男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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18話

瑞樹(みずき)くん、ぼんやりしてどうしたんだい?」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)の声。

 教室で考え事に耽っていた藤堂瑞樹(とうどう みずき)は、慌てて周りを見渡した。

 

「マダムの次の授業、中庭でやるらしいから移動しないと。ほら、一緒に行こう」

 

 マダムは、生物教師のあだ名である。

 少しばかり癖が強い人物だが、授業が面白く生徒から人気があった。

 

「あ、うん。ごめん、忘れてた」

 

 立ち上がると同時に、一色雫(いっしき しずく)に目を向ける。

 (しずく)は背筋よく席に座り、勉強会で使うプリントを作っていた。

 その姿は、普段と何ら変わらない。

 

「……」

 

 昨夜の出来事が、脳裏に蘇った。

 下着を買い戻したと言って、瑞樹(みずき)の元に持ってきた雫。

 そして、去り際に残した言葉。

 

――やはり覚えていてくださったのですね。

 

 頭の中を、ぐるぐるとその言葉が回っていた。

 一色雫(いっしき しずく)の名を、瑞樹(みずき)は知らない。

 お祭りの話をした後であった為、幼少期の記憶を手繰り寄せるも、それらしい覚えはなかった。

 そもそも、幼少期に遊んでいた少女たちは年上だった気がする。

 

「今日は珍しく晴れているね」

 

 中庭に出ると、乃愛(のあ)が嬉しそうに空を見上げた。

 最近はずっと雨続きだった。

 水たまりを避けながら、広大な中庭を進む。

 遠くには煉瓦造りの中等部の校舎や実験棟、寮棟がいくつも並び、海外に来たような錯覚を覚えるほどだった。

 

「さあ、皆さん! こちらです! お集まりになって!」

 

 生物教師のマダムが、中庭の一角に生徒を集めているところだった。

 

「いいですか! 勉強ばかりで屋内に引き篭もってばかりではおかしくなります! 雨ばかりのこの頃ですが、本日は晴れ! たまには外に出なくては!」

 

 マダムは、やや紫がかったパーマが特徴の中年教師である。

 中庭に彼女の甲高い声が響く。

 

「今日は、蟻さんを観察しましょう。あらあら、小学校でもやったと言いたそうですね? 大きくなってから観察する事で得られる事もありますからね」

 

 マダムが熱心に拳を握る。

 いつも真面目に授業を聞いている瑞樹(みずき)は珍しく、冷めた目でそれを眺めていた。

 

「蟻さんの生態は、非常に人間と酷似しています。大多数がメスであり、社会の為に勤勉に一生懸命働く。今日は今一度、その勤勉な我々の同胞を観察しよう、というわけです」

 

 この社会は、蟻や蜂といったメスが大多数を占める社会性生物を人間の仲間と分類し、他の動物よりも格上とみなす傾向がある。

 これは世界的な風習で、国によっては神聖なものとして扱われている事も珍しくない。

 

(……)

 

 遠いどこかの記憶を思い出して以来、瑞樹(みずき)はどうもこの小さな社会性生物への信仰のようなものに熱意が出なくなっていた。

 

「さあ、では手分けして巣穴を探してみましょう。巣穴を見つけたら私に報告してください」

 

 それを合図に、広大な中庭に散り始める。

 隣に並んでいた乃愛(のあ)が、すぐに瑞樹(みずき)の腕を取った。

 

「じゃあ私たちは向こうを探してみよう」

「うん」

 

 周りには自然と、寄騎(よりき)たちも集まっていた。

 彼女たちに囲まれる形で、散策を始める。

 

「アリの巣穴は、浸水しないように水はけが良い所に作られやすい。だから、水たまり付近は探さなくていい」

 

 乃愛(のあ)が向かったのは芝が敷かれた端の部分だった。

 

「この辺りを適当に探してみよう」

「一匹見つけたら追跡して巣穴までいけるかな?」

 

 しゃがみこみ、目を凝らしてみる。

 それらしい影はない。

 

瑞樹(みずき)くん」

 

 隣にしゃがみこんだ乃愛(のあ)が、そっと耳打ちする。

 

「夏休みがきたら一度、本家に来て欲しいんだ」

「本家?」

「新鎌倉にある本家だ。君との関係を伝えたところ、どうも浮足立っているようでね。顔を見せてほしいとうるさいんだ。すまないが付き合って欲しい」

「うん、わかった。日程が決まったら教えてね」

 

