男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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17話

「……」

 

 息遣いが聞こえるほどの静寂が、リビングを満たした。

 俯いた寧々(ねね)と、いつもの澄ました顔で隣に立つ(れい)

 瑞樹(みずき)が気まずい沈黙を破ろうとした時、先に寧々(ねね)が動いた。

 

「ご、ごめんね! ちょっと驚いちゃって!」

寧々(ねね)ちゃん、その……」

「うん、最初にコロニーに入ったのって御門(みかど)さんだもんね。うん、そうだよね」

 

 あはは、と笑いながら寧々(ねね)がテーブルに向かう。

 

「私が持つね」

「うん……ありがとう」

 

 そのままお茶菓子の乗ったトレイを手にした時、隣で(れい)が小さく頭を下げた。

 

「二人きりと思い、気が緩んでおりました。申し訳ありません」

「そ、そんな! 私の方が新参なわけだし! 御門(みかど)さんが気にする事じゃないっていうか!」

 

 そう言って、寧々(ねね)がチラりと瑞樹(みずき)に目を向かう。

 

「み、瑞樹(みずき)くん、お部屋戻ろ?」

「……うん」

 

 お茶菓子を運ぶ寧々(ねね)の後を追うように、廊下へ戻る。

 部屋のすぐ傍まで来た刹那、不意に寧々(ねね)が足を止めた。

 

寧々(ねね)ちゃん?」

 

 瑞樹(みずき)が声をかけると同時に、寧々(ねね)が振り返った。

 それから、柔らかいものが唇に触れる。

 

「……」

 

 一瞬の出来事だった。

 とたとたと、寧々(ねね)がトレイを持ったまま部屋に入っていく。

 廊下に一人残された瑞樹(みずき)は、しばらく動けなかった。

 部屋の中から雑談する声がして、ようやく動き出す。

 

「海とか山とか行きたいよね」

 

 部屋に戻ると、寧々(ねね)がお菓子を配っているところだった。

 元の席に腰を下ろすとすぐに、(すず)が声をかけてきた。

 

「試験が終わったらどうするか話してたんだ。藤堂(とうどう)は何か予定あるのか?」

「夏休みってこと? ボクはまだ何も決めてないよ」

「ホント? じゃあ皆でどこか行こうよ!」

 

 由良(ゆら)が身を乗り出す。

 対して、美弥(みや)が少し呆れた目を向けた。

 

相原(あいはら)……その為には、もっと勉強を頑張らねばならんだろう」

「わ、わかってるよ」

瑞樹(みずき)様は、どこか行きたい場所はありますか?」

 

 (しずく)の問いに、少し考え込む。

 その時、ふと幼少期の思い出が蘇った。

 

「お祭り……かな」

「もしかして、毎年行ってるお祭りがあったり?」

「ううん、そういうのじゃないんだけど。小さい時に行った事を何となく思い出して」

「へえ、この近く?」

「本当に小さい時だったから場所とかは全然分からないや。人混みだから大きくなってからは中々行けなくて」

 

 本当にぼんやりとした記憶だったが、当時仲の良い少女たちに色々な出店へ連れていかれた覚えがある。

 補佐官である御門玲(みかど れい)に引き取られる前の、まだ母親の元にいた僅かな期間の思い出。

 

「お祭りか。いいね。人混みは確かに難しいかもしれないけど、花火を見れる場所を確保したりすれば雰囲気は味わえるんじゃないか?」

「探せば予約席もあると思います。ええ、十分に可能です」

 

 ニコニコと機嫌が良さそうに一色雫(いっしき しずく)が提案する。

 

「よろしければ私が皆様の分も手配いたしますが、いかがでしょうか?」

「え……あの、それってお金はどれくらい……?」

 

 恐る恐るといった様子で寧々(ねね)がたずねると、(しずく)は安心させるように微笑んだ。

 

「私がお支払いしておきます。瑞樹(みずき)様のご希望なのですから、遠慮なさらないでください」

「ホ、ホント? 助かる~!」

 

 由良(ゆら)たちが喜びの声をあげている中、瑞樹(みずき)はチラりと(なぎ)を見やった。

 いつものように表情は乏しいが、乗り気のように見えた。

 

