねばなるまい」

 

 美弥(みや)からも冷たい視線が向かう。

 

「え? あの……お手柔らかにお願いします……」

 

 しゅん、とする由良(ゆら)に思わず、クス、と笑みが漏れた。

 まだ始まったばかりの勉強会だが、何だかうまくいきそうだった。

 

皆木(みなき)さんはどうだった? いけそう?」

「ああ。問題ないと思う」

 

 伸びをしながら答える(すず)からは、どこか余裕を感じる。

 瑞樹(みずき)は最後に、妙に静かな寧々(ねね)に目を向けた。

 

寧々(ねね)ちゃんはどう?」

「……あんまり……かも」

 

 スポーツ枠で入学している寧々(ねね)は、純粋な学力ではどうしても他に劣る。

 意気消沈している寧々(ねね)の小テストを覗き込む。

 

「ボクと同じくらいの点数だね。一緒に頑張ろ」

 

 男子はそもそも、入学試験がない。

 党の内部審査で強制的に共学へ振り分けられ、白雪学園の場合はそこから信用スコアで更にクラスを振り分けられる。

 よって、男子の学力は重視されない風潮があった。

 

瑞樹(みずき)様が無理をなさる必要はございません。これは女の務めです」

神成(かみなり)は……その、お手付きを受けているからトレード対象にはならないだろう? やはり、問題は相原(あいはら)だな」

 

 美弥(みや)の冷たい視線が再び由良(ゆら)に向かう。

 

「ま、まだまだ時間あるし! 大丈夫でしょ!」

「そういう態度が手遅れを招くんだ。さあ、やるぞ」

「うへえ……」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 それからしばらく、順調に勉強会が続いた。

 時計が十時半を回り、次第にお開きの空気が漂い始める。

 

清華団(せいかだん)の後だし、みんな疲れてない?」

「私……もうだめ」

 

 由良(ゆら)が突っ伏す。

 瑞樹(みずき)は立ち上がると、最後の休憩の準備に向かった。

 

「何か甘いもの、もってくるね」

「うぅ……ありがとう」

 

 最後にみんなで甘いものを食べて、少しだけ雑談してから解散する予定だった。

 リビングに向かうと、やはり(れい)が既にお茶菓子の準備をしてくれていた。

 

「勉強会はまだ続けられる予定ですか?」

「ううん、もうちょっとで終わると思う」

 

 テーブルに置いていたトレイを取ろうとした時、ふわりと甘い香りが瑞樹(みずき)を包んだ。

 

瑞樹(みずき)様……」

「どうしたの?」

 

 後ろから、(れい)の腕が首に巻き付いていた。

 首筋に、甘い吐息がかかる。

 

「今日はずっと離れ離れでしたので……少し、恋しくなりました」

「……ッ……もうちょっとだから……待ってて」

瑞樹(みずき)様……もう少し、こうする事をお許しください……」

 

 (れい)の柔らかい身体が、後ろから押し付けられる。

 その時、廊下から声がした。

 

瑞樹(みずき)くん、大丈夫? 人数多いし、私も手伝……」

 

 振り返ると、神成寧々(かみなり ねね)が立っていた。

 後ろから首元に巻き付いた(れい)の腕が、更に強くなる。

 

「あ……」

 

 気まずい沈黙が、場を満たした。

 (れい)の腕は、離れない。

 何か言おうとした時、首筋に(れい)の唇が触れた。

 一瞬の出来事だった。

 首筋に絡みついていた(れい)が、ゆっくり離れる。

 

「では、お部屋まで運んで頂いてよろしいでしょうか」

「……」

 

 何事もなかったかのように、淡々と言う(れい)

 対して、寧々(ねね)は廊下で立ったまま、しばらく動かなかった。

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