 二つ返事をする瑞樹(みずき)に、乃愛(のあ)が意外そうな顔をする。

 

「……もう少しだけ、嫌がられると思ってたよ」

「挨拶を?」

「大勢の女に囲まれるなど、面倒だろう?」

「うーん、挨拶だけなら慣れてるというか……」

 

 男として生まれた以上、似たような機会は何度もあった。

 顔や名前を覚えて貰おうとする者も多い。

 

「子供の時、色々なお屋敷に挨拶に回されたんだ」

「……」

「本当に毎日のように回ってて、それで慣れてるっていうか」

 

 乃愛(のあ)の目が、すうっと細くなった。

 

「何の挨拶かも良く分かってなかったんだけど」

「それは、庇護してくれる相手を探していたのかもしれないね」

「庇護?」

 

 首を傾げると、乃愛(のあ)は手元の草むらを掻き分けながら更に声を落とした。

 

「男児は親元から離されるだろう? もちろん、これを回避しようとする母親も多い。何とか保護してくれる有力者を探して回っていたんだと思う」

 

 幕府が男を占有していた時代から、母親に所有権が戻った明治初期。

 男児を授かった母親は各所から様々な利益供与を受ける事になり、影響力を増していく事となる。

 更には男児を積極的に政略結婚に用いて地方で権勢を振るう母親たちが現れ、維新政府はこれを危険分子とみなした。

 しかし、倒幕を主導した十八家や維新政府が男性を直接管理するわけにもいかず、補佐官によって間接的に管理する今の形となった。

 

「庇護……」

「男児の秘匿は重罪だ。倫理監察局に見つかれば、文字通り処刑台に送られる。罪を犯した本人だけでなく、家ごと粛清される可能性だって高い。党の監視網が敷かれた現代で、庇護を約束する者なんて普通はいない。だから、取引はどことも成立しなかったのだろうね」

「……」

 

 瑞樹(みずき)が今ここにいる結果が、全てなのだろう。

 母親は結局、庇護を求める事を諦め、通常通りの手順で補佐官の御門玲(みかど れい)が引き取った。

 乃愛(のあ)が声を落としたまま話を続ける。

 

「成立しなかったとはいえ、危険な話だ。あまり表でしない方がいいかもしれない」

「うん……」

 

 一色雫(いっしき しずく)と会った事があるならば、その時かもしれない、と思った。

 ならば、乃愛(のあ)の言う通りあまり口にするべきではないのだろう。

 

「さて、そんな事より夏休みの話だ」

 

 乃愛(のあ)が気分を変えるように明るく言う。

 

「本家に向かう時は美弥(みや)綾乃(あやの)も護衛として連れていく。二人とも、こちらにおいで」

 

 乃愛(のあ)の声で、少し離れた所で待機していた御倍美弥(ごばい みや)緒方綾乃(おがた あやの)が近づいてくる。

 

「彼女たちは私の寄騎(よりき)の中でも、特に武術に秀でていてね。腕は保証するよ」

「体育祭でも活躍してたもんね。二人ともよろしくね」

 

 瑞樹(みずき)が笑いかけると、美弥(みや)は少し照れたようにはにかみ、綾乃(あやの)は丁寧に頭を下げた。

 

「滞在は一週間程度を予定している。もしも君が興味あるなら他の娘も連れていけるけど、どうする?」

 

 そういって、乃愛(のあ)が周りの娘に目を向ける。

 10人ほどの少女たち。

 いずれも整った容姿をしていて、良家の娘といった雰囲気を纏っている。

 

「……うん、考えておくね」

「滞在中は、君に会いたがる分家や寄騎(よりき)の者がしきりに訪問するだろう。面倒だが、よろしく頼むよ」

 

 周りの寄騎(よりき)の数が足りない。

 全員が揃っているわけではないようだった。

 

「ちょっと他の場所も見てくるね」

「……ああ」

 

 気を遣ったのか、乃愛(のあ)はついてこなかった。

 歩くたびに、濡れた芝がしゃくしゃくと音を立てる。

 少し歩くと、木立の向こうに目当ての人影があった。

 

如月(きさらぎ)さん」

 

 木の根元で、しゃがんでいた如月(きさらぎ)ひよりが振り返る。

 

「巣穴見つかった?」

「……いいえ」

 

 彼女は一人だった。

 

「何だか良さそうな場所だね」

「……」

「一緒に探していいかな?」

 

 顔を覗き込む。

 ひよりは少し黙り込んだ後、静かに頷いた。

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