一色(いっしき)さん、じゃあ全員分の予約お願いしてもいいかな? 無理そうだったら全然大丈夫だからね」

「はい、お任せください」

 

 今日の(しずく)は、妙にずっと上機嫌だった。

 お菓子を食べながら、どうしてだろう、と考える。

 お祭りが楽しみなのだろうか。

 

瑞樹(みずき)様は……その、お祭りは誰と行ったんだ?」

 

 躊躇するように美弥(みや)が口を開く。

 寧々(ねね)も興味津々といった様子で瑞樹(みずき)を見ていた。

 

御門(みかど)さんとか?」

「ううん、その時、仲良かった友達と」

「わ、それってもしかして幼馴染ってやつじゃない?」

 

 由良(ゆら)が黄色い声をあげる。

 幼馴染。

 あまり意識した事はなかったが、言い表すとそうなるのかもしれない。

 

「……そうなるのかな?」

「わっ! わー! 映画みたい! やっぱりそういうのあるんだ!」

「それからどうなったんだ? 今でも付き合いが?」

 

 幼少期の話で、もう名前も覚えていなかった。

 瑞樹(みずき)としては昔の話でしかない。

 

「んー、途切れちゃったから……連絡先も知らなかったし……」

「へえ……だってさ。良かったな、神成(かみなり)

「へっ!? わたし?」

「不安そうな顔してたじゃないか」

「そ、そんなことないもん!」

 

 寧々(ねね)の分かりやすい反応に、笑いが起こった。

 

「そろそろ、解散のお時間ですね」

 

 (しずく)が時計を見る。

 

「あ、もうこんな時間」

「長々と居座って悪いな」

 

 それを皮切りに、続々と帰宅の準備が始まった。

 

「みんな忘れ物ない? 大丈夫?」

 

 それぞれが鞄を持ち、立ち上がる。

 

「よし、じゃあ今日はこれで」

「また明日も頑張らねばなるまいしな」

「結構進んだよね」

 

 がやがやと言葉を交わしながら、一向を玄関まで見送る。

 

「じゃあね、瑞樹(みずき)くん!」

「お邪魔しましたー!」

「じゃ、また明日」

 

 玄関から一人ずつ出ていく彼女たちに手を振る。

 最後に、(しずく)が残った。

 

一色(いっしき)さんもありがとね。プリントも準備してくれて」

「いえ、学級委員長でもありますし、当然の務めです。他にも何かあればご用命ください」

 

 (しずく)はそう言うと、思い出したように紙袋を取り出した。

 

「そういえば瑞樹(みずき)様、お渡ししたいものが」

「これは?」

 

 お土産にしては、随分と軽い紙袋だった。

 お菓子の重さではない。

 中を覗くと、綺麗に折りたたまれた下着が入っていた。

 瑞樹(みずき)の下着だった。

 

「……え?」

 

 時間が止まった気がした。

 反射的に、顔をあげる。

 黄金の瞳が、瑞樹(みずき)をじっと見つめていた。

 

「買い戻しておきました」

 

 ニコニコと、いつも通りの様子で(しずく)が言う。

 

瑞樹(みずき)様の高潔なお心、よく理解しております。しかし、今後なにかお金が必要であれば、私をお頼りください。一色(いっしき)の財を崩してでも、瑞樹(みずき)様のお役に立ててみせます」

「え……あの……」

 

 喉がからからだった。

 紙袋に入っている下着には、見覚えがあった。

 

「大丈夫です。私しか知りません」

 

 高校に入って初めての社会奉仕。

 そこで明日死ぬという老婆と出会い、お金を工面しようとしてアダルトショップで売った下着。

 それが、目の前にあった。

 

「もちろん、写真も回収しています。一色(いっしき)が全て片付けておりますので、ご心配は無用です」

「……あの……あれは……」

「大丈夫です。瑞樹(みずき)様の御心は全て理解しております。それでは、これで失礼いたします」

 

 呆然とする瑞樹(みずき)を置いて、(しずく)が踵を返す。

 最後に、心から嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「それと、やはり覚えていてくださったのですね。瑞樹(みずき)様の公正な御心に応えられるよう、私も努力いたしますので」

 

 そして、玄関ドアが重い音を立てて閉まった。

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